2010/03/09号◆スポットライト「心臓:癌標的治療の予期せぬ犠牲」

同号原文
NCI Cancer Bulletin2010年3月9日号(Volume 7 / Number 5)


日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中〜

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◇◆◇ スポットライト ◇◆◇

心臓:癌標的治療の予期せぬ犠牲

大規模科学会議では最終日の午後セッションの出席者は通常少ないものと決まっている—今年3月にオーランドで開催された米国心臓病学会(ACC)年次総会で癌治療による心不全に関するセッションの司会を務めたDr. Edward T.H. Yeh氏はこのように思っていた。

「20人〜30人の出席者を見込んでいました」と、心臓病専門部門を有する数少ないがんセンターの一つであるテキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターで心臓病学科部長を務めるYeh氏は述べた。「しかしながら、約300人の出席者があり、部屋は満員状態でした」。

体が必要とする十分な血液を心臓から送り出すことができなくなる心不全は、特にアントラサイクリン系として知られる化学療法剤による癌治療を行った場合にみられる最も一般的な「心毒性」の一つである。しかし、標的治療がより広範囲に用いられるにつれて、心不全、致命的な心調律障害、血栓、および高血圧を含む、心臓への影響を監視することが強化されてきている。例えば、昨年後半、うっ血性心不全の症例が非常に多かったことから、標的治療薬ベバシズマブ(アバスチン)にかかわる第3相の乳癌試験は一時中断を余儀なくされた。

イタリアの研究グループの最近の報告によると、癌治療における心毒性の潜在的影響は、Dr. Adriana Albini氏らが1月6日号のJournal of the National Cancer Institute誌で提案した「cardio-oncologyもしくはonco-cardiology(心臓-腫瘍学もしくは腫瘍-心臓学)と名付けられる新分野」の構築を促す必要があるほど重要である。

腫瘍専門医および心臓専門医の両者の話し合いでは、その点に関する一致した意見は示されていないが、心毒性に対する懸念は非常に現実的であり、より直接的かつ協力的な取り組みが始まっていると述べている。

懸念の程度は?

標的薬の中でも、転移した早期乳癌女性に使用するモノクローナル抗体のトラスツズマブ (ハーセプチン)が、恐らく、心毒性に関してこれまで最も注目されてきた。しかし、決してそれだけではない。ソラフェニブ(ネクサバール)およびスニチニブ(スーテント)などのチロシンキナーゼ阻害剤として知られるクラスのものを含むその他の既存の薬剤も、心臓に対して潜在的に重篤な影響を及ぼす可能性がある。

心臓に副作用があるとみられる薬剤投与対象となる進行癌患者においては、抗癌効果が副作用リスクを上回る場合が多いとコロンビア大学ハーバート・アーヴィング総合がんセンターで乳癌プログラムの共同ディレクターを務めるDr. Dawn Hershman氏は説明した。「しかし現在、私たちは早期で再発リスクが少なく生存可能性が高い患者を数多く治療しているので、長期的な影響はきわめて重要になります」と同氏は述べた。

早期乳癌女性に対する効果的な術後補助療法としてトラスツズマブを設定した臨床試験では、心臓の副作用発生率がおよそ4%であった。しかし、この試験の患者は、必ずしも「肥満で基礎心疾患もしくは糖尿病のあるといった、通常私たちが目にしている典型的な患者」であるわけではない、とデューク大学医療センター運営の癌支援診療所(oncology outreach clinics)のナースプラクティショナーであるLisa Stegall Moss氏は述べた。

バンダービルト大学医療センターの心臓・血管研究所で臨床研究のディレクターを務めるDr. Daniel Lenihan氏はさらに、多くの癌患者にとって、心臓疾患と癌は密接に関係し合っている、と付け加えた。「事実、癌になるほとんどの人は、一般的に言って、私たちが心血管疾患で診察する患者層とまったく同じなのです」と同氏は述べた。場合によっては、癌治療を受けている患者はそれまで心臓疾患の診断を受けたことがなく、癌の治療によって「内在する心臓障害の傾向が明らかになるのかもしれません」。

その見解を裏づけるエビデンスがある。例えば、乳癌女性61人をトラスツズマブで治療した最近の研究では、19人、ほぼ1/3の女性に心臓の副作用が現れ、7人は治療を完全に中止しなければならなかった。

トラスツズマブと異なり、心臓の副作用を伴う標的治療薬のいくつかは、進行癌患者を治療する目的で極めて厳重に投与されている。血管形成もしくは血管新生を阻害し進行腎臓癌の治療に最もよく用いられるスニチニブは、心臓が血液を効果的に送り出す能力を著しく低下させることがあり、心不全の原因となる。

高血圧もまた、スニチニブおよびもう一つの抗血管新生薬ソラフェニブによる副作用として十分な裏づけがある、と米国国立癌研究所(NCI)癌治療・診断部門の癌治療評価プログラムに所属するDr. Percy Ivy氏は述べた。「血管系に影響を及ぼそうとする治療はすべて、血管圧および血圧に影響を及ぼす恐れがあります」とIvy氏は説明した。

結果的に、早期の腎臓癌患者に術後補助療法としてこれらの薬剤を検証する試験においては心臓への影響を厳重に観察する必要がある、とテキサス大学サウスウェスタン医療センターで泌尿器癌の治療を専門とするDr. Arthur Sagalowsky氏は述べた。地方の腫瘍専門医の中には、有効性データはもちろん存在しないにもかかわらず、起こり得る心臓への影響を理解することなく、早期で再発リスクの高い患者に術後補助療法としてスニチニブおよびソラフェニブを使用するという「思慮に欠ける行動に踏み切った」ものもいる、と Sagalowsky氏は警告した。

心毒性については、民間および研究機関の双方が間違いなく認識している。「私たちは、薬品業界が癌治療薬の副作用面に対してより注意を向け始めていると見ています」とYeh氏は述べた。「いずれは、効果と副作用の両方に基づいて両者は競い合うことになるからです」。

一方、NCIの支援でECOG臨床試験団体が率いるASSURE試験では、再発リスクが高い早期の腎臓癌患者に対して術後補助療法としてソラフェニブおよびスニチニブの試験を実施している。試験には、どちらの薬にも付随する心臓リスクの程度を測定するために、試験参加者の心臓を広範囲にモニターするサブ研究が組み込まれている。

心毒性の機序分子レベルでの癌治療がどのようにして心臓に毒性作用を引き起こすかについては、さらに明らかになってきている。例えば、トラスツズマブを用いてHER2タンパクを阻害することにより、「HER2を発現する細胞で、さまざまな増殖因子シグナル伝達経路が遮断されてしまうことがあります」とYeh氏は説明した。「そして、そのようなシグナル伝達経路の多くは、心臓細胞と癌細胞で共通であることがわかっています」。同氏はさらに、癌細胞は増殖するためにその経路に依存しているが、「心臓細胞は生存するためにその経路に依存しているのです」と続けた。従って、シグナル伝達経路を遮断して癌細胞を破壊することは、心臓細胞をも損傷する可能性がある。

一方、TKI剤は、細胞代謝に関連するものなど多くの細胞内標的を攻撃する、とLenihan氏は付け加えた。「心臓の筋肉は非常に代謝が活発です。体の代謝に一時的な効果をもたらす薬には、心臓の筋肉に影響を及ぼす可能性が大いにあります」と同氏は述べた。

新たな分野か?

M.D.アンダーソン心臓病科の設立者でもあるYeh氏は、正式な心臓-腫瘍学分野が必要であるとは思っていない。彼の心臓病科には12人の心臓専門医が常勤しており、全員が腫瘍科スタッフと連携して、癌治療を受けているもしくは受けようとしている患者の心臓の副作用を評価し管理している。「両専門家スタッフは、その問題を正しく認識してお互いにもっと頻繁に話し合う必要があります。より多くの心臓専門医が養成されることもしくは心毒性の文献に詳しくなることを願っていますし、腫瘍専門医に対しても同じ思いです。そのためには、お互いが問題の大きさを認識することが求められます」と同氏は述べた。

今回のACC会議のセッションで示唆されているように、何らかの変化が起こり始めている。間もなく開催される米国臨床腫瘍学会(ASCO) 年次総会で、同じようなセッションが行われる可能性がある。心毒性に関する一般的な臨床ガイドラインを作成しようとする努力がわずかながら行われてきたが、まだ今のところ何の成果も出ていない、とLenihan氏は述べた。ACC、ASCO、もしくは全米総合がん情報ネットワーク(NCCN)の代表者によると、これらの組織では、癌治療に関連する心毒性の正式な臨床ガイドラインは現在作成されていない。

しかしながら、NCIの研究者らが近日中に発表する論文で、血管新生阻害療法を受ける患者の高血圧管理に有効と判明した治療法が説明されることにIvy氏は言及した。ガイダンスは、心臓病学の研究者らと協議しながら実施されたNCI支援臨床試験における経験に基づいて作成された。「これらの患者の血圧を適切にコントロールできること、そして治療期間を通してその状態を維持できることを示すことができました」と同氏は述べた。

前へ進むためには、心臓の副作用のリスクが高い患者、ならびに心臓への影響の初期マーカーおよび心毒性を管理する最善策を特定する方法を開発することが重要となる、とHershman氏は強調した。その一方で、腫瘍専門医は、その問題に関する患者との話し合いに対して細心の注意を払って取り組まなければならない。

「そのバランスが難しいのです。患者、特に(治療)効果が五分五分となる可能性がある患者に、リスクを告げなければならないからです」と同氏は述べた。「しかし、同時に、治療は非常に効果がありますので、ハイリスクの患者の場合は、命を救う可能性がある治療を受けることを恐れてほしくないと思うのです」。

——Carmen Phillips

学会がアンドロゲン除去療法に対する懸念を表明化学療法やいくつかの標的療法と同様に、アンドロゲン除去療法(ADT)として知られる前立腺癌治療が心疾患リスクに関連する可能性を示したデータが明らかになりつつある。ADTは、明らかな転移のある患者や、初回治療を受けた後にPSAレベルが急速に上昇した患者のみならず、高リスクの限局性前立腺癌患者に対して近年用いられることが増加している療法である。

先月、米国心臓学会、米国癌学会、および米国泌尿器科学会からなる専門家会議は、複数の試験で、一部の患者群、特に心臓発作や心不全の既往歴を持つ患者において、ADTと心血管イベントのリスク上昇との関連性が示されたことについて科学的な勧告を発表した。

ADTと併用されるべき治療に関して特異的な勧告を出すには得られたデータが不十分であるとSagalowsky氏は説明した。しかし「全般的な心臓病の危険因子に関しては監視が必要」であり、またADTの適用が検討される患者において考慮されるべきである、と同氏は述べた。

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豊 訳
上野 直人(乳癌/M.D.アンダーソンがんセンター教授) 監修 
[下部囲み記事 岡田 章代 訳  榎本 裕(泌尿器科) 監修 ]

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