2009/10/06号◆癌研究ハイライト

同号原文

NCI Cancer Bulletin2009年10月06日号(Volume 6 / Number 19)

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癌研究ハイライト

・前立腺癌のホルモン療法に心疾患リスクを高める可能性
・乳癌の臨床試験で参加者募集を一時中止
・高用量ダウノルビシン投与が高齢者以外の成人白血病患者に有用
・小児癌経験者の多くが健康な赤ん坊をもうける
・早期臨床試験で試験中の薬剤が転移性悪性黒色腫に対し有効
・乳癌細胞の浸潤性は2つのタンパク質に関連

前立腺癌のホルモン療法に心疾患リスクを高める可能性

前立腺癌に関する大規模研究で、前立腺腫瘍に対するテストステロンの効力を阻害するホルモン療法の結果、心イベントおよび心臓死のリスクが高まる可能性があることが示された。この後向き研究ではスウェーデン人男性30,000人以上の診療記録について調査が行われ、米国でホルモン療法にもっとも多く使用されている性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)アゴニストを服用した患者のリスクがもっとも高いことが判明した。本研究結果はドイツで開催のECCO 15-ESMO 34合同会議で報告された。

研究者らはスウェーデンで1997年から2006年までの間にホルモン療法を受けた男性すべての調査を行い、治療後3年以内の心疾患発生率を算定した。患者の大部分はGnRHアゴニスト(テストステロン産生を減少させる)またはGnRHアゴニスト+抗アンドロゲン薬(前立腺細胞へのテストステロン結合を阻害する)の投与を受けていた。他の患者は抗アンドロゲン療法単独か、精巣摘出術を受けていた。

本研究の著者であるMieke Van Hemelrijck氏によると、何らかのホルモン療法を受けた患者では、致死的でない心臓発作のリスクが24%、致死的な心臓発作のリスクが28%増加していた。心不全、不整脈、虚血性心疾患も増加しており、これらの心疾患による死亡リスクも同様に高くなっていた。心疾患のリスクがもっとも低いのは抗アンドロゲン療法で、GnRHアゴニストによる治療がもっとも高リスクであった。

Van Hemelrijck氏はニュースリリースのなかで、これらの知見は「治療法の選択に影響を与える可能性があります」と述べている。

他の研究でもホルモン療法と関連した心イベントのリスク増加が指摘されている、とフォックスチェイスがんセンターの放射線腫瘍医のDr. Eric Horwitz氏は説明する。ただし、これらの知見は確実なものではないと同氏は注意を促している。「このリスクについては、患者の背景にあるその他の健康問題によるものか区別が難しい」という。侵襲性の強い前立腺癌患者では、ホルモン療法を放射線療法や外科手術などの他の治療法と併用することが極めて効果的だが、「現実にリスクの一つでもある。われわれは、そのことを日々患者と話し合っています」と同氏は述べている。

乳癌の臨床試験で参加者募集を一時中止

NCIが資金提供を行っている高リスク乳癌患者対象の第3相臨床試験が、参加者におけるうっ血性心不全の発生率に関する評価を行うため、その間の募集を一時中止している。この試験はE5103試験と呼ばれ、リンパ節陽性または高リスクのリンパ節陰性の乳癌患者で乳腺腫瘍または乳房の摘出術を受けた患者を対象に、ベバシズマブ(アバスチン)+標準的補助化学療法と補助化学療法単独の効果を比較したものである。あらかじめ計画した安全策にのっとり、試験に参加した最初の200人のうち6人が臨床的にうっ血性心不全を発症した段階で新規募集を一時中止した。その後のデータが入手可能な症例では、治療によりうっ血性心不全の症状はなくなっている。本試験に参加している患者は現時点で3,300人を超える。

NCIおよびECOG臨床試験協力団体は新規の患者募集を9月24日に中止した。現在試験に参加している患者には今回の有害事象について通知する予定で、治療を継続して受けるか臨床試験を中止するかを選択することになるとみられる。

高用量ダウノルビシン投与が高齢者以外の成人白血病患者に有用

9月24日付けNew England Journal of Medicine誌に掲載された2本の研究によると、急性骨髄性白血病(AML)の初回治療に高用量ダウノルビシンを投与すると完全寛解率が上昇し、うち一方の研究では臨床現場の標準的用量を投与した患者に比べ全生存期間が改善したという。高用量ダウノルビシン投与による有用な効果は65歳以下の患者に限られていた。

ECOG臨床試験協力団体によって計画された臨床試験では、17歳から60歳までの患者657人を高用量ダウノルビシン投与群と標準用量投与群にランダムに割り付けた。患者はすべてシタラビンの投与も併せて受けた。最初の治療コースを受けても完全寛解が観察されない患者は、続けてシタラビン+標準用量ダウノルビシンによる治療コースを受けた。

高用量ダウノルビシン投与群の患者では標準用量投与群の患者に比べ完全寛解率が有意に高かった(70.6%対57.3%)。全生存期間中央値は標準用量投与群の患者で15.7カ月、高用量投与群の患者で23.7カ月であった。

欧州の共同研究グループによるもう一方の試験は、60歳から83歳の患者813人を登録して実施された。患者は、最初の治療コースとしてシタラビンとともに標準用量または高用量いずれかのダウノルビシンを投与する群にランダムに割り付けられた。どの患者も第2サイクルの治療としてシタラビン単独投与を受けた。

高用量ダウノルビシン投与群では有意に高い完全寛解率を示した(64%、標準用量群では54%)。しかし米国での試験研究とは異なり、両群の生存期間に有意差は見られなかった。60歳から65歳までの患者に限れば高用量ダウノルビシンにより生存期間が延長するという分析もあるが、本試験が年代別に結果を分析できるようには設計されていないことから、「この差は偶然である可能性がある」と著者らは説明している。

両試験ともに高用量ダウノルビシン投与による重篤な副作用の増加は認められなかった。「副作用の増加がないこと、全生存期間に改善がみられることから、高齢者以外のAML患者における初期治療に高用量ダウノルビシンを導入することが強く推される」と著者は付属の 論説で述べている。

小児癌経験者の多くが健康な赤ん坊をもうける

Pediatrics & Adolescent Medicine誌10月号に報告された2つの研究によると、幼年期または思春期に癌治療を受けた人のうち実子をもうけることになった人のほとんどは、他の親たちと同様に健康な赤ん坊が生まれる可能性が高い。このうち一方の研究によれば、約2,400人の小児癌経験者および18,000人の比較対象群の出産記録を調査した結果、全体的に女性の小児癌経験者は他の女性と比較しても、妊娠中の重篤な合併症、先天的欠損症を持った赤ん坊の出産、あるいは乳児死亡を経験する可能性が高くなるわけではないことがわかった。またもう一方の研究によれば、男性の小児癌経験者の子供と比較群との間には出生結果に大きな違いはなかった。

「これはとても心強い結果である」と、この2つの研究を行ったフレッド・ハチンソン癌研究センターおよびシアトルにあるワシントン大学のDr. Eric Chow氏は述べ、「小児癌にかかった人で実子をつくる人は、自分たちの赤ちゃんは健康な可能性が高いと安心してほしい」と続けた。

放射線療法や化学療法といった治療を受けた結果、先天的欠損症や合併妊娠が起きる可能性が以前から懸念されていた。また、小児癌経験者の子供には他の子供よりも健康問題が多い可能性があることが複数の研究から示唆されている。今回報告された研究によれば、女性の小児癌経験者で早産または低体重児出産のリスクが増加していることがわかった。早産と低体重児出産は些細な問題ではないが、この子供たちがその後の人生で健康に問題があるとは必ずしも予測されるわけではないと、この研究者らは述べている。

癌から生還した女性で妊娠を希望する人が出産時低体重児や早産児を産む可能性やその影響を最小限にするには、さらに緊密なモニターができるように医療従事者に注意したほうがよいとChow氏は述べた。また、同氏は、この研究対象となった小児癌経験者には数十年前に治療を受けた人もいるため、最近の小児癌経験者で数十年前とは違う治療を受けた可能性がある人たちを追跡調査する研究がさらに必要であると注意を促した。

「一番伝えたい重要なことは、幼年期や思春期に癌を経験した人が後に家族をもつ場合、健康な子供ができる見込みは極めて高いということです」とNCI癌生存者オフィスの室長であるDr. Julia Rowland 氏は述べた。

早期臨床試験で試験中の薬剤が転移性悪性黒色腫に対し有効

臨床試験中の薬剤であるPLX4032は特定の遺伝子変異を標的としており、転移性悪性黒色腫(メラノーマ)患者を対象として継続中の第1相臨床試験で腫瘍の縮小効果がみられた。これは、米国の研究者らによって9月23日にドイツで行われたECCO 15-ESMO 34カンファレンスで報告された。転移性悪性黒色腫はほとんどの治療に対して抵抗性が特に強いことがわかっており、5年生存率は20%未満である。PLX4032を開発した企業は今回の臨床試験結果に基づいて第2相臨床試験への患者の登録を開始した。また第3相臨床試験は本年末までに患者登録を開始する予定である。

スローンケタリング記念がんセンターのDr. Paul Chapman氏は今回の研究結果を示しながら、データを利用可能な22人の患者の約3分2はこの薬剤に対して少なくとも部分的には奏効しており、30%以上の腫瘍縮小がみられていると述べた。さらに、最初はこの薬剤に反応しても腫瘍が再度増殖した患者もおり、複数の患者では非黒色腫皮膚癌が発症したとも述べている。

この臨床試験に参加した患者のほとんどで、化学療法やインターロイキン2といった他の治療を受けた後も病勢の進行がみられた。また、臨床試験参加者全員がBRAFと呼ばれる遺伝子に特定の変異があり、この遺伝子は進行した黒色腫の症例の約半数で変異している。カンファレンスで発表されたデータは、30人を対象とした第1相臨床試験(対象患者55人、のちの試験で用いる至適投与量を見出す目的)延長試験(extension)に基づく。延長試験で治療を受けている患者は全員、同用量のPLX4032を投与されている。全体として患者22人中20人で治療後、ある程度の腫瘍収縮がみられた。

「今のところ劇的な反応がみられている」とChapman氏は報道発表で述べた。しかし同氏は患者らの長期的結果について結論を引き出すことは時期尚早であると強調した。PLX4032の第2相臨床試験では過去の治療に反応しなかったBRAF遺伝子に変異のある腫瘍を有する転移性悪性黒色腫患者100人を登録する予定である。一方で第3相臨床試験では、遺伝子変異があるが過去に治療を受けたことのない患者に対する初回治療としてこの薬剤の試験を行う予定である。

乳癌細胞の浸潤性は2つのタンパク質に関連

乳癌細胞が腫瘍から離れて体の各部に移動する能力をどのように獲得するかはあまり理解されていない。しかし今回、このプロセスで極めて重要な役割を果たしているものが確認された。ある乳癌細胞では14-3-3ζ(zeta)というタンパク質が増加することで、細胞同士を結びつける「接着」分子(E-カドヘリン)の損失に至る分子カスケードが引き起こされ、癌細胞が原発腫瘍から離れて他の組織に広がると考えられている。

「われわれは非侵襲性乳癌(DCIS)が侵襲性疾病へと致命的な転換をする分子的メカニズムを発見した」とテキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターの臨床試験責任医師であるDr. Dihua Yu氏はプレスリリースで述べた。この転換は、14-3-3ζ、および癌に関連する別のタンパク質であるErbB2/HER2の両方のレベルが増加した細胞で観察されたことを、Yu氏らは9月8日発売のCancer Cell誌で 報告した

進行性乳癌に罹患した女性は、トラスツズマブ(ハーセプチン)で治療すべきかを決定するために一般的にErbB2/HER2レベルを検査する。しかし、ErbB2/HER2が疾病初期段階に果たす役割はほとんど知られていない。現在では、非浸潤性乳管癌として知られる異常な乳房細胞が浸潤性乳癌に転換して転移を起こす上で、ErbB2/HER2と14-3-3ζが協調して機能している可能性があると考えられている。

14-33ζは正常細胞で多くの役割を担っているため、その活性を阻害することは非現実的かもしれないが、侵襲性の癌に発展するリスクが高いDCISの女性を同定するためにこのタンパク質を利用できる可能性がある。また、14-3-3ζの経路と成長因子TGF-βを含めたパートナーを標的とすることもできる可能性がある。

「これは発展性がある論文である」とNCIの癌生物学部門のDr. Suresh Mohla 氏はコメントした。また、14-3-3ζはヒトに発生する多くの上皮癌で過剰発現しているため、今回の研究結果は肺癌、肝臓癌、膵臓癌、卵巣癌および前立腺癌に関連する可能性があるとMohla氏は述べた。

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橋本 仁、佐々木 了子 訳

小宮 武文(胸部内科医/NCI研究員・ハワード大学病院)、関屋 昇(薬学) 監修 

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