RAS変異と大腸がん肝転移 ― 遺伝子変異が局所治療に影響

MDアンダーソン OncoLog 2017年7月号(Volume 62 / Issue 7)

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RAS腫瘍遺伝子変異は、肝転移のため全身治療を受ける大腸がん患者の全生存ならびに無再発生存の悪化を予測する因子であることが知られている。今回、テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの直近の研究から得られた知見により、RAS変異が大腸がん肝転移の局所治療の転帰にも影響することが示唆された。

「生存の予測だけにとどまりません」と、腫瘍外科教授で肝臓・膵臓・胆管外科部長のJean-Nicolas Vauthey医師は話す。

RAS変異は、セツキシマブやパニツムマブなどEGFR(上皮成長因子受容体)を標的とした治療を無効にすることがかなり以前から知られている、とした上で、Vauthey氏は「RAS変異が標的治療の選択以外においても影響があることを理解する必要があります。われわれは、大腸がん肝転移の局所治療の決定において、RAS変異の有無を考慮すべきことを初めて示しました」と述べた。

外科手術への影響

大腸がん肝転移患者で、肝臓以外に転移している証拠がない、もしくは肝臓以外の腫瘍が完全に切除可能な多くの患者は、術前補助化学療法に続けて肝切除を行うことでもっとも治癒の可能性が高くなる。この手術が成功したかどうかの判断基準のひとつに、切除すべき腫瘍の周縁にあたる切除マージンの検査がある。陰性であれば成功であり、陽性ならば再発リスクが高いということを示す。

大腸がん肝転移患者において、切除マージン陰性を組織学的に達成するため、外科医はこれまで切除マージンの目安を10mmとしてきた。しかし、Vauthey氏らが最近の研究で得た知見から、一部の患者ではこれを変えなければならないかもしれない。

Vauthey氏らの研究では、大腸がん肝転移に対し治癒可能性のある伝統的な切除マージン10mmによる肝切除を実施した患者633例のレビューを行った。このうち、229人の患者から切除した転移腫瘍がRAS変異陽性であった。

患者633人のうち、肝転移切除後に肝臓に最初の再発が認められた患者は225人であった。「肝切除後に肝臓にがんが再発した患者で、病理検査で確認した腫瘍陰性の切除マージン幅の中央値を見ると、RAS変異陰性患者(7mm)に比べ、RAS変異陽性患者(4mm)はかなり狭くなっていました」とVauthey氏は述べている。「また、RAS変異陽性患者では、野生型RAS(陰性)を有する患者に比べ、顕微鏡的に切除マージンが陽性である確率が2倍以上であることもわかりました」。

実際、切除マージンにおける腫瘍陽性の独立予測因子は、RAS変異陽性および癌胎児性抗原4.5ng/mL以上の2つのみであった。

「今回の知見から、RAS変異陽性の腫瘍はその表現型が異なることが示唆されました。腫瘍が形態学的に異なるか、もしくは切除中に目視できないような腫瘍周辺への微小転移が存在する可能性があります」とVauthey氏は話す。「これらの知見を受け、実践的には、RAS変異陽性またはRAS変異の有無不明の大腸がん肝転移患者に肝切除を行う場合、切除マージン幅を10mmから15mmに拡大しようと考えています。そのほうが患者にとって有利であると考えられるためです」。

アブレーション治療に対する影響

大腸がん肝転移患者で切除不能またはその他の理由で手術不可能の場合でも、画像ガイド下で病変部の経皮的アブレーション治療を実施できる可能性がある。RAS変異は術前化学療法の効果を下げ、生存転帰を悪化させるとともに、大腸がん肝転移患者における腫瘍陰性のマージン幅を小さくすることがすでに知られているが、放射線治療学部助教のBruno Odisio医師は、筆頭著者として参加した最近の研究でRAS変異が肝臓のアブレーション治療にも影響するかを調べている。

同研究でOdisio氏ら(Vauthey氏も統括著者として参加)は、RAS変異の有無が判明している大腸がん患者92人の肝転移の経皮的アブレーション治療137例を調査した。アブレーション治療の3年後、局所で腫瘍が進行(がんを焼灼治療した部位における再発)した割合は、RAS変異陽性患者(39%)のほうが野生型RAS患者(14%)に比べ有意に高かった。

また、RAS変異陽性患者は3年全生存率も野生型RAS患者より有意に低かった。さらにRAS変異陽性患者は再発が早い傾向にあった。RAS変異陽性およびアブレーション治療マージン5mm未満は局所腫瘍無増悪生存期間悪化の独立予測因子であった。

「基本的に、RAS変異陽性の患者は、浸潤性および転移性が高い、進行性が強い表現型の腫瘍を有しています」とOdisio氏。「このため、アブレーション治療中にCTやMRIで見えたものが、そのまま顕微鏡レベルにもあてはまるとは限らないかもしれません」。

これらの知見から、Odisio氏らはRAS変異陽性患者のアブレーション治療の範囲を拡大することで再発を減らせるかの研究を開始した。最近終了した未発表の研究では、大腸がん肝転移における経皮的アブレーション治療のマージンを10mm以上とした場合、10mm未満とした場合と比べて再発率が低いことがわかった。しかし、アブレーションのマージンの大小に関わらず、RAS変異陽性患者は野生型RAS患者と比べ再発率が有意に高い結果であった。

Odisio氏はこれら研究の知見については慎重に解釈すべきであると述べている。「RAS変異陽性のがんであるからといってアブレーションが禁忌というわけではありません。変異のない患者と比べれば、予想される転帰がよくないというだけの意味にすぎません」とOdisio氏は話す。「患者の腫瘍細胞の性質をさらに調べることで、個人に適した治療ができるようになります。RAS陽性患者にアブレーション治療を控えるということがあってはなりません。ただ、切除の場合と同じく、局所再発率を抑えるためアブレーション治療のマージンを広く取る必要があります」。とはいえ、重要構造の近くに大きな腫瘍ができた患者の場合、広範囲のアブレーション治療がつねに可能というわけではなく、そのような患者では他の治療法の方が適している場合もある、とOdisio氏は付け加えている。

続けられる研究

Vauthey氏とOdisio氏は大腸がん肝転移の発症機序解明や患者転帰の改善にかかる他の研究でも陣頭指揮をとっている。たとえば、Odisio氏は死んだ腫瘍細胞から血中に放出されて循環する腫瘍DNAを用いて、アブレーション治療が完璧に行われたかを確認できないか調べている。またVauthey氏はRAS変異の有無と微小転移の関係についても調査している。

「RAS変異陽性腫瘍と野生型RAS腫瘍で微小転移の率に差があるか調べるため、われわれは外科試料を収集しています」とVauthey氏は話す。「また、治療決定に役立てるべく、次世代シーケンスを用いて大腸がんにおけるその他すべての変異についても研究しています」。

また、Vauthey氏は、「RAS変異の有無で患者への治療法を変え、局所治療法を改善して患者の転帰を変えることができる時代になったのです」と話している。

この記事はDr. Jean-Nicolas Vauthey氏に協力いただいた。

[上段図キャプション]
経皮的アブレーション治療後に局所腫瘍進行(LTP)のあった患者22人の肝転移25例の散布図。RAS変異陽性病変(青十字)は野生型RAS病変(赤丸)に比べLTP確認までの時間が短く病変が小さい。RAS変異は単変量解析および多変量解析のいずれにおいても局所無増悪(LTP-free)の3年生存率の悪化と関連している。また、腫瘍径2cm以上は単変量解析においてのみ局所無増悪3年生存率の悪化と関連している(図示せず)。図は許可を得て転載(Br J Surg, 2017;104:760-768)。

For more information, contact Dr. Bruno Odisio at 713-563-1066 or bcodisio@mdanderson.org or Dr. Jean-Nicolas Vauthey at 713-792-2022 or jvauthey@mdanderson.org.

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翻訳担当者 橋本 仁

監修 畑 啓昭 (消化器外科/京都医療センター)、

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