多標的イベルメクチン、抗寄生虫薬から抗がん薬への転用
ドラッグ・リポジショニング(既存薬の再開発)とイベルメクチンの概要
(-Am J Cancer Res誌 2018.02.18論文より要約)
ドラッグ・リポジショニング(薬剤転用)は、すでに安全性が確認され承認されている既存薬から新たな適応症を見出す戦略であり、開発コストの削減と期間短縮が期待できる有力な手法です。その有望な候補の一つがイベルメクチンです。イベルメクチンは1967年に日本の北里研究所で放線菌から発見されたアベルメクチン類に属する16員環マクロ環状ラクトン化合物であり、1981年に家畜・農業用、1987年にヒト用の抗寄生虫薬として承認されました。
イベルメクチンは、オンコセルカ症(河川盲目症)やフィラリア症、糞線虫症など、多くの寄生虫疾患に対して劇的な効果を発揮してきました。世界中で数十億件の投与実績があり、年間約2億5000万人が服用しています。その功績により、発見者の大村智博士らはノーベル生理学・医学賞を受賞しました。長年の臨床使用により、ヒトに対する安全性のマージンが非常に広いことが証明されており、安価で入手しやすい「ワンダードラッグ」としての地位を確立しています。
多角的な抗腫瘍メカニズム
近年の研究により、イベルメクチンは単なる抗寄生虫薬にとどまらず、がん細胞に対して多剤耐性タンパク質(MDR)、Akt/mTOR経路、WNT-TCF経路、特定の受容体(プリン受容体や塩化物チャネル)、PAK-1タンパク質、エピジェネティック制御因子、RNAヘリカーゼなど、極めて多岐にわたる標的と相互作用することが明らかになっています。特に、従来の治療に抵抗性を示し再発の原因となる「がん幹細胞様集団」を優先的に標的とする点は、既存の抗がん剤にはない大きな特徴です。
臨床への期待
重要な点は、試験管内(in vitro)および生体内(in vivo)で示されたこれらの抗腫瘍活性が、ヒトの既存の薬物動態データに基づき、臨床的に達成可能な濃度範囲で得られていることです。つまり、寄生虫治療で用いられる安全な用量の範囲内、あるいは許容可能な増量の範囲で、がん治療効果を発揮できる可能性が高いことを示唆しています。すでに豊富な安全性データが存在するため、がん患者を対象とした臨床試験への迅速な移行が可能であり、次世代の抗がん治療における強力な選択肢として期待されています。
イベルメクチン(IVM)は、抗寄生虫薬としての長い歴史を持ちながら、近年の研究で極めて多様ながん抑制メカニズムを持つことが明らかになってきました。本稿では、提供された資料に基づき、その主要な9つの作用機序と、多剤耐性克服、ミトコンドリア攻撃、がん幹細胞抑制といった各論について詳述します。
1. イベルメクチンの多標的メカニズム
イベルメクチンの抗腫瘍効果は、単一の経路ではなく、細胞内の複数の重要なシグナル伝達や代謝プロセスを同時に攻撃することに起因します。
【主要な9つのメカニズム】
1)多剤耐性(MDR)の阻害: がん細胞から薬剤を排出するP糖タンパク質ポンプを阻害し、化学療法の感受性を高める
2)イオン輸送への影響: イオノフォア(イオン担体)として作用し、塩化物チャネルを制御。浸透圧変化による細胞死を誘発する
イベルメクチンは塩化物チャネルに作用し、細胞内のイオンバランスを劇的に変化させます。急性骨髄性白血病(AML)細胞株を用いた研究では、イベルメクチンが低濃度(10 μM)で細胞死を誘導することが発見されました。重要なのは、正常な造血細胞は20 μMの濃度でもアポトーシスを起こさなかったという点です。この選択的な殺傷能力は、がん細胞における塩化物チャネルの上方制御と関係しており、浸透圧ストレスががん細胞に特異的なダメージを与えることを示しています。
3)ミトコンドリア機能不全: 呼吸複合体Iを阻害し、ATP生成を抑制。同時に活性酸素種(ROS)を増加させ、DNAを損傷させる
膠芽腫(グリオーマ)や腎臓がんの研究において、イベルメクチンはミトコンドリアの「電子伝達系複合体I」を標的にすることが示されました。
4)免疫原性細胞死(ICD)の誘導: ATPやHMGB1の放出を促し、腫瘍周囲を炎症状態にすることで、宿主の免疫系にがんを認識させる
細胞のエネルギー源であるATPを減少させ、ミトコンドリアから活性酸素(ROS)を漏出させ、がん細胞のDNAを直接損傷し、細胞死へと導きます。抗酸化剤の投与によってこの抑制効果が消失することから、酸化ストレスが抗がん作用の主因の一つであることが証明されています。
5)PAK1およびAkt/mTOR経路の遮断: がん増殖に不可欠なPAK1を分解し、下流の増殖スイッチであるAkt/mTORを抑制。オートファジーを誘導する
PAK1が減少すると、その下流にあるAkt/mTOR経路が遮断されます。その結果、細胞は「飢餓状態」と誤認し、自己成分を分解する「オートファジー」が過剰に引き起こされます。また、アポトーシスを抑制するBcl-2の機能を低下させることで、がん細胞を死に追い込みます。
6)WNT-TCFシグナルの抑制: 多くの固形がんで活性化しているWnt経路を阻害し、増殖遺伝子の発現を抑える
結腸がんやメラノーマにおいて、Wnt/β-カテニン経路の異常活性は増殖の主要因です。イベルメクチンは、この経路の正の調節因子(AXIN2, LGR5等)を抑制する一方で、抑制因子(FILIP1L)を最大10倍も増加させます。イベルメクチンはインターフェロン(IFN)関連遺伝子の発現も促進します。IFN応答が強まることでWnt経路がさらに抑制されるという、相乗的な増殖停止メカニズムが働いています。
7)エピジェネティックな修飾: SIN3A/Bに結合し、がん細胞の自己複製に必要な遺伝子(NANOG, SOX2)の発現を抑制する
イベルメクチンは、遺伝子の「スイッチ」を司るエピジェネティックな制御にも関与します。SIN3A/B阻害: 乳がん細胞において、SIN3A複合体の働きを阻害し、幹細胞の多能性を維持する遺伝子(NANOG, SOX2)の発現を低下させます。
8)RNAヘリカーゼの阻害: ウイルス複製やがん進行に関わるRNAヘリカーゼ(NS3, DDX23)の機能を制限する
RNAヘリカーゼ阻害: グリオーマにおいて、悪名高い発がん性マイクロRNA「miR-21」の生成を助けるRNAヘリカーゼ「DDX23」を阻害します。これにより、腫瘍の進行と予後不良の指標となるmiR-21のレベルが低下します。
9)がん幹細胞(CSC)の優先的抑制: 再発の根源となるがん幹細胞を特異的に攻撃し、多能性マーカーを減少させる
がん治療において最も困難な課題は、治療を生き延びて再発を引き起こす「がん幹細胞(CSC)」の存在です。
2009年の研究で、抗寄生虫薬サリノマイシンがCSCを強力に抑制することが発見されましたが、イベルメクチンは構造的にサリノマイシンと酷似(類似度0.78)しています。
研究の結果、イベルメクチンは通常のがん細胞集団全体よりも、がん幹細胞が豊富な集団やスフェロイド(球状の腫瘍塊)に対して優先的に毒性を示すことが確認されました。代表的な化学療法薬であるパクリタキセルが幹細胞を殺すのに高濃度を必要とするのに対し、イベルメクチンは低濃度でこれら根源的な細胞を排除できる可能性を秘めています。
安全かつ強力な抗がん薬である可能性
2. がん幹細胞への特異的攻撃
イベルメクチンは、単なる駆虫薬としての枠を超え、現代のがん治療が直面する「薬剤耐性」「再発(がん幹細胞)」「免疫逃避」という厚い壁を打破する可能性を持つマルチターゲット・リポジショニング薬です。
【安全性】 すでにヒトでの広範な使用実績があり、低コストである。
【広範な標的】 代謝、遺伝子スイッチ、シグナル伝達、免疫の全てに作用する。
【相乗効果】 既存の抗がん剤(シタラビン、ダウノルビシン等)と併用することで、その効果を増幅させる。
本論文が示すエビデンスは、イベルメクチンが次世代のがん治療戦略において、極めて重要な役割を果たす可能性があることを強く示唆しています。特に、臨床的に達成可能な濃度でこれらの効果が得られている点は、今後の臨床試験への期待を大きく高めるものです。
- 記事担当 野中 希
- 監修 田中謙太郎(呼吸器内科、腫瘍内科、免疫/鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 呼吸器内科学分野)
- 参考記事 The multitargeted drug ivermectin: from an antiparasitic agent to a repositioned cancer drug (Am J Cancer Res. 2018 Feb 1;8(2):317–331. )
- 原文掲載日 2018/02/01
*****
*サイト注:参考論文:
・イベルメクチンはがん幹細胞を阻害する'Ivermectin as an inhibitor of cancer stem‑like cells' Molecular Medicine Reports, December 8, 2017
・胆管がんの原因遺伝子の特定と治療法の開発-国立研究開発法人日本医療研究開発機構
・ "Ivermectin, a potential anticancer drug derived from an antiparasitic agent: an update" (2020年)
・ "Ivermectin converts cold tumors hot and synergizes with immune checkpoint blockade" (2021年)
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