迅速な遺伝子検査が脳腫瘍手術の指針となる可能性

手術中に患者から採取した脳組織サンプル中の特定の遺伝子変異レベルを迅速に測定する方法が研究者らにより開発された。

新たな研究で、研究者らは、自らが開発した液滴デジタルポリメラーゼ連鎖反応(ddPCR)法によって、15分で結果が得られることを示した。ddPCRがこれほど短時間で結果を出したのは初めてである。

研究チームは、数十個の脳組織サンプル中の腫瘍細胞数を彼らのツールで正確に測定できたと報告した。さらに、2月25日にMed誌に発表された研究結果によると、1平方ミリメートルあたりわずか5個という極めて微量のがん細胞も検出できた。

研究者らは、外科医に手術中の判断に役立ちそうな情報を提供するため、本ツールを開発し、Ultra-Rapid ddPCRと名付けた。

本研究の共同リーダーであるDaniel Orringer医師(ニューヨーク大学グロスマン医学部、神経外科医)は、「この新技術は、手術中に組織を除去し続けるかどうかを決める外科医にとって、追加の情報源となることもあります」と話す。「もしこの検査で腫瘍細胞が切除端で検出されれば、外科医は切除を続けると判断することができます」。

外科医は今でも、脳のある部分を切除することが患者の認知能力や身体能力に影響を与えるかどうかなど、多くの要素に基づいて判断している。 Ultra-Rapid ddPCR検査の結果によって、判断要素がもう一つ増えることになる、とOrringer医師は指摘した。

NCIが支援した本研究では、脳組織サンプルを検査し、多くの脳腫瘍にみられるが健康な脳細胞には存在しない2つの変異、すなわちIDH1 R132HBRAF V600Eの有無を調べた。

Ultra-Rapid ddPCRの結果は、標準ddPCRと同程度の正確さであった。標準ddPCRも変異を検出するが、結果が出るまで数時間かかり、患者が手術を受けている間には出ない。

「スピードが非常に重要です」と、研究共同リーダーのGilad Evrony医学博士(ニューヨーク大学グロスマン医学部ヒト遺伝学・ゲノミクスセンター、臨床医・研究者)は言う。「私たちの目標は、この検査を可能な限り迅速に実施しながら、正確な結果を出す方法をみつけることでした」。

脳手術中のタイムリーな判断

この新技術は、外科医の「術中のタイムリーな判断」を支援する可能性がある、とNCI神経腫瘍学部門の臨床神経腫瘍医であるJing Wu医学博士(この研究には関与していない)は述べた。

IDH1遺伝子とBRAF遺伝子の変異状態を把握することは、外科医がさまざまな腫瘍切除戦略を決定する上で役立ちます」とWu博士は付け加えた。

Ultra-Rapid ddPCRは、組織に特定の遺伝子変異があるかどうかの検査に加えて、サンプル中の腫瘍細胞の密度、特に腫瘍の辺縁の密度の評価に使用することができる。

外科医は、1平方ミリメートル当たりの腫瘍細胞数が10個以下、50個以下、100個以下など一定のレベル以下になったら、組織の除去中止を決定するかもしれない、と研究者たちは指摘した。

「私たちは腫瘍を完全に除去することを目指しています」とOrringer医師は言う。 辺縁がくっきりと明確ながんでは、それが可能かもしれない。 「しかし、神経膠腫の場合、辺縁がはっきりしていない傾向があり、切除の指針となる技術が必要なのです」。

スピード重視

研究者らは、標準ddPCRの各プロセスに要する時間を短縮することにより、Ultra-Rapid ddPCRを開発した。

例えば、脳腫瘍サンプルからDNAを抽出するのに必要な時間を30分から5分未満に短縮した。 また、PCRプロセスで使用する特定の試薬の濃度を上げ、PCRの異なる温度間のサイクルサンプリングの速度を上げた。

研究者らは、Ultra-Rapid ddPCRの精度を確認するため、脳腫瘍の手術を受けた22人の患者から採取した75個以上の脳組織サンプルで、Ultra-Rapid ddPCRと標準ddPCRの両方を行った。

Ultra-Rapid ddPCRの性能は、組織サンプル内の細胞内のがん細胞の割合など、いくつかの指標において、標準ddPCRと同等であった。

技術をより速く、使いやすくする

この新アプローチは、凍結切片法など、現在いくつかの手術で指針となるよう使われている技術を補完することができると、開発した研究者らは考えている。 凍結切片法は、15~20分でできるプロセスで、患者から採取した組織サンプルを急速に凍結し、切片に切り分けて病理医が検査する。

超音波や術中MRIなどの画像ベースの分析ツールは、腫瘍の辺縁を検出し、手術室内で迅速に結果を出すことができる、とOrringer医師は言う。 しかし、これらのツールには限界がある。なぜなら、「腫瘍浸潤は微視的スケールで起こり、既存ツールでは検出できないレベルだからです」とOrringer医師は述べた。

Wu博士によれば、Ultra-Rapid dPCRを臨床研究以外で使用するには、さらに改良する必要があるという。

「これはまったく新しい技術で、脳腫瘍手術の積極的な指針としてはまだ使われていません」とEvrony博士は述べた。

次の段階として、研究者たちはこのプロセスを自動化し、手術室でより迅速かつ容易に使用できるようにすることを計画している。 その後、臨床試験を行い、この新アプローチが外科医の指針として役立つかどうか、また患者に利益があるかどうかを確認する予定である。

「この研究は、手術室で遺伝子変異を特定する技術をさらに迅速に開発するための出発点であると私たちは考えています」とOrringer医師は述べた。

Evrony博士は、「私たちの技術と今後の方法により、多くのがん種の分子・遺伝情報が手術室で迅速に利用できるようになることを期待しています」と付け加えた。

  • 監修 夏目敦至(脳神経外科/河村病院)
  • 記事担当者 山田登志子
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  • 原文掲載日 2025/05/08

この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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