肺がんリスクを劇的に高める稀な遺伝性EGFR T790M遺伝子変異
上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子の稀な遺伝性変異が肺がんの発症リスクを25倍高めてしまうということが、ダナファーバーがん研究所と23andMe社による研究により明らかになった。本知見には、23andMe社の研究参加に同意した330万人以上の参加者から得られた、匿名の集計済み遺伝子データが含まれている。
喫煙歴のない人の場合、遺伝子変異を持っている保因者(遺伝子変異を持っているものの発症していない人)は、変異を持たない場合に比べて肺がんを発症するリスクが60倍以上高かった。研究者らは、EGFR T790M遺伝子変異(EGFR遺伝子におけるT790M変異)がこれまでに発見された肺がんの遺伝的リスク因子の中で最も強力なリスクの1つであることを見出した。このことは、遺伝子変異を有する保因者に対する遺伝子検査や将来の肺がん検診戦略において、重要な意味を持つ可能性がある。
本知見はScience誌に掲載された。
今回の研究を共同主導したJaclyn LoPiccolo医学博士(ダナファーバーがん研究所の担当医、肺がん研究者)は次のように述べた。「現在、肺がん検診はほぼ喫煙歴に基づいて行われています。本研究における知見により、将来、遺伝的な遺伝子リスクによってもスクリーニングが行われる可能性を示唆しています。今後の研究でその有効性が確認されれば、EGFR T790M遺伝子変異を持つ人々を遺伝子検査によって特定し、治癒の可能性が最も高い段階で肺がんを発見する個別化されたCTスクリーニングを提供できるようになるでしょう」。
肺がんの多くは喫煙や受動喫煙と関連しているが、喫煙歴のない人の診断割合が増加しつつある。しかし、肺がんの根底に存在する遺伝子要因、特に遺伝的リスクの役割については十分に解明されていない。
2005年、研究者らは、複数の肺がん症例が確認されたある欧州の家族にEGFR T790Mと呼ばれる稀な遺伝性変異を特定した。それ以来、この変異は肺がんの発症率が異常に高い他の家族においても報告されている。
共同筆頭著者であるPasi A. Jänne医学博士(ダナファーバーがん研究所のトランスレーショナルリサーチ担当上級副所長、肺がん専門医)は次のように語った。「長年にわたり、一部の家系では肺がんのリスクが著しく上昇することを遺伝的に受け継いでいることが知られていましたが、このEGFR T790M遺伝子変異は非常に稀であるため、これまではそのリスクを正確に測定することはできませんでした。本研究において300万人以上を対象に調査を行った結果、この遺伝性変異が肺がんにどれほど強く関連しているかということを実証することができたのです」。
研究者らは、肺がん患者と肺がんではない人を比較し、肺がんを発症した患者においてEGFR T790M遺伝子変異がより多く見られるかどうかを調査した。また、喫煙歴のない人々を別途分析し、喫煙がない場合でもこの関連性が維持されるか否かを検証した。この関連性を裏付ける追加データは、ダナファーバーがん研究所のLoPiccolo博士およびJänne博士が主導し、GO2 for Lung Cancer(※肺がん患者や家族、リスクのある人を支援する米国の非営利団体)およびアダリオ肺がん医学研究所(Addario Lung Cancer Medical Institute(ALCMI) ※肺がん治療の革新を目指す非営利の国際研究コンソーシアム)と提携して実施されたINHERIT研究(Investigating HEreditary RIsk from T790M)(NCT05587439)の参加者から得た。
研究者らは、EGFR T790M遺伝子変異が肺がんのリスクを高めることは予想していたが、リスク増加の程度がこれほど大きいとは予想していなかった。
共同筆頭著者であるAlexander Gusev博士(ダナファーバーがん研究所の定量的遺伝学者)は次のように述べた。「今回の注目すべき発見の一つは、単一の変異がこれほどまでに強い影響を及ぼすという点です。私の知る限り、今回の遺伝性変異はこれまでに発見された中でがんリスクを最も強く高める変異の一つです」。
喫煙者の中で、この変異の保因者は、非保因者に比べて肺がんを発症するリスクが約10倍高かった。非喫煙者の中では、保因者の肺がん発症リスクは60倍以上高かった。この相対リスク(喫煙者の方がEGFR T790M遺伝子変異保因による肺がん発症リスクが約10倍と低いこと)は喫煙が肺がんの予防効果があることを意味するものではない、と研究者らは説明した。喫煙自体がすでに肺がんのリスクを大幅に高めているため、それに比べるとこの変異の影響は小さく見える。
「喫煙は肺がんのリスクを高めます。遺伝性変異も肺がんのリスクを高めます。喫煙して遺伝性変異が生じると、リスクは倍に高まるのです。ですから喫煙は絶対に避けるべきです」と、Gusev博士は述べた。
今回の遺伝性変異は、調査対象となった他の17種類の一般的ながんのいずれとも関連性が認められず、影響は主に肺がんに限定されている可能性が示唆された。
LoPiccolo博士は、今回の遺伝性EGFR T790M遺伝子変異の有病率は米国人口における約1万5000人に1人であると指摘した。しかし、米国南東部の特定の地域では、2000人に1人という頻度で見られることもある。
「研究に参加した23andMe社の遺伝性変異の保因者のほとんどが、同一祖先の系統からこの変異を受け継いでいることが分かりました。祖先の系統は米国に移住した英国系およびアイルランド系の入植者にまでさかのぼることができ、約200年前の南アパラチア地方で起きた創始者効果と遺伝的ボトルネックによって、遺伝性変異が集中的に広がったことが示されました。人の移住や家系が、何世代も後になって病気のリスクを形づくることがあるという非常に興味深い事例です」と、LoPiccolo博士は語った。
研究者らは、肺がんの家族歴が複数ある人、複数の肺結節がある人、多発性肺がんの患者、この変異がより多く見られる米国南東部地域にルーツを持つ人には、遺伝カウンセラーに相談することを推奨している。カウンセラーは、遺伝子検査や定期的な肺がん検診が適切かどうかを判断する手助けを行っている。
23andMe社の研究に参加した人々は、本知見に至るうえで欠かせない存在であった。今回、23andMe社の大規模なデータベースから研究者たちは1,000万人以上の研究同意済み参加者のデータを解析し、遺伝子情報と肺がんに関するデータの両方がそろっている330万人の参加者に焦点を絞って分析を行った。
次の段階として、研究者らは、EGFR T790M遺伝子変異保因者の中には肺がんを発症する人もいれば発症しない人もいる理由、この遺伝子変異が肺がんのリスクを高める一方で他の一般的ながんのリスクを高めない理由、および環境要因やその他の遺伝子変化がリスクにどのように影響するかという理由を解明したいと考えている。今後の研究では、より多様な集団を対象とし、肺がんの発症リスクを高める可能性のある他の遺伝性EGFR遺伝子変異についても調査が行われる予定である。一方、LoPiccolo博士とJänne博士は、肺がん発症の遺伝的リスクや素因をさらに解明するため、「INHERIT Study(Investigating HEreditary RIsk from T790M)」への参加者の募集を継続している。
本研究の資金は、LUNGevity Foundation(Career Development Award to J.L.)、Elaine & Gerald Schuster Fund for Lung Cancer Research(J.L.)、米国国立衛生研究所(NIH助成金R01 HG012133:A.G.宛、 D.C.へのNIH/国立がん研究所助成金U01 CA209414、およびP.A.J.へのNIH助成金R35 CA220497);アメリカがん協会(P.A.J.への助成金CRP-17-111-01-CDD);Chen-Huang Center for EGFR-Mutant Lung Cancers (J.L. and P.A.J.);GO2 for Lung Cancer(INHERIT Study);Addario Family;Sam and Janet Bain;Burns Family;Jain and Patkar Family;David Lefkowitz and Julie Persily;Smita and Pankaj Patel Family;SITA Foundation; Van Auken Private Foundation;B. Marglous Family Foundation in memory of Lindsey Rae Marglous;Charlotte and Clifford Abrecht夫妻により設立されたMichele Simeone Abrecht Memorial Fund;Cammarata Family Foundation Research Fund;肺がん研究のためのZhen-Quan Xu and Lin Yuan Fund;Gohl Family Lung Cancer Research Fundにより提供された。
- 記事担当 平 千鶴
- 監修 田中 文啓(呼吸器外科/産業医科大学・北九州総合病院)
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- 原文掲載日 2026/09/17
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