OncoLog2013年4月号◆幹細胞移植後の移植片対宿主病の予防および治療
MDアンダーソン OncoLog 2013年4月号(Volume 58 / Number 4)
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幹細胞移植後の移植片対宿主病の予防および治療
毎年、何千人もの造血器腫瘍患者が、治癒を期待して同種(ドナーからの)幹細胞移植を受けている。移植片対宿主病(GVHD)は死に至る可能性もある合併症で、幹細胞移植を受けた患者の25%~60%に発現する。そのため、医師や研究者はGVHDの発現率を低減して患者の転帰を改善するために継続して取り組んでいる。
幹細胞移植は一般的に、リンパ腫、白血病、骨髄腫などの造血器腫瘍患者に対して、前処置療法とよばれる比較的高用量の化学療法や放射線治療を施した後に行われる。前処置療法の目的は、基礎疾患である悪性腫瘍を根絶すること、および患者の免疫系を抑制してドナーの幹細胞が受け入れられるようにすることである。これらの治療(場合によっては癌そのもの)により骨髄が損傷されて免疫系が不全となるが、幹細胞移植は、骨髄中に幹細胞を再構築することによって、患者が病原体に対して免疫反応を起こす能力を再構築する。同時に、再構築された免疫系は癌細胞を認識して反応し、再発を予防する。
同種幹細胞移植は移植レシピエントの体内におけるこの「移植片対腫瘍」効果による大きな治療効果が期待される一方で、、必然的にリスクと合併症を伴う。合併症のうち最も多い—そして重症となることがある―ものが移植片対宿主(GVH)効果であり、これは再構築された免疫系が患者の正常組織を標的とするものである。この効果により、移植片対宿主病(GVHD)として知られる、生命を脅かす危険がある合併症を発症することがある。
GVHDのリスク因子
テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンター幹細胞移植・細胞療法部准教授のAmin Alousi医師が、GVHDの予防と治療に関する臨床試験を統括している。「個々の患者がGVHDを発症するリスクは、多くのリスク因子の有無に依存します」Alousi医師は述べる。「リスク因子の多くは患者および癌に内在したものですが、唯一最大のリスク因子はドナーです」。
ドナーは、ヒト白血球抗原(HLA)のタイピングにより選択される。歴史的に、ドナーとなるのは同胞が最も多かった。同胞、つまり患者と両親が同じ兄弟は、HLA が完全に適合する確率が25% にのぼる。
「HLA適合同胞ドナーからの同種幹細胞移植は、GVHDのリスクが最も低いのです」と、Alousi 医師は述べる。「残念ながら、適合する同胞ドナーがいないことが多く、その場合は別のドナーを探さなければなりません。」米国では家族の人数が減りつつあるため、現在は、HLAが適合する非血縁ドナーが最も多い移植ドナーである。患者に適切なHLA適合同胞がいない場合、1600万人が登録する世界規模のボランティアドナー登録の検索を開始する。この登録者から、30~50%の確率でHLA適合ドナーが-特定される。
登録者から適合ドナーがみつからなかった場合、移植チームは他のドナーを検討する。親、子およびハプロタイプが一致する兄弟などの半合致の近縁者、完全には適合しない非血縁ドナー、あるいは完全適合の必要がない臍帯幹細胞移植がドナー候補として挙げられる。「しかし、そこからドナーを選ぶと、GVHDリスクが増大するのです」 Alousi医師は述べる。「ドナーの適合度が低いほど、GVHDのリスクは増大します。リスクが高いほど、移植中も移植後も、GVHDの予防のためにより強力な対策を講じなければなりません」。
HLAが完全に適合した場合でも、免疫系に関与する他のタンパク質の不一致によるリスクもあるため、GVHDのリスクをなくすことはできない。他のリスク因子は、患者の年齢(高齢の患者は若年患者と比較してGVHDを発症しやすい)、ドナーとレシピエントの性別の不一致(例えば、特に妊娠経験のある女性から男性レシピエントへの移植ではGVHDリスクが増大する)などが挙げられる。
他にも、患者の癌そのものからもGVHD リスク因子が生じる。進行した癌や広範な治療を行った癌ではSCT後のGVHDリスクが増大する。再発を繰り返した癌を有する患者、強力な治療を受けた患者、あるいは移植時点で寛解に至っていない癌を有する患者でも GVHDリスクが増大する。
GVHDリスクの低減
特に高齢の患者や併発疾患を有する患者でGVHDリスクを低減させるアプローチのひとつに、低強度の前処置療法を行うというものがある。「前処置療法には、ひとつの標準法があるわけではありません」Alousi医師は述べる。「むしろ、患者が忍容できるレベルに前処置療法を個別化しています。低強度の前処置療法によりGVHDリスクを低減することができます。問題は、低強度の前処置療法により癌の再発リスクが増大する可能性があることです。きわどい綱渡りなのです」。
GVHDリスクを低減するもうひとつのアプローチに、移植前の幹細胞からTリンパ球(GVH効果において重要な役割を果たす)を物理的に除去して活性を低減することがある。Alousi医師によると、このアプローチでは GVHDリスクを低減することができるが、代償も大きい。「Tリンパ球を除去すれば、もはやこれらのリンパ球が感染症と闘うことはできません」Alousi医師は述べる。「そのため患者の回復は遅れ、撃退することができない感染症のリスクが高まります」。
Alousi医師の研究は、上記2つのアプローチのバランスをとる新しい戦略の探索に焦点をおいている。「われわれは、GVHDのリスクを低減しながら移植片対癌効果や患者が感染症と闘う能力は減弱しない方法を探しています。理想的には、宿主細胞を損傷せずに癌のタンパク質を標的とする戦略を開発したいのです」。
臨床におけるGVHD治療
GVHDは、急性または慢性の2種の型のうちどちらかの形態を呈する。 急性GVHDは通常移植後100日以内に発症し、一方慢性GVHDは100日を超えてから発症する。この 2種を発症するリスク因子は共通であるものの、発症機序は異なると考えられている。
急性GVHDと慢性GVHDは症状も異なる。急性GVHD患者は、皮膚発疹、下痢、肝障害、悪心や 嘔吐などの症状を呈することが多い。慢性GVHDの徴候は非常に多岐にわたる。慢性GVHDは身体のあらゆる系に影響し、強皮症、全身性エリテマトーデス、眼球乾燥症候群などの疾患と共通していることが多い。慢性GVHDは、同種幹細胞移植を受けた患者の25%~50%に発症する。
Alous医師によると、急性GVHDを予防するためにさまざまな手段が講じられているという。多くの場合、タクロリムス、シクロスポリン、メトトレキサートおよびミコフェノール酸などの薬剤を単独または併用した免疫抑制療法が移植時から開始される。「移植片の成熟につれて宿主と移植片の間の寛容もより強くなるため、徐々に免疫抑制剤を減量してドナー細胞が宿主細胞と共存できるようにします」Alousi医師は述べる。「しかし、患者の約20%は免疫抑制療法を生涯継続しなければなりません」。GVHDリスクを低減する最新のアプローチは、慢性GVHDよりも急性GVHDのリスクを最小化することにより成功している。慢性GVHDリスクの低減は活発に研究が進められている分野である。
GVHD は複数の臓器系を損なうため、その治療には、皮膚科医、眼科医、呼吸器科医、およびその他の専門医の連携が必要となることがある。急性および慢性GVHDの管理の目標は、1) 早期に診断して進行を止め、疾患の悪化を防止する、2) 症状を軽減する対症療法および支持療法を行い、QOLに対するGVHDの影響を最小化する、3) GVHD治療による長期的な毒性を防止する、である。
現在、急性および慢性GVHDに対して唯一標準と考えられている治療はステロイド剤投与である。長期的なステロイド使用は、糖尿病、感染症リスク増大、重度の筋力低下、および癌の再発など、重症化する可能性のある多種の毒性作用と関連しており、GVHD専門家にとって代替治療の開発は優先課題である。
GVHD治療の最新の臨床試験では、プレドニゾンなどのステロイド剤と他の免疫抑制剤を併用し、ステロイド剤を低用量かつ早期に減量できる治療法を検討している。体外循環光療法(フォトフェレーシス)として知られる技術を組み込み、GVH効果を低減する治療法もある。体外フォトフェレーシスとは、患者の血液を機器を通して循環させ、白血球と血小板を分離し、それらを化学薬品で処理し、紫外光で化学薬品を活性化した後に体内に戻すものである。
慢性GVHDの特定に重要な地域の医師
MDアンダーソンおよび米国のほぼすべての幹細胞移植センターでは、患者は幹細胞移植後の血球数回復により生着が明確に確認できるまでの期間、すなわち一般的には約4週間入院する。その後患者は退院し、移植チームが移植後約100日まで詳細にモニタリングし、免疫系が回復し、感染症を発症せず、そして、最も重要なことは、GVHDを発症していないことを確認する。幹細胞移植を受けた患者は、約100日後に居住地域の医師に引き継がれる。
MDアンダーソンの移植チームは地域の医師と密接に連携している。Alousi医師が監督する幹細胞移植サバイバーシップ・クリニックは、地域の医師に必要な情報をすべて提供し、医師は慢性GVHDスクリーニングに役立つツールやGVHDが疑われる場合の対処法に関する情報を得ている。医師は、質問や懸念がある場合はサバイバーシップ・クリニックの医療スタッフにいつでも連絡することができる。
「地域の医師には、患者と共にわれわれの『目となり耳となって』欲しいとお願いしています」Alousi医師は述べる。「慢性GVHDは臨床的に診断します。血液検査や画像診断では検出できません。臨床徴候は非常に捕らえにくいこともあります。」よくみられる慢性GVHDの症状には、皮膚発疹、眼の乾燥、 粘膜の乾燥や疼痛、および関節硬直などが挙げられる。より発現頻度が少ない症状には、黄疸および肺や消化器の異常などがある。しかし、Alousi医師によると、慢性GVHDは「100種類もの異なる症状」を呈しているようにみえるという。
幹細胞移植後の生活の質(QOL)
研究により、幹細胞移植後の長期的QOLの最も有用な予測因子は慢性GVHDの有無であることがわかってきた。慢性GVHDを発症しなかった移植レシピエントは、同年代の一般の人と同等のQOLが得られる傾向にある。慢性GVHDはQOLに悪影響を及ぼし得るが、慢性GVHDをコントロール可能なレシピエントは、慢性GVHDを発症しなかった患者と同等のQOLが得られる傾向にある。「GVHDと生存は密接に結びついています」 Alousi医師は述べる。「移植後の患者が健康に生きるのを助けることは、突き詰めるとGVHDを予防し管理することです。GVHD専門家としての私の役目は、サバイバーシップにおける役目でもあり、 移植後に最善のQOLが得られるように患者を手伝う役目でもあります」。
今後の研究方針
新たな研究領域には、GVHDのバイオマーカーの特定がある。有用なバイオマーカーにより、幹細胞移植後にどの患者がGVHDを発症しそうか、どの患者で発症したGVHDが重症になり、より強力な治療を要するか、急性GVHDを発症した患者のうちどの患者が最も慢性GVHDを発症しそうかを予測できる可能性がある。国際的にそのようなバイオマーカーを発見して臨床開発しようという試みが進行中である。進展がみられた初期研究もあり、今や初期(症状があらわれる前)にどの患者がGVHDを発症しそうかを示す可能性がある血中タンパク質をみいだしている。他に、GVHDに対する標準初回治療に反応が見込めない患者を特定するマーカーも検討中である。
「これらのマーカーは、まだ臨床で使用する段階には至っていません」Alousi医師は述べる「さらに、バイオマーカーとは、予測に対処する有効な治療法が存在する場合にのみ有用となるのです。現在、われわれはバイオマーカーを完成させ、そこを特異的に標的とする治療法を開発できるように試みています。それでも、Alousi 医師と研究チームは楽観的だという。「われわれは期待できる戦略をいくつか打ち出し、使えるものを見つけるまで根気よく継続しようとしています」。
[写真キャプション訳]
【上段】 同種幹細胞移植後の慢性の移植片対宿主病は、さまざまな自己免疫と類似していることがある、上の写真の患者は、強皮症の症状を呈し、皮膚が肥厚して筋膜にも症状が及んでいる。
【中段】 慢性の移植片対宿主病の症状はきわめて多岐にわたり、自己免疫疾患である強皮症に類似する症状(写真A、B、C)や同じく自己免疫疾患である扁平苔癬に類似する症状(写真DおよびE)などがある。
—Kathryn L. Hale
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