炎症性乳がん

炎症性乳がんはどのようなものですか?

炎症性乳がんはがん細胞が乳房の皮膚内のリンパ管を塞ぐ疾患で、まれとはいえ非常に悪性度の高いがんです。この種類の乳がんが「炎症性」と言われる理由は、乳房が腫れて赤くなりやすい、すなわち、炎症みたいに見えるためです。

炎症性乳がんはまれながんで、米国内で診断される全乳がんの1~5%程度です。大部分の炎症性乳がんは浸潤性乳管がんです。すなわち、こうしたがんは乳房内の乳管の壁を覆う細胞から発生し、そこからさらに深く広がります。

炎症性乳がんは急速に進行し、数週間から数カ月で進行することが多いです。診断時の炎症性乳がんは、がん細胞が隣接するリンパ節転移のみか、または他の組織にも転移しているかどうかによってIII(3)またはIV(4)のいずれかに分類されます。

炎症性乳がんのさらなる特徴は以下の通りです。

  • 他の種類の乳がんと比較して、若年で診断される傾向があります。
  • 白人女性と比較してアフリカ系女性で、より高頻度で認められ、より若年で診断されます。
  • ホルモン受容体陰性であることが多いです。すなわち、タモキシフェン(エストロゲンが促すがん細胞の増殖を阻害します)などのホルモン療法剤で治療できません。
  • 標準体重女性と比較して、肥満女性でより高頻度で認められます。

他の種類の乳がんと同様、男性でも発症する可能性がありますが、男性の場合、通常、女性より高年齢で発症します。

炎症性乳がんの症状はどのようなものですか?

炎症性乳がんの症状はむくみ(浮腫)と発赤(紅斑)で、乳房の3分の1以上に症状が現れます。乳房の皮膚は桃色、赤紫色、または青紫色を呈することもあります。また、オレンジの皮の様に、盛り上がりやくぼみが認められることがあります(橙皮状皮膚)。これらの症状は、乳房の皮膚内に体液(リンパ液)が溜まることで生じます。リンパ液が溜まる理由は、がん細胞が皮膚内のリンパ管を塞ぎ、組織を通るその正常な流れを妨げているためです。場合によっては、乳房内に固形腫瘍が存在することがあり、視触診でしこりを見つけられることもありますが、大抵はそうではありません。

炎症性乳がんの症状における他の症状は、乳房の急激な増大、乳房の重感、灼熱感、もしくは圧痛、または乳頭の内転(内側に向くこと)です。リンパ節腫大は脇の下、鎖骨付近、またはその両方で認められることもあります。

重要なことは、こうした症状は他の疾患など(例.感染症、外傷、他の種類の局所進行乳がん)でも認められることに留意することです。こうした理由により、炎症性乳がんの女性患者では、その診断が遅れることが多いです。

どの方法で炎症性乳がんを診断しますか?

炎症性乳がんはしばしば診断が困難ながんです。大抵の場合、しこりを視触診やマンモグラフィ検査で発見できないためです。また、炎症性乳がんと診断される大多数の女性患者では乳房組織が高濃度で、マンモグラフィではがんを見つけにくくなります。その上、炎症性乳がんは進行が速いので、マンモグラフィの定期検診の間に発生し、急速に進行する可能性があります。その症状は、乳腺炎(乳房の感染症)や他の種類の局所進行乳がんのそれらと誤診されることがあります。

診断や最適な治療法の選択の遅れの回避に役立てるために、ある国際専門委員会は、医師による炎症性乳がんの正確な診断・病期分類法に関するガイドラインを発表しました。これらの勧告の要約は以下に示す通りです。

炎症性乳がんの診断に関する最低基準は以下の通りです。

  • 紅斑(発赤)、浮腫(むくみ)、および橙皮状皮膚(皮膚の盛り上がりやくぼみ)の急激な発症、ならびに/または乳房の異常な熱感。なお、視触診可能なしこりの有無は問いません。
  • 上記の症状が6カ月以内で現れます。
  • 紅斑が乳房の3分の1以上に発生します。

患部乳房からの最初の生検検体で浸潤性がんが認められます。

さらに、患部の組織検体の検査には、がん細胞におけるホルモン受容体(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体)の有無やHER2遺伝子やHER2タンパクの量が正常量より多い(HER2陽性乳がん)かどうかを調べるものがあります。

画像診断や病期分類検査は以下に示す通りです。

炎症性乳がんを適切に診断し、病期を分類することで、医師は最適な治療計画を作成し、その転帰を予測することができます。炎症性乳がんと診断された患者のなかには、その専門医の診察を受けたいと考える人もいるでしょう。

どの方法で炎症性乳がんを治療しますか?

炎症性乳がんの治療は通常、最初は全身化学療法による腫瘍縮小、次に外科手術による切除、そして、放射線治療です。こうした治療法を集学的治療と言います。集学的治療を受ける炎症性乳がん女性患者で治療の効果が高まり、生存期間が延長することが研究でわかっています。集学的治療で使用される治療法は以下に示す通りです。

  • 術前化学療法:この種類の化学療法は術前に実施され、通常アントラサイクリン系とタキサン系抗がん剤の両者が投与されます。担当医は通常、腫瘍切除前に6サイクル以上の術前化学療法を4~6カ月間実施するよう推奨します。但し、この期間にがんが進行し続けるために、担当医が切除手術を急いだほうがよいと決断した場合を除きます。
  • 分子標的薬:炎症性乳がんはHER2タンパクを正常量より多量に産生することがよくあります。従って、トラスツズマブ(ハーセプチン®注射用)などの抗HER2抗体はその治療に使用されることがあります。 抗HER2抗体は術前化学療法の一部としても、外科手術後(術後化学療法)でも投与可能です。(※1)
  • ホルモン療法:女性患者の炎症性乳がん細胞にホルモン受容体が存在する場合、ホルモン療法が別の治療選択肢になります。タモキシフェンなどの薬剤(エストロゲンによるその受容体への結合を阻害します)やレトロゾールなどのアロマターゼ阻害剤(エストロゲン産生を阻害します)は、エストロゲン依存性腫瘍細胞の増殖を抑制し、死滅させることができます。
  • 外科手術:炎症性乳がんに対する標準的手術法は非定型的乳房切除術です。この手術法で、患部乳房全体、および脇の下のリンパ節の大部分もしくは全体が切除されます。多くの場合、大胸筋や胸筋上の組織も切除されますが、これらの胸筋は温存されます。小胸筋が切除されることもあります。
  • 放射線治療:乳房切除術後胸壁照射(切除済乳房の下に位置します)は、炎症性乳がんに対する集学的治療の標準的な一要素です。乳房切除前にトラスツズマブ投与を受けた患者は、術後放射線治療を受けている間にも、その投与を継続することがあります。乳房再建は炎症性乳がん女性患者においても実施可能です。しかし、放射線治療は炎症性乳がんの治療において重要なので、一般的に専門医らは通常乳房再建を遅らせるよう推奨します。
  • 術後化学療法:術後全身化学療法はがん再発の可能性を低下させる外科手術の後に実施されることがあります。この化学療法には、化学療法薬の追加、ホルモン療法、分子標的薬(例.トラスツズマブ)、またはこれらの治療法から成る併用療法が含まれることがあります。

炎症性乳がん患者の予後はどのようなものですか?

がんと診断される患者の予後や転帰は、がんの治療が成功したかどうか、患者が完全に回復するかどうかの目安と考えられることが多いです。がんの種類と部位、病期、患者の年齢と総体的な健康状態、ならびにがん治療に対する効果の程度などの多くの要因が患者の予後に影響を及ぼす可能性があります。

炎症性乳がんは通常急速に進行し、身体の他の部位への転移も早いため、一般的に、炎症性乳がんと診断された患者は、他の種類の乳がんと診断された人と比較して、生存期間が長くはありません。

とはいえ、生存率に関する統計は多数の患者に基づく一方で、腫瘍の特性や病歴により、各女性患者の予後は良くなったり悪くなったりする可能性があるということを知っておくのは重要です。炎症性乳がん女性は、特定の状況を前提とする予後について担当医に相談してください。

現行の研究、特に分子レベルのものは、炎症性乳がんの発生・進行過程を解明するものです。こうした知識により、この疾患と診断された女性らに対する新治療法やより正確な予後診断法を開発できるはずです。したがって、炎症性乳がんと診断された女性にとって、臨床試験への参加という選択肢について担当医に相談することは重要です。

どのような臨床試験に炎症性乳がん患者は参加できますか?

NCIはあらゆる種類のがんに対する新治療に関する臨床試験、および既存の薬剤をより効果の高い使用法で検証するための臨床試験を主導しています。臨床試験への参加は多数の炎症性乳がん患者にとっての選択肢であり、同患者全員に臨床試験における治療を検討するよう勧めています。

炎症性乳がん患者向けの現行の臨床試験の解説は、NCIの「がん臨床試験リスト」(※2)を検索することで閲覧できます。この目録には、米国とカナダ、ならびに世界各国で実施されているNCI出資の全臨床試験が記載されます。この目録の検索法に関する情報に関しては、「NCI出資臨床試験の検索のヘルプ」を参照してください。

臨床試験の参加に関心がある患者は担当医に相談してください。臨床試験に関する情報は、NCIがんセンター(電話番号:1–800–4–CANCER)とNCIの小冊子「 Taking Part in Cancer Treatment Research Studies(がん治療の研究に参加する)」から入手できます。さらなる情報はページ「Clinical Trials Information for Patients and Caregivers」で閲覧できます。

主要参考文献

  1. Anderson WF, Schairer C, Chen BE, Hance KW, Levine PH. Epidemiology of inflammatory breast cancer (IBC). Breast Diseases 2005; 22:9-23. [PubMed Abstract]
  2. Bertucci F, Ueno NT, Finetti P, et al. Gene expression profiles of inflammatory breast cancer: correlation with response to neoadjuvant chemotherapy and metastasis-free survival. Annals of Oncology 2014; 25(2):358-365. [PubMed Abstract]
  3. Chang S, Parker SL, Pham T, Buzdar AU, Hursting SD. Inflammatory breast carcinoma incidence and survival: the surveillance, epidemiology, and end results program of the National Cancer Institute, 1975-1992. Cancer 1998; 82(12):2366-2372. [PubMed Abstract]
  4. Dawood S, Cristofanilli M. Inflammatory breast cancer: what progress have we made? Oncology (Williston Park) 2011; 25(3):264-270, 273. [PubMed Abstract]
  5. Dawood S, Merajver SD, Viens P, et al. International expert panel on inflammatory breast cancer: consensus statement for standardized diagnosis and treatment. Annals of Oncology 2011; 22(3):515-523.[PubMed Abstract]
  6. Fouad TM, Kogawa T, Reuben JM, Ueno NT. The role of inflammation in inflammatory breast cancer. Advances in Experimental Medicine and Biology 2014; 816:53-73. [PubMed Abstract]
  7. Hance KW, Anderson WF, Devesa SS, Young HA, Levine PH. Trends in inflammatory breast carcinoma incidence and survival: the surveillance, epidemiology, and end results program at the National Cancer Institute. Journal of the National Cancer Institute 2005; 97(13):966-975. [PubMed Abstract]
  8. Li BD, Sicard MA, Ampil F, et al. Trimodal therapy for inflammatory breast cancer: a surgeon’s perspective.Oncology 2010;79(1-2):3-12. [PubMed Abstract]
  9. Masuda H, Brewer TM, Liu DD, et al. Long-term treatment efficacy in primary inflammatory breast cancer by hormonal receptor- and HER2-defined subtypes. Annals of Oncology 2014; 25(2):384-91. [PubMed Abstract]
  10. Merajver SD, Sabel MS. Inflammatory breast cancer. In: Harris JR, Lippman ME, Morrow M, Osborne CK, editors. Diseases of the Breast. 3rd ed. Philadelphia: Lippincott Williams and Wilkins, 2004.
  11. Ries LAG, Young JL, Keel GE, et al (editors). SEER Survival Monograph: Cancer Survival Among Adults: U.S. SEER Program, 1988-2001, Patient and Tumor Characteristics. Bethesda, MD: NCI SEER Program; 2007. NIH Pub. No. 07-6215. Retrieved April 18, 2012.
  12. Robertson FM, Bondy M, Yang W, et al. Inflammatory breast cancer: the disease, the biology, the treatment. CA: A Cancer Journal for Clinicians 2010; 60(6):351-375. [PubMed Abstract]
  13. Rueth NM, Lin HY, Bedrosian I, et al. Underuse of trimodality treatment affects survival for patients with inflammatory breast cancer: an analysis of treatment and survival trends from the National Cancer Database. Journal of Clinical Oncology 2014; 32(19):2018-24. [PubMed Abstract]
  14. Schairer C, Li Y, Frawley P, Graubard BI, et al. Risk factors for inflammatory breast cancer and other invasive breast cancers. Journal of the National Cancer Institute 2013; 105(18):1373-1384. [PubMed Abstract]
  15. Tsai CJ, Li J, Gonzalez-Angulo AM, et al. Outcomes after multidisciplinary treatment of inflammatory breast cancer in the era of neoadjuvant HER2-directed therapy. American Journal of Clinical Oncology 2015; 38(3):242-247. [PubMed Abstract]
  16. Van Laere SJ, Ueno NT, Finetti P, et al. Uncovering the molecular secrets of inflammatory breast cancer biology: an integrated analysis of three distinct affymetrix gene expression datasets. Clinical Cancer Research 2013; 19(17):4685-96. [PubMed Abstract]
  17. Yamauchi H, Ueno NT. Targeted therapy in inflammatory breast cancer. Cancer 2010; 116(11 Suppl):2758-9. [PubMed Abstract]
  18. Yamauchi H, Woodward WA, Valero V, et al. Inflammatory breast cancer: what we know and what we need to learn. The Oncologist 2012; 17(7):891-9. [PubMed Abstract]

関連情報

=監修 者注=
(※1)ペルツズマブとトラスツズマブを併用することもあります。
(※2)検索の際には、検索エンジンに「inflammatory breast cancer」と入力する必要があります。

*サイト注========

MDアンダーソンがんセンター Inflammatory Breast Cancer Clinic(英語)/ Dr. Naoto Ueno

翻訳担当者 渡邊 岳

監修 上野直人(乳がん・幹細胞移植・細胞療法/MDアンダーソンがんセンター)

原文を見る

原文掲載日 

【免責事項】
当サイトの記事は情報提供を目的として掲載しています。
翻訳内容や治療を特定の人に推奨または保証するものではありません。
ボランティア翻訳ならびに自動翻訳による誤訳により発生した結果について一切責任はとれません。
ご自身の疾患に適用されるかどうかは必ず主治医にご相談ください。

乳がんに関連する記事

BRCA関連乳がんにおける乳房温存療法の長期的有効性の画像

BRCA関連乳がんにおける乳房温存療法の長期的有効性

MDアンダーソンがんセンターBRCA関連乳がん患者の場合、将来の乳がんリスクを軽減するために両側乳房切除術が選択されることが多い。しかし、関連するリスクを受け入れながら乳房温存療法(B...
早期HER2陽性乳がんの再発予防に抗体薬物複合体トラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)が極めて有効の画像

早期HER2陽性乳がんの再発予防に抗体薬物複合体トラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)が極めて有効

ステージ1のHER2陽性乳がん患者において、抗体と化学療法薬で構成される薬剤での1年間の治療は、再発予防に非常に効果的であることが、ダナファーバーがん研究所が主導する研究チームにより証...
ASCO2024:ダナファーバーがん研究所の発表(リンパ腫、乳がん、脳腫瘍)の画像

ASCO2024:ダナファーバーがん研究所の発表(リンパ腫、乳がん、脳腫瘍)

米国臨床腫瘍学会(ASCO2024)年次総会で発表された研究結果
ダナファーバーがん研究所の研究者らは、中枢神経系(CNS)リンパ腫、乳がん、神経膠芽腫の患者の治療において有望な結果をも...
乳がんリスク評価ツールの仕組みの画像

乳がんリスク評価ツールの仕組み

2024年3月、女優のオリヴィア・マン(Olivia Munn)が乳がんと診断されたことを発表した。Munnさんはまた、がんリスク評価ツールが彼女の診断に至る過程で果たした役割を強調し...