放射性医薬品—放射線治療も分子時代を迎える

過去20年の間、さまざまな種類のがんを治療する方法が著しく変化した。分子標的治療はがん細胞の増殖、分裂、転移を促進するがん細胞内の特定のタンパク質を遮断し、免疫療法は体の免疫系を刺激または抑制してがんとの戦いを手助けする。しかし、外科手術、化学療法、放射線治療など長年使用されてきた治療法は今もがん治療の中心である。

放射線治療が初めてがんの治療に使用されたのは100年以上前のことで、現在でもがん患者の約半数が治療中のある時点で放射線治療を受けている。放射線治療は、最近まで100年前と同じように体外から放射線を照射して体内の腫瘍を殺滅するという方法で行われていた。(監修 者注:治療機械、エネルギーや照射方法は洗練されており、効果や副作用の面では格段に進歩している。)

体外照射は効果があるが、副作用もある。最新の放射線治療機器でも、「腫瘍に到達させるには正常な組織を攻撃しなければならない」とNCIのがん治療評価プログラムのCharles Kunos医学博士は語る。その結果生じる副作用は治療部位によって異なるが、味覚障害、皮膚炎、脱毛、下痢、性機能障害などがある。

現在、研究者たちはがん細胞に直接・特異的に照射できる放射性医薬品と呼ばれる新しい形の薬剤を開発している。ここ数年で新しい放射性医薬品を検証する研究や臨床試験が爆発的に増加している。

このような研究では、細胞レベルで照射する放射線治療によって急性期・晩期両方の副作用のリスクが低減すると同時に、微小ながん細胞のかけらであっても体の隅々まで殺滅が可能であることが示唆されている。

「この先10年から15年で内用放射線治療は放射線腫瘍学を大きく変化させると思う」とKunos博士は語った。

自然な親和性の上に構築

放射線を細胞に直接照射すること自体は目新しい方法ではない。放射性ヨード治療は1940年代から甲状腺がんの治療に使用されてきた。ヨウ素は甲状腺細胞に自然にとりこまれる。放射性ヨウ素は研究室で製造可能である。錠剤や液体で摂取すると、甲状腺手術後に残ったがん細胞に蓄積して殺滅する。

同様の天然の親和性を利用して、骨に転移したがんを治療する薬剤が開発された。二塩化ラジウム223(Xofigo)は、2013年に転移前立腺がんの治療薬として承認された。がん細胞が骨中で増殖すると、がん細胞の侵入を受けた骨組織が破壊され、体は骨の入れ替え、すなわち骨代謝回転と呼ばれる過程によりこの損傷を修復しようと試みる。

放射性元素ラジウムは「カルシウム分子のようにふるまうため骨代謝回転が最も高い部位」、例えばがんが増殖している部位に取り込まれる、とKunos博士は説明する。そしてラジウムは近くのがん細胞を殺滅する。

これらの放射性化合物は助けを借りず、すべてがん細胞へと移動する。研究者たちはその他のがんを特異的に標的とする新しい放射性分子を作ることができないかと考えた。

研究者たちは、放射性分子、(特異的にがん細胞を認識して接着する)標的分子およびこの2つの分子を結合するリンカーという3つの主要な構成要素で人工放射性医薬品を構想している。このような化合物は注射、点滴、吸入、摂取により血流に入る。

がんを標的とする分子とがん細胞を殺滅する分子を結びつけるという考えは目新しいものではなく、例えば特定のがん細胞に結合する抗体と毒性のある薬剤を結合させる抗体薬物複合体と呼ばれる薬剤ががんの治療薬としていくつか承認されている。

しかし、毒素が細胞に十分に接近できなかったため、このような薬剤を作る取り組みはある程度の成功にしか至らなかったとKunos博士は説明している。毒素が取り込まれ、細胞の内部に留まって損傷を与えるのに十分な時間が必要である。がん細胞の多くは、その前に毒素を押し出す機序を有す、または作り出す。

放射性医薬品も薬剤が細胞内に取り込まれた際に最も効果を示すが、必ずしもとりこまれる必要はない。放射性医薬品ががん細胞に付着すると放射性化合物は自然に崩壊する。このように放射性化合物が崩壊することによりエネルギーが放出され、付近の細胞のDNAに損傷を与える。さらに、細胞のDNAが修復不可能になるまで損傷を受けた場合、その細胞は死滅する。がん細胞は放射線誘発DNA損傷に対し特に感受性が高い。

使用される放射性化合物の種類にもよるが、その結果生じるエネルギーは放射性医薬品に結合した細胞に加え、その細胞の周囲にある約10~30個の細胞を貫通する。これにより放射性医薬品分子ひとつで殺滅できるがん細胞の数が増加する。

2010年代半ばまでに、米国食品医薬品局(FDA)は血液がんの一種である非ホジキンリンパ腫の患者を治療するためにB細胞上の分子を標的とする放射性医薬品を2種類承認したが、これらの薬剤は広く採用されなかった。リンパ腫患者を治療する医師の中にこの種の放射性化合物を投与する訓練を受けた者はほとんどいなかった。また、放射性医薬品は新しい非放射性医薬品との競争に直面していた。

この分野において形勢が一変したのは、FDAが消化管のがん性神経内分泌腫瘍(NET)の治療のためにルテチウム-177( Lu-177)ドータテート(Lutathera)を承認した2018年であったとNCIの放射線研究プログラムのJacek Capala博士は語った。

ゼロから作られた放射性医薬品を使用して「固形腫瘍もこの方法で標的にできることが明らかになった 」とCapala博士は語った。この場合、標的はNET細胞の表面に豊富に存在するホルモン受容体である。

Lu-177 ドータテートはこれまでに試験したどの薬剤よりもNETの進行を遅延させる効果に優れている、とこの薬剤の新しい臨床試験をいくつか主導しているケンタッキー大学のAman Chauhan医師は説明する。「これは私たちの分野にとって大きな前進である」とChauhan医師は述べている。

イメージング化合物からの応用

Capala博士は、現在、メラノーマ、肺がん、大腸がん、白血病など多種多様ながんを対象とした放射性医薬品の設計および試験が行われていると述べている。Chauhan医師は、標的可能な分子が細胞表面に存在し、血液供給が十分、つまり薬剤が十分に供給できる腫瘍であれば、いずれも放射性医薬品で治療できる可能性があるだろうと付け加えた。

これら新薬の多くは核画像に用いられる既存の化合物を再設計したものである。陽電子放射断層撮影(PET)などの核画像検査に、がん細胞の表面抗原にくっつく分子と結合した弱い放射性化合物を使用する。特殊なカメラを使用するとがん細胞の微小なかけらも映し出すことができ、体内のがん転移を測定するのに役立つ。

研究者らは現在、より強力な放射性化合物、またはその代わりとなる、がん細胞を映し出すだけでなくがん細胞を殺滅するアイソトープを送り出すためにこれらの標的分子を再利用している。

前立腺がんは早くからこのような再利用の検証が進んでいた。。PSMAと呼ばれるタンパク質は前立腺細胞のみに存在している。PSMAと結合する分子をPETスキャン画像に使用される放射性化合物と融合させることにより、従来の画像化では検出できない微小な前立腺がんのかけらを可視化することが可能になった。

現在、PSMAを標的とした放射性医薬品のいくつかについて臨床試験が行われている。

前立腺がんの大半が放射線に非常に感受性があり、前立腺がんの治療に体外照射が一般的に使用されていると米国国立研究所(NIH)の臨床センターでPSMAを標的にした放射線医薬品の臨床試験を率いているNCIのがん研究センターのFrank Lin医師は説明する。

初回治療として放射線治療を受けた男性の大半にがんの再発はみられないが、再発した場合、多くの臓器に小さながん細胞が多数ちらばって全身にがんが転移することがあるとFrank Lin医師は説明する。

「このように腫瘍が転移すると、体外照射は一度に体のごく一部にしか照射できないため、体外照射が不可能となる」とLin医師は言う。

PSMAを標的とした放射性医薬品は、血液中に直接注入して広範囲に循環させ、全身に転移した前立腺がん細胞への付着が可能なため、このような場合放射線治療に適した方法であるとLin医師は説明する。

また、画像化する分子と治療分子の標的が同じ場合、その大きな利点は治療効果の有無を医師が画像化により事前に検討することができることにある、とリン博士は付け加えている。

例えば、Lin医師の試験では男性は治療前にイメージング化合物を用いたPETスキャンを受ける必要がある。イメージング化合物ががん細胞に到達しPETスキャンで検出されれば、対応する放射性医薬品による治療でも標的に達すると研究者たちは考えている。

「このように診断と治療が歩調を合わせて互いに補完し合うような開発が行われており、この分野は非常に活気に満ちている」とChauhan医師は述べている。「この方法で私たちは放射性医薬品が的確に腫瘍に到達することが分かる」。

併用療法への移行

初期の研究で放射性医薬品は有望視されているが、他の種類の抗がん剤と同様に放射性医薬品のみで腫瘍を根絶できる可能性は低い。

例えば、 Lu-177ドータテートは治療後に神経内分泌腫瘍が縮小した患者の数を2倍以上に増加させたが、その数は薬剤なしの場合の7%に対し約17%とまだわずかである、とChauhan医師は説明する。

「まだまだ改善の余地が多い」とChauhan医師は述べている。

放射性医薬品と他の治療法の併用は改善を促進する方法の一つとなる可能性がある。現在、一部の研究者が放射性医薬品とがん細胞を放射線に対してさらに脆弱にする薬剤である放射線増感剤を併用した試験を行っている。例えばChauhan医師は、Lu-177 ドータテートと細胞が放射線誘発損傷後のDNA修復に必要な化合物を生成させないよう妨げるトリアピンと呼ばれる放射線増感剤を併用した臨床試験を主導している。

別の臨床試験では、Lin医師はLu-177 ドータテートとPARP阻害剤と呼ばれる薬剤を併用した試験を行っている。これらの薬剤は、DNA修復のプロセス自体を阻害し、乳がん、卵巣がん、その他のがんの治療薬としてすでに承認されている。「つまり放射線はDNAの損傷を引き起こし、PARP阻害剤は腫瘍細胞が放射線治療の後にDNAを修復するのを妨害する」とLin医師は説明する。

他の研究者は、放射性医薬品と免疫療法を併用し薬剤の効果を高めようとしている。「放射性医薬品により腫瘍が免疫療法にさらに反応することが最近の研究で明らかになっている」とCapala博士は述べている。

免疫細胞が腫瘍を認識しない、または腫瘍周囲の微小環境で正常に機能しないという意味で腫瘍の多くが「冷たい」腫瘍であると説明する。

しかし、放射線ががん細胞を殺滅するとがん細胞のタンパク質やDNAが血液中に流出し免疫細胞が腫瘍を認識し、全身の他のがん細胞を殺滅できるようになる。また、放射線治療により腫瘍微小環境が免疫細胞にとってより快適になる可能性もあるとCapala博士は付け加えた。

これらの効果を合わせると冷たい腫瘍を免疫細胞が豊富で免疫療法の薬剤に反応する「熱い」腫瘍に変換することが可能になる。いくつかの試験では、外照射でこの種の反応を起こす試験が行われている。

「しかし、各腫瘍、各転移それぞれに放射線を照射したほうが”免疫療法”がより効果的であることを示唆するデータがある。従って、放射性医薬品の治療は、一度体内に入ると転移部分すべてに到達するという点で有利である」と説明する。

入念な治療計画により安全な全線量を確保することが可能であれば、放射性医薬品と体外照射を併用することも意味があると言えるとCapala博士は付け加えた。「外照射は大きな腫瘍を標的とするのに非常に優れているため放射性医薬品による治療と併用して転移部分を標的とすることも可能である」。

課題と注意点

放射性医薬品の分野はまだ黎明期にある。この方法がより広く使用されるようになるまでに克服しなければならない課題の一つは放射性医薬品を投与する訓練を受けた医師の不足である。

「米国では核医学の医師の数が少ない」と核医学と腫瘍内科学の両方で研修を受けてきたLin医師は語る。「そして、新たに訓練を受けるのは年に70人か80人に過ぎないと思われる」。

今までのところ、この医師不足により放射性医薬品がオーダーメード医療として真の潜在能力を発揮できていないとCapala博士は説明する。他の種類の抗がん剤と異なり、医師が画像を用いて放射性医薬品が腫瘍にどの程度まで到達したかをほぼリアルタイムで正確に測定し、それに応じて線量を調整できる。

しかし、このような治療計画を立てるためには限られた学際的な専門知識が必要であり、放射性医薬品を画一的な線量で「化学放射線療法」として使用を続けているとCapala博士は付け加えた。「患者の多くが”まだ”最適な治療を受けていないことを意味する」。

長期的な安全性の研究も必要であると言う。外照射を受けた患者には治療後数か月から数年で二次がんの発症などの晩期有害事象が現れることがある。これまでの研究では放射性医薬品治療による遅発性の副作用の発症率が高いことは示されていないが「これらは非常に新しい薬剤であり、今後も注意を払って観察していかなければならない」とChauhan医師は述べた。

共同研究を円滑に進める

これらの薬剤は比較的新しい薬剤であるため、試験は継続中であるが「放射性医薬品の薬剤開発の始まりに過ぎない」とChauhan医師は語る。

2019年、NCIは有望な新薬の臨床試験をさらに後押しするため、臨床試験への移行を加速させる目的で放射性医薬品開発プロジェクトを開始した。

NCIが放射性医薬品開発プロジェクトで達成したいと願っていることのひとつに、異なる製薬会社が製造した薬剤を併用する試験をより多く仲介することであるとプロジェクトを主導するKunos博士は説明した。知的財産への懸念や信頼の欠如がある場合、このようなプロジェクトは開始前に中止になる可能性があると説明する。

「NCIが誠実な仲介役でなければ、このような共同研究が必ずしも実現しなかったというわけではない」と語る。現在、NCIが支援している早期臨床試験のうち放射性医薬品の試験を行っているのは約2%に過ぎないが、プロジェクトの導入によりこの割合は今後数年で飛躍的に増加する可能性があると付け加えた。

「放射線治療で使用している機器やその他の技術を排除するつもりはない。しかし、放射性医薬品の標的の性質により放射線の利用方法が変わると思われる」とKunos博士は述べた。

翻訳担当者 松長愛美

監修 河村光栄(放射線科/京都医療センター放射線治療科)

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