2010/01/12号◆癌研究ハイライト

同号原文
NCI Cancer Bulletin2010年1月12日号(Volume 7 / Number 1)
日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中〜

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癌研究ハイライト

・低リスク前立腺癌治療法の効果比較評価についての研究
・レナリドミドは多発性骨髄腫の進行を遅らせるのに有用
・リンパ腫の遺伝的研究で有力な治療法が提示される
・ワクチンによりイマチニブ治療患者の残存白血病細胞が死滅
・癌細胞は、蓄積された脂肪を利用して急速な増殖と転移を促す

低リスク前立腺癌治療法の効果比較評価についての研究

低リスク前立腺癌の治療について、監視療法(active surveillance)、外科手術、放射線療法などのさまざまなアプローチがいずれも同程度の全生存率および再発率になる、との結論が新しい効果比較研究で出されている。しかし、本研究で用いた経済モデルによると、監視療法は65歳以上の男性では即時的な治療と比較して健康上の純利益および質調整生存年(quality-adjusted life years, QALY)が高いという。

マサチューセッツ総合病院の技術評価研究所に基盤を置くInstitute for Clinical and Economic Reviewの研究者らは、低リスク前立腺癌の治療に用いられた種々のアプローチに関する文献と、大きな母集団での各アプローチの長期的効果が予測できるシミュレーションモデルの結果について考察した。また、研究では各アプローチの相対的な経済的負担についても比較を行った。文献の調査および分析にあたっては、国内第一線の前立腺癌専門家、患者団体や、医療機器、医薬品、健康保険会社の代表者など約50人による調査グループの支援を受けた。

各個の治療選択肢を直接比較した臨床試験の文献が乏しいことなどから、この課題は非常に複雑なものであったと研究者らは認めている。従来型の外科手術(前立腺全摘除術)に加え、腹腔鏡下前立腺全摘除術(ロボット手術含む)、近接照射療法、強度変調放射線療法(IMRT)の臨床効果および経済効果について解析した。局所前立腺癌の治療で一般的に広がりつつある陽子線治療については文献データが限られていることから、研究者らは「他の治療選択肢との優劣を判断するのは時期尚早である」とした。

レナリドマイドは多発性骨髄腫の進行を遅らせるのに有用

NCIの報道発表によると、多発性骨髄腫治療の一部としてレナリドマイド/レナリドミド(レブリミド)の使用について検討した第3相臨床試験の初期の結果から、薬剤投与を受けた患者で進行のリスクが58%も低下することが明らかになった。試験で治験薬投与を受けた患者の方がプラセボ投与患者より自家幹細胞移植を受けてから腫瘍が進行するまでの期間が長いことが立証されたと、試験を監視していた独立データ安全性モニタリング委員会が認めたため、試験は早期に中止された。

レナリドマイドはサリドマイドより強力でかつ安全な誘導体として開発され、骨髄異形成症候群(MDS)の治療にFDAの承認を受けている。また、形質細胞が腫瘍化する癌である多発性骨髄腫の初回導入療法としても使用される。骨髄腫患者は通常、導入療法後に自家幹細胞移植を受け、成功すれば、疾患の再発または進行を防ぐための維持療法として別の薬剤を使用することがある。

この臨床試験(CALGB-100104)で、メルファランおよび化学療法前に採取した患者自身の幹細胞を移植する治療が成功した後に100〜110日間進行がみられない患者460人をレナリドマイドまたはプラセボに無作為に割り付け、骨髄腫が進行し始めるまで薬剤を投与した。レナリドマイド投与を受けた患者の大多数では進行の徴候がみられなかったが、プラセボ投与を受けた患者では半数が778日以内に進行した。試験が早期に終了したため、全生存率が改善するかどうかについては証拠が得られていない。

「この試験は、多発性骨髄腫患者で移植から100日後に開始するレナリドマイドによる維持療法について、重大な疑問に対する回答となる」と、試験責任医師でロズウェルパーク癌研究所および Cancer and Leukemia Group BのDr. Philip L. McCarthy, Jr.氏は述べた。「レナリドマイドによる長期の維持療法が、プラセボに比べて進行を遅らせることが今回明らかになった」。

Eastern Cooperative Oncology Group(ECOG)臨床試験団体とBlood and Marrow Transplant Clinical Trials Network(血液・骨髄移植臨床試験ネットワーク)もこの試験に参加した。

リンパ腫の遺伝的研究で有力な治療法が提示される

リンパ腫の遺伝的研究により、この病気の特定の型でその役割が長年疑われていたシグナル伝達経路の重要性が明らかになった。びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)の一部の患者集団で、B細胞受容体のシグナル伝達経路の2つの成分にDNAの突然変異が発見された。研究者らは追加試験で、薬剤がこの経路のシグナルを遮断することにより、これらのリンパ腫細胞を死滅させることを示した。

これらの知見はNature誌1月7日号に報告され、NCI癌研究センターのDr. Louis Staudt氏らは、活性化B細胞様(ABC)DLBCLの約5分の1に変異が存在すると推定している。他のタイプのDLBCLでは変異は稀または存在しないが、変異を有する患者にとっては疾患の発症に重要であると考えられる。

変異はB細胞受容体の2成分、すなわちCD79BタンパクとCD79Aタンパクに影響を及ぼす。DLBCLは、体の免疫系の一部であるB細胞で生じる。正常なB細胞では、外来性物質に遭遇した場合にB細胞受容体と呼ばれる細胞表面タンパク質がシグナルのカスケードを活性化して細胞の生存および増殖を助ける。研究者らは、変異のある腫瘍における「慢性活性化(常に活性化している)」B細胞受容体シグナル伝達、すなわち腫瘍細胞が自発的にこの経路を活性化することを見いだした。

「われわれは、ある種のリンパ腫における重要なシグナル伝達経路に影響を及ぼす変異を発見した。これらの変異は、この種の癌におけるこの経路の重要性を示す決定的な証拠である」とStaudt氏は述べ、「この経路を標的とする薬剤の臨床試験では、今後ABC DLBCL患者に焦点を絞るべきであることが、この知見により示唆された」としている。

実験室レベルでは、いくつかの薬剤が慢性活性化B細胞受容体シグナル伝達を示すリンパ腫細胞を選択的に死滅させており、その1つであるダサチニブ(スプリセル)は慢性骨髄性白血病(CML)の治療に承認されている。こうした薬剤は、シグナル伝達経路の1成分を阻害することにより経路を遮断し、その結果変異細胞を死滅させると、研究者らは述べた。

「これは魅力的で素晴らしい論文です」とハーバード大学医学部の免疫学者Dr. Klaus Rajewsky氏はEメールによるメッセージで述べ、さらに「リンパ腫の発生、進行、維持におけるB細胞受容体の役割が長年疑われてきた。この受容体の下流にある他のシグナル伝達カスケードが他の状況でその過程に関与しているかどうかを調べると興味深いでしょう」と記している。

ワクチンによりイマチニブ治療患者の残存白血病細胞が死滅

イマチニブ(グリベック)を服用している慢性骨髄性白血病(CML)患者を対象にした治療ワクチンの初期の臨床試験で、中央値22カ月の期間に参加者19人中7人で癌細胞が検出不能となった。試験結果はClinical Cancer Research誌1月1日号に発表された。

イマチニブはCML患者の生存率を著しく改善させるが、ほとんどの場合、体内の癌細胞は完全には根絶されず、残存癌細胞により最終的に再発する可能性がある。

顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)と呼ばれるタンパク質を発現するように遺伝子操作したCML細胞株から試験ワクチンが作製された。このワクチンはその接種部位に免疫細胞を引き寄せるのを助ける。これらの免疫細胞は遺伝子操作されたCML細胞表面にあるタンパク質(抗原)に遭遇する。ジョンズホプキンス大学シドニーキンメル総合がんセンターのDr. B. Douglas Smith氏を中心とする研究者らは、免疫細胞が抗原に遭遇した後に体内の他の部位にあるCML細胞を探し当てて死滅させることを期待している。

試験に組み入れられた慢性期CMLの患者19人は全員イマチニブを服用していたが(期間中央値37カ月)、依然として測定可能な腫瘍細胞が体内に存在していた。試験期間中、患者はイマチニブの服用を継続し、3週間間隔で4回のワクチン接種を受けた。副作用はほとんどが軽度であったが、3人の患者で注射部位に疼痛性の反応が発現した。

中央値33カ月の追跡調査期間後に、74%の患者で分子遺伝学的寛解(血中のCML細胞数の大幅な減少)が、7人で分子遺伝学的完全寛解(CML細胞が検出されない)が認められた。発表時点で数人の患者(ワクチン接種後20〜44カ月)でCML細胞が検出されない状態を維持している。

研究者らは、イマチニブ服用の中止後も免疫療法の有用性が持続するかどうかを判定する追跡試験を計画している。

癌細胞は、蓄積された脂肪を利用して急速な増殖と転移を促す

細胞内に蓄積した脂肪を分解することでもっともよく知られる酵素が癌細胞に吸収され、それによって癌の侵襲性を高める可能性がある、とScripps Research Instituteから報告された。いくつかの高侵襲性癌の細胞株およびマウスモデルでこのMAGLという酵素の働きを阻害すると、細胞の転移および腫瘍増殖が抑えられたとDr. Daniel Nomura氏らがCell誌1月8日号で報告している。

同じマウスでMAGL値を低下させた場合、高脂肪食により腫瘍が増殖しはじめる可能性があることを発見した。この知見は「肥満と腫瘍形成の関係において刺激的な研究である」と研究チームは記述している。

研究の実施にあたり、研究者らはまず、高侵襲性もしくは低侵襲性の黒色腫、乳癌、卵巣癌の細胞株で特定の型の酵素の発現状況を分析した。その結果、高侵襲性の細胞株においてはMAGLレベルが有意に上昇していることが判明した。また、低侵襲性の細胞株においても、MAGL値を上げると癌細胞の侵襲性が高まることがわかった。

MAGLは癌細胞の侵襲性を高めるが、これは細胞膜や他の細胞内分子を構成するのに不可欠な遊離脂肪酸を解き放つことによることも明らかになった。遊離脂肪酸の産生量が増えると結果として脂質シグナル伝達ネットワークの働きを刺激するが、このネットワークは腫瘍増殖や癌細胞の活動を促進することが知られている。MAGL発現を阻害したマウスでも高脂肪食を与えると腫瘍増殖が増し、腫瘍により遊離脂肪酸値は有意に上昇していた、と研究者らは述べた。

本研究の知見により「多くの興味深い新たな疑問」がわいてくる、とハーバード公衆衛生大学院のDr. Jessica Yecies氏とDr. Brendan Manning氏は付属の論説で記述している。MAGL値を「食事中の脂肪分や肥満が腫瘍増殖に与える影響について予測するバイオマーカーとして用いることができるか」も疑問の一つである。
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橋本 仁、榎 真由 訳
九鬼 貴美(腎臓内科)、吉原 哲(血液内科・造血幹細胞移植/兵庫医科大学病院) 監修 

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