2010/07/13号◆クローズアップ「PSA検診は前立腺癌による死亡を減少させるか?」

同号原文
NCI Cancer Bulletin2010年7月13日号(Volume 7 / Number 14)


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◇◆◇ クローズアップ ◇◆◇
PSA検診は前立腺癌による死亡を減少させるか?

ここ2年間、2つの大規模ランダム化臨床試験を含むいくつかの試験結果によって、前立腺特異抗原(PSA)検査を用いた前立腺癌検診の有用性についての議論が活発化している。この2つの試験のうち、より大規模なEuropean Randomized Study for Prostate Cancer(ERSPC:欧州前立腺癌ランダム化)試験は、7カ国で実施されたが、定期検診を受けた男性では癌死亡率が20%減少することが示された。しかし、この死亡率の減少は大きな代償を伴った。すなわち、前立腺癌により生命を脅かされなかっただろう多くの男性が、癌と診断され治療を受けたのである。

より規模の大きなERSPC試験の一部である臨床試験の結果によると、前立腺癌に対するPSA検診は、少なくともある特定の条件下では、ERSPCや、NCI主導のもう一方の大規模前立腺癌検診の試験である前立腺、肺、大腸、卵巣癌検診試験(PLCO試験)でみられたような過剰診断や過剰治療を伴わずに、癌特異的生存率が大幅に向上する可能性があることが示された。ERSPC試験と違い、PLCO試験では死亡率の減少は報告されていない。しかし、この試験には相当数の「混入」、つまり以前にPSA検査による検診を受けたことがある男性が含まれているので、癌特異的生存率の改善が示されなくなる可能性があると、多くの研究者は述べている。

スウェーデン第二の都市イエテボリで行われた試験において、14年の追跡期間後、50〜64歳(試験開始時)の男性は、定期的なPSA健診を受けた方が受けなかった場合より前立腺癌死亡率がおよそ50%減少することが示された。この結果はLancet Oncology誌電子版において7月1日に発表された。

この結果は期待できるものである一方で、注意を要するものであるとイエテボリの試験を行ったチームを含めこの分野の研究者らは勧告した。

「PSA検診に関するリスク、とりわけ過剰診断や過剰治療、また治療により起こりうる有害事象とともに何年間生存すれば検診による利益があるのかについて、依然として不確定な部分があります」と、この試験の主任研究者であり、イエテボリのシャルグレンスカ大学病院のDr.Jonas Hugosson氏は電子メールで述べた。「PSA検診は将来の健康のための投資ですが、全ての投資と同様にコストがかかるのです」。

相反する結果の原因究明

それでは、PLCO試験、ERSPC試験、イエテボリ試験はどのように相異なっているのだろうか?例えばERSPC試験の場合、前立腺癌による死亡を1人減らすためには、男性1,410人がPSA検診を受け、前立腺癌48症例が治療される必要があると試験の著者は結論した。イエテボリ試験では人数はずっと少なく、293人が検診を受け12症例が診断あるいは治療されると前立腺癌による死亡を1人減らすと結論された。

Lancet Oncology誌の付随論説において、英国ケンブリッジ大学のDr.David Neal氏は、これらの結果につながる可能性のある主な相違点のいくつかを分類した。それらの相違点としてイエテボリ試験が小規模であること(イエテボリ試験20,000人に対してPLCO試験77,000人、ERSPC試験182,000人)、検診スケジュールの違い、長い追跡期間(それぞれ14年、11年、9年)などがある。イエテボリ試験参加男性の年齢中央値は4歳以上若いこと(56歳対60歳以上)も重要なことである。「若い男性ほど早期診断によって得られる利益が大きいからです」と同氏は述べている。

イエテボリ試験登録患者の半数以上はERSPC試験登録患者の一部であり、このことも結果の解釈を複雑にする。事実上、スウェーデンの試験はより大規模なヨーロッパの研究の一部分であると、NCIの癌予防部門所属でPLCO試験の主任研究者であるDr.Chris Berg氏は説明した。

「イエテボリの患者集団は、ERSPC試験の中で最長の追跡期間とPSA検診による最高の死亡率改善を示しました。このことは、ERSPC試験内の別の集団では検診による死亡率減少が20%未満であることを意味します」とBerg氏は述べた。イエテボリ試験の結果は「独立した確認試験」ではなく、「既に報告されている集団に、8,048人の新しい情報を追加し、追跡期間を延長した試験である」と同氏は続けた。

他にも重要な相違点がある。イエテボリ試験に参加したほとんどの男性は、対照群も含めて試験登録前にPSA検診を受けたことがなく、これは混入がほとんどないことを意味するとNeal氏は述べた。これは、PLCO試験の開始時に40%の参加者がすでにPSA検診を受けていたことと比べると重要な相違点であると同氏は指摘した。

試験の経過中、スウェーデンでの前立腺癌検診の受診状況は、現在の米国におけるものとは「大きく異なっていた」とクリーブランドクリニックのグリックマン泌尿器・腎臓研究所所長であるDr.Eric Klein氏は説明した。「その状況は80年代後半に米国でPSA検診が導入されたころと同程度です。現在では、検診を頻繁に受ける人々がいるため、命を脅かすかもしれない癌のリスクがある男性を特定するために、この試験の結果に基づいて検診の取り組みをさらに改善することは意味のあることです」。

例えば、40歳代での開始時PSA値とその後のPSA速度(PSA値の上昇速度)は、癌発生と命を脅かすかもしれない癌の生涯リスクを予測できることを示唆するというデータをKlein氏は指摘した。このような取り組みは、予防的化学療法が有効かもしれないハイリスクの男性や、重大な癌があって早期治療が有効な男性を特定することに役立つと同氏は続けた。

イエテボリ試験では、低〜中リスク疾患と診断された両群の男性が同等の治療を受けたにも関わらず、また、検診群において前立腺癌と診断された多くの患者(検診群では約40%、対照群では約30%)が監視療法(active surveillance)を行い、つまり病勢進行が証明されるまで手術や放射線療法などの根治術を見合わせたにも関わらず、死亡率の大幅な減少が達成された。最終のデータ確認時において、これらの男性の4分の1以上は監視療法を続けていた。

「この重要なデータから、70歳未満の男性に検診の利益があることは明らかです。しかし、重篤な前立腺癌のリスクがある男性を特定できることを目指して現行の検診方法をさらに改善する余地があります」とKlein氏は言った。

Berg氏はPSA検診が前立腺癌による死亡率を減少させることを認めているが、PSA検診にまつわるこれまでの知見や、イエテボリ試験の結果がPSA検査に対してもたらす貢献に関してはそれほど熱心ではなかった。

「過剰診断や過剰治療の可能性など、同様な問題はまだ存在します。さらに、PSA検診から得られる利益の正確な度合い、検診の正確なスケジュールについても依然として明確にされていません」と同氏は言った。

—Carmen Phillips

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野長瀬 祥兼 訳
榎本 裕 (泌尿器科/東京大学医学部付属病院)監修 
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