2010/11/30号「世界との連携」特別号◆癌研究ハイライト

同号原文
NCI Cancer Bulletin2010年11月30日「世界との連携」特別号(Volume 7 / Number 23)


日経BP「癌Experts」にもPDF掲載中〜

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癌研究ハイライト
・前立腺癌のホルモン療法によって大腸癌リスクが高まる可能性
・リンチ症候群に対する検診は命を救い、費用対効果が高いとの報告
・貧血治療薬がトラスツズマブの抗癌作用を阻害する可能性
・メラノーマ治療薬に対する耐性原因の可能性に関する報告
・頭頸部癌に対する放射線治療は聴力低下を引き起こすかもしれない
前立腺癌のホルモン療法によって大腸癌リスクが高まる可能性

大規模後ろ向き集団研究によると、男性ホルモンを低下させる前立腺癌の治療が大腸癌のリスクを高める可能性が示唆された。テストステロンやPSA値を下げるために性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)アゴニストや精巣を外科的に取り除く手術(精巣摘除術)による治療を受けた男性では大腸癌のリスクが20〜40%増加した。これらの研究結果は、Journal of the National Cancer Institute誌電子版11月10日号で報告された。

SEER-Medicareデータベースで確認できた約108,000人の前立腺癌患者のうち半数以上が、1993〜2002年の間にアンドロゲン除去療法を受けていた。これら患者のうち90%はGnRHアゴニストによる治療を受け、残りは精巣摘除術を受けていた。前立腺癌の診断後、約5年間追跡調査が行われていた。

肥満、糖尿病、放射線治療などの交絡因子を調整するとGnRHアゴニストには用量反応効果があり、治療期間が長いほど大腸癌リスクが高まることを研究者らは見出した。大腸癌リスクは、ホルモン療法を受けていない前立腺癌患者と比較すると、GnRHアゴニスト療法を13〜25カ月間受けた患者では19%、25カ月以上受けた患者では31%、精巣摘除術を受けた患者では37%上昇した。

筆頭著者であるスイスのKantonsspital St. GallenのDr. Silke Gillessen氏らは、アンドロゲン値と大腸癌リスクが逆相関することは生物学的に妥当であると述べた。「アンドロゲン受容体は人間の大腸の正常組織にも悪性組織にも存在する。様々な動物実験において、アンドロゲン投与は大腸癌発生を抑制し、アンドロゲン除去は大腸癌発生を促進する」と筆者らは記している。さらに、米国では毎年約50万人の男性がアンドロゲン欠乏症を発症するので、この事実は「前立腺癌の分野にとどまらずより大きな意味を持つだろう」と述べた。

リンチ症候群に対する検診は命を救い、費用効果的との報告

大腸癌や子宮体癌(子宮内膜癌)などの癌に罹患しやすくなるような遺伝疾患に対して遺伝子検査を含む検診を大規模に行うことは、命を救い、費用効果的であることが新しい研究によって示唆された。このリンチ症候群という疾患は、4つの遺伝子の変異が原因であり、これらの遺伝子産物はDNAミスマッチ修復に関わる。DNAミスマッチ修復の欠陥により、異なる種類の癌発生だけでなく、複数の癌の同時発生や、しばしば若年での発癌リスクも高まる。

Cancer Prevention Research誌電子版11月18日号で発表されたこの研究では、Archimedesというコンピューターシミュレーションモデルを用いて、米国の人口を反映する大規模集団における癌発生率や死亡率が、リンチ症候群に対する20種類の検診方法を行うことでどのように影響されるかを分析した。各検診方法は、リスク評価を開始する年齢と遺伝子検査を実施するかどうかのリスク閾値が異なっていた。

PREMM1,2というリスクモデルを用いて、25、30、35歳の人々のリスク評価を行い、DNAミスマッチ修復遺伝子に変異を持つ確率が5%以上の場合は遺伝子検査を追加する検診法により、大腸癌は12.4%、子宮体癌は8.8%も低下する可能性が判明した。この検診法にかかる質調整生存年(quality-adjusted life year)当たりの平均コストは26,000ドルであり、マンモグラフィなどの一般的な検診法と同程度であったと、共著者であるミシガン大学のDr.Stephen Gruber氏はこの研究の記者会見で述べた。

この研究により、(リンチ症候群の検診は)「どのように行うのが医学的に最も効果的で、また費用対効果が高いのか」が明らかになると、筆頭著者であるユタ州のHuntsman Cancer InstituteのDr.Randall Burt氏は言った。リンチ症候群の患者に適切な検診を行えば、大腸癌による死亡リスクは一般人口と同程度まで減少すると、同氏は付け加えた。

いくつかの試算によると、米国では375人に1人程度がリンチ症候群であると、オハイオ州立大学総合がんセンターのHeather Hempel氏は会見で述べた。現在の検診は、リンチ症候群で起こりうる癌が診断された患者に限定して行われていると、Hempel氏は言った。同氏は今回の研究には参加していない。もし患者に特徴的な遺伝子変異が見つかれば、その家族は同じ変異がないかどうか検査を受ける。しかしこの方法でさえ現在も実施は困難であると、Hempel氏は強調した。
今回の結果は、コンピュータ・シミュレーションモデルのみに基づくことに注意することは重要であると、NCIの癌制御・人口部門のDr.Martin Brown氏は述べた。また、費用対効果の観点からすると、このモデルにはメディケアにおける費用だけが考慮され、追加の自己負担金、検査や関連処置にかかる時間は考慮されていないと、同氏は指摘した。

貧血治療薬がトラスツズマブの抗癌作用を阻害する可能性

癌患者の貧血や疲労感に対して投与されることがある遺伝子組み換えヒトエリスロポエチン(rHuEPO)が、トラスツズマブ(ハーセプチン)の抗癌作用を阻害する可能性があることが、テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターのDr.Zhen Fan氏が指導する研究者らによってCancer Cell誌11月16日号で報告された。トラスツズマブはHER2タンパクを過剰発現する乳癌の治療に用いられている。

乳癌細胞株を用いた実験において、10のうち4つの細胞株がHER2と、rHuEPOの天然型であるエリスロポエチンの受容体(EpoR)の両方を発現している事が判明した。またHER2陽性乳癌患者の組織検体では、15のうち13検体でEpoRが見つかった。EpoRとHER2両方を発現する3つの乳癌細胞株を、トラスツズマブを加えて培養すると細胞の生存と増殖は低下した。しかし、これらの細胞株をrHuEPOとトラスツズマブ両方を添加して培養すると、治療を生き延びた細胞の割合は3つ全ての細胞株で大きく増加した。同様に、トラスツズマブの細胞移動と浸潤に対する阻害作用は、rHuEPO存在下では低下した。

EpoRとHER2両方を発現する腫瘍をマウスに移植し、トラスツズマブで治療を行うと腫瘍は縮小もしくは増殖が停止した。治療にrHuEPOを追加すると、無治療の場合よりはゆっくりであるが、腫瘍は増殖を続けた。

著者らは、トラスツズマブが阻害する経路と相互作用し再活性化させるような細胞シグナル経路をrHuEPOが活性化することを発見した。さらにrHuEPOは、トラスツズマブの癌細胞への効果を仲立ちするPTENという癌抑制遺伝子を不活化するようである。

この阻害が臨床の場でも起こるかを調べるために、HER2を過剰発現している転移乳癌患者で、トラスツズマブとrHuEPO両方を投与された37人の女性と、rHuEPOは用いずトラスツズマブのみ投与された74人の診療記録を調べた。治療開始後1年目において病勢が悪化することなく生存していた患者割合は、トラスツズマブのみ投与された場合は40%であったが、トラスツズマブとrHuEPO両方投与された場合は19%であった。

著者らはこの分析は後ろ向き研究であり、患者数も少ないと警告している。rHuEPOを投与されていた女性は、血球数を増やす必要のない患者よりも重症であった可能性があり、このことは生存率データに影響する。今回の観察結果を確かめるために、「前向き臨床試験が必要である」と著者らは記した。「もし確認されれば、われわれの発見はHER2を過剰発現する乳癌患者の臨床診療に大きな影響があるだろう」と著者らは結論した。

メラノーマ治療薬に対する耐性原因の可能性に関する報告

複数の初期臨床試験でPLX4032と呼ばれるメラノーマに対する新薬の展望が公表されたが、数カ月後には、2つの研究でこの新薬が一部の患者では最終的に作用しない原因が調べられた。癌治療では単剤での分子標的療法に対する耐性は時間とともにほぼ不可避であると考えられている。Nature誌11月24日号に掲載されたこれらの新たな研究は、PLX4032に対する耐性原因かもしれない分子変化を示し、この耐性を克服する戦略を提案している。

PLX4032は、BRAF遺伝子のV600Eとして知られている変異に起因するMARK経路を通る過活性細胞シグナリングを阻害する。薬剤耐性によく認められるメカニズムの1つは、薬剤の結合を防止する二次変異である。しかしNature誌に掲載された2つの研究は、BRAF遺伝子で二次変異が生じない場合に薬剤耐性が起きる可能性を示唆した。

ダナ・ファーバー癌研究所のDr. Levi Garraway氏らによる1つ目の研究では、臨床的に関連のある耐性メカニズムとこの耐性を克服する方法を特定するための戦略を示した。この戦略を用いて、研究者らはMARK経路の活性化を導くCOTと呼ばれるタンパク質をコード化している遺伝子の変異を特定した。COTの発現は、PLX4032またはMEK阻害剤による治療後に再発した患者から採取したメラノーマ細胞と組織のPLX4032耐性と関連していた。(MEKはMAPK経路の成分である)。

PLX4032使用後に再発した一部の患者は、すでにMAPK経路が再活性化されているという仮定に基づいてMEK阻害剤の第2相臨床試験に参加していると、カリフォルニア大学(ロサンゼルス)のDr. Roger Lo氏が率いる2つ目の研究の筆者らは記した。Lo氏のチームは、メラノーマ患者12人中5人がMAPK経路の活性化によりPLX4032に対する耐性を獲得していたことを発見した。これは、N-RASと呼ばれる発癌遺伝子の変異、または、成長因子受容体PDGFR-beta値が増加したことが原因とみられた。

両試験の筆者らによると、多数の経路をターゲットとする併用療法は、この耐性に打ち勝つことが可能かもしれない。Science Signaling誌11月23日号に掲載された3つ目の試験の結論も同様であった。マサチューセッツ総合病院がんセンターとハーバード大学医学部のDr. Jeffrey Settleman氏率いるチームは、BRAF遺伝子の余分なコピー(増幅)がMEK阻害剤とBRAF阻害剤の耐性原因であることを突き止めた。追加試験は、MEKとBRAFを共に阻害することで、この耐性メカニズムを克服できる可能性、あるいは、防止できるかもしれないことを示唆した。

頭頸部癌に対する放射線治療は聴力低下を引き起こすかもしれない

放射線治療を含む頭頸部癌に対する治療はしばしば聴力低下を引き起こし、その障害はかなりの割合で永久的である可能性があるとの、ブラジルの研究者らによる研究結果がArchives of Otolaryngology—Head and Neck Surgery誌11月号に掲載された。

この症例対照試験には282人が参加した。症例群の対象者は、化学療法の併用如何を問わず放射線治療を行った頭頸部癌患者で聴覚系が照射範囲に含まれていた。対照群は、健康な人や聴力障害を引き起こす治療を受けていない癌患者であった。両群とも年齢中央値はほぼ61歳であった。

追跡調査中央値7年以上で、標準的な聴力検査方法による測定の結果、症例群ではおよそ72%に聴力低下が起こったのに対して対照群ではおよそ49%であったと、A.C. Camargo病院(ブラジル・サンパウロ)の聴覚部門のChristiane Schultz氏らは発表した。

両群で一番多く起こった聴力低下は内耳障害(感覚神経)に関連していたが、重大な聴力低下に関しては対照群より症例群の方が統計的に有意であった。さらに症例群では、重度の障害を意味する聴力低下の報告(規定の質問票による)がはるかに多かった(19.1%対2.8%)。

聴力低下は社会的孤立や精神的な抑うつを招く可能性があるため、この副作用に注意することは重要であると研究者らは記した。さらに、「癌治療を受けた患者の生活の質に対する懸念は必然的に大きくなってきており、聴力低下の判定はより良い社会復帰を可能にするためのそのような研究の一部となるべきである」と述べている。

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野長瀬 祥兼、Nogawa 訳
榎本 裕(泌尿器科/東京大学医学部付属病院)、
関屋 昇(薬学) 監修 
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