2012/02/21号◆特集記事「リンチ症候群のスクリーニング検査、米国の各がんセンターで対応に差」

同号原文

NCI Cancer Bulletin2012年2月21日号(Volume 9 / Number 4)

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◇◆◇ 特集記事 ◇◆◇

リンチ症候群のスクリーニング検査、米国の各がんセンターで対応に差

大腸癌や子宮内膜癌などの癌リスクが上昇するリンチ症候群という状態の有無を調べるスクリーニング検査実施について、米国内の癌医療機関ごとに大きく対応が分かれていることが新研究で示された。

複数の異なる団体から診療ガイドラインが出されており、いずれも大腸癌と新規に診断された患者に対し、腫瘍サンプルを採取してリンチ症候群の遺伝子マーカーの検査を実施するよう推奨しているが、どの患者を検査対象とすべきかなど細かい点で異なっている(下表参照)。本研究は2月20日付Journal of Clinical Oncology誌電子版に掲載されたもので、リンチ症候群のスクリーニング検査の実態を把握する初の試みである。回答した医療機関のうち、何らかの検査を全例に実施していると回答したのは42%にとどまり、全例検査の実施を計画中としたのは16%であった。

NCI指定の総合がんセンター(大半は癌診療を提供するとともに基礎および臨床研究も実施する大規模な大学付属病院)では、小規模病院や地域の癌対策事業よりもはるかに高率でこの検査を実施していることも研究で明らかとなった。

NCIの資金提供を受けた本研究では、シティ・オブ・ホープがんセンターおよびオハイオ州立大学総合がんセンターの研究者が、NCI指定総合癌センター全39施設と、米国外科医師会公認の民間癌医療機関および地域ベースの癌対策事業からランダムに選択して調査を行った。調査に回答したNCI指定総合がんセンター24施設のうち、71%の施設が大腸癌患者に対し腫瘍サンプルの検査(reflex testing)を全例に実施していると回答した。対照的に、小規模な地域ベースの癌対策事業で実施していると回答したのはわずかに15%であった。

「新治療法などと同様、リンチ症候群の全例スクリーニングが広く受け入れられるには時間を要するでしょう」。本研究の統括著者でシティ・オブ・ホープ臨床癌遺伝学部門のDr. Deborah MacDonald氏はこう述べた。「全例検査は普及してきているとは思いますが、医療機関や研究機関がスクリーニング検査についてもっとよく知る必要があるのは明らかです」。

リスクのある全患者を特定

リンチ症候群は遺伝性非ポリポーシス大腸癌とも呼ばれ、DNAミスマッチ修復(MMR、動画参照)というDNA修復プロセスに関連する複数の遺伝子の変異によって発生する。大腸癌症例のうちリンチ症候群に関連する癌は2~4%である。大腸癌のほかリンチ症候群関連癌は50歳以下に発生することが多い(今号の関連記事を参照)。

リンチ症候群関連癌の特定が重要なのには多くの理由がある、とMacdonald氏および筆頭著者のDr. Laura Beamer氏は述べている。リンチ症候群の診断いかんで大腸の外科的切除範囲が変わるほか、女性の場合はリンチ症候群関連子宮内膜癌および卵巣癌のリスクを下げるために子宮または卵巣の摘出を希望する場合もある。

フォックス・チェイスがんセンター(フィラデルフィア)消化器リスク評価プログラム代表のDr. Michael Hall氏は、診断がリンチ症候群関連癌治療後のサーベイランスや、患者の近親者にも大きな影響を与えるかもしれないと述べた。近親者もリンチ症候群である確率が最大50%あり、一般的集団よりも徹底したスクリーニング検査を要する可能性がある。

「ここがまさに重要なところです」とHall氏は述べた。「スクリーニング検査によって癌リスクが高い人を特定することができます」。

複雑な仕事

検査は1種類または2種類行うことが多い。DNAマイクロサテライト不安定性(MSI)検査と免疫組織化学(IHC)検査があり、いずれもMMR遺伝子の変異が疑われる分子変化を同定する。検査で異常が検出された場合は、通常DNA変異分析を実施してMMR遺伝子変異の存在を確定する。

どの患者をリンチ症候群スクリーニング検査の対象とするかが各診療ガイドラインで細かな相違があるのと同様に、各癌医療機関でも(大規模施設でさえも)スクリーニング検査に対する考え方に差があることがわかった。

回答を寄せた総合がんセンターには、IHC検査だけを行う施設もあれば、MSI検査だけを行う施設、あるいは両方を行う施設もあった。シティ・オブ・ホープでは新規に癌と診断された60歳未満の患者全員から腫瘍サンプルを採取してIHC検査を実施し、必要に応じMSI検査も実施する。リンチ症候群スクリーニングの最前線を行くオハイオ州立大では、2006年より大腸癌と新規診断された患者は年齢に関係なくIHC検査を実施している。

「今後の追加研究で最良かつ費用対効果に優れたスクリーニング法が確立され、将来的に統一されることを強く期待します」。本研究の共著者でオハイオ州立大学臨床癌遺伝学プログラムのHeather Hampel氏はこのように述べた。

施設の規模に関係なく、リンチ症候群スクリーニングの仕組み確立は難しく、1年以上かかるだろう、とHall氏は指摘している。腫瘍サンプルをどのように検査をするか、また検査陽性の場合患者にどう伝えるかを決定しなければならない。小規模施設では検査や遺伝子カウンセリングに必要な資源が少ないことが多く、スクリーニング法の確立が難しいのも至極当然である。

そしてスクリーニング検査を実施しても、目的どおりリンチ症候群患者を特定できる保証はない、とHall氏は強調した。「その大きな理由の一つに、何人の患者が実際に来院して遺伝子カウンセリングを受け、遺伝子検査を受けてくれるのかという問題があります」とHall氏は話す。例えば2009年のオハイオ州での研究では、IHC検査によりリンチ症候群が疑われた患者のうち、結果の追跡のため遺伝子カウンセラーの予約をとったのはわずか4人に1人であった。

本研究を推進し、統一したスクリーニング法を確立するために、Hampel氏および他の3機関の代表者が最近リンチ症候群スクリーニングネットワークを最近立ち上げた。Hampel氏によると、同ネットワークはスクリーニング結果を匿名で追跡することができるデータベースのほか、検査統一に向けた癌対策プログラムに関する教材を作成しているという。

リンチ症候群スクリーニングの臨床ガイドライン

ガイドライン名備考
改訂ベセスダ基準(Revised Bethesda Guidelines 2004NCIが支援した学術会議で制定
診療・予防における遺伝学を応用した評価(Evaluation of Genomic Applications in Practice and Prevention2009CDCのワーキンググループによる勧告
全米総合癌ネットワーク大腸癌検診ガイドライン(National Comprehensive Cancer Network Guidelines on Colorectal Cancer Screening 2011登録(無料)が必要

—Carmen Phillips

[左上図キャプション訳]
損傷したDNA鎖を修復するため二重らせんを酵素が取り囲んでいる。このような損傷を修復するための分子がないと細胞が癌化する可能性がある。このDNA修復過程を制御する遺伝子の変異がリンチ症候群の特徴である(図はワシントン医科大学Tom Ellenberger氏による)。【画像原文参照

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橋本 仁 訳
斎藤 博(消化器内科・検診/国立がんセンター がん予防・検診研究センター) 監修 
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