RAS遺伝子の難題に挑む

RAS遺伝子の難題に挑む

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

米国国立がん研究所(NCI)は、世界最大のがん研究資金提供機関である。連邦政府の公的資金は、がん研究を支援しており、そのがん研究はNCIの研究所をはじめ、全米および世界中のがんセンター、病院、地域診療所、大学などで実施されている。本記事は、「Your NCI」ブログ記事および動画シリーズの一部であり、がん治療における画期的な進展をもたらした基礎がん研究を支援するNCIの役割に焦点を当てたものである。

RASと呼ばれる遺伝子ファミリーの変異と、それによって産生される異常タンパク質は、全がんの約3分の1の発症に関与しており、膵がんでは90%以上に認められる。しかし、RASは長きにわたり、がん研究において最も標的化が困難な創薬標的の一つとされてきた。抗がん剤の標的となる他のタンパク質とは異なり、RASタンパク質は比較的平坦な表面構造で、薬剤分子が結合するのに適した部位がほとんど存在しない。そのため、RASは「創薬が困難」として悪名高かった。

成功の見込みは低かったにもかかわらず、連邦政府の資金による研究はこの分野を前進させ続けた。研究者たちは最終的に、RASタンパク質の構造とその機能を解明し、それら知見が、変異型RAS、特にRAS関連がんの大多数に関与するKRASを阻害するための新たなアプローチへとつながった。

現在、3つのRAS阻害剤――ソトラシブ(販売名:ルマクラス)、アダグラシブ(販売名:クラザティ)、そして最も新しいダラクソンラシブ(販売名:ラソンク)――が患者の生存期間延長に貢献しており、変異型RASを阻害する多くの候補分子が研究開発段階にある。

患者の人生を一変させるようなこれらの薬剤は、この分野の基盤を築いた持続的な公的投資がなければ実現しなかっただろう、と、米国国立がん研究所(NCI)および米国国立衛生研究所の元所長であり、NCIのRASイニシアチブ(RAS研究推進プログラム)を立ち上げたHarold E. Varmus医師は述べた。

「これは最近になって始まった取り組みではない」と彼は指摘した。「この研究ははるか昔にさかのぼり、莫大な資源と、NCIの支援を受けた研究者たちの強い決意と英知が不可欠だったのです」。

RASの生物学的メカニズムの解明

RASタンパク質は通常、分子スイッチのように機能し、細胞増殖シグナルをオン・オフに切り替える。RASの変異型には、「オン」の状態に固定されてしまい、継続的な増殖シグナルを送り出し、正常な細胞をがん化させる原因となるものがある。

RASにはKRAS、NRAS、HRASという3つのRASファミリーの主要メンバーがあるが、研究の大部分はKRASに焦点を当ててきた。そのKRASは、膵臓がんで最大95%、大腸がんで最大45%、肺がんで最大30%に関与している。

研究者たちが変異型RASを阻止する方法を解明する前に、まずこれらのタンパク質がどのように機能するかを理解する必要があった。その土台は、数十年にわたる基礎研究によって築かれた。

「RASがヒトのがんに果たす役割についての議論は、1971年の『米国がん対策法』、そして動物のがんを引き起こすウイルスの研究のために米国国立がん研究所が集め支援した研究者たちの活動にまでさかのぼらなければなりません」とVarmus医師は述べた。「その研究者たちは、それらのウイルスが正常細胞から獲得した遺伝子を利用してがんを引き起こすことを突き止めました」。

1970年代後半から1980年代初頭にかけて、Edward Scolnick医師とNCIの同僚たちは、発がん性ウイルスが保有するRAS遺伝子が正常な細胞遺伝子に由来することの解明に貢献した。また、彼らはRASタンパク質の同定と特性解明にも貢献し、これらのタンパク質がGDPやGTPと呼ばれる分子と結合し、細胞膜に結合することを明らかにした。これらの発見は、RASが分子スイッチとしてどのように機能するかを理解するための基礎を築いた。

「それはNCIの資金提供によって支えられた、輝かしい10年間の研究でした」と、Varmus医師からRASイニシアチブのリーダーに指名されたカリフォルニア大学サンフランシスコ校のFrank McCormick博士は述べた。

しかし、RASの働きを理解することは、戦いの半分に過ぎなかった。研究者たちは、依然として、変異型RASをどのように阻害するべきかという点で頭を抱えていた。

「そのタンパク質に作用する薬剤をどのように見つけるか、私たちは真剣に頭を悩ませなければなりませんでした」とMcCormick博士は語った。

2013年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のKevan Shokat博士らが、変異型KRASタンパク質に隠れたポケットを発見したことを「ネイチャー」誌に報告したことで、大きなブレークスルーがもたらされた。彼らは、このポケットに収まる分子を開発し、それが変異型KRASを持つがん細胞株に対して有効であることを示した。

同年、患者支援団体からの支持の高まりと時を同じくして、NCIはフレデリック国立がん研究所で「RASイニシアチブ」を立ち上げ、RAS治療法の開発という共通の目標の下、大学・研究機関、政府機関、産業界を結集させた。

政府機関、大学・研究機関、産業界の研究者を結ぶハブとして構築されたRASイニシアチブは、RASに関する構造学的および生化学的知見を生み出し、アッセイやその他の研究ツールを開発し、試薬や資源を研究コミュニティ全体に広く提供してきた。また、このイニシアチブは、現在臨床試験で検証されている3つの治験薬——BBO-8520、BBO-11818、およびBBO-10203——の共同発見にもつながった。

「政府と米国国立がん研究所には、チーム全体を編成するための十分な資源がありました」とMcCormick博士は述べた。「当初から、これは大規模なチームワークが必要になることはわかっていました」。

患者の生活の質の向上

すでにいくつかのRAS阻害薬が実臨床で使用されている。

2021年5月、FDAは、KRAS G12C変異を有する非小細胞肺がん患者の治療薬として、初のKRAS阻害剤であるソトラシブを承認した。2022年12月、FDAは、同じ変異を有する局所進行性または転移性非小細胞肺がん患者を対象に、アダグラシブの迅速承認を付与した。

新しいRAS阻害剤であるダラクソンラシブなどは、複数のRAS変異を標的としている。これらの広範囲に作用する薬剤は、従来治療選択肢が限られていた転移性膵臓がんに対して有効性を示している。

2026年8月26日、FDAは転移性膵臓がんに対するダラクソンラシブを承認した。この承認は、500人が参加した第3相臨床試験「RASolute 302」の結果に基づいている。ダラクソンラシブ投与群の全生存期間中央値は13.2カ月であったのに対し、標準的な化学療法群では6.7ヶ月であった。

出産したばかりの母親Paulaにとって、ダラクソンラシブは「人生を一変させる」ものとなった。出産から6カ月後にステージ4の膵臓がんと診断された彼女は、当初、集中的な化学療法を受けていた。

「本当に辛かった」と彼女は語る。「1週間もベッドに横たわっていて、起き上がって動くのが本当に大変でした。2、3歩歩いただけで、完全に息が切れていました」。

それから約9カ月後、担当の腫瘍内科医からダラクソンラシブの臨床試験について説明を受けた。Paulaは試験に参加し、無作為に割り当てられてこの治験薬を投与されることになった。髪も生え揃い、再び自分らしさを取り戻し始めた。

「死を宣告されたような状況では、細い糸にすがる思いで、最後に残された希望にしがみつくしかありません」と彼女は語った。「この薬のおかげで、ところどころに副作用はあったものの、毎日の生活を送れるようになりました。希望を与えてくれるのです」。

研究支援の継続

Paulaの経験は、RASに関する数十年にわたる研究が、患者にとって何が可能かを変え始めていることを示している。しかし、研究者たちは、まだやるべきことが数多く残されていると語る。

「ダラクソンラシブの開発は、この分野に多大な影響を与えました」とMcCormick博士は述べた。「次世代の薬剤はさらに優れ、副作用も少なくなるでしょう」。

かつては捉えどころのない標的だったRASも、今では研究者たちが狙いを定められる標的となっている。さらなるRAS阻害剤が臨床試験の段階を進む中、NCIは、より効果的な薬剤の開発、耐性の克服、そしてより多くの患者への恩恵をもたらすために必要な基礎研究を引き続き支援している。

Paulaにとって、その進歩は贈り物でした。「がんを患っていることさえ忘れてしまう日もあります」。

  • 記事担当 山口美智子
  • 監修 高光恵美(生化学、遺伝子解析)
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  • 原文掲載日 2026/10/23

【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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