若年層のがん罹患率増加の理由を追究
もしかしたら、ディズニーワールドにいた時にそれはすでにあったのかもしれない。冬の終わりの朝、ビジネススーツ姿のテディベアを前面にあしらったスウェット・パーカーとジーンズという服装でオフィスに座るRyan O’Grady博士は、その可能性は否定できないと語った。
「どうなのでしょう。 そうであったかどうかわからないが、その可能性について考えます」。ピッツバーグ北部郊外にある小さなリベラルアーツ・カレッジの数学教授であるO’Grady博士は言う。
O’Grady博士が初めて不快な胃腸の問題を経験したのは、2023年2月、妻と2人の幼い娘との家族旅行の時だった。当時43歳でおおむね健康であったO’Grady博士は、特に心配する必要はないと考えていた。
しかし、その年のうちに胃腸の問題は繰り返し起こるようになった。ホリデーシーズン(11月下旬から1月初旬までの期間)が近づくにつれ、彼の胃腸障害はより頻繁に、よりひどくなった。妻の励ましもあり、O’Grady博士は緊急治療室に行った。医師の診察を受け、タイミングよくキャンセルが出たおかげで、すぐに大腸内視鏡検査を受けることになった。
2024年のクリスマス2日後、ついに主治医から連絡があった。大腸がんであった。
「兄一家と遅いクリスマスを過ごすために家族でコロンバスに行くことになっていました」とO’Grady氏は言う。迷った末、彼らは出かけた。彼は憂鬱な気分にならないように、兄の家では立ち働いて多くの時間を過ごした。「妻は私のためにあらゆる医師の予約を取ろうと、ずっと電話をかけていました」。
数十年前までは、特定の遺伝的素因をもつ人を除けば、50歳未満の人が大腸がんと診断されることは珍しいことだった。しかし、今はそうではない。
テキサス大学MDアンダーソンがんセンターで大腸がんの治療を専門とするY. Nancy You医師によれば、彼女がフェローシップを終えた2009年当時、この病気と診断される米国人の平均年齢は72歳であった。
「今は67歳です」と言う。
そして、50歳未満で多く診断されるようになったのは大腸がんだけではない。乳がん、子宮がん、腎臓がんなど、大腸がん以外の10種以上の一般的ながんも増加傾向にある。この増加は、20〜29歳の年齢層で最も顕著である。
この傾向は多くの研究者を当惑させ、不安にさせている。MDアンダーソンの「若年発症大腸がんプログラム」の責任者であるYou医師は、なぜこのようなことが起こるのか、いくつかのヒントはあるが、決定的な答えはまだないと述べた。
「『決定的な証拠』はひとつもないと思います」と彼女は続けた。「これは誰もが問うている、百万ドルの価値がある疑問です。しかし、答えが出るまでには長い時間がかかります」。
より大きな問題の前兆
2020年、映画『ブラックパンサー』シリーズなどのヒット作に出演したスター俳優のChadwick Bosemanが43歳の若さで大腸がんで亡くなったことで、若年発症がんの増加が世間の注目を集めるようになった。
スクリーンの中のBosemanは、ハンサムで筋肉質で、どう見ても幸福そのものだった。彼が、がんで亡くなることはおろか、がんと診断されるとは誰も思っていなかったであろう。
しかし、相対的な若さは、かつてのように大腸がんに対する強力な予防策ではなくなった。セントルイスにあるワシントン大学サイトマンがんセンターのYin Cao博士(理学修士)は、「若年発症大腸がんは、米国における若年成人のがん死亡の主因になりつつあります」と言う。
Cao博士は、若年発症大腸がんの原因を調査する世界初の研究プログラム「PROSPECT」を主導している。NCI、キャンサーリサーチUK(英国)、Bowelbabe Fund(英国のがん研究支援団体)、フランス国立がん研究所からCancer Grand Challengesプログラムを通じて資金援助を受けているPROSPECTは、国際的な広がりをみせているが、それには十分な理由がある、と彼女は2024年12月のNCI諮問委員会で説明した。
例えば、ある最近の研究によると、世界中で新たにみつかる大腸がんの10%近くが50歳未満であることがわかった。また、米国がん協会(ACS)の研究者による研究では、分析対象となった50カ国のうち27カ国で若年発症大腸がんの割合が増加していることが明らかになった。
高齢者でもがん診断症例が増加
最近の研究によって、若年発症がん現象の範囲がより厳密に捉えられるようになった。その結果、この傾向は大腸がん以外にも広がっていることが確認された。
5月に発表されたNCI主導の研究は、米国における傾向を最も包括的に分析したもののひとつである。2つの大規模データベースに蓄積されたデータを見ると、2010年から2019年にかけて、50歳未満の年齢層(15~29歳、30~39歳、40~49歳)の少なくとも1つの年齢層において、14種類のがんの罹患率が増加していることがわかった。
しかし、このうち9種のがんの新規診断率は、50歳以上においても少なくとも1つの10年刻み年齢群では増加している、と本研究の主任研究者であるMeredith Shiels博士(NCIがん疫学・遺伝学部門)は説明した。
若年発症大腸がんに関する米国がん協会の研究は、大腸がん診断の増加が 「高齢者の増加とともに頻繁に生じており」、同じことは世界中で起こっていることを示した。
これらの知見から明らかなように、今後の研究では高齢者に起こっていることを無視することはできないとShiels博士は言う。
「すべての年齢層にわたって見ることで、私たちは何かを学ぶことができます」と同博士は言う。
早期発症がんの増加の背景には何があるのか?
がんの若年発症傾向を引き起こしている原因については、確かなことはほとんどわかっていない。しかし、複数の研究が同じ潜在的原因について指摘している。
肥満とアルコールの過剰摂取が主な原因である可能性が高いと指摘する研究は数多くある。若者の体内にマイクロプラスチックが過剰に存在するといった環境要因が影響している可能性があると示唆する研究もある。
入手可能な証拠の多くは、別の潜在的な原因、すなわち、腸内など体内の細菌叢(マイクロバイオーム)の組成の乱れを指摘している。最近の研究でも細菌が関与していると示唆しているが、これらの微生物の有害な混合ではなく、大腸菌の特定の菌株が産生するDNA損傷毒素が主要な原因である可能性が示唆されている。
フレッド・ハッチがんセンターのUlrike Peters博士は、4月に開催された米国がん学会(AACR)の年次総会で行われた、若年発症がんに関するセッションにおいて、可能性のある原因はたくさんあると語った。
しかし、Peters博士は続けて、「これらの(要因の)多くについて、(個々に)若年発症がんに関係しているという強力な疫学的証拠はありません」と述べた。
一部の研究者は、大腸がんや他の一部のがん種については、いわゆる出生コホート効果がみられると考えている。
例えば大腸がんの場合、何十年もの間、この病気と診断されるのは60代から70代が中心だった。しかし、1950年代生まれの人々から始まり、その後の数十年の間に生まれた人々の間でより顕著になり、環境、ライフスタイル、その他の危険因子の変化によって、大腸がんが発症するまでの時間が早まった可能性がある。
言い換えれば、共通因子の「一括パッケージ」が、若い世代にがんが定着するための新たな生物学的機会を作り出した、とYou医師は言う。
若年発症のがんは生物学的に異なるのか?
研究者にとって重要な疑問は、若年発症のがんが、高齢で診断されるがんといくつかの重要な点で生物学的に異なるのかどうかである。このような情報は、この現象の主な要因を特定するのに役立つと専門家は考えている。より短期的には、若年者に対する最良の治療法やケアパターンの選択に役立つと思われる。
全体として、散発性の若年発症がん(つまり、遺伝性のがん関連遺伝子変化とは関連がないがん)における潜在的な遺伝的差異やその他の生物学的差異に関する調査結果からは、決定的な情報は得られていないとNCIがん生物学部門のRihab Yassin博士は言う。
いくつかの研究では、高齢者の腫瘍と比較した場合、若年発症大腸がん患者の腫瘍に存在する遺伝的変化に共通の違いがあることが確認されており、また、特定の遺伝子変化と若年発症乳がんのリスク増加との関連性を指摘している研究もある。
しかし、全体として、特定の遺伝的要因に関する研究結果は「相反するものでした」とYassin博士は言う。
スローンケタリング記念がんセンター(MSKCC)のZsofia Stadler博士によれば、生殖細胞系列変異と呼ばれる、がんに関連する遺伝子変化が、若年発症がんの増加の一因である可能性を示す証拠があるという。
AACR会議の若年発症がんに関する上述のセッションで、Stadler博士は、MSKCCで治療を受けた若年発症がん患者たちを対象とした研究データを引用した。
全体として、生殖細胞系列変異のある人の割合はわずかであった。しかし、35歳未満では、20%近くががんの遺伝的素因を持っていることが判明した。典型的には、BRCA1およびBRCA2遺伝子や、いくつかの異なるがん種と関連しているリンチ症候群の人々にみられる遺伝子集合体におけるものなど、がんに関連する最も一般的な遺伝的遺伝子変化であった。
Stadler博士は、全体的に見て、がんに関連する生殖細胞系列変異ががん若年発症に果たす役割は限定的であるように思われると注意を促した。
Peters博士も同意見である。 「若年発症がんの増加は遺伝学では説明できません。私たちのゲノムは、数十年の間にそれほど急速に変化するものではないのです」。
遺伝学的な違いはさておき、若年発症がんが高齢者の同じがん種と異なる挙動を示すかどうかという問題もある。そうした違いは、若年者の腫瘍が共通の生物学的特徴によって引き起こされていることを示唆している可能性がある、とYou医師は述べた。
少なくとも大腸がんの場合、若い年齢で診断された人のがんは生物学的に異なり、悪性度が高い可能性があることが示唆されている。
例えば、若年発症の大腸がんは左の結腸や直腸に生じて、悪性度の高い腫瘍と関連する他の物理的特徴を有することが多い、とYassin博士は言う。
また、50歳未満の人が大腸がんで死亡する割合が増加しており、これもこの疾患がより危険なものになっていることを示唆している。Shiels博士とNCIの研究者たちは研究で、米国で同様の傾向を示す他の2つの一般的ながんは子宮がんと精巣がんであることを発見した。
がんによる死亡率は、50歳未満では全体的に増加していない、とShiels博士は言う。しかし、ごく一部のがん種での死亡率が上昇していることは、「非常に懸念すべきこと」であると言う。
不確実な年代における若年発症がんへの対応
若年発症大腸がんに関するいくつかの取り組みに携わっているコロラド大学がんセンターのAndrea Dwyer氏(公衆衛生学修士)は、若年発症がんの傾向に効果的に対処するには、認識およびコミュニケーションの向上なしには実現できないと強調する。
医療従事者の間で両者が進んでいることは朗報だとDwyer氏は言う。その結果、多くの臨床医が日常臨床のやり方を変え、患者の年齢を理由にがんを除外することがなくなった。
「私たちはその転換、変化を目の当たりにしています」と彼女は言う。
若年層における同様の変化、つまり問題のある症状が現れたときに行動を変えるまでの変化は、すぐには起こりえない、とYou医師は言う。しかし、克服すべき現実的で根強い障壁がある。
若い人たちは「自分の人生を生きるのにあまりに忙しく、症状はそのうち消えるだろう考えています」と彼女は言う。
このような態度は若い人たちに非常に多い、とDwyer氏は言う。「彼らは……『私には他にやるべきことが山ほどある。貴重な時間とお金を使って医者に行きたいだろうか?』と考えるのです」。
起こりうる結果のひとつで、特に重大なものは診断の遅れであり、がんが進行して治療が困難になるまで発見されない可能性がある。
例えば、若年発症大腸がんの最も顕著な症状として、定期的な直腸出血と腹痛を挙げた最近のある研究では、患者に最初に症状が出てからがんと診断されるまで半年以上経過していることが多いこともわかった。
他の研究でも、若年発症大腸がんの同様の「危険信号」症状が特定されている。例えば、Cao博士が2023年に主導した研究では、直腸出血と腹痛に加えて、下痢と鉄欠乏性貧血を徴候指標として追加した。
「若い成人に対しては、このような徴候や症状がある場合は、ぐずぐずせず受診するという意識を高めたいのです」と彼女は当時語っている。
一旦診断されれば、遺伝子検査が非常に重要である、とYou医師は言う。大腸がんの約20~30%を占める遺伝性疾患であるリンチ症候群の検査は特に重要である。
リンチ症候群の患者の腫瘍は「免疫療法に驚くほどよく反応します」とYou医師は述べる。「ですから、現在の(患者に対する)検査の大部分は、これらの患者さんを見逃さないようにすることです。なぜなら、本当に効果のある治療法があるからです」。
困難に備える
研究の過程が進む一方で、若い患者ががん診断によってもたらされる困難を乗り越えるのを助ける、実証された方法があるとYou医師は述べた。そのひとつが、遺伝子検査に関する適切な情報源へのアクセス確保である。
また、積極的な治療中であれ治療後であれ、若い患者が同じ経験をする人たちとつながりをもてるようにすることも重要である。「患者がコミュニティ意識を持って、自分は一人ではないのだと理解できるようにするのです」と彼女は言う。
さて、Ryan O’Grady氏は放射線治療を終え、2025年春の時点で化学療法の集中治療を開始した。あらゆる指標から判断して、がんは良好な反応を示しており、画像診断では腫瘍が縮小し続けているとのことだ。
彼は今もバスケットボールをして、週に何日かウェイトリフティングをし、コンサートに出かけている。健康的な食事も摂り、飲酒はやめた。
「すごくいい感じだよ。でも、事態が本当に厳しくなり始めた場合に備えて、準備はしておきたい」と話す。
- 監修 東 光久(総合診療、腫瘍内科、緩和ケア/奈良県総合医療センター)
- 記事担当者 山田登志子
- 原文を見る
- 原文掲載日 2025/05/14
【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】
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