転移予測にがん細胞の「くっつきやすさ」を評価ー乳がんDCISで研究
研究者らは、他の部位にまだがんが転移していない患者の治療方針について、腫瘍医がより良い判断を下すのに役立つと期待される装置を開発した。この装置は、腫瘍サンプル中のがん細胞の「接着性(くっつきやすさ)」を測定することで、がん細胞が腫瘍から離れて他の臓器に転移する可能性を評価するものである。
マウスを用いた実験では、接着性のレベルの違いが、がんの転移の有無を予測できることが示された。またヒトの組織サンプルを用いた実験では、正常な乳腺組織は非常に接着性が高く、進行がんの組織はそれに比べて大幅に接着性が低いことが明らかになった。
この研究はNCIから一部資金提供を受け、結果は3月25日付のCell Reports誌に掲載された。
研究者らは、より大規模な研究が必要であることを強調しつつも、この装置が乳がん患者、特にステージ0のがんとも呼ばれる非浸潤性乳管がん(DCIS)と診断された患者に対して、医師がより的確に治療選択を行う一助となる可能性があると考えている。
「この装置によって、『あなたは転移リスクの低いグループに入ります』、『あなたは転移リスクが高いので別の治療法を提案します』といった説明ができるようになるといいと思います」と研究の主任研究者で、カリフォルニア大学サンディエゴ校の生物工学教授Adam J. Engler博士は語る。「まだその段階まで到達していませんが、データはその方向に向かいつつあることを示しています」
この装置はマイクロ流体デバイスという。摘出された腫瘍サンプルの細胞を、がん細胞の接着や構造維持を助けるバイオマテリアルでコーティングされたチャンバーに、液体で流し込み、細胞がチャンバーの壁にどれほど付着しやすいかによって、細胞を選別する。
NCIのPhysical Sciences - Oncology NetworkのEric Johnson Chavarria博士によると、この装置はがん細胞の物理的性質を利用して、がん細胞が新たな腫瘍を播種する可能性を特定するもので、既存の方法とは大きく異なるという。
Johnson Chavarria博士(この研究には関与していない)は、「異なるがん種や条件でも効果があるかどうか、今後の研究で確認する必要があります」としつつ、このアプローチは有望であると付け加えた。
「これは、医師が治療の個別化を行うための新たなツールとなる可能性があるでしょう」
細胞の接着とは?がん細胞の「くっつきやすさ」とは?
すべての細胞には、壁のレンガをつなぎあわせるモルタルのように、細胞同士を接着させ、臓器を形成する組織を構築する分子がある。がん細胞も、この分子を利用して他の細胞と接着して腫瘍を形成する。
転移の過程で重要なのは、がん細胞が腫瘍から離れて血流やリンパ系に入り込む時である。これらの細胞のいずれかが、体の別の部位に住み着き、再び増殖するのに適した場所を見つけた場合に、転移腫瘍は形成される。
2017年以降、UCサンディエゴの研究チームは、どのようにがん細胞が腫瘍から離れるか、また、体内の他の部位に広がる可能性が高い細胞を物理的にどのように特定できるかを研究してきた。
腫瘍の悪性度(転移の可能性を含む)を評価する既存の方法の中には、顕微鏡で見たときのがん細胞の形態(例えばグレード)など、部分的にがん細胞の物理的性質に依存しているものがある。
Engler博士らは、既存の方法よりも、いわゆる「転移の可能性」をより正確に捉えられる装置を作れるのではないかと考えた。
細胞によって接着性が違う
Engler博士は、この装置は、腫瘍の接着構造において重要な構成要素であるフィブロネクチンと呼ばれるタンパク質を取り入れるなど、腫瘍の物理的側面を模倣しようとするものである、と説明した。この装置では、「流体せん断応力」と呼ばれる力に対して細胞がどのように反応するかを測定する。川の流れがボートが岸にどれほどしっかり係留されているかを試すのに似ている。
研究者らが、この装置で特に接着性が高いと示されたがん細胞を用いてマウスに腫瘍を形成させたところ、接着性が低いがん細胞を用いた場合に比べて、肺に形成される転移がはるかに少なかった
次に、この装置を使って16人の女性から採取したヒト組織サンプル(正常な乳腺組織、非浸潤性とされるDCIS⦅乳管内がん⦆、および浸潤性乳がんの組織など)を検査したところ、正常な乳腺組織の細胞は接着性が非常に高かった一方で、浸潤性乳がんの細胞は接着性がかなり低かった。
この研究の主任研究者で生物工学博士課程のMadison Kaneらは、DCISサンプルでは接着性のレベルが違ったことに驚いたという。
今のところ、DCISが進行性であるかどうか、放置した場合は乳房内に浸潤して転移する可能性があるかどうか、それらを正確に予測する方法はない。DCISが浸潤がんになるリスクは低いものの、それが進行するか否かを判断できないため、DCISと診断された女性のほとんどが何らかの治療を受けている。
Kane氏によると、この装置は、浸潤性の可能性が高く、治療を受けるべきDCISの女性と、リスクが低く、治療を省略できる女性を見分けるのに役立つ可能性があるという。
チームは今後5年間、DCISの女性を対象としてこの装置を検証し、治療方針の決定の一助となるかどうか、研究を行っていく予定である。
また、このコンセプトが他の固形がんに適用できるかどうかを判断するため、肺がんや前立腺がんにおいても同様のアプローチを検証中である。
「転移の万能なマーカーは存在しません」とEngler博士は述べる。接着性のような物理的特徴が、初のマーカーとなる可能性があるとEngler氏らは考えている。
- 監修 花岡秀樹(遺伝子解析/イルミナ株式会社)
- 記事担当者 平沢沙枝
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- 原文掲載日 2025/05/06
【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】
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