肺がん検診実証プロジェクトにより困難と課題が明らかに

米国における肺がん検診の拡大を目的として、米国退役軍人保健局(VHA:US Veterans Health Administration)が行った実証プロジェクトでは、実施に伴う複雑さと課題が浮き彫りになっている。

 2013年、米国予防医学専門委員会(USPSTF)は、年齢および喫煙歴に基づく評価で肺がんリスクが高い人々に対し、低線量コンピュータ断層撮影法(CT検査)による毎年の肺がん検診を推奨した。

VHA研究チームは、JAMA Internal Medicine誌1月30日号の新たな報告で、肺がん高リスク患者に対してこれまで3年間実施してきた検診実証プロジェクトの経験を公表した。

低線量CTで検診の結果、少数の人々が早期肺がんと診断されたことが報告されている。しかし一方で、検診資格を有する患者を特定したり、検診および検診後のフォローアップのプロセスを調整したりすることの困難さ、その間に偶然見つかった肺結節またはその他の異常といった肺がんではないがフォローアップを要する所見にどのように対処するかなどの、プログラムの実施に伴い直面した多くの課題について詳説している。

この実証プロジェクトは、肺がんの包括的検診プログラムが、VHAおよび臨床試験の範囲外では実際にどのように機能するかをさらに理解するために開始されたものであると試験責任医師であるノースカロライナ州ダーラムのVHA国立健康促進・疾病予防センター(VHA National Center for Health Promotion and Disease Prevention)のLinda Kinsinger医師(MPH:公衆衛生学修士)は説明した。

「私たちは、検診が通常の日常診療においてどのように運用されるかを見たいと思いました」とKinsinger医師は語った。「どのようにして検診を受けるべき人を特定し、シェアード・デシジョン・メイキング(情報に基づく意思決定。十分な説明のうえ同意を得ること)に引き込み、そして、どのように検診を受診させるのか?また放射線科医がどのくらい協力してくれるのか?それらすべてがこのプロジェクトの一環なのです」。

試験結果から医療現場への推奨まで

VHAの実証プロジェクトは、米国予防医学専門委員会がNCI支援の米国肺がん検診試験(National Lung Screening Trial:NLST)の結果(55歳~80歳で現在または過去の重度喫煙者を対象に低線量CT検診を実施した結果、肺がん死亡率が20%低下したというもの)に基づき肺がん検診の推奨を発表した後、まもなく開始された。

同委員会の推奨直後から、全米の病院が肺がん検診プログラムを開始した。2015年初頭にはメディケア/メディケイド・サービス(米国の高齢者・低所得者向け公的保険制度)センターが高リスクのメディケア受益者のため、低線量CT検診をカバーする決定をしたことにより、新たなプログラムの数は劇的に増加した。

過去ちょうど2年間で、実際に2,500以上の施設が米国放射線医学会(ACR)の肺がん検診レジストリ(登録データベース)に登録された。メディケア保険の補償対象となるためには、各施設は、ACRのレジストリと同様に、検診プログラムからのデータをメディケア/メディケイド・サービスが承認するレジストリに報告しなければならない。

レジストリは、CTスキャンの読影における放射線科医の実力を測り、どのようにそれを専門医仲間で比較するかといった情報の提供をはかっている。こうした取り組みは重要だとKinsinger医師は述べた。患者募集から画像研究の分析まで、すべてのプロセスが高度に標準化された臨床試験の一環として検診を実施することと、地域社会でただ検診を実施することとはまったく異なるためである。

「多くのコミュニケーションが必要です」と彼女は続けた。 「それはプライマリケアだけではなく、肺専門医だけでもなく、放射線科医だけでもない。これらすべての医療サービスや他の専門領域が揃って初めて機能するようになるのです」。

3年間の経緯

この実証プロジェクトは、全国8つのVHA医療センターで実施された。プロジェクトを実行するために、研究チームは、スタッフのための手順書、患者教育資料、検診受診者を追跡するためのデータベース、CTスキャンを読影するための放射線スタッフのガイドライン、および患者フォローアップのためのガイドラインを作成した。各参加センターには、検診プログラムのコーディネーターを務める常勤スタッフも配置した。

 その試みは、診療記録のレビューに基づいて検診基準の年齢を満たし、他の不適格条件がなかった93,000人以上のVHA患者の候補者データから開始した。

しかし、実際に検診が行われたのは2,100人の患者だけであった。適格患者のリストは、多くの要因に基づいて大幅に減ることになった。例えば、35,000人以上の患者は、喫煙歴の「pack-years[パックイヤー]」(1日の喫煙本数/箱)×喫煙年数)を計算するのに十分な情報が診療記録にないため、検診を行わなかった。ちなみに 米国予防医学専門委員会の推奨で定義される重度喫煙とは、30パックイヤー以上の喫煙歴を意味する。

「しかし、日常診療では、そのような計算を行うのは難しいでしょう。喫煙している人は、過去の喫煙本数をそれほど正確に記憶しておらず、何年も何年も同程度の本数で喫煙しているわけでもないのです」とKinsinger医師は語った。

NCIのがん制御および人口科学部門のヘルスケア提供研究プログラムのPaul Doria-Rose医師は、基準を満たしている人を特定することは困難な作業でありうることに同意した。

Doria-Rose医師は、喫煙の正確な情報はほとんどの診療記録で得られていないと説明する。 同氏は、NCIが資金提供するがん研究ネットワーク(NCI-Cancer Research Network)で実施された肺がん検診のパイロット研究で喫煙歴の報告がしばしば欠落していたことを引用した。

 また、「かかりつけ医は、自分の患者が現在の喫煙者か元喫煙者かを知っているかもしれませんが、診察時に達成すべきことがいくつもあるため、誰が検診の対象となるか判断するのに必要な情報を得ることは非常に困難です」と述べた。

 VHAプロジェクトでは、検診基準を満たした約4,300人の患者のうち約1,800人が受診を断った。 VHA患者が検診を受けなかった理由は記載されていないが、研究者らは、検診により病が発見されることへの懸念、放射線被ばくに関する懸念および検診を受けるために要求される努力など、さまざまな可能性のある理由を示唆した。

 検診を受けた喫煙者のほぼ60%が初回検診後に陽性結果(肺結節またはその他経過観察を要する所見が発見された)を示した。この割合はNLSTでの初回検診後の陽性率の2倍以上だった。この割合が高い理由には、「検診を受けた退役軍人の年齢が高く、喫煙歴が長かったこと」が考えられると、VHA研究チームは報告した。

 全体として、31例の肺がんが診断され、そのうちの20例がステージ1であった。検診を受けた患者のほぼ40%が肺気腫や冠動脈石灰化を含む偶発的所見を有した。

すべての陽性結果がフォローアップを必要とするわけではないが、「低線量CT検診の結果の報告にこれらの所見を含めることで、追加の検査が必要かどうかを医療者が決定する時間が必要になる」とVHA研究チームは記している。

肺がん検診動向の分析

 2つの新しい研究が、米国における肺がん検診がどのように進展しているかについての考察を提供している。両研究では、全国保健インタビュー調査(National Health Interview Survey)のデータを用いて、2010年と2015年の低線量CT肺がん検診のパターンを比較した。

一つ目の研究はJAMA Internal Medicine誌1月30日号に発表され、5年間の低線量CTによる肺がん検診の受診者の数がわずかに増加したことを示した(1.3%から2.1%に増加)。これには、検診を受けた無喫煙者の若干の増加(0.8%から1.2%に増加)が含まれるが、主には低リスク喫煙者(1.5%から2.7%に増加)と高リスク喫煙者(2.9%から5.8%に増加)の顕著な増加が認められた。

 もうひとつは,JAMA Oncology誌2月2日号に掲載され、低リスク喫煙者と高リスク喫煙者で若干の増加が示されたという、若干異なる傾向を示した。また、2015年には検診基準を満たした人のうち3.9%のみが実際に検診を受けたと推定されている。

 この結果は、「医師と喫煙者に、情報に基づく意思決定のための肺がん検診の有益性とリスクについて教育する必要性を強調している」と著者は述べる。

 「予期しない結果ではない」

エール大学がんセンターで「肺がん検診および肺結節プログラム(Lung Screening and Nodule Program)」を指揮しているLynn Tanoue医師は、自らの施設で肺がん検診プログラムを実施している臨床医と医療者はVHA研究で報告された種々の所見によく遭遇しているだろうと述べている。

「VHA研究で報告されたことは、はじめのうちにほぼすべての人が経験することです。人々が実際に肺がん検診を開始し、それを正しく行うことの困難さを理解し始めるまで、これが実際どのようになるかを知ることはできないでしょう」とTanoue医師は述べた。

多くの機関では、「肺がん検診に関連する多くの理論的、実践的問題をどのように処理するかをまだ学んでいるところです」と、NLSTの主任研究員であり、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)David Geffen医科大学のDenise Aberle医師は先般述べている。

例えば、Aberle医師は、「いまだ、‘年齢や喫煙基準を満たしておらず、情報に基づく意思決定をしていない’のにもかかわらず検診を提供されている人の数が‘少なくない’」と説明している。

 「情報に基づく意思決定」(シェアード・デシジョン・メイキング)とは何か?

情報に基づく意思決定とは、肺がん検診に関する米国予防医学専門委員会推奨の重要な要素である。

 このプロセスには、検診の潜在的利益と害について患者との話し合いが含まれている。すなわち,診断のため追加の精密検査が必要となる可能性、過剰診断および偽陽性の結果を受け取るリスク、また検診による放射線被ばくのリスクである。また、禁煙に関する議論も含めるべきである。

 NCIは、情報に基づく意思決定セッションを円滑にするために、NLSTの結果について「患者と医師のためのガイド」を作成した。

 このような不確定な動きが始まったことで、肺がんの検診の普及に向けた準備が整っているのか疑問を抱くようになった医療関係者もいる。

 UCLAのRita Redberg医師とメリーランド州ベセスダの保健科学院(Uniformed Services University of the Health Sciences)のPatrick O’Malley医師は、VHA報告書に付随する書評で、より広範な肺がん検診実施に付随する利益がその不利益を上回るかどうか疑問を呈している。

検診および訓練に必要な莫大なリソースを低線量CTを用いた肺がん検診に対して投資するのが賢明であるかどうかということとともに、この疑問に関して堅実な経済分析と実用性分析により引き続き適切な評価を行う必要があると書いている。 「一方、患者が十分に情報を得、シェアード・デシジョンに のっとり、最も有益であると想定される患者に検診を限定することが非常に重要です」。

 開始からの困難はあるが、Tanoue医師は、肺がんの検診が命を救うことに疑いは抱いていないと述べた。「NLSTからのデータは非常に明確でした。 検診には利益があり、適切な対象があることを認めるべきです」。

 重要な改善はすでに行われている、と同氏は続け、「最も重要なことの1つは、CT検診で特定された肺結節を評価するためのACR Lung-RADSアルゴリズムの確立および利用拡大です」と述べた。

 Lung-RADSでは、CT上で発見された結節の大きさ、それらの経時的変化(その後のCT検査による)、および結節の性状(例えば、充実性またはすりガラス状など )などの要因を組み合わせて陽性結果を特定する。

いくつかの研究により、このアルゴリズムが「偽陰性の割合を増加させずに多くの偽陽性を排除する」ことが示されている、とTanoue医師は述べる。同氏は特に、NLSTで行われたCT画像を、Lung-RADS基準を用いてレトロスペクティブに評価することにより偽陽性結果が劇的に減少したことを示す研究があることを強調した。

 いくつかの研究グループは、肺がんのリスクが最も高く、検診から最大の利益を受ける可能性のある人々をよりよく特定するための新しいリスク予測モデルを開発した。

 これらのモデルには、年齢や喫煙指数(パックイヤー)のほか、性別、社会経済的地位、家族歴などの他の要素が含まれているという。しかし、これらのモデルを実際に導入するまでに「厳密に設計された試験」で評価しなければならないでしょう」と、Tanoue医師は述べた。

全般的に、VHAの実証プロジェクトと全国のセンターでの検診実施経験は、時に見落とされる重要なポイントを拾い上げてくれますと、Doria-Rose医師は述べている。

 「実際に、検診は単なる検査ではなくひとつのプロセスであるという基本的な考え方

に到達します」と同氏は述べた。

Tanoue医師同様に、Aberle医師も、万事改善するとの自信を表している。

「まだ初期段階ではあるが、米国の肺がん検診は確実に継続することでしょう」と記している。 「早期肺がん診断への究極のアプローチ方法は今生まれつつあるところで、時間という利点と経験からの知恵を待っているところです」。

 【画像】

2人の放射線治療医が、CTスキャン中に撮影した画像を観察している。

米国国立がん研究所(NCI)

翻訳担当者 野中希

監修 廣田裕 (呼吸器外科、腫瘍学/とみます外科プライマリーケアクリニック)

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