2010/09/21号◆癌研究ハイライト

同号原文
NCI Cancer Bulletin2010年9月21日号(Volume 7 / Number 18)


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癌研究ハイライト

・2つの稀なタイプの卵巣癌に遺伝子変異が関連
・米国における喫煙率の減少が停滞
・PSA濃度の低い男性では前立腺癌検診による利益は得られないかもしれない
・死亡間際の入院は介護者の精神衛生と癌患者のQOLを低下させる可能性がある
【枠囲記事】〜その他の医療誌から:PSA濃度と前立腺癌検診

2つの稀なタイプの卵巣癌に遺伝子変異が関連

2つのタイプの卵巣癌の発達においてARID1Aと呼ばれる遺伝子の変異が重要な役割を果たしている可能性があると、New England Journal of Medicine (NEJM)誌9月8日号電子版およびScience Express誌9月8日号に掲載された試験により明らかになった。

NEJM誌上の試験では、カナダの研究者らにより、米国の卵巣癌症例の12%を占める卵巣淡明細胞癌119例中55例(46%)においてARID1A遺伝子変異が認められた。また、もう一つの比較的稀なタイプの卵巣癌である類内膜腺癌33例中10例(30%)においても同様の変異が確認された。米国の卵巣癌症例の約70%を占める最も一般的な卵巣癌である漿液性腺癌を有する患者のサンプルにおいては、この変異は確認されなかった。

Science Express誌上の試験(前述の試験に比べ小規模ではあるがほぼ同じ試験)では、ジョンズホプキンス大学シドニー・キンメル総合がんセンターの研究者らにより、卵巣淡明細胞癌症例の57%においてARID1A遺伝子変異が確認された。

卵巣淡明細胞癌および類内膜腺癌はどちらも子宮内膜症(子宮の内側を覆う細胞が子宮外の周辺部位で増殖するという婦人科疾患)に関連しており、激しい骨盤痛や他の障害を引き起こすことが多い。どちらの癌のサブタイプも現在利用可能な治療法による効果はあまり認められていない。

「ARID1A遺伝子変異と子宮内膜症の病変部を結びつけることで、子宮内膜症を有する患者の中で卵巣癌のリスクが高い患者を見極める手段の開発に拍車がかかります」と、NEJM誌による試験の統括著者で、ブリティッシュ・コロンビアがん研究所のDr. David Huntsman氏はプレスリリースで述べた。

Huntsman氏率いる研究チームはまず、少数(探索)サンプルの卵巣淡明細胞癌および類内膜腺癌19例のうち7例においてARID1A遺伝子変異を同定した後、追加的(確認)サンプルの卵巣癌211例により所見を確証した。卵巣淡明細胞癌腫瘍にARID1A遺伝子変異が認められた患者2人をさらに詳しく調べたところ、変異は周辺の子宮内膜症の病変部位にみられたが、原発腫瘍から離れた病変部位では確認されなかった。これらをもとに、ARID1A遺伝子変異は「偶発的現象というよりは、むしろ病原性現象の可能性」があり「腫瘍性形質転換における初期現象」であることがエビデンスにより示唆されたと研究チームは記述している。

この所見により、遺伝子と癌を関係付けたこれまでの試験は正解であり、ARID1A遺伝子は「かなり関連性のある癌抑制遺伝子の可能性がある」ことが示唆されたと、Huntsman氏はEメールで述べた。

米国における喫煙率の減少が停滞

米国疾病管理予防センター(CDC)の研究者らの報告によると、1990年代から2000年代前半のアメリカ合衆国における喫煙率の著しい減少期間を経て、喫煙率は過去5年間、停滞状態が続いているという。CDCの2009年度国民健康調査(NHIS) および同年度に実施された行動危険因子サーベイランスシステム(BRFSS) によるデータ解析によると、2009年の時点で18歳以上の米国成人の20.6%は習慣的喫煙者であり、2005年に20.9%を占めた習慣的喫煙者の割合から事実上変化がないことになる。この知見は疾病罹患率・死亡率週報(MMWR)9月10日号に記載されている。

前回の調査と一致して、喫煙率は女性よりも男性において若干高く、地域、所得水準、および教育水準により喫煙において劇的な相違が依然としてみられた。例をあげると、25歳以上の高校課程を終了していない者と大学院での学位取得者を比較した場合、2009年度の喫煙率はそれぞれ28.5%と5.6%であった。

また、MMWRの7月9日号報告によると、若年における喫煙率の減少の速度は衰えたが、停滞はしていないという。高校生における喫煙率は1997年から2003年にかけて40%の減少があったのに対し、2003年から2009年においては11%であった。2009年度の調査から米国の高校生のおよそ5人に1人が喫煙していると報告された。

「若年のタバコ喫煙に対して認められた喫煙率減少の間延びは、成人におけるタバコ喫煙とそれに関連する疾病罹患率および死亡率が、近い将来においても重要な公衆衛生問題として存在するということを示しています」と、CDCの国立慢性病防止健康増進センターに所属するDr. Shanta R. Dube氏と同僚の医師らは9月の報告書にて述べている。

『患者保護および医療費負担適正化法』および『2009年家族喫煙防止・タバコ制限法』の双方により、喫煙を減少させるための「新しい機会」が提供されたと研究者らは言及している。前者の法の下では、エビデンスに基づいた卒煙サービスや治療を利用する機会が増える見通しであり、また『タバコ制限法』により「米国食品医療品局(FDA)はタバコ製品の生産、販売、および流通を規制する権限が与えられる」。

PSA値の低い男性では前立腺癌検診による利益は得られないかもしれない

エラスムス大学医療センター(オランダ)のDr. Pim van Leeuwen氏が主導した研究によると、前立腺特異抗原(PSA)の血中濃度が低い55〜74歳の男性は、前立腺癌のさらなる検診または治療により利益を得られない可能性がある。研究結果はCancer誌9月13日電子版で掲載された。

PSA検診の潜在的な利益と害の比をより詳細に理解するために、研究者らは北アイルランドの検診を受けていない男性4万2503人における前立腺癌発生率と死亡率を、ERSPC(European Randomized Study of Screening for Prostate Cancer)試験に参加して検診を受けた男性4万3987人と比較した。2009年のERSPC試験では、PSA検診により前立腺癌による死亡を20%減少させることが示唆された。(ERSPC試験では開始時のPSA値が対照群の男性で測定されなかったため、検診群と対照群とでPSA値の比較ができなかった。)

両群の男性を開始時PSA値により4つのカテゴリーに分類し(0.0〜1.9 ng/mL、2.0〜3.9 ng/mL、4.0〜9.9 ng/mL、10.0〜19.9 ng/mL)、約9年間(中央値)追跡調査した。PSA値20 ng/mL以上の男性は試験から除外した。

検診を受けていない北アイルランド群では、追跡期間中に236人が前立腺癌で死亡したのに対し、ERSPC群では109人であった。これを年齢と開始時のPSA値で補正すると、前立腺癌特異的死亡率が検診により相対的に20%減少することとなり、ERSPC試験のデータのみによる以前の報告と類似した結果であった。しかし、死亡率の減少は4つのカテゴリーで均等に分布していなかった。

「試験登録時、PSA[3.9 ng/mL未満]の男性では、前立腺癌による死亡の累積ハザードに無視しうる程度の差しかなかった」と著者らは述べた。前立腺癌による1例の死亡を防ぐために治療を要する人数には、開始時の値が最高値(10.0〜19.9 ng/mL)の60人から、最低値(0.0〜1.9 ng/mL)の725人までの幅があった。

著者らによると、試験にはいくつかの限界があり、検討した両群間でランダム化されなかったこと、全死亡率に大きな群間差があり結果に偏りが生じた可能性があること、両群の男性が別の前立腺癌治療を受けていた場合があることなどであった。

その他の限界として、北アイルランドのデータで開始時にPSA検査を行った理由が示されていないことがあった。しかし、入手可能なエビデンスからは、この群では無症状の男性に実施されたPSA検査は20%未満であったのに対し、ERSPC試験では開始時PSA検査のおそらくほぼすべては無症状の男性で実施されたと示唆される、NCI癌制御・人口学部門の統計研究・応用支部部長Dr. Eric J. (Rocky) Feuer氏は説明した。

Feuer氏は、「検診集団の特定の年齢・PSA値の男性を、選択された臨床集団の同じ年齢・PSA値の男性と同等に比較できるのかは不明のままだと、著者らは指摘している。これらの偏りの可能性がどの程度試験全体としての結果に影響を及ぼすのかを明らかにするのは困難である」と述べた。

エラスムス大学医療センターの研究者らは、臨床的勧告を作成する前に長期の追跡調査が必要であると強調した。

死亡間際の入院は介護者の精神衛生と癌患者のQOLを低下させる可能性がある

Journal of Clinical Oncology誌9月13日電子版に発表された研究によると、病院または集中治療室(ICU)で死亡した末期癌患者を介護した親族は、自宅で死亡した患者の介護者に比較して精神的な問題が現れるリスクが高い。

末期癌患者333人とその近親者の介護者の前向き研究が、Dr. Alexi A. Wright氏の主導によりダナファーバー癌研究所、ハーバード大学医学部、ブリガム&ウィメンズ病院で実施された。この研究は、主に癌患者の死亡場所が患者の終末期の生活の質(QOL)と関連するか、また死別に関連する介護者の精神障害のリスク増加と関連するかどうかを判定するよう設計された。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症するリスクについては、ICUで死亡した患者の介護者(21.1%)では、自宅でホスピスケアを受けて死亡した患者の介護者(4.4%)に比較して高かったと研究者らは報告した。「われわれの知る限り、これはICUで死亡した患者の介護者でPTSD発症のリスクが高いことを示す初めての研究である」と記している。さらに、遷延性悲嘆障害(せんえんせい:※長期に及ぶこと)を患う可能性も、病院で死亡した患者の介護者(21.6%)では、在宅ホスピスで死亡した患者の介護者(5.2%)に比べて高かった。

患者のQOLについては、死亡後2週間以内の介護者からの報告により評価した。ICUまたは病院で死亡した患者の介護者の報告は、自宅でホスピスケアを受けながら死亡した患者の介護者の報告に比べ、患者の身体的・精神的苦痛がより大きくQOLが低いことを示していた。

驚くべきことに、在宅での死亡は、自宅でのホスピスケアの有無にかかわらず、病院で死亡した患者に比べ、より良好なQOLと関連することを、研究者らは見出した。

「なぜ在宅死亡がよりよい患者のQOLをもたらすのかを究明するにはさらに研究が必要であるが、提供されるケアの焦点が異なるためではないかと予想している」と、研究者らは記述した。「病院、特にICUのケアは多くの場合、何としても患者の生命を維持することが中心となるが、在宅死亡では患者の生活の質と症状の管理が重視される」。

在宅死亡は、近づきつつある臨終に対処し、住み慣れた環境のなかで地域の支援を受ける機会を介護者に与えることにより、介護者の予後も改善すると考えられると指摘されている。

その他のジャーナル記事:PSA値と前立腺癌検診60歳のときに血液試料を提供し、25年間追跡調査したスウェーデン人男性の調査から、その年齢での前立腺特異抗原(PSA)の血中濃度が、後に生命にかかわる前立腺癌を発症するリスクと関連することが明らかになった。中央値より低値(1 ng/mL以下)の男性でも、前立腺癌を有することはあるが致死性となる可能性は低い。「これらの男性は以降の検診を免除し、より高値の男性を検診の中心とするべきだ」と、スローンケタリング記念がんセンターのDr. Hans Lilja氏らはBritish Medical Journal(BMJ)誌9月15日電子版に報告した。同じBMJ誌電子版の2番目の報告では、38万を超える男性を対象に含む、6件のランダム化臨床試験のデータを解析し、前立腺癌検診の利益と害を評価した。解析で、直腸診の併用の有無にかかわらずPSA検査の日常的な使用は支持されなかった。「検診により早期前立腺癌の診断につながるが、全生存や前立腺癌特異的な生存率の改善に結びつかないようだ」と、フロリダ大学医学部(フロリダ州ゲーンズビル)のDr. Philipp Dahm氏らは結論付けた。

55〜74歳でPSA値0.0〜1.9ng/mLの男性の前立腺癌による死亡リスクが低いことを示したvan Leeuwen氏らによるCancer誌の観察研究を合わせると、前立腺癌による死亡リスクが極めて低いグループを特定することが可能と考えられる証拠が集まりつつあると、NCI癌制御・人口科学部門の専門家は述べた。

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栃木 和美、榎 真由 訳
小宮 武文(呼吸器内科/NCI Medical Oncology Branch)
榎本 裕(泌尿器科/東京大学医学部付属病院) 監修 
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