インテリジェントナイフは卵巣がんと正常組織を識別する

インテリジェントナイフはよりスマートな手術となりうるか?

手術は卵巣がん治療の主要な一部であるが、適切な切除ができていない場合もある。

外科医にとって、何の組織を切除しているかを知ることは非常に重要である。卵巣の腫瘤が悪性腫瘍か良性腫瘍かを区別するのは難しいと言える。このことにより、最適な手術を行うことが困難となっている。

「現在、卵巣または骨盤に疑わしい腫瘤を有する女性に対し、子宮、子宮頸部、両側卵巣および卵管を除去する全摘出手術を実施しています」とインペリアルカレッジ・ロンドン在籍でCancer Research UKから助成を受けている外科医David Phelps医師は述べた。

「2週間後、病理報告書が返却され、事例の一部では腫瘤ががんではないことが判明します。つまり、必要のない範囲まで手術を行ったこととなります」。

しかし、根治手術を控えることはリスクも伴う、とインペリアルカレッジ・ロンドン、婦人科がん手術分野の顧問専門医Sadaf Ghaem-Maghami医師は警告する。「一方の卵巣のみを切除する手術を受けた女性が、後にがんであることが分かる場合があります。この場合、2度目の手術が必要となるのです」とGhaem-Maghami医師は述べた。

外科医が手術している間に、彼らが処置している腫瘍が良性か悪性かを確実に分かるのが理想である。外科用インテリジェントナイフ(iKnife:アイナイフ)と呼ばれる試験的装置と、最近、British Journal of Cancer誌で発表された研究のおかげで、手術がその理想に向けて進む可能性がある。

iKnifeとは

iKnifeは、他とは異なる手術道具である。ただ切るだけでなく、切る間に切除する組織の型を検出するようプログラムされている。

インペリアルカレッジ・ロンドンのZoltan Takats教授が考案した。iKnifeを作るために、Takats教授と彼のチームは、標準的なメスを、非常に正確な分子重量計といえる質量分析計に取り付けた。

ナイフが切除術中に組織内部を焼くことにより、組織から分子が煙となって放出される。それを質量分析計で吸い込んで分析するのである。

この技術を利用して、さまざまな組織の実態を解析し、それぞれを識別することが可能になる。

「iKnifeにより、さまざまな組織を構成する個々の要素を分析し、識別することができます」とTakats教授は述べた。「つまり、手術では、メスを入れている組織の種類が正確に分かります」。

iKnifeはすでに乳房手術で性能を試しているところである。Ghaem-Maghami医師、Phelps医師らのチームは卵巣がんの手術においても変化をもたらす可能性があるかどうか確認したいと望んだ。

順調なスタート

チームはまず、手術中に実験用検体を採取し、病理報告書の結果と比較した。

「実験室ではiKnifeを用いて、100%の精度で正常組織と識別して卵巣がんを診断できることが分かりました」とPhelps医師は述べた。「極めて素晴らしい結果です」。

iKnifeは、卵巣や卵管など、生殖器系の異なる部位を93~100%の精度で特定することもできる。

次にチームは、iKnifeが卵巣がんと境界型卵巣腫瘍と言われる成長の遅い腫瘤の一種とを見分けられるかどうかを実験した。これまでに2~3の検体しか分析していないが、初期の結果ではiKnifeで識別できることが示唆されている。チームは、境界型卵巣腫瘍の試験検体数を増やすことが優先事項であると述べた。

「境界型卵巣腫瘍は若年女性でより多くみられるため、正しく診断し手術することが大切です」とGhaem-Maghami医師は述べた。「iKnifeは可能な限り妊よう性を維持するための方法を探るうえで役に立つ可能性があります」。

次の段階

チームがiKnifeを使って手術中に判断ができるようになるのはまだ少し先のことである。Ghaem-Maghami医師によると、次の段階は手術室でiKnifeをより定期的に利用し始めることである。

「結果の程度に基づき、iKnifeが手術中に卵巣がんを特定できるかどうかを調べる臨床試験を実施する予定です」とGhaem-Maghami医師は述べた。

彼らはまた、検体の測定値データベースを引き続き蓄積する予定である。「私たちはデータセットに終わりがあるとは思っていません。データを加えれば加えるほど精度はますます向上していくのです」とPhelps医師は述べた。これは特にまれな型の卵巣がんにおいて重要である。

卵巣がんとその他のがん

iKnifeから得られる便益は卵巣がんに対してのみにとどまらない。研究者らは、Cancer Research UKが支援する臨床試験で、乳がんに対してiKnifeを試している。

本研究の詳細は、「iKnife:がん手術に対して大変革をもたらす可能性をもつもの」に記載されている。

研究者らはまた、iKnifeが脳腫瘍手術に役立つかどうかも検証している。このタイプの手術で特に重要なことは、健康な脳組織に損傷を与えることなく腫瘍を全部切除することである。「脳腫瘍の辺縁がどこかをリアルタイムで特定するためにiKnifeを用いることには、素晴らしい可能性があります」とTakats教授は述べた。

iKnifeによりがんの手術をよりスマートに実施できるかどうか分かるまでに課題はたくさんあるが、得られる便益はとてつもなく大きい可能性がある。

「もし手術中にiKnifeで正確な診断ができれば、私たちが選択する外科的アプローチは完全に変化するでしょう」とPhelps医師は述べた。「患者一人一人に合わせた個別の手術ができるようになるでしょう」。

参考文献
Phelps, DL. et al. The surgical intelligent knife distinguishes normal, borderline and malignant gynaecological tissues using rapid evaporative ionisation mass spectrometry (REIMS). British Journal of Cancer. doi: 10.1038/s41416-018-0048-3.

翻訳担当者 太田奈津美

監修 前田 梓(医学生物物理学/トロント大学)

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