卵巣がんにおける薬剤耐性の新たな原因

ダナファーバーがん研究所

卵巣がんの中には、標準化学療法や分子標的薬剤が奏効しない、あるいはこれらの治療作用を回避するようになるものがある。ダナファーバーがん研究所の研究者たちはその原因に新たな光を当てた。「今回の発見は、卵巣がんの薬剤耐性に対する対抗戦略の開発促進につながるかもしれません」と彼らは述べる。

ライフサイエンス分野の電子版Cell Reports誌で公表された今回の研究では、これまで知られていなかった薬剤耐性の原因の1つとしてマイクロRNA(以下「miRNA」)と呼ばれる小さな遺伝子材料を同定した。がん細胞は、miRNAを使うことでDNA修復力を回復する。

この研究では、卵巣上皮がん全体の15~20%を占める、BRCA1もしくはBRCA2遺伝子に遺伝性の変異を有する卵巣上皮がんに焦点を当てた。なぜなら、これらの卵巣がんでは、がん細胞の損傷したDNAをがん細胞自らが効果的に修復することができないため、また化学療法に用いるプラチナ製剤やPARP阻害剤と呼ばれる比較的新しい分子標的薬剤の作用、つまり腫瘍のDNA分子切断作用の影響を受けやすいためである。

プラチナ製剤やPARP阻害剤は有効性を発揮する頻度が高い一方、奏効しなかったり耐性が獲得されたりすることもあり、その結果、長期の生存が脅かされる患者も非常に多い。BRCA1/2変異卵巣がんが治療攻撃を回避する仕組みの1つに、がん細胞のDNA分子修復経路を回復するために新たな変異を起こすという仕組みがある。

しかし、今回の新研究の統括著者であるダナファーバーがん研究所のDipanjan Chowdhury博士とPanos Konstantinopoulos医学博士は、新たな遺伝子変異を伴わない、上記とは異なる耐性獲得の仕組みを発見した。この仕組みでは、卵巣がん細胞は競合する2つのDNA修復経路のうち1つを不活性化させ、相同組換え(HR)として知られるもう1つを活性化させる。相同組換えにより、腫瘍はプラチナ製剤やPARP阻害剤に対する耐性を獲得する。このようなDNA修復経路の切替えは、特異的なmiRNAであるmiR-622の値の増加がみられるがん細胞で起こる。このことからmiR-622はDNA修復調節因子であることが判る。

当該研究者たちは、実験室で増殖させたmiR-622過剰発現がん細胞がPARP阻害剤であるオラパリブおよびベリパリブ、化学療法剤であるカルボプラチンおよびシスプラチンに対する耐性をもつことを突き止めた。次に、miR-622値の増加と卵巣がん患者の転帰との関連を探るために、「がんゲノムアトラスプロジェクト(TGCA)」が蓄積したデータベースをあたり、手術後にプラチナ製剤による化学療法を受けたBRCA1変異卵巣がん患者89人のデータを調べた。

「miR-622が高発現している腫瘍は、一次治療としてのプラチナ製剤による化学療法の奏効不良および生存期間の短縮と相関していることが、一貫して認められました」と研究者たちは述べている。miR-622の高発現がみとめられた患者での生存期間中央値は39カ月、一方低発現の患者では49.3カ月であった。

miRNAは非常に小さな遺伝子単位である。タンパク質合成の青写真ではないものの、動植物の遺伝子制御を担う太古から継承されてきたシステムに属するものと考えられている。ヒトゲノムには2500ものmiRNAが存在すると推定されており、ようやくその重要性が明らかにされたのは2000年代初期に入ってからである。miRNAの異常活性は、白血病、リンパ腫、固形腫瘍などの「がん」、その他多くの疾患と関連している。

ダナファーバーの研究者たちは、miR-622の過剰発現により2つのタンパク質、Ku70およびKu80の生成が抑制されることを示した。これら2つのタンパク質により、2つのDNA修復経路のどちらが優勢となるかが決定される。

彼らの発見の結果、BRCA1変異卵巣がんではmiR-622値の測定により治療の手がかりが得られる可能性が示されたのである。さらに、「miR-622を狙い撃つことで、BRCA1変異卵巣がんに対するPARP阻害剤、プラチナ製剤化学療法の奏効性を増大させることができるかもしれません」と研究者たちはmiR-622を標的とする治療法に期待をよせる。

Konstantinopoulos医師はダナファーバーのSuzan F. Smith婦人科がんセンターの腫瘍内科医であり、Chowdhury氏はダナファーバーの腫瘍放射線科に所属している。

筆頭著者のYoung Eun Choi氏はChowdhury laboratoryの博士研究員である。また、研究助成はDepartment of Defense Ovarian Cancer Academy Award W81XWH-10-1-0585、米国国立癌研究所(NCI)助成金R01CA142698-07、Deborah and Robert First Foundationから提供を受けた。

翻訳担当者 八木佐和子

監修 石井一夫(ゲノム科学/東京農工大学)

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