ASCO2026学会 成果とパートナーシップを振り返って
Anthony Letai 医学博士
米国国立がん研究所(NCI)所長
今回、米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次総会に参加し、私たちは今、がん研究において歴史的とも言える大きな転換点を迎えていることを改めて実感した。
ASCO年次総会には、患者に最も近い立場にある腫瘍専門医、臨床研究者、看護師、患者支援団体の関係者をはじめ、日々、がん患者の生活の質の向上に取り組む人々が集まる。5月29日から6月2日にかけてシカゴで開催された今回の総会では、こうした人々の取り組みが数多く発表された。長年にわたる基礎研究が新たな治療法の開発につながっていることに加え、新しい技術が、患者の治療転帰の改善に向けた取り組みを、これまで以上に迅速かつ広範囲に推し進めていることが示された。
開会セッションでは講演の機会を得て、がん研究を取り巻く現状について最新の状況を報告した。助成金の採択ペースや、変化する研究資金の状況に対する懸念についても触れた。その上で、この夏、米国国立がん研究所(NCI)のスタッフが助成金の審査・承認を可能な限り迅速に進め、研究資金の提供が滞ることのないよう尽力していることを伝え、参加者に安心してもらいたいと考えた。
シカゴを後にする際、今回の総会を通じて強く感じた3つのテーマを改めて思い返した。一つ目は、科学研究が加速度的に進歩していること、二つ目は、特に臨床試験を中心に、研究の進め方をさらに改善していく必要があること、そして三つ目は、がん研究とがん医療を支えるコミュニティの力強さである。
加速する研究の歩み
今回の総会を振り返るたびに思い出す場面の一つが、ダナファーバーがん研究所消化器がんセンターの腫瘍内科医であり、臨床研究者でもあるBrian Wolpin医師によるプレナリーセッションで、42秒間にわたるスタンディングオベーションによって講演が中断された時である。RAS(on)阻害薬daraxonrasib[ダラクソンラシブ]が、既治療の進行膵がん患者を対象とした第3相試験において、化学療法と比較して全生存期間の中央値をほぼ2倍に延長したという結果が発表されると、会場は自然発生的な拍手に包まれた。
この分野に関わる人々にとって、これは最も治療が難しいがんの一つを相手に掴み取った、長年待ち望まれていた勝利であった。膵がんは何十年もの間治療法の進展が見られず、多くの研究者がこの病気を克服しようと挑みながら、幾度となく失敗を重ねてきた。Wolpin医師の発表に湧き上がった歓喜は、研究者たちがようやく大きく息をつくことができた瞬間を象徴していた。この薬剤については、その効果や副作用など、まだ明らかにすべき点が数多く残されているが、この分野に関わる人々には将来への希望を抱く十分な理由がある。
このような画期的な成果は、数十年にわたる基礎科学の積み重ねの上に成り立っていることを忘れてはならない。その多くは、NCIやNIH(米国国立衛生研究所)の助成金によって支えられてきた。長年の研究によって、膵がんの90%以上、さらに全ヒトがんの約30%がRAS遺伝子の変異によって引き起こされることが明らかになっている。40年にわたり、RASはがん生物学において最も重要である一方で、最も攻略が難しい標的の一つと考えられてきた。
RASを標的とした薬剤開発は、長年にわたり行き詰まりと失敗の連続であったが、2013年に大きな転機を迎えた。その年、NCIの支援を受けたカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のKevan Shokat博士らは、RAS遺伝子ファミリーが産生するKRASタンパクのKRAS G12C変異型に、それまで知られていなかった結合ポケットを発見した。この変異タンパクは、「オン」(活性)状態では制御不能なほど細胞増殖を引き起こし、がんを誘発する。
Shokat博士らは、このタンパクが「オフ」(不活性)状態にあるときに、新たに発見されたポケットへ結合する低分子化合物を開発し、KRASタンパクを効果的に不活性化することに成功した。この研究は、それまで「創薬は不可能」と考えられていたRASが、実際には創薬標的になり得ることを証明し、新たな薬剤開発への道を開いた。
ちょうどその頃、NCIは、同じくUCSFのFrank McCormick博士主導のもと「RASプロジェクト」を発足させ、この重要ながん標的であるRASの研究を加速させた。このプロジェクトは、世界的なRAS研究・技術の拠点を構築し、RASタンパクの構造解明、RAS活性の測定法の確立、先進的なイメージング技術の開発、さらには新たな低分子RAS阻害薬の創製を推進した。
これらの進展は研究分野全体に活気を与え、大学、NCI指定がんセンター、さらにダラクソンラシブを創製したRevolution Medicines社のような製薬・バイオテクノロジー企業の研究者たちを、RASが関与するがんに対する新たなアプローチの追求へと駆り立てた。
ダラクソンラシブは、科学研究への長期的な公的支援がいかに重要であるかを示す好例である。政府による継続的な研究支援のもと、研究者が時間と資源をかけて困難ながん研究に取り組んできたことが、これまで幾度となく画期的な成果を生み出してきた。
実際、私たちは、がん研究への何十年にもわたる投資が、幅広い成果となって実を結びつつあることを目の当たりにしている。AI(人工知能)や機械学習、ゲノミクス、そしてデータに基づく新たな知見の進歩が、基礎研究から臨床応用に至るまで、がん研究のあらゆる段階で新たな発見のスピードを加速させている。
研究成果を患者へより早く届けるために
その一方で、研究における発見のスピードは、そうした成果が患者に届くスピードをしばしば上回っている。今回のASCOでは、有望な基礎研究の成果を、いかに迅速に患者の実際の利益へと結びつけるかが重要な議論のテーマとなった。
会期中、私は米国における臨床試験の立ち上げを迅速化することをテーマとした二つのセッションに参加した。一つは、ASCO、American Association of Clinical Investigators、Friends of Cancer Research(米国のがん研究支援団体)などの関係機関の代表者が参加する非公開会議で、もう一つは、米国食品医薬品局(FDA)が主催する公開パネルディスカッションであった。
私たちは皆、多くの遅れは、長年の間に積み重なった運営上の非効率が原因であるとの認識で一致した。臨床試験の設計を簡素化し、不必要な複雑さを取り除き、契約をはじめとする各種手続きを標準化することで、臨床試験の立ち上げを迅速化できる可能性がある。課題は、患者の安全性と科学的厳密性を損なうことなく、どの手順が本当に必要で、どの手順を簡略化または省略できるのかを見極めることにある。
現在、私たちは米国保健福祉省(HHS)、米国食品医薬品局(FDA)、各がんセンター、そして産業界のステークホルダーを集め、国内外の成功事例から得られた知見を実際に取り入れるための取り組みを進めている。例えばオーストラリアでは、一部の初期段階の臨床試験では、申請から被験者登録開始までが最短8週間で進められている。私たちは、その迅速な実施を可能にしている制度や仕組みについて詳しく検討している。
臨床試験の立ち上げを迅速化するためには、研究・医療に携わるすべての関係者の連携が不可欠である。幸いにも、この課題の緊急性は広く共有されており、関係者は解決に向けて協力しようという強い意欲を持っている。
がん研究と医療コミュニティを支える
こうした共通の使命感は、がん研究の進歩は優れたアイデアだけでなく、イノベーションを推進する人々、そして新たな発見を必要とする患者へ確実に届けるために協力し合うコミュニティによって支えられていることを、改めて思い起こさせる。
米国国立がん研究所(NCI)の最も重要な役割の一つは、このような進歩を可能にする人々を支えることである。ASCOでは、開会あいさつやFDA主催のパネルディスカッション、そして参加者との数え切れないほどの対話を通じて、NCIは単なる資金提供者以上の存在であることを強調した。NCIは、がん研究と医療の全領域において、患者支援に至るまで、研究者、臨床医、各がんセンター、患者支援団体、そして産業界と協力するパートナーである。
NCIには、関係者を集め、連携を調整し、コミュニティ全体を強化する責任がある。そして、それによって分野の垣根を越えた協力を促進し、私たちが直面する最も大きな課題の克服を目指している。その一環として、7月1日から2日に開催される「機能的精密医療」を推進するワークショップは、NCIと協力する新たな機会となる。
今回のASCOで示された成果は、研究、医療、そして連携が一体となって進むことで、このコミュニティがどれほど大きな成果を生み出せるかを示した。NCIは、この勢いを維持するとともに、それを患者にとってより良い治療成績へと確実につなげていくことに全力で取り組んでいく。
- 監訳 高光恵美(生化学、遺伝子解析)
- 記事担当者 岩﨑千穂
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- 原文掲載日 2026/06/16
【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】
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