‘NCI-MATCH’ の次に来るものは?ー最新の精密医療がん臨床試験

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

8年以上前、NCIは、世界初の精密医療がん臨床試験であるNCI-MATCHに着手した。NCI-MATCHは、腫瘍に特定の遺伝子変異が存在するがん患者を対象に、さまざまな分子標的薬を検証したものである。本年、このNCI-MATCHをはじめとするNCI主導の精密腫瘍学的取り組みから得られた知識を基に、3件の第2世代精密医療試験であるComboMATCH(コンボMATCH)、MyeloMATCH(骨髄性悪性腫瘍MATCH)、および、ImmunoMATCH(免疫療法薬MATCH)が進行中である。

James H. Doroshow医師(NCIがん治療・診断部門長)は、NCI-MATCHの業績を振り返り、これら3件の後継試験の概要を述べる。

2000年代半ばから、一連の小規模研究により、患者のがんを精緻にゲノム解析することで、分子標的薬に最も反応しやすい患者を特定できる可能性が示された。この知見がきっかけとなって、NCIなど世界中の主要がん研究機関では、意欲的なアイデアの追究が始まった。つまり、罹患したがん種に関係なく腫瘍の遺伝子変化に基づいて患者を治療する臨床試験の開始である。

こうした臨床試験の実施は容易ではない。数ある課題の一つとして、何千人ものがん患者の腫瘍の塩基配列を決定し、製薬企業と協力して臨床試験で使用する多くの分子標的薬を入手する必要がある。

しかし、精密腫瘍学の可能性を本当に認識したいのであれば、こうした課題は対処しなければならないものであった。

精密医療臨床試験 NCI-MATCHの展開

そこで2015年、策を練り上げた後、NCIは非常に意欲的ながん精密医療臨床試験NCI-MATCHに着手した。本プログラムは、NCIの2大臨床試験プログラムである全米臨床試験ネットワークとNCI地域腫瘍学研究プログラムの協力の下で行われ、NCIが支援するECOG-ACRINがん研究グループが管理を担った。

NCI-MATCHは、標準治療後に増悪した進行固形がん患者、および標準治療がない希少がん患者を対象としたもので、実際には一連の小規模臨床試験(下位試験)であり、それぞれが異なる分子標的薬を評価していた。

NCI-MATCHの重要な要素は、患者腫瘍のゲノム解析であった。腫瘍ゲノム検査は現在、多くのがん種で日常的に行われている。しかし、NCI-MATCHが計画されていた当時は、こうした検査は研究段階で、ほとんどの保険会社では保険適用外であった。

そのため、ゲノム検査に関連しては、以下をはじめとして数多くの克服すべき課題が存在した。

  • 検査工程の標準化: これは、どの検査機関が腫瘍生検検体を解析しても同じ結果が得られるようにするために重要であった。
  • 必ず「新鮮な」腫瘍検体で検査が行われること: 標準的な保存技術が施された生検検体を解析することで、最も信頼性の高い結果が得られる。そのため、患者から腫瘍生検検体を採取し、迅速に検査に回すための基盤と工程を開発する必要があった。
  • さまざまな民族的・社会経済的背景をもつ参加者を全国から募り、対象とすること: NCI-MATCHで真に有意な結果を得るためには、参加患者が地域病院や大規模がん研究センターなどで同様の治療を受けている患者の代表である必要があった。

NCI-MATCH用ゲノム検査は当初4件の中央研究施設で実施されていたが、最終的にはより大規模で全国的な研究施設ネットワークを構築できた。これにより、非常にまれな遺伝子変異を有する患者の募集と登録を迅速に進めることができた。

39件の下位試験が終了した後、NCI-MATCHは2023年に早期終了した。重要なことは、これらの各下位試験は「徴候の特定」を目的としたものであったことである。言い換えれば、これらの下位試験が直ちに患者の治療に変化をもたらすとは期待していなかった。われわれの目標は、むしろ、これらの下位試験により、より大規模で決定的な臨床試験で追究すべき有望な薬剤を特定できるようにすることであった。

これらの下位試験による知見は引き続き報告されている。現在までに報告されている15件の下位試験のうち、7件以上は有望な所見とされるほど高い腫瘍反応率を示し、1件はFDAによる迅速承認につながった。

ComboMATCH 併用療法試験への移行

NCI-MATCHの結果から、分子標的薬の併用が精密医療の次の重要要素になることが示唆される。さまざまな機序で作用する治療薬の併用により、治療抵抗性を獲得する腫瘍の発生を遅らせる可能性がある。

さらに重要なことは、この結果が、精密腫瘍学の進歩における最大の課題の1つである腫瘍内不均一性(腫瘍内の異なる細胞集団が異なるゲノム変異によって促進される現象)への対処に役立つことである。

今春着手されたComboMATCHでは、薬剤併用療法(2種類の分子標的薬または分子標的薬+化学療法薬)が単剤療法で認められた薬剤耐性を克服できるかどうかを検証する。

われわれはComboMATCHによる新たな取り組みを始め、検証すべき併用療法の特定を目指す研究団体間の競争を開かれたものとした。また、薬剤併用療法をComboMATCHの対象とする基準として、NCI-MATCHで要求されたよりもかなり高い水準の科学的根拠を要求している。

この科学的根拠には、動物実験や臨床試験から得られる確実なデータが含まれ、2剤併用療法がどちらか一方の単剤療法と比較して抗がん活性が高いことを示すものである。

このように高いハードルを設けたが、研究団体が強力なデータを提供してくれたおかげで、最初の4件の臨床試験に着手することができた。これらの臨床試験はすばらしいもので、そのうちの2件はどの固形がん患者でも参加でき、4件すべてが有望な分子標的薬を検証している。

現在、これらの臨床試験は参加者登録中であり、われわれはComboMATCHの追加臨床試験の基礎となる提案の募集を再開した。

骨髄性悪性腫瘍 MyeloMATCHを通して患者の旅をたどる

後継試験の2番目がMyeloMATCHである。MyeloMATCHは、NCI-MATCHへの「希望者全員参加」型手法から脱却するもので、急性骨髄性白血病(AML)患者と骨髄異形成症候群(MDS)患者のみを登録する。両疾患とも歴史的に難治性疾患で、過去数十年間の進歩は限定的である。

ほとんどの臨床試験で対象となる参加患者は、がん治療歴がすでにある患者や進行がん患者である。MyeloMATCH独自の特徴として、参加患者には初診時から疾患の経過を通じて精密医療臨床試験に登録する機会を提供する。

この独特な手法は、急性骨髄性白血病と骨髄異形成症候群が複数の治療段階を必要とし、それぞれが可能な限り長く疾患を抑えるように計画されていることを考慮したものである。

急性骨髄性白血病または骨髄異形成症候群と新たに診断された患者は誰でも、MyeloMATCHに登録する資格がある。参加患者は、血液や骨髄の検体を用いるゲノム検査を速やかに受け、対応する分子標的薬が存在する特定の遺伝子変異の有無を調べる。この検査結果は通常2~3週間かかるところ、72時間以内に得られる。

腫瘍の分子的特徴に基づき、参加患者は、特定のバイオマーカーを標的とする薬剤を評価する初期治療試験(第1段階試験)に組み入れられる。

参加患者が第1段階試験を終えた後、治療薬ががんに有効な場合、患者はさらにゲノム検査を受ける。この時点で、参加患者は第2、第3、または第4段階試験に割り付けられ、各試験でさまざまな治療薬ががんの排除や抑制にどれだけ有効であるかを評価する。

ImmunoMATCHによる免疫療法薬の研究

免疫療法薬がおそらく一部のがんに対する最も有望な新規治療選択肢であることは、よく知られている。現在のわれわれの仕事は、免疫療法薬の可能性をさらに多くのがん患者に広げるために、必要な措置を講じることである。

ImmunoMATCH (iMATCH)は、免疫療法薬に焦点を当てたNCI初の精密医療臨床試験である。われわれはImmunoMATCHのパイロット試験から開始し、抗腫瘍免疫応答の機序に関して異なる作用を有する2剤の併用療法を調べた。1つ目はニボルマブ(オプジーボ)で、腫瘍を攻撃する免疫細胞の補充を促すことができる。2つ目はカボザンチニブ(カボメティクス)で、がん細胞を直接殺傷できるだけでなく、免疫系の注意を腫瘍に向けるよう促すことが可能である。

本パイロット試験では、既存の治療薬に反応しなくなった進行悪性黒色腫(メラノーマ)患者や特定の種類の頭頸部がん患者を募集している。

本パイロット試験の目的の1つは、免疫系に異なる機序で作用する2種類の薬剤の併用療法が、一方の薬剤の単剤療法に関する先行研究で認められたものよりも有効かどうかの確認である。

しかし、本パイロット試験のより大きな目標はより実利的で、ImmunoMATCHの一部として着手される次の臨床試験に役立つものである。つまり、腫瘍が免疫療法薬に反応するかどうかを予測する免疫関連マーカーの有無を調べる腫瘍検査工程の標準化である。信頼できる同一基準の検査がなければ、有効な治療法を受けられない患者や、効果のない治療法を受ける患者が生じる。

ImmunoMATCHは、全米からの参加患者を含む単一の大規模臨床試験において、標準化された方法で初めて試験が行われることを意味するものである。

次の10年を見据える

一研究団体として、われわれは精密医療の日常患者ケアへの導入、および、精密腫瘍学臨床試験の実施に関して、多くのことを学んできた。

これらの次世代臨床試験は、過去からの教訓の上に構築され、われわれが得た知識を取り入れ、かつ、新たな着想を迅速に実施し、技術の最先端を活用するために必要な柔軟性を備えている。

これらの次世代臨床試験では、NCIの臨床試験グループ、製薬企業、学界、および規制機関など、研究団体全体で、前例のない水準の協力体制も築かれている。こうした協力関係がなければ、これらの臨床試験が軌道に乗ることはなかっただろう。

最も重要なことだが、これらの臨床試験の参加患者の多大な貢献を認識する必要がある。彼らのおかげで、将来の患者がより有効で、安全で、かつ個別化された治療を受けられるのである。

  • 監訳 高光恵美(生化学、遺伝子解析)
  • 翻訳担当者 渡邊 岳
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  • 原文掲載日 2023/12/06

この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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