AIは今後さらに洗練された方法で、がん画像診断に役立てられる

形状が曖昧な白黒の2つの同一な画像がコンピュータ画面に並んで表示されている。左側の画面では、15年の経験を持つ放射線科医のIsmail Baris Turkbey医師が、不明瞭な形状で浸潤性に増大している前立腺がんと思われる領域の輪郭を描いた。右側の画面では、人工知能(AI)のコンピュータプログラムが同じことを行った結果はほぼ同等であった。

   【画像の解説】≪AIアルゴリズムに脳腫瘍のMRI画像からIDH1遺伝子変異を解析させる≫

白黒画像は前立腺がん患者のMRI画像であり、AIプログラムはこれらの数千枚の画像を分析した。

「このAIモデルは、人間の手を介さずに前立腺がんが疑われる領域を発見します」とTurkbey医師は説明した。このAIによって、まだ経験の少ない放射線科医が前立腺がんの存在を見極め、またがんと誤認される可能性のあるものを間違わないようになると期待している。

このモデルは、人工知能とがん研究との接点において、氷山の一角にすぎない。AIの応用は無限大の可能性があると思われるが、その進歩の多くは、がんの画像診断のためのツールが中心となっている。

全臓器のX線画像からがん細胞の顕微鏡写真まで、医師は画像検査をさまざまな方法で利用している。がんの早期発見、腫瘍のステージ判定、治療効果の確認、および治療後のがん再発の有無をモニターするためである。

この数年間、研究者はAIツールを開発し、そしてこのAIツールは、がんの画像化をより早く、より正確に、より多くの情報を提供できる可能性を秘めている。そして、このことは多くの興奮を生み出した。

「AIに関して多くの過剰宣伝はありますが、それに参入する多くの研究も行われています」と、NCIの分子イメージング部門のデータサイエンティストであるStephanie Harmon博士は述べた。

この研究には、これらのツールが研究室から医師の診察室へ導入される準備ができているかどうか、実際に患者の役に立つかどうか、その利益がすべての患者に及ぶのか、一部の患者にしか及ばないのか、といった問題への対処が含まれていると、専門家は述べている。

人工知能(AI)とは何か

人工知能は、データを使用して決定または予測を行うコンピュータプログラムすなわちアルゴリズムのことである。アルゴリズムを構築するために、研究者はコンピュータがデータ分析して判断を下すことができるように、コンピュータが従うべき一連のルールや基準を作成する場合がある。

例えば、Turkbey博士らは、MRI画像での前立腺がんの見え方について、既存のルールを使用した。そして、前立腺がんがあることが判明している人とがんがない人の数千枚のMRI画像を用いてAIのアルゴリズムを教育した。

機械学習のような他の人工知能のアプローチでは、アルゴリズムがデータを分析し解釈する方法を自ら学習する。そのため、機械学習アルゴリズムは人間の目や脳では容易に識別できないパターンを検出できる可能性がある。これらのアルゴリズムは、より多くの新しいデータに接することで、データを学習し解釈する能力が向上していく。

研究者は、がんの画像診断への応用に機械学習の一種であるディープラーニングも用いている。ディープラーニングとは、人間の脳と同じ方法で情報を分類するアルゴリズムを指す。ディープラーニングツールは、脳細胞が体の他の部分からの信号を受け取り、処理し、反応する方法を模倣した「人工的神経ネットワーク」を使用している。

がん画像診断のためのAI研究

医師は、がんの画像検査を用いて以下のようなさまざまな問いに答えることとなる。これはがんなのか、それとも無害なしこりなのか、がんである場合、どのくらいの速さで増大するのか、どこまで既に拡がっているのか、また治療後に再発しそうなのか、などである。AIは、医師がこれらの問いに答える迅速性、正確性、および信頼性を向上させる可能性があることが研究によって示唆されている。

「現在、人間が行えるが時間のかかる評価や作業を、AIによって自動化することができます」とハーバード大学医学部のHugo Aerts博士は述べた。AIが結果を出した後、「放射線科医はAIが行ったことが正しい評価なのかを見直すだけでよいのです」とAerts医師は続けた。この自動化は時間とコストの削減につながると期待されているが、それを証明する必要があると、同氏は付け加えた。

さらに、主観的な要素の強い画像解釈を、AIによってよりわかりやすく、より信頼性の高いものにできる可能性があると Aerts 医師は述べた。

「例えば、放射線科医、皮膚科医、病理医のような、人間が行う画像解釈にかかる複雑な作業は、ディープラーニングによって、飛躍的に改革されることでしょう」と Aerts 医師は述べた。

しかし、研究者が最も期待しているのは、AIが現在の人間の能力を超える可能性についてである。AIは、私たち人間には見えないものを「見る」ことができ、さまざまな種類のデータから複雑なパターンや関係性を発見することができる。

「AIは、多くのタスクに対して人間の能力を超える優れた技術です」と Aerts医師は述べた。しかし、この場合、AIがどのようにしてその結論に至ったのかが不明な点が多いため、医師や研究者がツールが正しく機能しているのかどうかを確認することは難しい。

がんの早期発見

マンモグラフィやPapテストのような検査は、がんやがん化しうる前がん細胞の徴候がないか定期的に調べるために行われる。この目的は、がんが転移する前、あるいは発生する前に早期に発見して治療を行うことである。

研究者はAIツールを開発し、乳がんを含む数種類のがんのスクリーニング検査を支援している。AIを用いたコンピュータプログラムは、20年以上前から、医師によるマンモグラムの解釈を支援するために使用されてきたが、この分野の研究は急速に発展している。

あるグループは、乳がん検診の受診頻度を決定するAIアルゴリズムを開発した。このモデルは、マンモグラフィ画像を用いて、今後5年間に乳がんを発症するリスクを予測する。さまざまな検査において、このモデルは乳がんリスクの予測に用いられている現在のツールよりも正確であった。

NCIの研究者は、切除または治療すべき子宮頸部前がん病変を特定できるディープラーニングアルゴリズムを構築し、試験を行った。一部の診断機器設備が乏しい環境では、医療従事者が小型カメラを用いて子宮頸部を観察し、子宮頸部前がん病変のスクリーニングを行っているところもある。しかし、この方法は簡便で持続可能であるが、信頼性や正確性はあまり高くない。

NCIのがん疫学・遺伝学部門のMark Schiffman医師(公衆衛生学修士)らは、アルゴリズムを設計し、視診法による子宮頸部前がん病変を発見する能力を向上させた。2019年の試験において、このアルゴリズムは訓練を受けた専門家よりも優れた結果を出した。

大腸がんについては、いくつかのAIツールが、腺腫と呼ばれる前がん病変の検出を改善することが臨床試験において示された。しかし、腺腫のうちがんに移行するものはごく一部であるため、このようなAIツールは多くの患者にとって不必要な治療や余分な検査につながると懸念する専門家もいる。

がんの検出

AIは、症状のある患者に対するがんの検出を改善する可能性を示している。例えばNCIのがん研究センターのTurkbey医師らが開発したAIモデルは、マルチパラメトリックMRIとよばれる比較的新しいMRI検査において、放射線科医が潜在的に悪性度の高い前立腺がんを容易に検出できる可能性がある。

マルチパラメトリックMRIは、通常のMRIよりも前立腺を詳細に描出できるが、放射線科医がこれらの画像を読影するには通常長年の訓練が必要であり、同じ画像を読影する放射線科医の間で意見の相違が生じることがある。

NCIのチームのAIモデルは「放射線科医の診断研修において(学習)曲線を向上し、エラー率を最小限に抑えることができます」とTurkbey医師は述べた。このAIモデルは、経験の浅い放射線科医がマルチパラメトリックMRIを使用する上で指導する「仮想専門家」として役立つ可能性があると同氏は付け加えた。

肺がんについては、いくつかのディープラーニングAIモデルが開発され、医師がCT画像で肺がんを発見する際に役立っている。肺の非がん性変化の中には、CT画像上でがんに酷似しているものがあり、実際には肺がんではないが、肺がんであることを示す偽陽性の検査結果となる確率が高くなる。

AIはCT画像上で肺がんと非肺がん性変化をより正確に区別できるようになり、偽陽性の数を減らし、一部の患者を不要なストレス、不要な追跡検査、および不要な処置から守ることできる可能性があると専門家は考えている。

例えば、ある研究チームは、がんの検出、そして特にがん様に見えるその他の変化を確実に回避するために、ディープラーニングアルゴリズムの訓練を行った。研究室での試験では、このアルゴリズムはがんの検出に優れており、さらにがん様に見える非がん性の変化を検出しないことにも非常に優れていた。

がん治療法の選択

医師は、がんの増大速度、転移の有無、および治療後の再発の可能性など、がんに関する重要な情報を得るためにも画像検査を用いている。これらの情報は、医師が患者にとって最も適した治療法を選択するために役立っているといえる。

いくつかの研究で、AIが画像検査から前記の予後情報、おそらくそれ以上の情報を現在の人間よりも高い精度で収集できる可能性を示唆している。例えば、 Harmon医師らは、膀胱がんの患者が手術に加えて他の治療を必要とする可能性を判断できるディープラーニングモデルを作成した。

医師は、膀胱筋層に腫瘍(筋層浸潤性膀胱がん)のある患者の約50%には、膀胱壁を貫いてがん細胞集塊が存在すると推定しているが、従来のツールではこの細胞集塊は微小すぎて検出できない。もし、これらの目に見えないがん細胞を除去できなければ、手術後も増大を続け、再発の原因となる可能性がある。

化学療法はこれらの微小ながん細胞集塊を死滅させ、術後のがんの再発を回避することができる。しかし、手術に加えて化学療法が必要な患者を特定することは難しいことをこれまでの臨床試験は示している、とHarmon 医師は述べた。

「私たちがやりたいことは、このモデルを用いて患者が何らかの治療を受ける前に、どの患者が転移する可能性の高いがんに患っているのかを見分け、医師が情報に基づいた判断を下せるようにすることです」と同氏は説明した。

このモデルは、原発腫瘍組織のデジタル画像を分析して、リンパ節の近傍に微小ながん細胞集塊が存在するかどうかを予測する。2020年の試験では、ディープラーニングモデルは、患者の年齢や一定の腫瘍のもつ特徴などの危険因子の組み合わせに基づいて膀胱がんの転移の有無を予測する標準的な方法よりも正確であることが証明された。

患者のがんに関する遺伝子変異情報は、最適な治療法を選択するためにますます利用が進んでいる。中国の研究者は、肝臓がん組織の画像から重要な遺伝子変異の存在を予測するディープラーニングツールを開発した。これは病理学者が画像を見るだけでは予測できないことである。

彼らのツールは、不可解な方法で機能するAIの一例である。アルゴリズムを構築した研究者も、腫瘍に存在する遺伝子変異をこのツールがどのように感知しているのかがわかっていない。

がん画像診断のためのAIツールは、臨床現場で使用できる段階なのか

がん画像診断のためのAIツールが次々と開発されているが、この分野はまだ初期段階にあり、これらのツールの実用化に関しては、依然として多くの疑問点が未解決である。

何百ものアルゴリズムが初期の試験で正確であることが証明されているが、そのほとんどは実臨床の場で使用できることを保証する次の段階の試験には到達していない、とHarmon医師は述べた。

このテストは外部検証または独立検証として知られ、「われわれのアルゴリズムがどの程度一般化できるかを教えてくれるものです。つまり、まったく新しい患者に対してどの程度有用なのか、異なる医療機関または異なる撮像機器で撮影された患者の画像に対して、どのように機能するのか、ということです」と、Harmon医師は説明した。言い換えれば、そのAIツールは、トレーニングに使用したデータ以外のものも正確に処理できるのかということである。

世界のさまざまな地域の多様な人々の厳しい検証試験に合格したAIアルゴリズムは、より広く使用できるようになり、より多くの人々の助けになると、同氏は付け加えた。

臨床研究では、このような検証作業に加えて、AIツールが実際に患者のがん発症予防、患者の寿命の延長または生活の質の向上、患者の時間や費用の節約などに役立つことを示す必要があると、Turkbey 医師は述べた。

しかし、その後もAIに関する重大な問題点があるとAerts医師は述べた。「これらのアルゴリズムが何年も機能し続け、かつパフォーマンスを発揮し続けることをどのように確認していけばよいのでしょうか」。同氏によれが述べるには、例えば、新しい画像検査機は、AIツールが予測や解釈をするために依存する画像の特徴を変更してしまう可能性があり、そして、このことはアルゴリズムの能力を変えてしまう可能性がある。

AIツールをどのように規制するかという問題もある。2020年の時点で、60ものAIを用いたの医療機器またはアルゴリズムがFDAの承認を得ている。しかし、承認された後も新たなデータを処理するため、一部の機械学習アルゴリズムが変更されてしまう。2021年、FDAは適応能力のあるAI技術を監視するための枠組みを発表した。

一部のAIツールの透明性に関する懸念もある。肝臓腫瘍の遺伝子変異を予測するアルゴリズムなど、アルゴリズムがどのように結論に達するかを、研究者が認知できないものもある。これは、「ブラックボックス問題」と呼ばれる難しい問題である。この透明性の欠如により、バイアスおよび不正確さを確認する重要な作業が妨げられると専門家は述べる。

例えば最近の試験では、がんの転帰を予測するように訓練された機械学習アルゴリズムは、患者の腫瘍の生物学的特徴ではなく、腫瘍画像を撮影した病院に焦点を当てていることが示された。このアルゴリズムは医療現場では使用されていないが、同じように訓練された他のツールも同様に不正確である可能性があると研究者は警告している。

また、AIが現在の医療システムや研究制度にすでに内在するバイアスを助長し、社会的に特権のある人々と不利な立場にある人々の間の健康格差を増大させるのではないかという懸念もあると、 IBM Watson Healthで健康公平性担当副責任者を務めるIrene Dankwa-Mullan医師(公衆衛生学修士)は述べた。

これらのバイアスは、AIモデルの作成に使用されるデータに深く埋め込まれていると、同氏は2021年米国がん学会・健康格差会議で説明した。

例えば、いくつかの医療アルゴリズムでは、黒人を対象とした場合、白人を対象とした場合と比して精度が低くなることが最近示されている。こうした潜在的に危険な欠点は、アルゴリズムが主に白人患者のデータで訓練され、検証されていたことに起因すると専門家は指摘している。

一方、専門医のいない病院にAIが専門家レベルの医療を提供することで、がん医療へのアクセスを改善できると考える専門家もいる。

「AI ができることとして、専門知識がそれほどない医師がいる環境で、彼らの能力を専門家レベルまで上げられる可能性があります」とHarmon医師は説明した。

一部のAIツールは、高精細な機器を必要としないものさえある。Schiffman医師が開発した子宮頸がん検診のためのディープラーニングアルゴリズムは携帯電話またはデジタルカメラなどの低コストの機器に搭載されている。

こうした懸念があるものの、ほとんどの研究者は、がん診療におけるAIの将来を楽観視している。例えば、科学、医療、政府、および地域推進の専門家の間でのさらなる努力と協力によって、これらの障害は克服可能であると、Aerts医師は考えている。

「AI技術はいずれ診療所に導入されるでしょう。AI技術の性能はとても高く、導入しないともったいないからです」と同氏は述べた。

翻訳担当者 三宅久美子

監修 永根基雄(脳神経外科/杏林大学医学部 )

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