リンパ腫の化学療法中にコレステロール薬が心臓を保護する可能性

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

アントラサイクリン系薬剤と呼ばれる化学療法薬を投与されたリンパ腫患者において、コレステロール低下薬が心不全のリスク軽減に役立つ可能性があることが、臨床試験の結果から示唆された。

ドキソルビシンなどのアントラサイクリン系薬剤は多くのがん種の治療に使用されている。しかし、これらの薬剤は心臓の血液を送り出す機能に影響を与え、心不全を引き起こす可能性がある。

本試験において、アトルバスタチン(販売名:リピトール)はアントラサイクリン系薬剤による治療を受けた患者の心不全に関連する心臓の変化のリスクを減少させることが明らかになった。

アトルバスタチンは最もよく処方されるスタチン系薬剤であり、心臓病の予防に使用されるコレステロール低下薬の一種である。参加者は無作為に割り付けられ、アトルバスタチンかプラセボのいずれかを、初回のアントラサイクリン点滴前から1年間投与された。

1年後、アトルバスタチン投与群では、左室駆出率という心臓の健康状態の指標の低下があまり認められなかった。駆出率は心臓が血液を体の他の部分に送り出す能力を測定する。左室駆出率が低下すると、心不全のリスクが高まる。

8月8日付のJAMA誌に掲載されたこの結果は、アントラサイクリンをベースとする化学療法により心臓障害を発症するリスクのある一部のリンパ腫患者に対するアトルバスタチンの使用を支持するものになる可能性があると著者らは結論づけた。

「われわれは、アントラサイクリン系抗がん剤による治療を受けているリンパ腫患者の中には、スタチン療法が有効な人たちが一定数いると考えています」と、研究共同責任者でマサチューセッツ総合病院のTomas Neilan医師は述べた。

スタチン療法はまた「非常に安全」であった、と彼は付け加えた。スタチン系薬剤に多い副作用である筋肉痛などの副作用の発生率は、両群間で同様であった。

リンパ腫と診断された時にすでにスタチン系薬剤を服用している人々にとって、今回の結果はアントラサイクリンをベースとする化学療法期間中のスタチン系薬剤の継続を支持するものであるとNeilan医師は指摘した。

しかし、Neilan医師は、今回の結果はリンパ腫患者のみに適用されるものであり、他のがん患者を対象とした同様の研究は行われていないことに注意を促した。

がん治療の心臓への副作用

ダウノルビシン、ドキソルビシン、エピルビシンを含むアントラサイクリン系抗がん剤は、がん細胞のDNAを損傷し、細胞を死滅させる。

「アントラサイクリン系抗がん剤は、1970年代から使用されている非常に強力な抗がん剤の一種です」と、研究共同責任者でフィラデルフィアにあるペンシルバニア大学病院のMarielle Scherrer-Crosbie医学博士は述べた。

これらの薬剤は、主に乳がん、リンパ腫、白血病、肉腫の治療に用いられる標準化学療法レジメンの一部であるとScherrer-Crosbie博士は付け加えた。

アントラサイクリン系薬剤の投与を開始してから1年以内に、リンパ腫患者の約20%で左室駆出率が10%以上低下することが研究で明らかになった。5年以内に高リスク患者の最大20%が心不全を発症する。

細胞やマウスを用いた研究では、スタチン系薬剤がアントラサイクリンを含む化学療法中の心臓の保護に役立つ可能性が示唆されている。また、アントラサイクリン系薬剤で治療を受けているがん患者で、心臓病のためにスタチンを定期的に服用している患者では、そうでない患者よりも心不全が少ないというエビデンスも臨床試験から得られている。

スタチン療法が有効な人とは?

アトルバスタチンは、さまざまながん患者を対象とした小規模な研究で、心臓を保護する方法として過去に有望視されていた。その研究に基づき、Scherrer-Crosbie博士らは今回の試験にアトルバスタチンを選択した。

STOP-CA(Statins TO Prevent the Cardiotoxicity from Anthracyclines)試験と呼ばれるこの試験では、リンパ腫患者300人が登録された。大部分の参加者は非ホジキンリンパ腫で、年齢中央値は52歳、ほとんどが白人であった。

全体として、アトルバスタチン群では150人中13人(9%)が左室駆出率が10%以上低下したのに対し、プラセボ群では150人中33人(22%)であった。

これらの結果は、スタチン系薬剤がアントラサイクリン系薬剤を含む化学療法による心臓の副作用を予防または軽減できることを示している、と国立心肺血液研究所のメディカルオフィサー兼プログラムオフィサーのPatrice Desvigne-Nickens医師は述べた。同医師は心不全を研究しているが、この試験には関与していない。

「しかし、アントラサイクリン系薬剤による治療を受けている患者に、スタチン系薬剤をどのように使用するのが最良であるかはまだ明らかではありません」と、同医師は述べた。「スタチン治療が最も有効な患者、最適な用量、スタチン系薬剤を使用すべき期間を特定するには、さらなる研究が必要です」。

Neilan医師によると、この結果が発表されて以来、数人のがん専門医からスタチン療法が有効な患者に関する質問を受けたという。「この質問に対する答えは、その人の心不全リスクとアントラサイクリン系薬剤の用量に依存します」と、同医師は述べた。

例えば、心臓に重大な危険因子を持たない若い患者については心不全を発症する可能性が非常に低いので、スタチン療法が有効な可能性は低く、一方、高齢で、体重過多の、他の心臓危険因子を持つ患者には有効な可能性があると、Neilan医師は説明した。

心毒性の生物学的研究

化学療法は、高血圧、不整脈、心不全などの心血管系の問題を引き起こしたり、悪化させたりすることがある。がん治療中に心臓への副作用が生じた場合、医師は治療の中断や中止を判断することがある。また、がん治療の数年後に症状が現れることもある。

Scherrer-Crosbie博士は、アントラサイクリン系薬剤の心臓への副作用を説明するのにさまざまな生物学的機序が考えられると指摘した。例えば、心筋細胞を損傷する活性酸素種と呼ばれる分子の産生を増加させるというアントラサイクリン系薬剤の役割が研究されている。

スタチン系薬剤は通常、コレステロールを低下させ、冠動脈の閉塞による心臓発作を予防するために処方される。しかし、アトルバスタチンは別の機序でリンパ腫患者にも有効な可能性があると研究者らは述べた。

「動物モデルでアントラサイクリン系薬剤を投与すると、心筋細胞に炎症が起こり、これらの細胞の一部が死滅します」と、Neilan医師は述べた。「スタチン療法はこの効果を弱めるのに役立ちます」。

心筋細胞への損傷を防ぐことによって、アトルバスタチンは心臓の血液を送り出す機能を維持するのに役立つかもしれない、と同医師は付け加えた。

この新しい結果は、がんを治療しながら心血管系を保護する方法について、より多くの研究を促すものである、とDesvigne-Nickens医師は述べた。アトルバスタチンは、アントラサイクリン系薬剤による治療を受けている一定数の乳がん患者の心臓への副作用を軽減する方法としてすでに研究されている。

「現在の治療法の心臓への副作用については、学ばなければならないことがまだたくさんあります」とDesvigne-Nickens医師は述べた。「複数の治療法の使用や新しい治療戦略から生じる可能性のある心臓の副作用についても注意する必要があります」。

  • 監訳 東 光久(総合診療、腫瘍内科、緩和ケア/奈良県総合医療センター)
  • 翻訳担当者 会津麻美
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  • 原文掲載日 2023/09/08

【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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