ポンセグロマブはがん悪液質治療に大変革をもたらすか?
治験薬であるポンセグロマブが、がん患者に影響を及ぼすことが多い衰弱症候群である悪液質に対して有効な治療薬になる可能性があることが、臨床試験結果から明らかになった。
悪液質の特徴的な徴候は、脂肪と骨格筋の両者の重量が、意図せずに著しく減少することである。悪液質は生活の質を損なうだけでなく、がんの種類によっては死亡原因の30%を占めると推定もされている。
本臨床試験では、進行がんで悪液質に罹っている患者約200人が、3種類の異なる投与量のポンセグロマブ投与患者のいずれかとプラセボ投与患者にランダムに割り付けられた。ポンセグロマブ投与患者では、投与量にも依るが、12週間で体重が平均0.9~2.7 kg増加した。一方、プラセボ投与患者では、体重が平均0.5 kg減少した。
実際、最高用量であるポンセグロマブ400mg投与患者では、体重が5%以上増加したと本臨床試験の治験責任医師の1人である Jeffrey Crawford医師(デュークがん研究所)は報告した。
この体重増加は「患者にとって臨床的な意義を持つ」とCrawford氏は述べ、9月14日にバルセロナで開催された欧州臨床腫瘍学会(European Society for Medical Oncology:ESMO)年次総会で本臨床試験結果を発表した。本臨床試験結果は同日、New England Journal of Medicine誌に掲載された。
最高用量ポンセグロマブ投与患者は、プラセボ投与患者と比較して食欲があり、悪液質関連症状が少なく、かつ、身体機能が活発であるとも報告した。ポンセグロマブによる副作用はほとんどなく、副作用のために治療を中止した患者はほとんどいなかったということであった。
ポンセグロマブはモノクローナル抗体製剤の一種で、タンパク質であるGDF-15を標的とする。GDF-15またはGDF-15が脳内で相互作用する別のタンパク質であるGFRALを標的とする数種類の薬剤が悪液質の治療薬候補として開発中であるが、臨床試験でここまで進んだものはポンセグロマブが初である。
米国でも欧州でも悪液質の治療薬は承認されていないため、ポンセグロマブがもたらした結果は「がん悪液質の研究分野における大きな突破口」となると本臨床試験の治験責任医師の1人であるRichard Dunne医師 (ウィルモットがんセンター、ニューヨーク)は述べた。
プレスリリースで、ファイザー社(ポンセグロマブの製造企業で、本臨床試験に出資した)は、悪液質罹患がん患者を対象としたポンセグロマブの大規模臨床試験を来年開始する予定であると述べた。この臨床試験で同様の良好な結果が得られれば、米国食品医薬品局(FDA)による承認につながる可能性がある。
有効な悪液質治療薬の切実な必要性
悪液質は、がん患者(通常は進行がん患者)にとって、ほとんど克服不能な問題と考えられてきた。悪液質は、心不全や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの他のいくつかの健康状態でもよく認められる。
最重度悪液質では、筋肉と脂肪が数カ月の間に明らかな理由もなく減少し、極度の衰弱と疲労が生じ、皮膚の色や全体的な外見に好ましくない変化も同時に生じる可能性がある。その生理学的影響、特に肺と心臓への影響は、死に直結する可能性がある。
悪液質は多くの種類のがんで生じる可能性があるが、膵臓がん、大腸がん、肺がん、頭頸部がん、一部の血液がん、および肉腫の患者に高頻度で生じる。
E. Ramsay Camp医師(ベイラー医科大学 ダンL.ダンカン総合がんセンター)によると、悪液質がよく見られる膵臓がんなどの治療を専門とする彼のような腫瘍内科医にとって、悪液質は常に最重要課題である。
「(これらのがんの)新規患者に最初に尋ねることの1つは、体重が減っているかどうかです」とCamp氏(本臨床試験には不参加)は述べた。体重減少があれば、悪液質が始まっている徴候の可能性がある。がんがまだ初期の段階であっても、筋肉や脂肪の減少は治療を認容し、完遂する能力に影響を及ぼす可能性があると解説した。
「患者はよく‘治療のためにできることは何ですか’と質問しますが、私が一番に言うことは常に体重を維持することです。理由は、がん治療には負担がかかるためです」とCamp氏は述べた。
GDF-15とGFRALを標的とする
何年もの間、研究者らは、悪液質の生物学的基盤、即ち、筋肉を衰えさせ、食べる意欲や能力を奪う原因となる細胞や器官系で生じていることの理解に悪戦苦闘した。
しかし、この10年間で、悪液質の研究者らは、悪液質に関与する生物学的要因の解明に大きく前進し、治療法の可能性を示すいくつかの具体的な手がかりを特定した。
最も有望な治療法の1つがGDF-15である。GDF-15はタンパク質であるサイトカインの一種で、細胞が周囲の環境の変化に適応し、応答するよう促す。いくつかの研究で、GDF-15は悪液質患者の血液中に多く含まれていることが示された。
また、これらの研究などから、GDF-15は単なる悪液質の指標ではなく、悪液質の発生に積極的に関与していることも明らかになった。GDF-15は脳の奥にある部位に移動し、そこで神経細胞上のタンパク質であるGFRALに結合して、活性化することがわかった。GFRALは食欲の抑制に重要な役割を果たしていることがわかった。
この発見を受けて、いくつかの研究で、GDF-15かGFRALのいずれかを標的とし、その相互作用を阻害する治験薬が、悪液質マウスの研究で、体重と生存期間のかつてない増加をもたらしたことが示された。こうした素晴らしい結果を手にして、ポンセグロマブなどのGDF-15標的薬のヒト臨床試験がすぐに開始された。
体重増加、食欲増進、および身体活動量増加
ポンセグロマブを用いる本臨床試験には、肺がん、大腸がん、または、膵臓がん患者187人が参加した。本臨床試験に参加するためには、患者は過去6カ月間に体重の5%以上が意図せずに減少し(悪液質の定義として認められている)、GDF-15の血中濃度が上昇している必要があった。
参加患者は、ポンセグロマブ(100mg、200mg、400mg)注射投与3群のいずれかとプラセボ注射投与群にランダムに割り付けられた。いずれも4週間に1回、3カ月間投与であった。
ほとんどの参加患者は既に多くのがん治療を受けており、ほぼ全員ががんの積極的治療を継続中であったとCrawford氏は解説し、その上、多くの参加患者はGDF-15の血中濃度が、治験医師らが本臨床試験に参加するために最低限必要な血中濃度として設定された数値の2倍であったと述べた。
どの用量でもポンセグロマブ投与患者は体重が増加したが、最も増加した患者は400 mg投与患者で、2.7 kg以上の範囲であった。体重増加に加えて筋肉量も増加した。
これらの参加患者の多くは、日常的な身体活動能力が改善したと報告した。一部のポンセグロマブ投与患者は、活動量計を装着した。400 mg投与患者で活動量計を装着した参加患者の活動量は、本臨床試験開始時と比較して、1日平均約50分増加したとCrawford氏は報告した。
Dunne氏は、ポンセグロマブに副作用がほとんどないことを特に喜んでいると述べた。「(検証された)最高用量であっても、非常に安全で、悪液質患者に用いられることが多い食欲増進薬よりも安全であった」と言い添えた。
その上、ポンセグロマブはがん治療に対する患者の反応を妨げるようには見えなかったとCrawford氏は解説したが、本臨床試験は小規模で、参加患者は12週間しか治療を受けていないため、「これがその症例であるかどうかを明確に言うのは難しい」と警告した。
がん悪液質におけるGDF-15を標的とする初期の有望性を基礎として
多くの臨床試験参加患者は、最長1年間、週1回の治療を受ける延長試験への参加を選択した。この延長試験は、悪液質患者が体重と筋肉を維持し、増加させることにどの程度役立つかだけでなく、薬剤の長期的な安全性の潜在的問題を理解する上での手掛かりとして役立つだろうとDunne氏は述べた。
これらの初期所見に関して、Camp氏は非常に勇気づけられたと述べた。
「正直なところ、大きな希望が湧いてきました。この1つの分子を阻害するだけで、これほど大きな効果が得られることは、本当に心強いことです」と述べた。
また、ポンセグロマブが悪液質患者の体重増加や維持に本当に役立つなら、さらなる利益が得られる可能性があるとCamp氏は続けた。例えば、ポンセグロマブががん治療に対する忍容性を高め、がん治療を継続させるなら、「長期的な(がんの)転帰に影響を及ぼす可能性がある 」と述べた。
こうした有望な初期所見があったとしても、GDF-15を含め、まだまだ多くの研究が必要であるとDunn氏は警告した。
「(GDF-15に関して)さまざまながん種にわたって広く知るべきことがすべてわかっているわけではありません」とDunn氏は述べた。これには、GDF-15がさまざまながんにおいて悪液質に影響を及ぼす程度、および、悪液質の定着に必要なGDF-15の血中濃度は異なるのかなどが含まれる。
しかし、本臨床試験で明らかになったことは、GDF-15が「悪液質の重要な促進因子であることが明確に示された」ことであると言い添えた。
- 監修者 加藤 恭郎 (緩和医療、消化器外科/天理よろづ相談所病院 緩和ケア科)
- 記事担当者 渡邊 岳
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- 2024/10/17
【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】
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