2010/09/21号◆スポットライト「卵巣癌、十数年後の再発」

同号原文
NCI Cancer Bulletin2010年9月21日号(Volume 7 / Number 18)

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◇◆◇ スポットライト ◇◆◇

卵巣癌、十数年後の再発

1995年、スーザン・ロウェル・バトラーさんが52歳の時、不幸にも進行卵巣癌と進行乳癌の診断を同時に受けた。そのとき彼女は「腫瘍量」、すなわち「Tumor Burden:直訳:腫瘍の重荷)」という言葉を医師らが用いるのを初めて耳にした。彼女が患者として聞いたあらゆる医学用語のうち、この言葉は特に印象に残った。「私は“腫瘍量”が背中に背負うリュックのようなものだと思いました」と彼女は振り返る。だが、医師らは彼女の体から腫瘍を除去できたし、その過程で彼女は癌患者であることについて想像以上に多くを学ぶことができた。

癌の治療から生還したとき、バトラーさんはこの知識を卵巣癌患者を助けるために活用した。彼女は擁護団体Ovarian Cancer National Alliance(全米卵巣癌連合)を共同設立し、NCIやNIH(米国国立衛生研究所)の諮問委員を何度も努めた。オバマ大統領が昨年NIHキャンパスを訪れた際、バトラーさんは正式なグリーター(出迎え係)を務めた。

しかし残念なことに、多くの卵巣癌患者にみられると同じく、彼女の卵巣癌は再発した。2年前に大腸内視鏡の定期検査をした時、腫瘍が彼女の大腸を包み込んでいるのが発見された。「卵巣癌が再発するのはよくあることです」とバトラーさんは言った。「治癒は普通はありえないのです」。

彼女の治療の選択肢は、最初に癌と診断された時のものとは変わっていた。彼女は1995年に、3種類の化学療法を検証するNCI支援の臨床試験に登録した。「この非常に集中的な試験では、何種類かの方法で癌細胞を死滅させることにより、試験参加者が最大の生存のチャンスを得られるだろうと考えられていました」とバトラーさんは語る。

より長期の生存
現在、癌細胞の特異的な変化をターゲットとした薬剤を検証する臨床試験が増えている。バトラーさんは、これらのどの薬剤と合うか調べるため自身の腫瘍組織の検査を行っていると言う。この10年におけるもうひとつの変化は、治療による副作用を管理し、多数の患者の
QOLを改善するためにより多くのツールが導入されていることである。

「私が最初に診断されたとき以降、非常に多くの新薬が使用可能となり、1990年代と比較すると、それらの薬剤によって多数の卵巣癌患者や乳癌患者がより長く生存することが可能になりました」とバトラーさんは言う。同時に、吐き気などの副作用を減らすための薬剤を使用することができ、それらはほとんどの保険でカバーされている、とも述べた。

「スーザン・バトラーさんが癌と診断されてから15年経ち、卵巣癌研究は驚くべき発展を遂げました」と1995年にバトラーさんを救った試験を共同で主導したNCIの癌研究センターのDr. Elise Kohn氏は述べる。「この分野の研究者は劇的に増加し、また資金援助が増えたことによって患者の人生の質、長さともに改善されてきました」。

「現在の課題は、最も有望な標的療法を同定し、その使用方法に精通することです。特定の治療法が有効かもしれない患者、および治療が有効でなく、それにかける時間と費用を省くべき患者を判別するために、生物学的マーカーが必要です」。

「分子標的療法が全ての分野を活気づけています」と、ジョンズホプキンス大学のシドニー・キンメル総合がんセンターの卵巣癌研究者であるDr. Deborah Armstrong氏は同意する。「あらゆる種類の癌治療における大きな進歩はすべて分子標的療法がもたらしたものなので、全く新しい種類の化学療法薬がなければ、われわれが限界を超えるのは不可能だと思います」。

癌ゲノム
もちろん、分子標的治療薬を開発するには癌の遺伝子変異を理解する必要があり、その情報は研究室から発信され続けている(本号の関連ハイライト記事を参照)。’癌ゲノムアトラス’プロジェクトに参加する研究者らは、何百もの卵巣腫瘍のゲノム解析データと腫瘍提供者の健康情報をこの数カ月に公開する予定である。

その一方で、いくつかの経路を標的とした治療薬が有望であることが最近の臨床試験の報告で明らかになった。たとえばVEGF(血管内皮成長因子)経路は、卵巣癌の増殖と生存に関与している。ベバシズマブ(アバスチン)のような抗VEGF阻害剤は、単独投与および化学療法薬との併用投与において試験が実施されており、良好な結果が報告されている。

別のアプローチは、損傷DNAの修復に関与する経路をターゲットとしたものである。卵巣癌の中にはBRCA1およびBRCA2という、DNA修復に関与する遺伝子変異を有するものがある。これらの変異による影響を標的とする治療薬はPARP阻害剤と呼ばれ、臨床試験で良好な結果が得られた。

「PARP阻害剤は明らかに、BRCA遺伝子に遺伝性突然変異がある腫瘍において効果を発揮します」とArmstrong氏は述べる。「しかしこれらの薬は非遺伝性(散発性)卵巣癌患者でも奏効するようなので、これにはとても胸が躍ります。」葉酸受容体をターゲットとした何種類かの治療薬に関しても期待できると彼女は指摘した。

早期発見

通常、進行してから発見される疾患においては、早期発見は研究者にとって最優先事項である。しかし、多くの女性が卵巣癌の診断時に他の臓器に転移が見つかったとしても、医師は患者の大半を寛解に持ち込むことが可能であるとArmstrong氏は述べる。

また、Kohn氏は次のように述べる。「われわれは、癌の早期発見につながる初期変化について知ろうとしているところです。乳癌が存在する場所を同定したいと思っています。そうすればマンモグラフィーやMRIといった手段で癌を確認できるのです」。

なぜ癌が再発するのかについてはあまり理解されていない。ある理論によると、幹細胞の特性を持つ細胞(いわゆる癌幹細胞)が標準治療に対して抵抗性を示すことがあり、結果として新しい腫瘍を生じさせるといわれている。この仮説は多くの癌に対して検証されているところである

別の新分野で、研究者らは卵巣癌細胞と正常細胞におけるRNAプロセシングの過程での相違を同定した。テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターでは、これらの相違が卵巣癌患者の転帰に関与している可能性があると最近報告している。「RNAプロセシングに関する細胞機構の制御に関して、われわれの理解は大幅に進展し続けています」と、研究を主導したDr.Anil Sood氏は指摘した。

今後の方針

「卵巣癌は非常に複雑な癌だということがわかっています」と現在D.C. Cancer Consortiumを運営するバトラーさんは言う。「全ての癌は複雑で、なかでも卵巣癌は特にやっかいです」彼女は、より多くの研究を行うとともに、患者の臨床試験参加が研究の進展には不可欠だと主張する。

「もしあなたが研究の前進を望むなら、臨床試験の参加者を増やさなければなりません」彼女は言う。そうでなければ、あなたが試験している治療法の有効性がわかりませんし、治療薬を手に入れることもできません。明解な事実です」。

バトラーさんの主張は彼女個人としての主張でもある。「もし15年前に臨床試験にたどり着いていなければ、私は今日ここであなたとお話をしていなかったことでしょう」と彼女は述べた。

— Edward R. Winstead

【You Tubeスクリプト訳】

バトラーさんは乳癌および卵巣癌の経験や、ここ数年で科学と治療アプローチがいかに変化を遂げたかについて語った(ビデオ製作・編集:Sarah Curry)。

「彼らは語る」In Their Own Words:
スーザン・ロウェル・バトラー(ワシントンD.C.がんコンソーシアム理事)

「1995年、私は不運にも進行した原発性がんの診断を2つ受けました。」
「ステージ2の乳癌とステージ3の卵巣癌です。」
「私はこのとき52歳で、現在もそれ以前にも家族にこれらがんの病歴はありませんでした。」
「卵巣がんの大手術から1年間、3種の薬剤によるプロトコルを8サイクル受けましたが、それは非常に毒性の強いものでした。」
「私は特殊な治療のおかげでこうして生き残ったと信じています。」
「それから私は新たに卵巣がんが発生しないように、二次手術も無事やり遂げました。それから乳癌では乳腺切除を受け、最後に放射線療法を受けました。」
「大変な一年でしたが、おかげで今こうしていられるのです。」
「それから13年間、長い年月NCIとNIHに参加し、がんについて協力してきました。」
「私はOvarian Cancer National Allianceの設立のお手伝いをしました。」
「がんから生還して13年目、定期の大腸内視鏡検査で大腸が卵巣がんで覆われているのが見つかりました。」
「13年経って悪魔が戻ってきたのです。」
「そのため現在もずっと治療を受けています。」
「治療中である患者さんは、どれだけつらいであろうか言い表せません。」
「命を救えるのか否かどちらかということは、たとえがんでなくとも、悲しくつらいものです。」
「でも今はもう、そうではないのです。」
「圧倒的多数の患者にとって、ちょうどいい程度の安らぎやケアは持てるものなのです。」
「私はフルタイムで働いています。2000万ドルの組織を運営し、12人のスタッフがおり、この分野での30件の助成で動かしています。」
「がん治療を受ける患者にとって、今日では全く違った世界となっています。」
「ええ、治癒はありません。しかし当時確立していなかったQOL(生活の質)を得ています。」
「しかしそれは科学のすばらしいところです。」
「そうです。今私たちが求めているのは分子経路です。個人が遺伝的に持っているであろう特定の問題に対する薬剤や処方の開発につながるものです。」
「これら分子標的治療でQOLが劇的に変わります。それをいかに上手くするか。強力で大きなターニングポイントです。」
「私は自分に合った薬が見つかることを願っています。」
「卵巣癌が再発するとき、最初に発生したものよりさらにたちが悪いことがよくありますし、私もそうです。」
「ですからこの新しい経路は非常に興味深いものです。」
「試験している腫瘍は私のものであり、一般論ではなく、私自身の腫瘍です。これは未来であり意志決定の取るべき道筋です。」

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山本 容子 訳
*You Tubeスクリプト(下部) 山下 裕子 訳
勝俣 範之 (乳腺科・腫瘍内科/国立がん研究センター中央病院)監修 

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