ナノ粒子により実験的髄芽腫治療の効果が飛躍的に向上

抗がん剤パルボシクリブ(販売名:イブランス)をナノ粒子に充填することで、脳腫瘍の一種である髄芽腫に対する抗がん作用が高まることが、マウスを用いた新たな研究で明らかになった。この研究を主導した研究者らによると、ナノ粒子コーティングによって腫瘍に薬剤が移行しやすくなり、かつ体内に長時間留まりやすくなるという。

髄芽腫は、小児および若年成人に発生するまれな悪性脳腫瘍である。ほとんどの患者は手術、放射線治療、化学療法で治癒するが、通常、衰弱の副作用が残る。また、初回治療後5人に1人の患者でがんが再発するが、そのような患者に対する有効な治療法はない。

このため、「髄芽腫の標準治療はほとんどの患者に有効ですが、日常生活に支障をきたす毒性があり再発率も高いなど、まだ十分に満足できるものではありません」と語るのは、この研究の筆頭研究者の一人であるノースカロライナ大学(UNC)ラインバーガー総合がんセンター(チャペルヒル)の小児神経腫瘍学者Timothy Gershon医学博士である。

この研究では、パルボシクリブ単独ではマウスの髄芽腫腫瘍は縮小せず、マウスはすぐに死亡してしまうことがわかった。ナノ粒子に充填したパルボシクリブをマウスに投与したところ、マウスはより長く生存したが、腫瘍は最終的に再増殖した。

しかし、パルボシクリブともう一つの薬剤であるサパニセルチブの両方を含有したナノ粒子を投与されたマウスは、いずれか一方の薬剤のみを投与されたマウスよりもはるかに長く生存した。NCIから一部資金提供を受けたこの研究の結果は、1月26日付のScience Advances誌に掲載された。

「髄芽腫治療における課題の一つは、薬剤の腫瘍移行性です。このナノ粒子製剤は薬剤をより正確に脳内に送達し、腫瘍に移行させると考えられます」と、NCIがん研究センターのMarta Penas-Prado医師は述べている。同氏は成人髄芽腫患者の治療が専門であり、この研究には関与していない。

マウス研究の有望な結果を受けて、「われわれは、この方法を臨床試験で検討するためにブレーンストーミングを行っています」と語るのは、本研究のもう一人の筆頭研究者であるMarina Sokolsky-Papkov博士(UNC、チャペルヒル)である。

パルボシクリブの欠点

パルボシクリブは、一部の腫瘍で異常な働きをし、腫瘍を制御不能に増殖させるタンパク質CDK4およびCDK6を阻害する分子標的薬である。現在は乳がん治療薬として使用されており、髄芽腫などCDK4およびCDK6活性に異常がみられる他のがんの治療薬としても研究が行われている。

研究者らは、生後数日で髄芽腫腫瘍を発症するように遺伝子操作されたマウスを用いて研究を行った。何の処置も行わなかった場合、これらのマウスは腫瘍発症後数日間しか生存できなかった。

パルボシクリブを投与しても、マウスはそれ以上長くは生存できないことがわかった。それは、パルボシクリブが脳に移行しづらいことが原因であるとSokolsky-Papkov博士は説明する。

このような場合、「従来のやり方は、『脳内にもう少し薬剤が取り込まれるように用量を増やしてみよう』です。しかし、脳に取り込まれなかった分はすべて体内の別の場所に留まり、毒性を引き起こします」。

そこで研究チームは、パルボシクリブの脳腫瘍に対する移行性を高め、かつ体の他の部位に対する毒性を減らすことを期待してナノ粒子を設計した。ナノ粒子の作製には可撓性ポリマーを用いた。可撓性ポリマーは、ミセルと呼ばれる微小なシャボン玉様形状に集合し、中央に薬剤を包み込む。体内に入ると、ナノ粒子は封入された薬剤を徐々に放出する。

「このポリマーは内部に大量の薬剤を保持できるのですが、その方法に独自性があります」と、ナノテクノロジーを応用したドラッグデリバリーシステムを研究するSokolsky-Papkov博士は語る。「また、同じミセル内に複数の薬剤を保持することもできます」。

ナノ粒子が脳腫瘍に対するパルボシクリブの移行性を高める

研究チームが開発したナノ粒子は、まさにその通りの結果を示した。マウスの腫瘍におけるパルボシクリブ-ナノ粒子のピーク濃度は、通常のパルボシクリブのピーク濃度よりも75%高かった。また、ナノ粒子形態の方がより長時間血中に滞留した。

通常のパルボシクリブと比較して、同用量のパルボシクリブ-ナノ粒子はマウスに対する毒性が低かった。科学者らは、マウスにおけるパルボシクリブ-ナノ粒子の最大耐用量が通常のパルボシクリブの5倍であることを見出した。

Gershon博士の説明によれば、それは、パルボシクリブが腹部臓器に害を及ぼすのをナノ粒子コーティングが防いでいるためだと考えられる。薬剤はナノ粒子中にあるため、腎臓や肝臓といった作用してほしくない部位と相互作用することがない。

パルボシクリブ-ナノ粒子は、がんに対しても有効であった。ナノ粒子は髄芽腫腫瘍の増殖を遅らせ、ナノ粒子を投与されたマウスは通常のパルボシクリブを投与されたマウスよりも長く生存した(生存期間中央値22日対17日)。

薬剤耐性を回避する多剤併用療法

パルボシクリブ-ナノ粒子はマウスの髄芽腫腫瘍を縮小させたが、効果は長く持続せず、腫瘍は数日後に再増殖し始めた。

以前は抗がん作用を示していたにもかかわらず、その薬剤を投与してもがん細胞がすぐに増殖してしまう現象を、科学者らは薬剤耐性と呼ぶ。

薬剤耐性は「腫瘍の治療で非常によく起こる問題です」とPenas-Prado博士は言う。「ある特定の経路を標的にしても、(腫瘍は)他の経路を使ってそれを補い、増殖し続ける方法を持っているのです」。

研究チームは個々のがん細胞を調べ、パルボシクリブ-ナノ粒子に耐性を示す細胞はmTORと呼ばれるタンパク質の活性が低下していることを突き止めた。mTOR活性が低下すると、がん細胞はパルボシクリブ治療に対する耐性を獲得しやすくなるが、一方で、mTOR活性が完全に失われるとがん細胞は生存できなくなる可能性があると科学者らは考えた。

そこで研究チームは、ナノ粒子にパルボシクリブとmTORを阻害する試験薬であるサパニセルチブの両方を充填し、このタンパク質の活性をさらに低下させることで腫瘍がより長期間にわたって縮小するかどうかを確認した。

2剤含有ナノ粒子を投与されたマウスは、いずれか一方の薬剤のみを含有するナノ粒子を投与されたマウスよりもはるかに長く生存した。パルボシクリブ-ナノ粒子またはサパニセルチブ-ナノ粒子を投与されたマウスは、すべて30日以内に死亡したが、2剤含有ナノ粒子を投与されたマウスの70%は35日以上生存した。

これらのマウスは非常に悪性度の高い髄芽腫であるため、「このような反応が見られ、マウスが非常に長く生存できたのは驚くべき結果です」とSokolsky-Papkov博士は言う。

臨床試験に向けて

結果は有望であるものの、この方法は今のところマウスでしか検証されていないとPenas-Prado博士は注意を促す。「(ナノ粒子の)毒性プロファイル、安全性、有効性がヒトにおいても同様であるか、より良好であるか、あるいは不良であるかはまだわかっていません」。

臨床試験に移る前に、研究チームはナノ粒子の安全性について基礎研究を重ねる必要があるとSokolsky-Papkov博士は説明する。ナノ粒子に含まれるポリマーはヒトへの使用が承認されていないため、まだ臨床試験に進むことはできないという。

しかし将来的には、「特に再発髄芽腫の患者に対する良い(治療)選択肢がないため」、臨床試験でパルボシクリブ-ナノ粒子を試験したいとGershon博士は言う。

Penas-Prado博士もこれに同意し、最終的にはそれを「患者に必要な放射線量を低減する目的で、アップフロント療法の補助療法として試験することも可能」であると付け加える。その結果、放射線が発育中の体に与えるダメージを軽減できる可能性があると同氏は言う。

それだけでなく、このナノ粒子を用いた方法は、他の種類の脳腫瘍の治療法も改善する可能性があるとGershon博士は指摘する。同氏によれば、研究チームは膠芽腫のマウスモデルでこの方法を試験する計画である。

翻訳担当者 工藤章子

監修 花岡秀樹(遺伝子解析/イルミナ株式会社)

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