抗生物質によるPARP阻害薬耐性がん治療の可能性

がん治療薬の候補として、1950年代に発見された抗生物質の試験が再び行われる。

がん患者を対象としてこの薬剤(ノボビオシン)の試験を最初に行ったのは、30年前の小規模臨床試験だった。進行乳がんの若い女性にこの薬剤が効果を示し2年間生存したが、他のほとんどの試験参加者には効果がなかった。

30年後、ダナファーバーがん研究所の研究者がノボビオシンを「再発見」した。ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)阻害薬に耐性を生じたがん細胞を対象に、何千もの化合物を評価している時にみつけたのだ。PARP阻害薬は、卵巣がん、乳がん、前立腺がんなど、さまざまながんの治療に用いられる。

「驚いたことに、ノボビオシンはわれわれの薬剤スクリーニングで最も高い評価を得た薬剤のひとつでした」と、ダナファーバーがん研究所のDNA損傷・修復センター(Center for DNA Damage and Repair)を率いるAlan D’Andrea医師はいう。ノボビオシンは、もはや人間の細菌感染症治療には使用されないが、動物用医薬品として現在も生産されており、研究用の薬剤ライブラリーにも残っている。

ノボビオシンは、細胞の成長・分裂過程で損傷を受けたDNAの修復を補助するDNAポリメラーゼシータ(PolθまたはPOLQ)というタンパク質の活性を阻害する。損傷したDNAを修復できなかったがん細胞は死滅する。

ポリメラーゼシータと、PARP阻害薬の標的であるタンパク質は、ともにDNA修復の「バックアップ」構造に関連する。バックアップ経路は、BRCA1またはBRCA2遺伝子が変異した細胞でみられるように、相同組換えという修復過程が機能しない場合に特に重要になる。

最近の試験で、D’Andrea医師らは、ノボビオシンが相同組換え修復に欠陥のあるがん細胞を死滅させることを発見した。またノボビオシンは、DNA修復遺伝子に変異があるトリプルネガティブ乳がんのマウスモデルの腫瘍を縮小させた。この知見はNature Cancer誌(6月17日付)に報告された。 

「最も重要なのは、PARP阻害薬に耐性を生じた腫瘍がノボビオシンによって死滅したことです。ノボビオシンとPARP阻害薬を併用するとさらに効果的です」とD’Andrea医師はいう。

以上の結果に基づいて、D’Andrea医師のチームは、PARP阻害薬耐性がんに対するノボビオシンの治療効果を調べるために、米国国立がん研究所(NCI)の支援を受けて臨床試験を開発している。

ポリメラーゼシータ阻害薬に抗がん作用がある可能性を見出したのは、ダナファーバーのチームだけではない。英国がん研究所(ロンドン)の研究者らは、ART558というポリメラーゼシータ阻害薬もPARP阻害薬に耐性を生じたがん細胞や腫瘍を死滅させると報告している。

この研究グループは、BRCA遺伝子が変異したがんにポリメラーゼシータ阻害薬とPARP阻害薬を併用すれば、そもそも耐性の出現を防ぐことができるかもしれない、とNature Communications誌(6月17日付)に報告した。

ART558を開発したArtios社は、この薬剤の臨床試験を行う予定だという。

早急に対応すべき臨床的問題の解決に向けて

オラパリブ(リムパーザ)やtalazoparib[タラゾパリブ](TALZENNA)などのPARP阻害薬は、損傷したDNAの修復を補助するポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ、略してPARPと呼ばれる酵素を阻害する。これらの薬剤は、DNA修復遺伝子であるBRCA1またはBRCA2に異常があるがんの治療に使用する。

BRCA遺伝子が変異した細胞は、PARPが関与する代替的なDNA修復過程に頼らざるを得ない。その結果、これらの細胞はPARP阻害薬に対して特に感受性が高く、死滅する。合成致死と呼ばれる現象である。

BRCA遺伝子の異常は、卵巣がん、乳がん、膵臓がん、前立腺がんに多くみられる。PARP阻害薬は、BRCA遺伝子が変異した乳がんの治療の柱であり、近年BRCA遺伝子変異のある前立腺がんの治療薬として承認された。

しかし、がんはやがてPARP喪失を迂回する方法をみつける。「PARP阻害薬による治療を受けた卵巣がんの女性はほぼ全員が再発します。腫瘍が再び成長した場合、PARP阻害薬に対する耐性を示すため、現時点では治療法がありません。臨床上重大な問題です」とD’Andrea医師はいう。

2015年、D’Andrea医師のチームは、相同組換え修復に欠陥がある腫瘍はその成長と生存をポリメラーゼシータに過度に依存するようになると報告した。

ノボビオシンについての新しい試験は、相同組換え修復に欠陥のあるがん細胞においてポリメラーゼシータを阻害すれば、合成致死を引き起こす可能性があることを示唆している。研究者らは、ノボビオシンが克服しうるのは「PARP耐性メカニズムの一部であり、すべてではありません」と注意を促す。

Nature Cancer誌の論説で、カロリンスカ研究所のThomas Helleday博士は、ノボビオシンは実験室において「優れた抗がん作用を示した。PARP阻害薬と併用するとより効果があった」と述べている。

Helleday博士によると、ART558とノボビオシンは異なるメカニズムでポリメラーゼシータを阻害するが、結果は同様であった。研究ではART558によりラットのがん細胞は死滅し腫瘍は縮小した。

ノボビオシンとART558はともに、「がんのポリメラーゼシータを標的にすることの妥当性を証明する強力な手段である」とHelleday博士はいう。そして、これらの薬剤ががん患者に対して効果があるかどうかはまだわからないが、相同組換え修復に欠陥がある腫瘍においてポリメラーゼシータを阻害するという戦略は有望だと思う、と付言する。

NCIのNExTプログラムによる臨床試験 

D’Andrea医師はこの数カ月、NCI Experimental Therapeutics(NExT)プログラムにより、ダナファーバーがん研究所のGeoffrey Shapiro医学博士、およびNCIのがん治療・診断部門のPercy Ivy医師とともにノボビオシンの臨床試験を開発している。

NExTは、民間では十分に支援し得ない、がん治療における潜在的な需要に応じる有望な治療の開発に向けて、リソースを提供する。その一環として、NCIのDevelopmental Therapeuticsプログラムにより、この臨床試験の参加者のために適切な用量のノボビオシンカプセル(経口投与)が準備される。

D’Andrea医師によると、この試験では、PARP阻害薬に耐性を獲得した腫瘍を持つ患者にノボビオシンの単独投与およびPARP阻害薬との併用投与を行う。この試験は、主に卵巣がんまたは乳がんの患者を対象とし、年内にも患者の登録を開始する予定である。

 Ivy医師は、「われわれはみな、PARP阻害薬耐性がんの効果的な治療について、理解を深めたいと思っています」という。「前臨床試験データが優れているので、ノボビオシンについては慎重ながらも楽観視していますが、試験は行わなければなりません」。

この臨床試験は、ポリメラーゼシータ阻害が複数のDNA修復経路に与える影響について、研究者の理解を助けるだろう。「われわれは、ノボビオシンによって、がん細胞がDNA修復経路の喪失を補うことができずに死滅するまで追い詰められるかどうか、知りたいのです」とIvy医師はいう。

科学はいかにして起こるのか、ある患者が遺したもの

D’Andrea医師によると、本研究における課題の一つは、ノボビオシンに反応しそうながん患者を特定することだ。「どんながん治療においても薬剤の効果がみとめられる患者を特定するのは難しいものです。これまでのところ、どのような患者にノボビオシンを投与すべきかわかっていません」。

D’Andrea医師のチームは、ノボビオシンをがん治療に用いた最初の研究からヒントを得た。「その研究のことを読んで、何かを掴めるかもしれないと思い、私たち自身のノボビオシン試験を進めました」とD’Andrea医師はいう

最も注目したのは、他の治療法が尽きた後にノボビオシンに効果を示した進行乳がんの女性参加者だった。当時、転移性疾患の2年生存率は極めて低かった。

1991年にノボビオシンの臨床試験を主導したJoseph Paul Eder医師は、「確実に知る方法はありませんでしたが、この患者にはBRCA遺伝子の変異があったのだろうと思いました」という。「彼女にはBRCA遺伝子変異が疑われる家族歴と家系がありました」。

当時、BRCA遺伝子はまだ発見されていなかったが、この女性が特別な効果を示したことにより、ノボビオシンが特定のがんの治療に役立つ可能性が示唆された。

現在イェールがんセンターに勤務するEder医師は、ノボビオシンの標的を特定し、がん治療薬としての可能性を示したのはD’Andrea医師らであると考えている。しかし、30年前に彼の患者が特別な反応を示したという「偶然の発見」は、今回の研究に小さな役割を果たしたかもしれないと彼は指摘する。

「私たちは、臨床試験に参加しようとする患者さんの意思が無駄にならないようにと常に願っています」とEder医師はいう。「今回、臨床試験に志願したのちにがんで亡くなった人が、数十年を経て、この恐ろしい病気の治療を一歩前進させたという実例がみつかりました」。

1991年研究のもう一人の著者、ハーバード大学医学部のLowell E. Schnipper医師もこれに同意する。

「種をまき、それが30年後に発芽して、思いも寄らない実を結ぶかもしれないというのは、驚くべきことです」とSchnipper医師はいう。「これこそが科学の力です」。

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「ある種の勝利」

30年たってもPaul Eder医師は、ノボビオシンに反応して2年間生存した進行乳がんの女性を鮮明に記憶している。その女性は30代後半で、試験参加前の化学療法による治療中も含め、何度も乳がんが再発していた。

この女性はアシュケナージ系ユダヤ人の血を引いており、それゆえに遺伝性の乳がんや卵巣がんのリスクが高かった。この女性の姉と母は、ともに50歳以前に乳がんで亡くなっていた。

家族歴と臨床疾患から、この女性はBRCA遺伝子変異があった可能性が高いとEder医師はいう。そうだとしたら、BRCA遺伝子変異がこの女性のノボビオシンに対する反応の一因だったかもしれない。

臨床試験に参加した時、この女性は2歳の娘がいることをEder医師に伝えた。「その女性は、子供は4歳になれば親を覚えていられるということを聞いたようで、あと2年生きられるかと私に尋ねました。がんという奇妙な世界の中で、私たちはある種の勝利を手にすることができたのです」とEder医師はいう。
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翻訳担当者 奥山浩子

監修 下村昭彦(乳腺・腫瘍内科/国立国際医療研究センター乳腺腫瘍内科)

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