転移性乳がん治療抵抗性の進化を追跡するー腫瘍内不均一性

新たな研究により、いずれの治療も奏効しなくなった転移性乳がん女性患者の治療について新たな知見がもたらされた。

治療抵抗性の腫瘍細胞には共通した重要な性質があり、その性質の脆弱さを標的とする新たな治療の可能性が研究により示唆されている。

米国国立がん研究所のがんシステムバイオロジーコンソーシアム(Cancer Systems Biology Consortium)により資金提供された本研究では、転移性乳がんの女性患者からがん治療期間中に連続してがん細胞を採取し、がん細胞の総合解析を行った。解析には、治療抵抗性または治療感受性細胞それぞれを含む単一細胞も含められ、これによって同じ患者から採取された個別のがん細胞における違いの特定が可能であった。

その解析結果から、治療抵抗性を示す細胞は共通する重要な機能的性質(表現型)を有することが示されたと、カリフォルニア州シティ・オブ・ホープ総合がんセンターの主任研究員であるAndrea Bild博士は説明した。

研究チームは実験室での研究で、治療抵抗性細胞の表現型を手掛かりとし、それらの細胞を標的療法により死滅させうることを示した。

Bild氏らのチームは、その研究結果を11月1日付のNature Communications誌において報告した。

治療抵抗性の細胞集団を特定するこのアプローチを患者の治療に適用できるようにするには、さらなる研究が必要であると、Bild氏は注意を促した。

しかし同氏は「うまくいけば、特定の遺伝子変異を標的とする治療法に加えて、この情報を用いて、最終的には特定の[腫瘍]表現型を標的とする治療法を使用し、より標的を絞った方法でがんを治療することが可能です」とも述べた。

腫瘍不均一性の理解

腫瘍縮小または腫瘍増殖の抑制など、患者のがん治療の初期に奏効が認められた場合でも、時間と共に腫瘍細胞が治療抵抗性を獲得する可能性がある。研究者らは、がん細胞が進化して治療が奏効するメカニズムを回避できるようになった場合に、この治療抵抗性が発現することを見いだした。

治療抵抗性の重要な一因は、腫瘍不均一性として知られる現象である。腫瘍内の細胞はそれぞれ全く同一であるわけではない。研究では多様な細胞が多様な遺伝子変異を有し、生存、増殖および転移するために多様なシグナル伝達経路に依存している可能性が示された。その結果、腫瘍内の細胞は、種々の薬剤に対して異なる反応性を示す可能性がある。

研究者の間では、治療抵抗性において腫瘍不均一性が何らかの役割を果たしているという認識が広まりつつあると、NCIのがん生物学部門(Division of Cancer Biology)のShannon Hughes博士は説明した。

しかし、腫瘍細胞の不均一性が治療抵抗性に影響を及ぼす程度は、「腫瘍の種類および治療背景により異なる可能性があります」と、同氏は続けた。

また、腫瘍における細胞の生存期間中にその不均一性が進化する可能性もあると、Bild氏は強調した。

「まだ解明されていない非常に重要な問題は、腫瘍が進行するにつれて[腫瘍細胞]の不均一性がどのように進行していくのかということです」と同氏は述べた。

がん治療時における腫瘍サブクローンの進化

本研究では、初回治療前およびその後の治療期間にわたり検体が得られている4人の転移性乳がん患者の検体を解析した。その治療期間は、3人は数年、1人は15年近くであった。

腫瘍の連続検体を収集することができるため、研究者らは主として転移性乳がん患者の肺または腹腔から採取した体腔液を用いた。

まず、ゲノムのDNAシーケンシングを行い、サブクローン集団と呼ばれる、多様な遺伝子変異を有し互いに異なる患者のがん内部の個別の細胞を特定した。次に各サブクローン集団の表現型に関する情報が得られる単一細胞RNAシーケンシングと呼ばれる技術を用いて、検体から得た個別のがん細胞を解析した。

この解析により、研究者らは、さまざまな腫瘍サブクローンに特有の表現型、すなわちどのシグナル伝達経路が細胞の増殖能力および免疫応答の鈍化能力を制御しているのか、または転移能力に影響を及ぼしているのかを特定した。

そうすることにより、それぞれの患者の治療期間を通して治療抵抗性サブクローンの表現型の進化の追跡が可能であった。

4人すべての患者において、がん細胞の進化のパターンは同じであった。施行されたがん治療に対する感受性細胞が死滅するにしたがって、生き残った治療抵抗性のサブクローンが優勢な腫瘍細胞集団となった。新たな治療が試行された場合、一時的に奏効が認められるものの、ほどなくして他の治療抵抗性サブクローンが形成され、腫瘍において優勢となっていくことが多い。

4人の患者のうち3人は複数の治療法を経験しており、Sam Brady博士により行われた研究において、単一の治療抵抗集団細胞のみが優勢となる、いわゆる「ボトルネック事象」が確認された。この現象は患者の寿命末期によくみられるものである。

この結果は重要な疑問を解決する一助となったと、Bild氏は述べた。

「がんが治療抵抗性を獲得するにつれて、新たな腫瘍サブクローン数が増加しているのか、それとも限られた数の治療抵抗性サブクローンが存在しているのかに関する確証が得られていなかったのです」とBild氏は説明した。

シグナル伝達経路を手掛かりとするがん治療

研究者らは、多様な治療抵抗性サブクローンは、細胞増殖や分化に関与するものなど、特定の共通するシグナル伝達経路に依存しており、またその経路は身体の免疫応答を抑制し得ることを見いだした。

がんの生物学的研究に対するシステム のアプローチ

米国国立がん研究所(NCI)は2016年にがんシステムバイオロジーコンソーシアム(Cancer Systems Biology Consortium:CSBC)を設立し、がんを複雑な生物学的システム、実質上の器官として分析するという、特有の観点からがんにおける重要課題に取り組む研究者らに資金を提供している。

システムのアプローチでは主として、特定する遺伝子変異および腫瘍の発生および進行に影響を及ぼすその他の要因を特定するために使用される多くのツールと同じものを利用する。しかし、遺伝子、シグナル伝達経路や腫瘍周囲の他の細胞や他の因子との相互作用などの多数の因子の影響を受ける複雑なネットワークとしてのがんを研究するためには、コンピュータを用いるアプローチや数理的アプローチ、それ以外のアプローチも用いると、Hughes氏は説明した。

CSBCが現在研究を助成している9つの研究センターは、転移、治療抵抗性および免疫系と腫瘍の相互作用など、臨床医および患者が直面する非常に重要な課題に取り組んでいると、同氏は続けた。

「研究チームは、研究において非常に定量的なアプローチを用います」とHughes氏は述べた。例えば、がんシステムバイオロジーコンソーシアムが資金提供している研究者は数理モデルを開発することが多く、「数理モデルにより、多くの異なる種類のデータを統合し、重要な生物学的プロセスに関する予測が可能になります」と、同氏は述べた。

例えば、ボトルネック事象の後に生き残った治療抵抗性の細胞は、受容体チロシンキナーゼと呼ばれる酵素ファミリーを制御するシグナル伝達経路の活性が増大していることが多い。一部の受容体チロシンキナーゼは、がんの進行を促進することが認められている。これらの酵素の一部を標的とする治療法が米国食品医薬品局(FDA)により承認され、また別の酵素を対象とする治療法は臨床試験で検討されている。

研究室での実験では、化学療法薬であるドキソルビシンに対する耐性を獲得した患者から得られた治療抵抗性のサブクローンは2つの異なるチロシンキナーゼ阻害薬併用療法に対して高い感受性を示し、一方、ドキソルビシン治療前に患者から採取した細胞は薬剤に全く感受性を示さなかった。

Bild氏と同僚は、「この知見は、ある治療に対する治療抵抗性の獲得と、治療後の表現型を標的とする代替治療法に対する感受性が高まることに関連がある可能性を示唆するものでした」と記した。

Hughes氏はこの研究から得られた知見は予備的なものであると述べた。しかし、本研究で用いられた幅広いアプローチは、腫瘍を(均質な細胞塊としてではなく)生体システムとして分析しており、疾患生物学に対する新たな見識および新たな治療の選択肢をもたらし得ることを実証する、非常に重要な知見であることを強調した。

「研究者らは遺伝子に特異的な見方に対して、[シグナル伝達]経路を中心に据えた見方をしています」とHughes氏は述べた。「多くのがんで活性化されていることの多いシグナル伝達経路があったとして、もしそのシグナル伝達経路を標的化する方法を見つけ出すことができたなら、多様ながん種および多くの患者に効果がある治療を行うことができるかもしれません」。

この研究はすでに次の段階へと進んでいると、Bild氏は述べた。

がんシステムバイオロジーコンソーシアム(CSBC)の資金提供により、Bild氏と同僚は、腫瘍が固有のサブクローン表現型を有する患者に対し、ある薬剤の組合せがどのように効くのかを解析していく予定である。それらの研究は、この薬剤の組合せを検討する臨床試験に組み込まれる。

「私たちはこのアプローチを新たな臨床試験へとつなぎ、臨床に適用可能なアプローチへと研究を進めていくつもりです」とBild氏は述べた。

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【図キャプション】

治療抵抗性がん細胞の遺伝的および機能的特性の特定は、新たな治療法の選択肢を特定する一助となる可能性がある。
出典:Brady S et al,Nat Comm. Nov 2017 doi:10.1038/s41467-017-01174-3. CC 3.0

(拡大図)

遺伝子シグネチャーシグナル伝達経路表現型
  増殖
  アポトーシス
  EMT(上皮間葉転換)

翻訳担当者 川北みゆき

監修 下村 昭彦(乳腺・腫瘍内科/国立がん研究センター中央病院)

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原文掲載日 

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