がんに対する高精度医療に基づく臨床試験の新たな時代

米国国立がん研究所(NCI)/ブログ~がん研究の動向~

以下は、2015年9月17日、米国大統領に公式に提出された「2017会計年度NCI年次計画および予算提案書(NCI’s Annual Plan and Budget Proposal for Fiscal Year 2017)」に関する、NCI上級研究員および幹部による投稿記事シリーズの最新版である。提案書には、NCIの優先事項および主要構想の概要、ならびに大統領が連邦政府の2017会計年度予算編成案を策定する際に、NCIの予算要求を考慮するよう求める内容が記載されている。

本投稿記事では、NCIがん治療・診断部門のJeff Abrams 医師とNita Seibel 医師が、NCIが助成する臨床試験のデザインと実施に高精度医療(Precision medicine)がどのような影響を及ぼしているか論じている。従来のがん臨床試験は、この数十年間に目覚ましい成果をもたらし、半世紀前にはほぼ不治のがんであった青年および若年成人のホジキンリンパ腫や、主に成人が罹患する乳がんなどに対する治療法が進歩した。しかし、そのような臨床試験は数千人にのぼる参加者の登録を必要とし、完了まで10年もの期間を要し、また臨床試験1件当たりの費用は何億ドルにものぼることが多かった。

今日、ゲノム研究、画像処理、生命情報工学、および関連分野の飛躍的な進歩によって、われわれは従来に比べてより小規模で迅速に優れた臨床試験をデザインしており、それらの臨床試験に高精度医療の基本原則を取り入れている。

NCIは過去2年間に、肺がんを対象としたLung-MAP試験およびALCHEMIST試験や、希少がんも含めたさまざまなながん種に罹患した18歳以上の患者を登録中のNCI-MATCH試験などの高精度臨床試験を開始した。2016年には、小児向けMATCH試験の開始を予定している。これら3つの臨床試験はすべて、NCIのがん研究実施に高精度医療がいかに影響を与えているかを見事に例示している。

例えば、これらの試験はすべて、一次スクリーニングの段階が含まれる。この段階で遺伝子変異が個々の患者のがんを引き起こしているかどうかを決定する。次に、次世代ゲノムシーケンスやゲノム解析を実施して、患者の腫瘍に、承認済み分子標的薬あるいは開発中の分子標的薬に合致する1つ以上の遺伝子変異が存在しているかどうかを決定する。

このスクリーニング段階は、患者をどの治療に割り付けるかの決定に用いられるため、極めて重要である。例えば、ALCHEMIST試験は外科的治療を受けた早期非小細胞性肺がん患者を登録しているが、患者の腫瘍にALK遺伝子変異またはEGFR遺伝子変異が存在するかどうか調べるため6,000~8,000人をスクリーニングすることになろう。ALK遺伝子変異患者はALK阻害薬、EGFR遺伝子変異患者はEGFR阻害薬をそれぞれ検討する臨床試験に組み入れられる。

NCI-MATCH試験でも患者の腫瘍の新たな生検検体を必要とするが、これは治療前に採取された検体を対照として、標準治療施行後の腫瘍の特徴をより正確にシーケンス結果に反映する上で役立っている。

さらに、NCI-MATCH試験にはわずか2,3カ月ですでに約800人の患者が登録されたため、主任研究者らが初期登録患者の結果を分析する間、新規登録を一時停止している。このような「小休止」を挟むことによって、臨床試験を再開した際に、さらに多くの遺伝子変異と分子標的薬を評価対象として試験に追加することができることから、NCI-MATCH試験では広範ながん種の検討が可能になるのである。

高精度医療試験は、従来の臨床試験の多くに比べ迅速にもなりうる。例えば、Lung-MAP試験およびALCHEMIST試験はいずれも、腫瘍に遺伝子変異を認めない患者に免疫療法薬を投与する治療群を新たに設定するため改訂中である。

このような高精度医療試験により、遺伝子診断一般に関して医師と患者が考慮すべき新たな問題が浮上している。NCI-MATCH試験およびLung-MAP試験に参加する患者は、遺伝子検査に関する知識と選択についての調査を受けることになる。患者が胚性突然変異(子に遺伝する可能性がある遺伝子変異)と体細胞突然変異(腫瘍に特異的な遺伝子変異であって子に遺伝しない変異)の違いをよく理解しているかどうか見極めることが重要となってくるであろう。

われわれは小児の試験においても高精度医療の応用に向けて、重要な一歩を踏み出している。NCIと小児腫瘍学グループ(COG)が主導するNCI-Pediatric-MATCH試験(小児向けNCI-MATCH試験)が全米で実施される予定である。PediatricMATCH試験は、通常は他に治療の選択肢がほとんどない再発または治療抵抗性の固形がん(リンパ腫を含む)の小児および若年患者を対象に分子標的治療薬を検討する非常に大きな機会となる。

Pediatric-MATCH試験(小児MATCH試験)のデザインは成人患者対象のNCI-MATCH試験と同様になるだろうが、相違点がいくつかある。小児がんのゲノム背景は、成人よりはるかに単純である。小児がんでは成人のがんよりも遺伝子変異の数がはるかに少なく、また、成人のがんに認められる遺伝子変異の多くは小児がんでは検出されない。したがって、Pediatric-MATCH試験で検討する薬剤の種類は成人向けNCI-MATCH試験の薬剤とは異なる可能性がある。Pediatric-MATCH試験で検討した薬剤に興味深い成績が確認できれば、その薬剤を他の臨床試験で引き続き検討し開発をさらに進めることができる。

強調すべき重要な点は、必ずしもすべてのがん臨床試験にそのような大幅な変革が求められているわけではないことである。従来の大規模試験は引き続き貴重な役割を担っている。例えば、特定のがん種に対する有効性で定評のある治療薬を直接比較する、あるいは併用療法の検討に有用である。

高精度医療試験は高い柔軟性と効率性があり、より早く患者治療に影響を及ぼす可能性があることをわれわれは既に経験している。このような臨床試験を至適に実施する方法についての知識が深まるにつれ、今後数年のうちにこれまで以上に急速な進歩を目の当たりにするだろうという確信をわれわれは抱いている。

翻訳担当者 菊池 明美

監修 久保田 馨(日本医科大学付属病院/呼吸器内科)

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