遺伝子バイオマーカーが免疫療法薬の効果予測因子となる可能性(ASCO2015)

ジョンズホプキンス大学

臨床的な実施可能性を評価するには大規模な試験が必要との見解

【要点】
ジョンズホプキンス大学の研究者らが、免疫療法の効果予測因子となる可能性のある遺伝子バイオマーカーを確認

・今回のジョンズホプキンス大学による免疫療法バイオマーカー試験は同学が20年前に行った先駆的遺伝子研究と関連する

標準治療が無効となった大腸のがん患者を対象として行われた概念実証のための(POP: proof of concept)臨床試験の報告で、ジョンズホプキンス大学キンメルがんセンターの研究者らは、次のように述べている。ジョンズホプキンスをはじめ研究者らが20年前に初めて発見した、いわゆる「ミスマッチ修復遺伝子」異常から、PD-1阻害剤として知られる免疫療法薬が奏効する患者を正確に予測することができるとしている。この免疫療法は、がん細胞が免疫系細胞に検知され破壊されるのを回避するために作り出したシステムを無効にすることを目的としている。

Keytruda社が販売するペンブロリズマブ(pembrolizumab)を用いた臨床試験の結果が、米国臨床腫瘍学会(ASCO)2015年年次総会およびNEJM誌の5月30日付電子版に発表される。

ジョンズホプキンス大学キンメルがんセンターの腫瘍内科医であり、同学Ludwig Center研究員兼Swim Across America Laboratory所長であるLuis Diaz Jr.医師は次のように話している。「本試験は、免疫療法ががんに対してどのように働くのか、また細胞の種類や原発臓器よりもむしろがんの遺伝子特性に基づいて免疫療法をどのように決定すればよいのかについて、確実な手がかりを教えてくれます」。

ジョンズホプキンス大学キンメルがんセンターの腫瘍内科医Dung Le医師の話では、「ミスマッチ修復遺伝子の欠損が多くの種類のがんの数パーセントに見つかっています。免疫療法の効果を知るためのこの種のバイオマーカーは、これ以外のDNA修復遺伝子に異常を認める腫瘍にも適用することができます。治療効果を予測するバイオマーカーを使うことによって、奏効する可能性の高い患者に免疫療法薬を使用し、高価で時間がかかる上に効かない可能性が高い治療薬を患者に与えることを回避し、他の治療薬の使用が遅れないようにすることができます」。

このジョンズホプキンス大学主導の試験では、がん患者48人を登録し、治療を受けた患者を3つのグループに分けて検討が行われた。患者は主に、ジョンホプキンス大学で登録されたが、その他に、オレゴン州にあるがんセンター、ピッツバーグ大学がん研究所、スタンフォード大学およびオハイオ州立大学総合がんセンターでも登録された。

ミスマッチ修復遺伝子に欠損を認める進行大腸がん患者13人の一つ目のグループ《患者群1》では、ペンブロリズマブ(pembrolizumab)によって、がんが少なくとも直径30%縮小したことを意味する「部分奏効」が8人に認められた。長期にわたる病勢の「安定」が4人に認められ、「進行」を認めたのは1人であった。次に、ミスマッチ修復遺伝子に欠損がなかった大腸がん患者のグループ《患者群2》では、25人全員に効果がなかった。3つ目の、ミスマッチ修復遺伝子に欠損を認めた大腸がん以外のがん患者10人(胆管・膵がんがん4人、子宮がん2人、小腸がん2人、胃がん1人、前立腺がん1人)のグループ《患者群3》では、1人の子宮がん患者が画像検査でがんがすべて消失した状態である「完全奏効」となり、「部分奏効」が5人、「安定」が1人、「進行」が3人に認められた。

すべての患者には治療歴があったが、効果はなくなっていた。

「標準治療がもはや効かなくなった大腸がん患者に対して他の治療が効くことは稀で、そのような段階に至った患者の多くは数カ月しか生きることができません」とジョンズホプキンス大学Ludwig Centerのセンター長のひとりであるKenneth W. Kinzler博士が話している。「ミスマッチ修復遺伝子に異常がある患者さんの方が、異常のない患者さんよりも、免疫療法が効く可能性が高いことがわかったことは有望なことですが、さらに多くの患者さんを対象に、また進行したがんに対して治療のさらに早い段階で免疫療法を行う可能性を含め、この考えを検証する必要があります」。

ミスマッチ修復遺伝子に欠損がある大腸がん《患者群1》の全生存期間および無増悪生存期間の中央値はまだ得られていない。これは、12カ月以上経過してもなお、この群の患者数人に免疫療法薬に対する効果が認められているためである。この群の追跡期間の中央値は36週間であった(5週間〜55週間の範囲)。ミスマッチ修復遺伝子に欠損がない大腸がん《患者群2》では、全生存期間中央値が7.6カ月、無増悪生存期間が2.3カ月であった。追跡期間は最長42週間であった。ミスマッチ修復遺伝子に欠損がある《患者群3》では、全生存期間はまだ得られていないが、無増悪生存期間の中央値は、最長42週間の追跡の結果、5.4カ月であった。

免疫療法が奏効する際には、腫瘍が縮小し始める前に、しばしば腫瘍の若干の増大が生じる。このために、本試験では、奏効率および一部の無増悪生存率は「免疫療法関連」の奏効率や無増悪生存率の分類に従って評価した。このような治療開始当初にみられる腫瘍増大は、「偽増悪」としても知られており、通常であれば患者への試験治療は打ち切られる。しかしながら免疫療法の臨床試験では一過性に腫瘍増悪が起こることが知られているため、このことを考慮に入れた新たな効果判定規準を作成した、とジョンズホプキンス大学の研究者らは話した。

研究チームはまた、転移病巣の存在期間や過去の治療への奏効期間について、各患者での相違についても説明した。

Le氏によれば、ミスマッチ修復遺伝子の異常を調べる検査は商業的に利用可能であり、新たに診断された大腸がんおよび子宮内膜がんの患者には日常的に使用されている。Merck社が販売するペンブロリズマブ(pembrolizumab)は、特定のメラノーマ患者への使用については米国食品医薬品局(FDA)に承認されている。同薬はPD-1と呼ばれる免疫細胞の表面に存在するタンパク質を阻害し、この免疫細胞のブレーキを外してがん細胞を攻撃できるようにする。

費用は患者1人あたり年間10万ドルを超えるため、恩恵を受ける患者とそうでない患者を見分けることが喫緊の課題である。

ミスマッチ修復遺伝子の異常は、散発性および家族性の大腸、子宮内膜、胃、胆道、膵臓、卵巣、小腸のがんに生じ、その結果、細胞はDNA複製過程での「過ち」を修復できなくなり、がんの特徴であるコントロールを失った細胞増殖が生じる。この突然変異は、ジョンズホプキンス大学Ludwig Centerに所属しHoward Hughes Medical Instituteの研究者でもあるBert Vogelstein医師、同じくジョンズホプキンス大学Ludwig CenterのNickolas Papadopoulos博士とKenneth Kinzler博士、およびオハイオ州立大学のAlbert de la Chapelle氏、を含む本研究の共同研究者らによって、1993年に初めて発見された。

20年後、Diaz氏とLudwig Centerの研究者らが、今回の試験で用いられたのと同様の免疫療法についての最初の大規模臨床試験を主導したジョンズホプキンス大学の他の研究者らと会合した時に端を発し、今回の研究のアイデアが出てきた。その試験では、大腸がんの患者の中でひとりだけ治療効果が認められたが、他の大腸がん患者には効果が認められなかった。そのひとりの患者がなぜ反応したのかという疑問から研究が始まりました、とDiaz氏は語っている。

Diaz氏らは以前に、がん細胞に変異が多く認められた患者の方が免疫療法が良く効くというのは、がん細胞に変異が多ければ多いほど、異常タンパクが多く産生され、このような多くの「異物」タンパクを持つがん細胞に対しては免疫系が強い反応を示すからです。大腸がん患者のうち割合は少ないがミスマッチ修復遺伝子に欠損のある患者がいて、このような欠損がない患者に比べてがん細胞に数千倍多くの変異が生じていることがわかっている。以前の臨床試験で治療が奏効したひとりの大腸がん患者には、そのような変異を起こしやすいミスマッチ修復遺伝子の異常があると推測され、これは後に研究チームが患者の腫瘍のゲノムの塩基配列を調べた際に実証された。

翻訳担当者 ギボンズ京子

監修 田中文啓(呼吸器外科/産業医科大学教授)

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