進行卵巣がんにおけるリンパ節摘出術の意義

進行卵巣がんの手術を行う場合、術者は腫瘍周囲のリンパ節の外見や触感が正常であっても、それらをすべて除去することが多い。というのは、そのようなリンパ節には原発腫瘍から転移したがん細胞が付着しているかもしれず、後の化学療法に抵抗性を示す可能性があるからである。しかし系統的リンパ節郭清術として知られるこの手術手技の意義は、かねてから議論されてきた。

今回、目に見えるがん病変をすべて外科的に除去し、リンパ節の外見は正常であった進行卵巣がん患者において、系統的リンパ節郭清術は生存期間を延長しなかったことがランダム化比較試験により示された。

さらに同試験から、系統的リンパ節郭清術により重篤な合併症の発症が増え、術後60日以内の死亡率が高くなることが明らかになった。

「的確にデザインされた本試験は、正常に見えるリンパ節を摘出することで、どれほど患者に害を与えうるかを浮き彫りにしています」と、Yovanni Casablanca医師は述べた。同医師はウォルター・リード米軍医療センターの婦人科腫瘍医および外科医であり、今回の試験には関わっていない。また「外科医として、患者への助言の仕方が変わるでしょう」と語った。

本試験の結果は、2月28日付New England Journal of Medicine誌に発表された。

リンパ節郭清術に関する長年の議論

リンパ節は腫瘍本体から離脱した腫瘍細胞にとって重要部位になることがある。リンパ節はリンパ系の一部であり、リンパ系はがん細胞が他の部位に転移するための導管となる可能性がある。

手術とその後の化学療法は、進行卵巣がんの女性患者に対する標準治療である。術者は腹部および骨盤内の目に見える腫瘍組織をすべて除去する。がん周囲のリンパ節が腫大している、あるいは腫大してなくても異常に見える場合、外科医はそれらも取り除く。

NCIがん研究センター女性悪性腫瘍部門(Women’s Malignancies Branch)のChristina Annunziata医学博士は、本試験には関わっておらず、次のように説明した。「がんが腹部のいたる所に転移しているなら、リンパ節すべてに同じように転移しているはずであると考えられていました」。それには、見かけ上腫大してないが顕微鏡的な、または目視ではわからない転移があるかもしれない腫瘍周囲および上腹部のリンパ節が含まれる。

明らかになっていないのは、それらの正常に見えるリンパ節の除去が患者の予後の改善につながるのか、それとも術後の化学療法がそれらのリンパ節に潜む顕微鏡的な病変に効果を示すのかである、とAnnunziata博士は述べた。

「進行卵巣がん患者におけるリンパ節除去の意義は数十年の間議論されてきました」と、試験の筆頭著者でドイツのKliniken Essen-Mitteの婦人科および婦人科腫瘍科のPhilipp Harter医学博士は述べた。

リンパ節を約60個から100個除去する系統的リンパ節郭清術は、その施行を裏付ける厳密なエビデンスがないにも関わらず、多くの病院で進行卵巣がん患者の手術中に標準的に行う治療法である、と同博士は述べている。

厳密に計画された臨床試験

LIONと呼ばれる臨床試験に、Harter博士らは、進行性卵巣上皮がんと新たに診断された650人の女性を登録した。進行性卵巣上皮がんとは、卵巣、卵管および子宮以外にも転移が見られるがんで、卵巣がんのIIB期からIV期に分類さる。

女性患者がこの臨床試験に参加するには、腹部や腹膜(腹壁を内張りして腹部にある大半の臓器を覆っている組織)にあるがんの目に見える病変がすべて外科的に除去されている必要があった。さらに患者は、腫瘍周囲に異常に見えるリンパ節がなく、腫瘍組織除去後の状態が良好である必要があった。

組み入れ基準を満たしたことがいったん術者のチームによって確認されると、適格患者は手術中に、系統的リンパ節郭清術を受ける群または受けない群に無作為に割り付けられた。

マサチューセッツ総合病院のEric Eisenhauer医師とスローンケタリング記念がんセンターのDennis Chi医師は付随論説で次のように書いている。試験デザインのこの部分(訳注:術中割り付け)は 重要であり、その理由は、これまでの試験ではリンパ節郭清術が患者の生存に独立して影響を及ぼしたのか、それともこの手術による生存への影響は、目に見えるすべての腫瘍組織の除去に系統的リンパ節郭清術がより包括的な手術の一環として通常に行われたことを反映したためか見分けることが難しかったからである。

Harter博士によると、この試験デザインのもう1つの重要な側面は、病院がこの臨床試験への参加施設として認可される前に、完全なリンパ節郭清術の実施技術を評価する認定プロセスを受けなければならなかったことである。本試験に参加した52の施設はすべてヨーロッパにあった。

リンパ節郭清術により生存期間は延長せず

「そのような専門施設で順調に外科的治療を終えた患者は、比較的予後良好であることが明らかになりました」と、Harter博士は述べた。

全生存期間は、2群間で差はなかった。無作為割り付け後の生存期間中央値は、非リンパ節郭清群の患者で69.2カ月であり、リンパ節郭清群で65.5カ月であった。

無増悪生存期間は、無作為割り付けから疾患の再発または死亡までの期間であるが、その中央値は両群とも25.5カ月であった。

病理医がリンパ節郭清群の患者から摘出したリンパ節を検査した際に、約56%の患者に顕微鏡的な転移性がんが発見された。

本臨床試験において、2群の全生存期間が同様であったことは、リンパ節の残存がんよりむしろ、卵巣がんに関連した病態や死亡の最も多い原因である腹腔内の病変を制御できていないことを示唆すると、Eisenhauer医師とChi医師は論説で述べた。

増加する合併症

手術中および手術後の合併症は、リンパ節郭清群の患者のほうが非リンパ節郭清群の患者よりも多かった。さらに、術後60日以内の死亡率は、リンパ節郭清群の患者で約3%であったが、非リンパ節郭清群では約1%であった。

Casablanca医師によれば、リンパ節郭清術を行うと、すでに長時間(4~5時間)かかっている複雑な手術が通常さらに1時間延長されるという。

本試験の重要な結論の1つは、「より多くのリンパ節を摘出し、手術に時間がかかることで、より有害な結果が生じる」ことであると、同医師は述べた。

目に見える腫瘍組織の病変をすべて外科的に除去した進行卵巣がん患者において、系統的リンパ節郭清術の意義を評価しようと試みたことで「新規の試験デザインは、これまでの多くの臨床試験での批判を解決した」と論説の著者らは書いている。

患者の転帰を改善することに加え、「われわれは、適切に管理された試験デザイン無しに仮説を検証することがいかに難しくなるか、ということも(LION試験から)少し学んだのかもしれない」と、論説著者らは結論付けた。

翻訳担当者 坂下美保子

監修 喜多川 亮(産婦人科/東北医科薬科大学病院)

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