肺癌の最も多い組織型で新たに複数のゲノム変異が同定―癌ゲノムアトラス研究(TCGA)プロジェクトで発見された主要な発癌経路の変異は既存薬の治療標的となるか

米国国立がん研究所(NCI)プレスリリース

原文掲載日 :2014年7月9日

癌ゲノムアトラス(TCGA)研究ネットワークの研究者らは、肺癌で最も多い組織型である肺腺癌の発癌の原因としてよく知られている経路に、新しい変異を複数発見した。これらのゲノム変異の発見により、肺腺癌の治療標的が増えるとともに、今回発見された変異を標的とする強力な抗癌剤はすでに数多く存在していることから、治療可能な患者が相当数増える可能性がある。

TCGAは、米国国立衛生研究所(NIH)の一部門である米国国立癌研究所(NCI)および米国国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)によって、共同で出資・運営されている。肺癌のうち腺癌よりも少ない組織型である扁平上皮癌に関するTCGAによる解析が2012年に報告されている。

今回の新研究はNature誌電子版に2014年7月9日掲載されたもので、研究者らは肺腺癌サンプル230検体でゲノム、RNA、およびタンパク質の一部を調査した。4分の3の検体において、RTK/RAS/RAF経路と呼ばれる細胞内のシグナル伝達経路を異常に亢進させる変異が最終的に同定された。

「癌ゲノム情報の包括的解析を行うというTCGAの特性により、今回の新知見と、治療への応用の可能性を広げることができました」。NIH所長のFrancis S. Collins医師/医学博士はこう述べた。「この研究成果は患者個々にとって最適な医療を提供するという将来に向けた基盤になるものと期待しています」。

RTK/RAS/RAF経路に影響を及ぼす変異が生じると、この経路が常時「オン」の状態になってしまう。その結果、癌細胞の増殖と生存を促進するシグナルが出続ける。一方、現在使われている薬のなかに、この経路の異常な活性化を食い止め、患者に速やかな治療効果をもたらすものがいくつか存在する。

「肺扁平上皮癌に関する以前のTCGA解析の結果と合わせ、肺癌の発癌の原因となる数多くの遺伝子異常の経路について包括的な理解を得ることができました」。NCI所長Harold Varmus医師はこう話す。「今回得られた知見をもとに、我々はより優れた発癌経路の阻害剤を見つけることができ、その結果患者の転帰を改善することが期待されます。しかしながら、現時点では、禁煙と一旦禁煙したら二度と喫煙を再開しないことが肺癌による死亡数を減らす最も信頼できる方法であることに変わりはありません」。

研究グループによる腫瘍検体の最初の検討では、RTK/RAS/RAF経路を活性化する遺伝子変異が62%の検体で確認された。変異していたのは、変異したり発現が亢進すると発癌する可能性のある遺伝子、すなわち癌遺伝子であった。この結果、これらの腫瘍サンプルは癌遺伝子陽性と分類された。

 さらに変化を明らかにするため、研究者らはDNAコピー数の変化、すなわちゲノムDNAの一部分の欠失または増幅による遺伝子数の変化に着目した。その結果、癌遺伝子であるERBB2とMET(いずれもRTK/RAS/RAF経路の一部)に増幅が確認された。遺伝子が増幅すると、通常はその遺伝子がコードしているタンパクの細胞での発現が亢進する。

これらの遺伝子増幅が明らかになったことで、特定の遺伝子異常を有する癌の患者を既存薬や開発中の薬で治療可能となるかもしれない。「肺腺癌患者の75%以上に治療が可能な変異が同定されたのは非常に画期的で、ここ10年で最大の成果です」。ハーバード大学医学部、ダナファーバー癌研究所、ブロード研究所所属で本プロジェクトの主任研究員であるMatthew Meyerson医師/医学博士はこのように話している。

さらに解析すると、肺癌の発症に重要な役割を果たすとみられる別の遺伝子が同定された。そのうちのひとつ、NF1の変異はこれまでにも肺癌で報告されていた。NF1はRTK/RAS/RAF経路を制御する腫瘍抑制遺伝子として知られている。NF1に変異が生じると、同経路を異常に亢進させる。別の遺伝子であるRIT1の変異もRTK/RAS/RAF経路の一部であり、肺癌でRIT1の変異が関連することが今回の研究で初めて示された。

「この最新のTCGA研究の成果は、TCGAデータの威力と奥深さ、幅の広さをあらためて示しています」とNHGRI所長のEric Green医師/医学博士は述べた。「今回の結果は、(肺癌という)重要な癌の発症や進展について、ゲノムの観点から重要な新情報をもたらすものです」。

合計すると肺癌のいくつかの組織型だけで世界中で年間100万人以上が死亡しており、これはがん死亡の原因として最多である。NCIは、肺癌と診断された患者の5年後の生存率は17.5%にすぎないと推定している。

肺腺癌は米国で最も多い肺癌の一種で、肺の末梢部の組織で発生し、拡大する。喫煙が主なリスク要因ではあるが、まったく喫煙したことがない患者における肺癌で最も多いのが肺腺癌であり、そのリスクは受動喫煙により20%~30%増加する。

 上記の2つの肺癌の研究に加え、TCGA研究ネットワークでは何種類もの癌についてのデータを積み上げ、解析結果を公表しており、それらはすべてTCGAのウェブサイト(www.cancergenome.nih.gov)で閲覧可能である。TCGAが作成したデータはTCGA Data PortalおよびCGHubで無料で入手できる。

本研究は下記のNIH補助金の交付を受けている。

U24 CA126561, U24 CA126551, U24 CA126554, U24 CA126543, U24 CA126546, U24 CA137153, U24 CA126563, U24 CA126544, U24 CA143845, U24 CA143858, U24 CA144025, U24 CA143882, U24 CA143866, U24 CA143867, U24 CA143848, U24 CA143840, U24 CA143835, U24 CA143799, U24 CA143883, U24 CA143843, U54 HG003067, U54 HG003079 , U54 HG003273.

参考文献: The Cancer Genome Atlas Network authors. Comprehensive Molecular Profiling of Lung Adenocarcinoma. Online July 9, 2014. DOI: 10.1038/nature13385.

 原文

翻訳担当者 橋本仁 

監修 田中文啓(呼吸器外科/産業医科大学教授)

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