OncoLog2013年4月号◆乳癌リスクの低減

MDアンダーソン OncoLog 2013年4月号(Volume 58 / Number 4)

 Oncologとは、米国MDアンダーソンがんセンターが発行する最新の癌研究とケアについてのオンラインおよび紙媒体の月刊情報誌です。最新号URL

乳癌リスクの低減

様々な治療や対策により、女性が乳癌を発症する可能性を減らすことができるかも知れない。例えば、食事や生活習慣の見直しは、変化に伴う困難や不便が生じるが、新たなデメリットや健康リスクをもたらすものではない。その対極でリスクを減らす外科手術(両側乳房切除術および卵管卵巣摘除術)にはリスクが内在する。医師は、これらの選択肢を女性と話し合う前に、個々に合った正確なリスク評価を行わなければならない。

ここでの議論は女性における乳癌リスクの低減についての対策に取り組みについてである。男性も乳癌を発症する可能性はあるが稀であり、女性と同じリスクモデルおよびリスク低減対策は当てはまらない。

リスク

癌リスクとは、ある特定のグループに属する人々が、一生のうちに特定の癌種を発症する可能性を評価するものである。米国癌協会によれば、米国において女性が生涯で乳癌を発症する可能性は8人に1人である。

この評価は、いかにこの疾患を罹患する人が多いかを反映している一方で、情報を知っている人々にとって癌リスクを決定する助けにはなっていない。現在、乳癌予防の領域においては乳癌を発症する女性の短期リスクの特定を目指している。この評価で考慮される主な要素は、年齢、家族歴、乳房の前癌状態の病変(乳管あるいは小葉の異型過形成、上皮内癌など)、月経や出産歴、放射線治療歴、乳房濃度、遺伝子変異である。

リスク評価

テキサス大学MDアンダーソンがんセンター臨床がん予防部門の局長であるTherese Bevers医師によれば、乳癌のリスク評価には様々なツールがあるという。改訂版ゲイルモデルは米国国立癌研究所(NCI)が開発したもので、標準的で広く使用されているツールである。他に良く用いられるツールでは、クラウスモデルおよびTyrer-Cuzick モデルがある。全ての女性に適用できるツールはなく、それぞれが全体的リスク評価の一部を説明する。

もっとも一般的に使用されるのは、女性が遺伝子検査の対象となるかを評価するツールで、Breast and Ovarian Analysis of Disease Incidence and Carrier Estimation Algorithm(BOADICEA)モデル、Carrier Estimation Algorithmおよび BRCAPROモデルがある。

遺伝子リスク

5~10%の乳癌は遺伝性であり、乳癌の強い家族歴を有する女性では、乳癌を発症するリスクが有意に高い。

BRCA1およびBRCA2遺伝子変異は乳癌と卵巣癌に特異的に関連する。この遺伝子変異を有する女性は、乳癌を発症する生涯リスクが50%から60%である。また、さらに高い乳癌リスクと関連するのがTP53、 PTEN、CDH1、ATM、CHEK2、CDH1、および STK11遺伝子における変異である。これらの遺伝子変異はリー・フラウメニ症候群やカウデン病、遺伝性びまん性胃癌、またポイツ・ジェガーズ症候群といった疾患と関連する。これらの遺伝子やBRCA遺伝子における変異は高浸透率の変異と考えられる。すなわちこの遺伝子型を持つ人は高率で乳癌を発症する。

同定可能な遺伝子変異が疑われ、早期に精密検査が必要となる家族歴の特長は次の通りである。40歳以下で乳癌と診断された第一親等の親族が少なくとも1人いる。乳癌あるいは卵巣癌に罹患した近親者が1人以上いる。乳癌、卵巣癌あるいは両側乳癌と診断された第一親等の親族がいる。またアシュケナージ系ユダヤ人の血統である。

遺伝子カウンセリングと検査

MDアンダーソンがんセンターで臨床癌遺伝学プログラムの共同委員長で、乳腺腫瘍内科の教授であるBanu Arun医師によれば、遺伝子検査は通常用いられるスクリーニングツールではなく、関連変異が強く疑われる場合にのみ検討されるべきであるという。遺伝子検査は高額で、慎重に行われなければ役に立つ結果が得られない。例えば、BRCA変異は2,000種類以上の型があり一度の検査で変異型の同定はできないと同氏は述べた。「適した検査を適する人に行うことが大変重要です」。

家族の1人以上に遺伝性の癌が懸念される場合、検査は癌患者から開始して治療の標的とする特異な変異を同定するべきである。癌を発症していない近親者への検査を行うのはハイリスクと考えられるからである。もし癌を有する近親者が検査を受けられなかった場合には、臨床判断に加えて、リスク評価モデルを用いてBRCA変異を持つリスクを算出することで、健康な女性に遺伝子検査を行うべきかどうかを判断するのに役立つ。

Arun医師は、遺伝子検査を行う前に女性と検査結果とその意味を議論し、また遺伝子検査後に実際の検査結果について話し合うことが重要であると強調した。陰性という結果は役に立たない情報と考えられる。それは偽陰性の可能性もあり、検査対象以外の遺伝子変異を有する可能性を排除するものではない。陽性という結果は、遺伝子変異を有しており高リスクにあると確認はできても、実際に癌を発症するかを予見するものではない。これらの理由から、遺伝子検査を受ける候補を慎重に選ぶこと、適正な検査を行うこと、また確実に遺伝子カウンセリングを先行させてから検査をすることが重要である。

リスクの低減

臨床がん予防部門の部門長であるPowel Brown医学博士によれば、乳癌リスク管理のための現在の対策は、サーベイランスの強化、生活習慣の見直し、化学的予防、そして予防的外科手術である。これらの対策から得られるベネフィットや、関連リスクあるいは副作用は様々である。当事者の好み、リスクの忍容性、癌に対する姿勢や医学的介入が、対策の選択に大きな役割を果たす。

サーベイランス強化と生活習慣の見直し

様々な乳癌リスクレベルにある女性に向けたスクリーニングとサーベイランスの推奨は、全米総合がん情報ネットワーク(NCCN)や米国癌協会、米国予防サービス特別委員会や他の機関を通じて入手可能である。乳癌の高リスク女性への推奨には、乳房検査とマンモグラフィ(症例によっては磁気共鳴撮像装置:MRI検査を追加する)を、平均的リスクにある女性より頻度を増やす、あるいは推奨年齢よりも若年で検査することも含まれる。

Brown医師によれば、BRCA変異を持つ女性は経膣超音波検査法および、CA125の血中濃度を調べる臨床検査を行って卵巣癌をスクリーニングするべきである。また、この変異を持つ女性は遺伝性の乳癌および卵巣癌に詳しい婦人科医によって経過観察を受けなければならない。

Brown医師は、全ての乳癌リスクレベルにおいて、女性とのカウンセリングでは食事や運動、体重管理の利点について、またアルコール摂取やホルモン置換療法が乳癌リスクに関連することについて話あうべきであると述べた。上記の要素はとるに足らないことではない。NCIは定期的な運動だけでも乳癌リスクを20~40%減らすことができると見積もっている。

リスク低減手術

リスク低減手術は通常、乳癌リスクが極めて高い女性、特にBRCA変異のある女性のためのものだと考えられている。BRCA1変異を有する女性はBRCA2変異のある女性よりもトリプルネガティブ乳癌(TNBC)を罹患する可能性が高い。

いくつかの後ろ向き研究で、両側卵管卵巣摘除術はBRCA遺伝子変異に関連した卵巣癌のリスクを80%程度、また50歳以下の女性における乳癌リスクを約50%低減することがわかった。卵管卵巣摘除術は婦人科医あるいは腫瘍外科医によって行われるべきである。医師は腹膜洗浄およびリンパ節評価を行い、摘出した組織を術中迅速病理診断へ提出する。「経験では8~10%が肉眼では見えない卵巣癌をすでに発症しています」とBrown医師は述べた。

また複数の試験で、予防的両側全乳房切除により乳癌リスクが90%低減すると示唆されている。「予防的乳房切除術は任意の手術ですが、生涯で乳癌を発症する可能性を大きく減らすものです」と同氏は述べた。「患者にとって適合するのであれば、私はこの手術を選ぶ患者の決断を支持します」。

リスク低減手術は適正なカウンセリング無しで行われるようなことがあってはならない。患者は手術も含めた選択肢を十分理解しなければならない。Arun医師によれば、BRCA変異を承知している、あるいは卵巣癌の近親者を持つ女性の多くがリスク低減手術を選択する傾向にあるという。

 化学的予防

タモキシフェンおよびラロキシフェンは、米国食品医薬品局(FDA)により乳癌リスク低減の適用を認可された唯一の薬剤である。両剤ともに選択的エストロゲン受容体モジュレータであるが、副作用と同様に、身体の組織や臓器への作用は相互に異なる。乳癌リスク低減のために処方される期間は両剤ともに5年である。 Bevers医師によれば、大規模臨床試験のデータから、両剤は治療期間中の浸潤性乳癌のリスクを同程度(約半分)に低減した。しかし長期の経過観察ではタモキシフェンの予防効果の継続性に比べラロキシフェンのベネフィットは徐々に弱くなった。一方でタモキシフェンにはラロキシフェンよりも重篤な副作用がある。異型過形成のある女性ではタモキシフェンあるいはラロキシフェンにより86%の乳癌リスクの低減を得るとBevers医師は述べた。

現在、リスク低減のために使用さている第3の薬剤はアロマターゼ阻害剤である。アロマターゼ阻害剤は、主だった大規模癌予防試験でタモキシフェンやラロキシフェンと直接比較されたことがなく、適用の認可も受けていない。しかしながら、浸潤性乳癌を罹患し、補助療法としてエキセメスタンや同クラスの他の薬剤投与を受けている女性の二次癌の予防効果が見込まれている。

タモキシフェン、ラロキシフェンおよびエキセメスタンのそれぞれに良い点、悪い点があるとBevers医師は述べた。「どの薬剤を選ぶかはリスクに対して、見込まれるベネフィットを天秤にかけることなのです」。同氏は続けた。「それぞれの女性が独自の複合的な要素を持っているので、これが一つの方法を選択する上での尺度となり得えます」。

第一の判断要素となるのは閉経状態である。3種の薬剤全てが閉経後女性に適用される一方で、ラロキシフェンやエキセメスタンのどちらも閉経前女性への試験は行われていない(実際、エキセメスタンは卵巣でエストロゲンが生産されている状況下では、分泌を増やすかもしれない)。このため今までのところ、科学的予防薬剤の使用を望む閉経前女性のための選択肢は、タモキシフェンまたは適当な臨床試験のみである。

次に考慮する要素は、女性が薬剤から受ける影響よりも、副作用、あるいはベネフィットに対して特別に感受性が強いか否かということである。以下に例をあげる。

●タモキシフェンは子宮体癌のリスクを増加させる。これは他の薬剤では関連しない。従って女性が子宮嫡除術を以前に受けていたかが使用を考える要素の一つとなる。

●ラロキシフェンは骨粗鬆症の治療および予防の薬剤として認可を受けている。したがって骨粗鬆症を患っている、あるいはリスクのある女性にとってはさらなるベネフィットをもたらす。骨粗鬆症を有する女性にとっては、乳癌リスク低減のために推奨されている5年を超えてラロキシフェンを継続使用するのは理にかなっているかもしれない。

●タモキシフェンおよびラロキシフェンは血栓性の血管性イベントのリスク(脳卒中、肺塞栓、および深部静脈血栓症など)をもたらすため、血栓症を経験した女性には禁忌である。エキセメスタンはそれ等のリスクをもたらさず、上記に該当する女性にとっては他の薬剤よりを選ぶより良い選択となる。また血栓症イベントの要因となる他のリスク因子(喫煙、糖尿病、心房細動や心臓血管疾患)を有する女性にとっての選択肢となると思われる。

●エキセメスタンは骨量減少に関連しており骨粗鬆症を罹患、あるいは骨粗鬆症のリスクを持つ女性にとっては適さない。

Bevers医師によれば、乳房に増殖性病変を有する女性においては化学的予防を選択する率が高い。リスク低減手術は、化学的予防と同様に任意治療である。従って十分な話し合いとカウンセリングを経て決定することが必要である。「現在、こういった話し合いの促進に役立つ資材を開発しています。啓蒙用のビデオや説明資料といったものです。すでにわれわれの患者さんが入手できるものもいくつかあります」。

毒性を持たない有効な化学的予防剤の必要性は明らかだ。「現在ある薬剤には副作用があり、これは女性に服用を躊躇させるほど重篤なものです。乳癌高リスクと考えられる女性のうち20%しかタモキシフェンを選択しません」とArun医師は述べた。「またエストロゲン受容体陰性乳癌を発症するリスクを低減させる薬剤はまだ無いのです」。

これを受けて、クオリティ・オブ・ライフ(QOL:生活の質)を損なう副作用を持たず、リスクを低減させる薬剤を特定する複数の試験が進行中である。Bevers医師は現在、ビタミンDを乳癌リスクの低減に使用できるかを評価する試験に女性を登録している。同様にArun医師らはクルクミン(化合物の一つは抗炎症の性質を持つターメリックで、実験段階では乳癌細胞の増殖に影響する四つの分子経路に阻害効果を及ぼすことが示唆されている)のリスク低減作用を調べる第2相臨床試験への患者登録を行っている。「リスクを減らす可能性のある薬剤のいくつかは、私の多くの患者がとにかくも摂取したいような緑茶やクルクミンといったものです」とArun医師は述べた。「しかしそれらの化合物は、特にバイオアベイラビリティを強化するように製剤設計される必要があるかもしれません」。ナノ粒子クルクミン製剤は現在、第2相臨床試験で使用されている。

乳癌リスク低減を目的として、セレコキシブ、メトフォルミン、アナストロゾーズやラパチニブ、さらに他の薬剤が試験中である。乳癌高リスクにあるが、現在のところはリスク低減の対策がとれない女性は、他の選択肢に向けた臨床試験に期待できる。

— Sunni Hosemann

【中段の表中語句訳】
乳癌サーベイランスとリスク低減のための選択肢
(左列上から)
リスク
平均
増加
(中列上から)
患者ごとに考慮される影響因子
年齢
遺伝的状況
家族歴
病歴
年齢
閉経状況
併存疾患
リスク忍容性
個人的好み
(右列上から)
成果に基づいた標準的選択肢
1~3年ごとのスクリーニング(ガイドラインに準じる)
生活様式の見直し
サーベイランスの強化
化学的予防
タモキシフェン
ラロキシフェン
エキセメスタン
臨床試験
OR
予防的手術
両側乳房切除術
また・あるいは
AND/OR
両側卵管卵巣摘除術

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翻訳担当者 岡田章代

監修 原 文堅 (乳腺科/四国がんセンター)

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