TIL療法により転移乳がんの個別化医療が前進

患者自身の抗腫瘍免疫細胞を用いる実験的な免疫療法が転移乳がん患者の治療に利用できる可能性があると、米国国立がん研究所(NCI:米国国立衛生研究所の一部)のがん研究センター主導の臨床試験で示された。多くの転移乳がん患者で腫瘍に対する免疫反応を引き起こすことができると今回の研究で明らかになったが、このことは、この種の免疫療法の前提条件であり、腫瘍浸潤リンパ球(TIL)と呼ばれるものに依存している。

転移乳がん患者の女性42人を対象とした臨床試験において、28人(67%)で、自身のがんに対する免疫反応が認められた。この免疫療法は6人の女性の治療に用いられ、その半数に測定可能な腫瘍縮小が認められた。本試験の結果は2022年2月1日付のJournal of Clinical Oncology誌に掲載された。

「ホルモン受容体陽性乳がんは免疫反応を誘発することができず、免疫療法が効かないというのが一般的な定説です」と、試験を主導するNCIがん研究センター外科部長のSteven A. Rosenberg医学博士は述べた。「今回の試験結果は、他の治療方法をすべて使い果たしてしまった転移乳がん患者の一部に、この免疫療法を用いることができることを示唆しています」。

免疫療法は、患者自身の免疫システムががんと戦うのを補助をする治療方法である。しかし、免疫チェックポイント阻害薬などの利用可能な免疫療法薬のほとんどは、乳がんの大半を占めるホルモン受容体陽性乳がんに対する有効性は限定的である。

本試験で使用された免疫療法のアプローチは1980年代後半にRosenberg博士らによって新たに開発された。これは腫瘍の内部や周囲に存在するT細胞であるTILに依存している。

TILは、免疫細胞が認識するネオアンチゲンと呼ばれる特定のタンパクを表面に有する腫瘍細胞を標的とすることができる。腫瘍のDNAに変異が生じると、ネオアンチゲンが産生される。その他の免疫療法では、多くの変異がみられるため、多くのネオアンチゲンを有するメラノーマなどのがんの治療に有効であることが分かっている。しかし、乳がんのようなネオアンチゲンが少ないがんに対する有効性はあまり明らかになっていない。

新たな試験の結果は、Rosenberg医師らが現在進めている第2相臨床試験から得られたものである。本試験は、乳がんを含む転移性上皮がん患者において、免疫療法が腫瘍の縮小につながるかどうかを調べるために計画されたものである。2018年に研究者は、本試験で治療を受けた一人の転移乳がんの女性が完全奏効といえる腫瘍が認められない状態になったことを明らかにした。

本試験では、他のあらゆる治療にもかかわらず、がんが進行した転移乳がん患者42人から採取した腫瘍検体中の変異を全ゲノムシーケンシングを用いて同定を行った。その後、この腫瘍検体からTILを採取し、実験室の試験において、腫瘍内のさまざまな変異により産生されたネオアンチゲンに対する反応について分析を行った。

28人の女性は、1つ以上のネオアンチゲンを認識するTILを有していた。同定されたほぼすべてのネオアンチゲンは患者固有のものであった。

「これらのがんのアキレス腱が、がんを引き起こした遺伝子変異そのものである可能性があることは興味深い」と Rosenberg医師は述べた。「この2018年の試験以来、現在では42人の患者に関する情報が得られており、その大部分で免疫反応を引き起こすことが示されている」。

研究者は、治療を受けた6人の女性について、実験室内で反応性TILを採取し、大量に増殖させた。その後、静脈内注射にて免疫細胞をそれぞれの患者に戻した。今回新たに導入するT細胞の不活性化を予防するため投与前に免疫チェックポイント阻害薬であるキイトルーダ(販売名:ペムブロリズマブ)をすべての患者に4回投与した。

治療後、6人の女性のうち3人に腫瘍の縮小が認められた。1人は2018年の試験で最初に報告された女性であり、現在も無がん状態を維持している。他の2人は、それぞれ6カ月後に52%、10カ月後に69%の腫瘍縮小が認められた。しかし、一部の病変は再発し外科的に切除された。現在、この2人の女性はTIL治療後、それぞれ約5年、約3.5年経過してもがんが確認されていない。

研究者は、一部の早期乳がんに対して承認されているペムブロリズマブの使用は、TIL治療の転帰への影響について不確実性を高める可能性があることを認識している。しかし、このようなチェックポイント阻害薬単独の治療では、ホルモン受容体陽性転移乳がん患者における腫瘍の縮小は持続しないと述べた。

Rosenberg博士は、今年初めに予定されている細胞治療専門の新たな施設の開設により、博士らは進行中の臨床試験の一環として、より多くの転移乳がん患者の治療を開始できると述べた。また、この新しい免疫療法のアプローチは他の種類のがん患者にも適用できる可能性があると述べた。

「患者自身のリンパ球を薬剤として用い、そのがん特有の変異を標的にして治療を行います」と、Rosenberg博士は述べた。「これは高度な個別化医療です」。

翻訳担当者 三宅久美子

監修 下村昭彦(乳腺・腫瘍内科/国立国際医療研究センター乳腺腫瘍内科)

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