ボトックスが胃癌治療に有効な可能性

英国医療サービス(NHS)      

2014年8月21日木曜日                                                                                                      

マウスを用いた試験で、ボトックスが胃への神経信号を遮断することで胃癌の増殖を遅らせる可能性があることが認められ、「ボトックスは癌と闘う役割を持つ可能性がある」とBBCニュースは報道している。ボツリヌス毒素の略称であるボトックスは神経信号を遮断することができる強力な神経毒のひとつである。

研究者らは、加齢により胃癌を発症するように設定された遺伝子組み換えマウスを調査した。

その結果、ボトックスを注射されたマウスは癌の増殖速度の低下や初期段階で癌の発生を予防しており、生存率が改善されたことが認められた。

迷走神経切離術と呼ばれる手術で胃への神経支配を遮断することで同様の効果が認められた。

すでに胃癌を発症していたマウスでは、ボトックス注射は、化学療法と併用した場合に癌の増殖を減少させ、生存率を改善させた。

ヒト胃癌サンプルを用いたその後の研究で、神経が腫瘍増殖に関与しているという結果が認められた。

この治療が有効であるか否かを確認するため、ノルウェーでは、このような治療法の安全性の判定、試験で何人治療する必要があるか算出を目的とした初期相のヒト試験を現在実施中である。

研究の由来

本研究は、トロンヘイムのノルウェー科学技術大学、ニューヨークのColumbia University College of Physicians and Surgeons、ボストン、ドイツ、日本の大学および研究所の研究者らによって実施された。

ノルウェー研究審議会、ノルウェー科学技術大学、セント・オラフ大学病院、Central Norway Regional Health Authority、米国国立衛生研究所、Clyde Wu Family Foundation、三越厚生事業団、日本学術振興会海外特別研究員、上原記念生命科学財団、第7次欧州研究・技術開発フレームワーク計画、Max Eder Program of the Deutsche Krebshilfe 、およびドイツ研究振興協会より資金提供を受けた。 

本研究は 論文審査のある医学誌Science Translational Medicine誌で発表された。

この有望な治療法が未だ利用できず、その可能性を評価するには数年掛かる見込みであることを明確にすべく、英国メディアによって本研究が正確に報告された。

研究の種類

本研究はマウスを用いた研究およびヒト組織サンプルの試験をまとめたものであった。これまでの研究では、迷走神経切離術という術式において、胃(迷走神経)への主要な神経を切離することで、胃壁厚を縮小させ、細胞分裂を減少させることが認められていた。

他の調査研究では、迷走神経切離術を受けた人は10~20年後に胃癌を発症するリスクが50%減少していたことが認められた。研究者らは、この神経を標的とすることで胃癌の増殖が減少するか確認したいと考えた。

 研究内容

月齢12カ月までに胃癌を発症するように設定された遺伝子組み換えマウスを対象に、神経の密度と胃癌との関連性があるか否かを検討する試験を実施した。

4種類の手術のうちいずれか1種類の手術を月齢6カ月の遺伝子組み換えマウス107匹の迷走神経に施行し、この手術によって胃癌の発生に差が生じるか確認した。手術とは次のいずれかであった。 

・擬似手術

・幽門形成術(PP)-胃出口の幽門輪を拡張することで胃が食物をより容易に空にできるようにする手術

・幽門形成術を伴う両側迷走神経切離術(VTPP)-迷走神経の両側を切離し、幽門輪を拡張する

・前方一側迷走神経切離術(UVT)-走神経の前枝のみの切離

その後研究者らは、前方迷走神経(前枝)に注射するボトックス法を月齢6カ月の別の群のマウスに施行し、本治療法によって胃癌の発生が減少するか否かを検討した。

神経の切離または神経への注射によって胃癌発症後にどのような作用があるかを確認するため、研究者らは、月齢8、10、12カ月のマウスにUVTを施行し、本処置を受けなかったマウスの生存率と比較した。

また、月齢12カ月の胃癌のマウスにボトックスを注射し、その後の癌の増殖を観察した。

研究者らは、生理食塩水と化学療法、ボトックスと化学療法、およびUVTと化学療法の併用についても生存率を比較した。

その後、胃癌の手術を受けた137人のヒト胃癌サンプルを調査し、癌部の神経にどの程度活性が見られるか正常組織と比較した。

既に胃癌の手術を受けていたがその後胃底部に胃癌を発症した37人の組織サンプルとも比較したところ、迷走神経は、これらの患者のうち13人が切離されていた。

結果

遺伝子組み換えマウスのほとんどは、神経の密度が最大であった部位の胃に胃癌を発症した。

迷走神経を切離することで腫瘍の発生を減少させることができた。

術後6カ月目に腫瘍が確認されたマウスの割合は、

・擬似手術後は78%

・PP後は86%

・VTPP後は17%

・UVT後、胃の前壁(神経が切離されていた部位)は14%、後壁(迷走神経が未処 理であった部  位)は76%

前方迷走神経にボトックス注射を受けたマウスは6カ月後も胃癌を発症していたが、胃の前壁の腫瘍のサイズや癌細胞の分裂数は後部の半分に満たなかった。

すでに胃癌を発症していたマウスでは、18カ月までの標準生存率は53%であったが、この生存率は UVTによって上昇した。

UVT を8カ月時に施行した場合は71%

・UVTを10カ月時に施行した場合は64%

UVTを12カ月時に施行した場合は67%

マウスの胃腫瘍内へのボトックス注射により腫瘍の増殖が約半分まで減少した。ボトックスと化学療法との併用は、化学療法のみと比較して、UVTと化学療法との併用と同等にマウスの生存率を改善させた。

ヒトサンプルでは、癌部の組織に正常組織と比較して神経活性増加の徴候が認められ、進行性腫瘍ではより高い率で認められた。

迷走神経切離術を施行されなかった24人全員が胃底部、ならびに残存した胃の前壁および後壁に胃癌を発症した。迷走神経切離術を施行された13人中1人だけが胃の前壁または後壁に癌が発生したことから、腫瘍の発生にはこの神経が温存されていることが必要であると示唆された。

結果の解釈

研究者らは、「神経が癌の発生や進行に重要な役割を担っているという発見は、癌幹細胞に適した腫瘍微小環境の構成要素を明らかにする」と述べている。

「このデータは、他の治療法との併用することで、除神経やコリン作動性拮抗作用の概念を強力に裏付け、胃癌治療や他の固形悪性腫瘍治療の可能性に対して実行可能なアプローチを示すであろう」。

結論

これらの室内実験では、この神経が胃癌の発生および進行に関与していることを示すマウスの初期実験では、迷走神経の切離、あるいは迷走神経へのボトックス注射のいずれかにより神経支配を停止させることで生存率が改善し、癌の増殖が減少することが認められた。

本試験では、ボトックス注射はヒトには施行されなかった。しかし、2013年1月にノルウェーで手術不能の胃癌を有するヒトを対象に初期相臨床試験を開始しており、2016年の結果報告が期待されている。

この試験により、このような治療法の安全性が判定され、治療法が有効であるかを確認するための大規模な比較対照試験で治療が必要な人数が算出されるであろう。

胃癌のリスクは、喫煙者であれば禁煙し、食塩やパストラミなどの燻製肉の摂取を適量とすることで低減することができる。

胃癌は胃潰瘍の一般的な原因であるヘリコバクター・ピロリ菌への慢性感染との関連性もあるとされている。

もし消化不良や胃痛を持続的に起こしていることに気付いたら、総合診療医と連絡を取りアドバイスを受けるべきである。この症状はヘリコバクター・ピロリ感染症による可能性があり、治療は比較的容易である。

翻訳担当者 近藤 あゆ美

監修 畑 啓昭(消化器外科/京都医療センター)

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原文掲載日 

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