リンチ症候群、低用量アスピリンが大腸がんを予防

リンチ症候群、低用量アスピリンが大腸がんを予防

アスピリンは、世界で最も古く、そして最も一般的な薬剤のひとつであり、その歴史は古代にまでさかのぼる。アスピリンの主成分は、癒し効果があるとして何千年もの間利用されてきた柳の樹皮から最初に発見された。

しかし、アスピリンがもたらす最大の利益のひとつが明らかになり始めたのは、ごく最近のことである。この数十年間で研究者らは、このシンプルな家庭用鎮痛剤が、高リスク群の大腸がんを予防できるということを明らかにした。

そして今回、われわれStand Up To Cancerが資金提供したCaPP3試験で、アスピリンの最適用量がわかった。

わずか75〜100mgのアスピリンを毎日服用することで、大腸がんになりやすい遺伝性疾患であるリンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸癌症候群)の人々の大腸がんリスクを半減できることが、CaPP3試験の結果で示された。

この試験結果を受け、規制当局と医師は近々、リンチ症候群の人々に低用量アスピリンの具体的な処方を推奨できるようになり、より多くの人が大腸がんから守られることになるだろう。

少量でも効果はある

CaPP3試験は、その名が示すように、大腸 腺腫/がん予防プログラムの3番目の試験である。

われわれが資金提供したCaPP2試験では、1日600mgのアスピリンで、リンチ症候群に関連した大腸がんのリスクが半減することが初めて示された。しかしながら、この試験は最適用量を見出すために設計されたものではなく、600mgという用量は、他の長期疾患の管理に使われる用量よりもはるかに多い。すなわち、副作用のリスクが高くなるということであり、まれに胃内出血を引き起こすことがある。

その結果として、英国国立医療技術評価機構(NICE)は現在、リンチ症候群の人は毎日アスピリンを服用することを検討すべきであると勧告しているものの、処方する具体的な用量を医師に指示するには至っていない。

2016年に実施された調査では、毎日のアスピリン服用がリンチ症候群保因者を大腸がんから守るのに役立つことを、英国のかかりつけ医(GP)の半数以下(46.7%)しか知らないということも明らかとなった。

そのため、CaPP3試験は非常に重要となっている。CaPP3試験は、副作用のリスクを最小限に抑えつつがんを予防できるアスピリンの最適用量を特定するために設計されている。このアスピリンの最適用量に関する情報が、規制を変更するため、そしてかかりつけ医が大腸がんリスクを低減させるための薬剤の使用方法を理解する上で不足しているのである。

そこで、CaPP3試験では、リンチ症候群の1,879人が1日あたり100mg(2年後には75mgに減少)、300mgあるいは600mgのいずれかの用量のアスピリンを5年間にわたり服用した。

その結果、最低用量のアスピリンを服用していた人も、それよりも高用量のアスピリンを服用していた人と同様にがんになりにくいことが明らかとなった。

「30年の間、研究者らは、アスピリンを服用した人ではがんが少ないことを目の当たりにしてきました」と、この試験を率いたニューカッスル大学臨床遺伝学のJohn Burn教授は言う。「CaPP3試験の結果は、低用量のアスピリンで大腸がんは予防できることを示しており、副作用のリスクを最小限に抑えながら、リンチ症候群の人々の生命を保護できることが明らかとなった」。

この試験結果を踏まえBurn教授は彼のチームとともに、リンチ症候群患者のがん予防のために、全英の医師や薬剤師が使用する 「薬のバイブル 」である英国国民医薬品集に低用量アスピリンを収載するよう働きかけている。

「現在、リンチ症候群の人の4分の1しかアスピリンを服用していません」とBurn教授は言う。「あまりにも多くの人々が、がん予防という人生を変える可能性のある好機を逃しているのです」。

「われわれは現在、大腸がんのリスクが高い人々がアスピリンをより広く使用できるよう、処方ガイドラインを変更するために規制当局と連携しています。より多くのリンチ症候群の人々を守ることができる可能性があり、彼らの将来の大腸がんに対する不安を和らげることができるのです」。

Nickの話

ニューカッスルのゴスフォースに住む46歳の家具職人Nick Jamesは、CaPP3試験のおかげでアスピリンの恩恵にあずかっている一人である。

Nickは母親をがんで亡くした後、自分のがんリスクを知るために遺伝子検査を受けた。彼の家族の多くもがんと診断されていた。家系図をたどると、彼はあるパターンがあることに気づいた。このことは、彼がリンチ症候群であるという検査結果によって裏付けられた。

可能な限り早くにと、2014年にNickはCaPP3試験に登録した最初の人物となった。彼は試験中ずっと体調が良く、現在も毎日アスピリンを服用している。また、2年に1回、大腸内視鏡検査も受けている。

「リンチ症候群の原因である遺伝子異常があることがわかったときは、非常に気が重かったのですが、この試験に参加したことで、私や他の人のがんになる可能性を減らせるものがあるという希望が持てました」とNickは言う。

そして、Nickならではのことだが、彼は毎朝出勤するとき、その希望がどこから始まったのかを思い出す。

Nickは、ノーサンバーランドの小さな森で育てた柳の木を使って家具を作っている。偶然にも、彼の家具と彼の治療は同じ木を起源としている。

「アスピリンのような小さなものが、私の将来を大きく変える可能性があるという話は、とても興味深かったです」と、Nickは言う。「私は迷うことなく、この治験の門を最初に叩きました。私が木を使って仕事をしていること、そして天然のアスピリンの原料である柳の木に由来した治療を受けているということは、不思議な巡り合わせだと思います」。

リンチ症候群、Lynch Choicesプログラム および大腸がん予防

リンチ症候群は、体の中で最も根幹となる部分であるDNAの自己修復に悪影響を及ぼす。一部の細胞、特に大腸の細胞では、成長を制御するDNA(遺伝子)の部分に損傷が蓄積し、がんが発生しやすくなる。

生涯を通じて大腸がんと診断されるのは、リンチ症候群では男性の約70%、女性の約50%なのに対し、一般集団では男性の6%、女性の5%である。全体としてみると、毎年、英国で発症する大腸がんの約3%がリンチ症候群に起因すると推定されている。

「調査によると、最大で279人に1人がリンチ症候群の保因者ですが、約95%はそのことに気づいていません」と、NHS(英国民保険サービス)の遺伝カウンセラーであり、新たなウェブサイト Lynch Choices に携わったKelly Kohut氏は説明する。「リンチ症候群は、若くしてがんを発症するリスクを著しく高め、50%の確率で子供に遺伝します」。

サウサンプトン大学のチームによって開設された Lynch Choices では、リンチ症候群の人々が自分の状態を理解し、医師と協力して最も適切な治療を受けられるように、情報、アドバイスさらに実際の患者の体験談を提供している。

「NHSイングランドの国家変革プロジェクトでリンチ症候群の検査が改善され、より多くの保因者が特定される中で、私たちは、関連性があり、有意義で、できる限り関心をひく、分かりやすい患者向け情報源を確保したかったのです」と、Kohut氏は言う。

このサイトでは、リンチ症候群に関連した大腸がんのリスクを下げるための、アスピリンの服用方法や、予防的手術を受ける方法について解説している。また、25歳からの大腸検診の受診、がんの症状、食事と生活習慣についての情報も示されている。

「情報が不足しているため、人々は自分の意思決定においてサポートされていないと感じていることが、調査からわかりました」と、博士課程の一環としてこのサイトに貢献したKohut氏は説明する。「かかりつけ医にアスピリンについて尋ねたが、かかりつけ医はリンチ症候群について知らなかったと患者は報告している。ウェブサイト Lynch Choices には、アスピリンを服用するか否かを決める際に、自分にとって何が重要かを考える手助けとなる意思決定支援ツールがあります」。

CaPP3試験の結果によって、そのプロセスはより簡単になるはずである。さらに、オックスフォード大学の研究者らはわれわれの資金提供を受けて、同じように価値のある別のツールの開発に取り組んでいる。このLynchvaxプロジェクトでは、リンチ症候群に関連したがんの予防に向け、ワクチンの開発に取り組んでいる。

予防と早期発見研究の責任者であるDavid Crosby医師は、がんを未然に防ぐ可能性を秘めたこのような研究を、がん研究の 「聖杯」と呼んでいる。

「私たちは、CaPP3試験のような臨床試験によってがん予防へのアプローチ方法が変革する新たな時代にいるのです」と、Crosby医師は言う。「リンチ症候群の人々は、定期的に大腸内視鏡検査を受け、一生のうちに大腸がんを発症する可能性が高いという不安を抱えながら生活しています。アスピリンを毎日服用することで、このリスクを少なくとも半分に減らすことができ、不安を和らげることができるのです」。

  • 監修 東海林洋子(薬学博士)
  • 記事担当者 田村 克代
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  • 原文掲載日 2025/06/24

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