TP53変異陽性がんにトリフルリジン・チピラシルとタラゾパリブの併用は有望

研究者らは、TP53遺伝子に変異があるがん細胞を選択的に殺す薬剤組み合わせを特定した。その遺伝子変異は、大半の大腸がんや膵臓がんなど、あらゆるがん種の半数以上にみられる。

NCIが一部資金を提供している研究において、この2剤併用によってマウスのTP53変異陽性大腸腫瘍および膵臓腫瘍において増殖遅延が認められた。2薬剤はすでにそれぞれ単独でがん治療に使用されている。

TP53は、損傷したDNAの修復を調整し、有害となる可能性のある変異の増大を防ぐため、しばしば「ゲノムの番人」と呼ばれると、本研究共同責任者であるAndrei Bakin医学博士(ニューヨーク州、バッファロー、ロズウェルパーク総合がんセンター)は説明した。

TP53が欠損または変異しているがん細胞にはこの安全装置が欠如しているため、急速にDNAが変異し、増殖と転移が加速するとBakin博士は付け加えた。しかし、TP53変異は、TP53が正常である細胞ほど多くの DNA 損傷に対処できないため、がん細胞は不利な状況にもなる。DNA損傷が大きすぎると、多くの場合、細胞が死滅する。

本研究で検証された薬剤組み合わせは、その弱点を突くもので、 DNAに損傷を与えるトリフルリジン・チピラシル(販売名:ロンサーフ。旧名称:TAS-102)と、細胞がDNA切断を修復するのを妨げる PARP阻害薬と呼ばれる薬剤タラゾパリブ(販売名:タルゼンナ)を使用する。

この組み合わせは、副作用を増加させることなく、いずれかの薬剤単独よりもマウスのTP53変異陽性がん細胞の殺傷および腫瘍の縮小において効果が高いと研究者らは2月21日のCell Reports Medicine誌に報告した。

その研究結果に基づいて、研究チームは進行した大腸がんまたは胃食道がん患者を対象としたロンサーフとタラゾパリブの臨床試験を開始し、現在も進行中である。

研究共同責任者で同じくロズウェルパークのChristos Fountzilas医師は、「われわれは[この試験の]初回結果を今後数カ月以内に発表できればよいと思っている」と述べた。

p53を標的とする薬剤の欠如

TP53変異はほとんどのがんの増殖を促進するが、変異したp53タンパク質を標的とする FDA 承認の治療法はない。しかし、それは努力が足りないからではない。過去に研究者らが、実験室研究で TP53変異がんを縮小させる賢い戦略を考案した。

「しかし、彼らがそれらの着想を臨床試験に進めたところ、その可能性は最大限に発揮されなかった」と、NCIがん生物学部門のRon Johnson博士は述べる。Johnson氏は今回の研究には関与していない。

それにはたくさんの理由があり、その 1 つはがんにおけるTP53変異の多様性である、とJohnson氏は説明した。TP53には数百もの既知の変異が存在する。一部の変異はp53タンパク質を完全に不活化するが、他の変異はp53の正常な機能を剥ぎ取り、新たな機能を加える。 

「これらのさまざまな変異に対して広範囲に効果を及ぼす戦略を見つけるのは難しい」と彼は言う。

世界中の研究者によって、TP53変異がんを標的とするいくつかの新戦略の試験が進行中である。その中には、変異した p53 タンパク質の正常な機能を回復させる薬剤や、免疫細胞にTP53変異がん細胞を攻撃するよう仕向ける薬剤も含まれる。これらのアプローチのいくつかは現在臨床試験で検証されている。

しかし現時点では、通常のバイオマーカー検査で腫瘍にTP53変異が検出されても 、医師がその患者に施せる適切な標的療法はない、とFountzilas博士は言う。

タラゾパリブで強まるロンサーフの効果

ロンサーフは遠隔転移のある大腸がんに対して承認された治療薬である。しかし、ある研究から、TP53変異腫瘍では、TP53が正常である腫瘍の場合と比べてロンサーフの活性が著しく低いことが判明した、とFountzilas博士は指摘した。

本研究の研究者らは、TP53変異がんに対するロンサーフの効果を増強できないものかと考えた。

ロンサーフやチミジン類似体と呼ばれる他の薬剤は、DNAに切断を引き起こし、がん細胞の増殖を阻止する。細胞は DNA 損傷を修復しようとする際に、PARPと呼ばれる酵素グループに依存する。

本研究者らは、PARP阻害薬(PARP酵素の活性を阻害する薬剤)がロンサーフの効果を向上させる手段となるかもしれないと推論した。タラゾパリブやオラパリブ(販売名:リムパーザ)など、いくつかのPARP 阻害薬ががんの治療に使用されている。PARP阻害薬は、 TP53変異と同様にDNA修復を妨げるBRCA遺伝子変異があるがんの治療にしばしば使用される。

TP53を欠く結腸がん細胞、またはTP53変異がある膵臓がん細胞を実験用シャーレで増殖させる実験により、ロンサーフとタラゾパリブを併用すると、ロンサーフ単独よりも多くのがん細胞を死滅させるという研究チームの考えが裏付けられた。

研究室での実験では、タラゾパリブとロンサーフには相乗効果があることも示されており、併用の効果が各薬物単独での効果の合計よりも大きいことを意味する。

この相乗効果により、TP53変異がん細胞を殺すのに必要なロンサーフの量が減少したことが判明した。  

相乗効果は「薬剤併用になくてはならないものではありませんが、[研究室]研究で相乗効果がみられると、これは効果的な治療法であるかもしれないという感じがさらに強まります」とJohnson博士は説明した。

p53 変異腫瘍の増殖を遅らせる

研究チームがTP53が正常な大腸腫瘍を有するマウスでロンサーフとタラゾパリブの併用を試したところ、腫瘍の増殖と生存に対する効果は、いずれかの薬剤単独の場合とほぼ同じであった。 

しかし、 TP53変異陽性の大腸腫瘍または膵臓腫瘍を有するマウスでは、この併用により腫瘍の増殖が大幅に遅くなったのに対し、いずれかの薬剤単独では効果がないか、効果が非常に限定的であった。また、この併用は、いずれかの薬剤単独よりもはるかに多くのDNA損傷と細胞死を引き起こすようであった。 

結果として、薬剤を併用投与したTP53変異腫瘍マウスは、いずれかの薬剤を単独で投与したマウスよりも長生きした。そして、この薬剤併用は重大な副作用を引き起こさなかったようであった。

研究チームは、ロンサーフとオラパリブの併用でも同様の結果を確認した。

「毒性を増大させることなく相乗効果を達成することは、がん治療の究極の目標の 1 つです」とFountzilas博士は述べた。

しかし、「これらの化合物はどちらもDNA修復を妨げます」とJohnson博士は注意を促す。 「実験室研究から、正常な細胞は損傷に対処できることが示されていますが、臨床試験に進むにつれて懸念が生じる可能性があります」。 

これとは別に、ロンサーフとPARP阻害薬はいずれも血液細胞に損傷を与えることが知られており、まれに、PARP阻害薬が特定の種類の血液腫瘍を引き起こす可能性がある。

研究者らは今回の薬剤併用を大腸腫瘍または膵臓腫瘍のマウスでしか検証していないが、このアプローチはTP53変異を有する他のがん種にも有効である可能性があるとJohnson博士は述べた。 

TP53変異を有するさまざまな種類のがんに対して効果的な治療法があれば、「非常に強力なものとなるだろう」と同氏は述べた。 

その中には、 生まれつきTP53変異があり、特定のがんを発症するリスクが高いリ・フラウメニ症候群の人々も含まれる可能性があるとBakin博士は指摘した。 「私たちの研究は、これらの人々にも希望をもたらします」。

ロンサーフとタラゾパリブの臨床試験

現在進行中のロンサーフ+タラゾパリブ臨床試験の目標は、併用薬の最適用量を見つけて副作用を評価することである。Fountzilas博士は、試験のこの部分はTP53変異腫瘍患者に限定されるものではないと述べている。

試験の次の段階では、TP53変異大腸がん患者のみを対象として、治療により腫瘍が縮小するかどうかを判定する。初回結果が良好であれば、研究者らは試験対象者をTP53変異のある膵臓がん患者や乳がん患者まで拡大したいと考えている。

研究者らはまた、「誰がこの治療から(最大の)利益を得るのか」について知見を深めるために、臨床試験で得られたデータと資料を研究室に持ち帰っているとFountzilas博士は付け加えた。 

現在進行中のラボ研究では、本併用療法の効果を高めると思われるいくつかの遺伝子の発現レベルがすでに特定されている。別の実験により、ロンサーフ+タラゾパリブ併用の効果をさらに高める可能性のある追加の薬剤が特定されたとBakin博士は述べた。

  • 監訳 石井一夫(計算機統計学/公立諏訪東京理科大学工学部情報応用工学科)
  • 翻訳担当者 山田登志子
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  • 原文掲載日 2024/04/04

この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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