大腸がんに術後化学療法が必要かをctDNA検査で予測できる可能性

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

転移が始まった大腸がんに対する手術の後、多くの人はそのまま化学療法を受ける。この術後(アジュバント)治療の背景にある考え方は、がんが体内の他の場所で再発する可能性を減らし、結果的により多くの人のがんが治癒することである。

しかし、誰が本当にこの術後治療を必要としているか、誰が安全にこの治療を省略し、治療に伴う副作用を避けることができるか、それらを予測する方法はこれまでなかった。

新たな研究では、術後化学療法を必要としている人と、そうでない人を識別する有望な方法が示された。

この研究では、腫瘍から血液中に漏れ出た遺伝物質の断片、つまり血中循環腫瘍DNA(ctDNA)の存在によって、化学療法が有益となるかどうかを予測できる可能性があることがわかった。ctDNA陽性の患者のうち化学療法を受けた患者は、受けなかった患者よりも、がんが再発することなく長く生存した。

重要なポイントは、ctDNA検査が陰性の場合は、術直後に化学療法が不要だと思われる人が特定されたということである。つまり、化学療法によって再発せず長生きできたという証拠はなかったのである。

BESPOKE CRCと呼ばれるこの試験は、試験で使用されたctDNA検査を開発したNatera社から資金援助を受けており、1月20日、ASCO消化器がんシンポジウムで発表された。日本の研究チームがシンポジウムで発表した同じ検査を用いた別の研究結果でも、大腸がんにおけるctDNA検査の同様の有用性が示された。

この試験では、リキッドバイオプシーと呼ばれる検査でctDNAの測定を行ったが、患者が最初に治療を選択する時には実施していない。リキッドバイオプシーの結果は、患者とそのケアチームにフィードバックされ、その結果によって既に決めてある治療計画が変更となるかどうかを検証した、とBESPOKE CRC試験の代表研究者の一人であるワイル・コーネル医科大学のPashtoon Murtaza Kasi医師・理学修士は説明した。

しかし、ctDNAに基づいて術後化学療法の実施を決めることについて検討する現在進行中の臨床試験は、安全であり、実施が極めて妥当であることが、BESPOKE試験と日本の研究結果によって十分に裏付けられた、とKasi氏は述べた。

「(この種の大腸がんの)約60%は手術で治癒することがわかっています」「必要がないのに、こういった患者さんを化学療法やその副作用にさらしたくないのです」と、NCIがん治療・診断部門の消化器がん治療学特別顧問であるCarmen Allegra医師は述べる。

しかしctDNAは、術後さらに強力な治療により利益を得られる人や、実験的治療の臨床試験に参加したい人を特定できる可能性がある、とKasi氏は述べた。

2つのctDNA検査がすでに大腸がんの再発モニタリング用として販売されており、一部のクリニックでは使用されている。「問題は、その使い方がまだよくわかっていないことです」と、Allegra氏は言う。

ctDNA検査で陽性であっても、画像検査で再発した徴候がない場合、すぐに追加治療を開始するべきかどうかについては今のところ不明である、とAllegra氏は説明する。

患者の治療決定のためにctDNA検査の結果をどう利用するのが一番良いのか、それを解明するために必要な指針が現在進行中の臨床試験により得られることを期待したい、とAllegra氏は付け加えた。

隠れたがん細胞の徴候を追跡

ctDNAを測定するというリキッドバイオプシーの発想は新しいものではない。この技術は、がん患者をモニターし、一部のがんを症状が出る前に早期発見できる可能性があるとして、広く検証されてる。

このような技術は、治療決定の指針という点で、予後予測テストと治療効果予測テストの2つの用途が考えられる。予後予測テストでは、治療後にがんが再発する可能性を測定することができる。治療効果予測テストは、特定の治療がその人のがんに有効かどうかを知るのに役立つ。

これら2つの情報を組み合わせることで、大腸がんの治療をより適切に調整できる可能性がある。研究者たちは、ctDNA検査がこういった役割を果たすことを期待してきたが、予後や治療効果を予測する実際の能力は不明のままであった。

2020年に開始されて以来、Kasi氏が主導する研究チームは、約1,800人をBESPOKE CRC試験に登録した。 最初の参加者623人の結果は、2024年のASCOシンポジウムで発表された。

BESPOKE試験の参加者は全員、ステージ2またはステージ3の大腸がんであった。これらのステージでは、がんが結腸や直腸の壁の中、あるいは壁の外に広がっており、場合によっては近くのリンパ節に転移していることがあるが、体内の離れた部位には転移していない。

これは、参加者を無作為に異なるグループに割り付ける臨床試験ではなかった。参加者全員が手術を受け、ケアチームで決定した場合は化学療法を受けた。

試験参加者は、画像検査やCEAと呼ばれるタンパク質の血液検査などの標準的な再発モニタリングに加え、手術の1カ月後、その後1年間は3カ月ごと、その後は試験終了または再発まで6カ月ごとにctDNA検査を受けた。

化学療法の有用性に明らかな差

手術で摘出したがん細胞での顕微鏡で認められた異常の程度、あるいは、その他の危険因子に基づいて、623人の参加者のうち381人が手術の約3カ月後に化学療法を開始した。

化学療法を受けた参加者のうち85人は、ctDNA検査が少なくとも1回以上陽性であった。化学療法を受けた参加者のうち残りの296人は、ctDNA検査が陰性であった。

ctDNA検査が陽性の人にとって、化学療法は明らかに有益であった。病気が再発することなく生存した期間(無病生存期間)は、ctDNA検査陽性の患者で中央値がほぼ18カ月間であったが、ctDNA検査が陽性の患者で術後化学療法を受けなかった場合は、約7カ月だった。

しかし、ctDNA検査が陰性であった人には、化学療法による差異はみられなかった。測定可能なctDNAが認められなかった90%以上の人が、術後化学療法を受けたかどうかに関係なく、中央値で2年以上再発しなかった。

最初ctDNA検査が陰性であった500人以上の参加者のうち、最終的に陽性となったのは14人であった。こういった患者では、陰性のままであった患者よりも再発が多くみられた。しかし、術後15カ月までに、ctDNA陰性から陽性になる可能性は急激に低下した。

追跡調査中に他の臓器にがんが再発した患者101人のうち、40人は少数転移と呼ばれるものであった。これは、少数で、通常は小さな転移である。これらの腫瘍の大部分は、試験中、ctDNA検査によって最初に検出された、とKasi氏は説明した。

少数転移がみられる人では、転移部位の手術や放射線照射といった治療法を選択できる人もいる、と同氏は続ける。「(そのような治療が)生存率の向上に役立つことは、これまでの経験からわかっています。ですから、ctDNA(検査)は、このような手段によって利益を受ける可能性のある人を増やすのに役立つかもしれません」。

ctDNA検査について、患者はどう感じているか?

研究チームはまた、BESPOKE CRC試験の一環として、ctDNA検査が精神衛生にどのような影響を与えたか、つまり安心感をもたらしたか、あるいはストレスが増えたかについて、患者に尋ねた。

全体的に、参加者は検査に満足していると報告した。不安や抑うつのテストでは、陰性でも陽性でもスコアに差はみられなかった。ほぼ4分の3が、検査によって再発に対する不安が軽減されたと答えた。また、90%以上が今後も再発をチェックするためにctDNA検査を継続したいと回答した。

「これはおそらく、たとえ望んでいなかった検査結果であったとしても、情報を得ることによって自分が受けている治療に自信を持てる、ということだと思います」と、Kasi医師は語る。

ctDNA検査は最初から治療の指針となり得るか?

治療開始時に、ctDNA検査が治療の指針になるかどうかを検証する複数の試験が、現在進行中である。

初期の大腸がん患者を対象とした、こういった試験のうちの1つで、NCIが資金提供するNCI臨床試験ネットワークで実施されている試験では、術後にctDNA陽性であった患者を、標準的な化学療法レジメンを受ける群と、通常より強力な化学療法レジメンを受ける群に無作為に割り付けた。「この患者さんたちは、がんが再発する可能性が高いからです」とAllegra氏は説明する。

対照的に、ctDNA検査が陰性であった試験参加者は、術後経過観察のみを受けるか、標準的な化学療法を受けるかに無作為に割り付けられた。この試験結果によって、どのような人が術後化学療法を安全に省略できるか、より明確になることが期待される、と同氏は付け加えた。

BESPOKEの結果は、こういった臨床試験が安全であることを裏付けた、とKasi氏は説明する。

「この研究が数年前に計画された当時は、術後化学療法の指針としてctDNAの使用を検討することにさえ、多くの偏った意見がありました。BESPOKEの結果は、現在進行中の臨床試験の基盤となるものです」。

現時点で、BESPOKE試験の研究者たちは、参加者の追跡調査を続け、医師がctDNA検査の情報を使って都度治療方針を変更するかどうか、また、それが再発リスクに影響を与えたかどうかを調べていく予定である。

より良い治療の高まる必要性

ここで問題となるのは、ステージ2または3の大腸がん患者の約4分の1は、術後化学療法を行っても治癒しないという事実である、とAllegra氏は言う。標準的な治療をすべて受けたにも関わらず、血液中にctDNAが検出された場合、「その患者さんに何ができますか?」と、Allegra氏は問う。

このような状況で治療成績を改善する方法として、異なる化学療法薬の使用、二次化学療法の早期開始、特定の遺伝的特徴を持つ腫瘍に対する免疫療法、などが現在臨床試験で検討されている、とAllegra氏は説明した。

しかし、BESPOKE試験の患者報告アウトカムの結果は、たとえctDNA検査の結果が悪いものであったとしても、人は自分の身体で何が起こっているのかをできるだけ早く知りたがっていることを示唆している、とKasi氏は言う。そして、彼らは自分の将来のケアについて、皆で決定することを望んでいる、と同氏は付け加えた。

「ctDNA検査は、次に行う治療や臨床試験の選択肢を早めに検討すべきかどうかについて、有用な指針を与えてくれます」「また、画像で発見される6~9カ月前に(再発)がんを発見することもできます。  ctDNA検査は、私たちが持つツールボックスに不可欠なツールであり、これからも必要なものです」と、Kasi氏は述べた。

  • 監訳 泉谷昌志(消化器内科、がん生物学/東京大学医学部附属病院)
  • 翻訳担当者 平沢沙枝
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  • 原文掲載日 2024/02/28

この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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