メトホルミンが2型糖尿病女性における乳がんリスクに影響をおよぼす可能性

Annals of Oncology誌プレスリリース

44,541人の女性を対象にした研究により、全体的に、2型糖尿病と乳がん発症との間に関連性はないとみられることがわかった。ただし、この結果は、本研究に参加した2型糖尿病の女性の大多数がメトホルミンを服用していたことに起因する可能性が考えられる。メトホルミンは2型糖尿病の治療に広く使用される薬物であり、エストロゲン陽性(ER陽性)乳がん発症のリスクを減少させる働きを持つ可能性があるためである。

ER 陽性乳がん(細胞の表面にエストロゲンの受容体が発現するがん)は、米国で診断される乳がんの約80%を占める。本研究で明らかになった関連性から、2型糖尿病と乳がんとの関連は乳がんのタイプによって異なること、および糖尿病治療薬メトホルミンの使用によって影響を受けることが示唆される。本研究は本日(1月29日)、著名ながん専門誌Annals of Oncology誌[注1]に掲載される。

平均8年以上の追跡調査を行った本研究によって、2型糖尿病では、糖尿病でない女性と比較して、トリプルネガティブ乳がん(TNBC:エストロゲンとプロゲステロン両方のホルモン受容体およびHER2タンパク質を持たない乳がん) のリスクが40%増加することがわかった。一方、ER陽性乳がんのリスクの低下はわずか(8%)であった。これらの結果は統計的に有意ではない。

女性が受けた治療の種類別に調査したところ、メトホルミンで治療した2型糖尿病では、糖尿病でない女性と比較して、ER陽性乳がん発症のリスクが14%減少したが、ER陰性乳がん(エストロゲンのホルモン受容体を持たない乳がん)の発症リスクが25%増加した。これらの結果も統計的に有意ではない。しかし、メトホルミン投与群では、トリプルネガティブ乳がんを発症するリスクが統計的に有意に74%増加した。

本研究を指導した米国国立衛生研究所(NIH)の国立環境衛生科学研究所(NIEHS)疫学支部長、Dale Sandler教授は言う。「2型糖尿病に15年以上罹患していることと、ER陽性乳がんのリスクが39%減少することの間にも関連がありそうだということがわかりましたが、これはメトホルミンの長期使用に起因する可能性が高いと考えています。メトホルミンを10年以上使用していた2型糖尿病の女性は、糖尿病でない女性と比較して、ER陽性乳がん発症のリスクが38%減少することがわかりました」。

「考え合わせると、2型糖尿病は乳がん発症のリスクを高める可能性がある一方で、メトホルミンの服用は乳がんの中で最も一般的なタイプであるER陽性乳がんの発症を予防する可能性がある、ということが示唆されます。メトホルミンにはER陰性乳がんやトリプルネガティブ乳がんに対する予防作用はないようです。トリプルネガティブ乳がんのリスクが増加する原因が、メトホルミンが2型糖尿病の悪影響を防御しないからなのか、あるいはメトホルミンの使用がトリプルネガティブ乳がんを引き起こす可能性があるからなのか、はっきりとは言えません。メトホルミンがトリプルネガティブ乳がんの原因であることを裏付ける作用機序のデータがないので、前者の方が可能性が高いと考えられます」。

研究者らはまた、研究に参加した後に2型糖尿病を発症した女性のうち、メトホルミン以外の薬物で治療を受けた女性は、糖尿病ではない女性と比較して、いずれかのタイプの乳がんを発症するリスクが2倍、ER陽性乳がんを発症するリスクが2.6倍であったことを発見した。ただし、この群の人数は少なく、いずれかのタイプの乳がんを発症したのは13人のみであるので、この結果の扱いには注意が必要である。

以前の研究では、2型糖尿病の女性における乳がんリスクの増加が報告されていたが、より最近の研究やメトホルミンと乳がんの関連性についての研究ではこれに相反する証拠が示されている。今回の研究では、2003年から2009年にかけて米国およびプエルトリコの女性を対象として行われたSister Studyで得られたデータを、2017年末までの追跡データ(その後も女性に対する追跡調査は継続している)も用いて分析した。女性は登録時35~74歳で、乳がんの既往歴はないが、乳がんと診断された女性の姉妹または異父(異母)姉妹であった。女性は毎年健康状態を更新し、3年ごとに追跡質問票に回答した。

本研究の筆頭著者で、研究が行われた当時は米国国立衛生研究所の国立環境衛生科学研究所で博士研究員をしていたYong-Moon Mark Park博士(現在は米国アーカンソー医科大学助教)は言う。「2型糖尿病の影響とメトホルミン使用の影響を切り離そうと試みたのは、われわれの研究がはじめてです。原因が異なりうる乳がんのタイプごとのデータを得ることによって結論にいたりました。しかしながら、特にトリプルネガティブ乳がんに関するものなど、少数のサンプルに基づく研究結果もあることに留意しなければなりません。研究を繰り返して同様の結果を得る必要があるでしょう。トリプルネガティブ乳がんのリスクが明らかに増加するのは、メトホルミンが原因なのか、あるいはメトホルミンの効能による2型糖尿病への防御作用がないことによるものなのかを解明するにはさらなる研究が必要です」。

メトホルミンが乳がんリスクを減少させうるメカニズムとして考えられるのは、以下のとおりである。まず、メトホルミンはインスリン感受性を改善し体内を循環するインスリンおよびインスリン様成長因子の量を減らすことにより高いインスリン濃度を是正するが、この成長因子ががん細胞内の細胞シグナルを活性化する可能性がある。また、メトホルミンが、がん細胞の増殖に関わる経路を阻害するアデノシン一リン酸活性化プロテインキナーゼ(AMPK)という酵素を活性化することより乳がんの増殖を遅らせる可能性や、メトホルミンが、乳がんの発症や進行に関与するエストロゲン受容体を阻害することによりER陽性乳がんのリスクを低減する可能性がある。

この研究の長所は、前向きな研究デザイン、対象の女性群が大規模であること、および高い追跡率(90%)である。また短所は以下の点である。すなわち、研究者が、乳がんリスクに影響を与える可能性がある血糖コントロールや2型糖尿病の進行または改善を考慮することができなかったこと、非常に多くの女性が長年にわたってメトホルミンを処方され使用していたために薬物による影響から糖尿病による影響を切り離すことが困難であったこと、およびメトホルミンの投与量に関する情報がなかったこと。メトホルミン投与量は糖尿病の重症度や期間を反映し、メトホルミンに防御作用があるとすればその度合いに関与しうるものである。

[注2]の論説において、西オンタリオ大学のAna Lohmann博士とカナダトロント大学のPamela Goodwin博士は、次のように述べている。「44,541人の参加者がいるにもかかわらず、2型糖尿病の女性で乳がんと診断された人は277人のみであり、そのうちトリプルネガティブ乳がんは25人である。メトホルミンを服用していたのは、それぞれ177人と20人である。メトホルミン投与群(n=20)における2型糖尿病とトリプルネガティブ乳がんリスクとの有意な関連性は、偶然、または制御されていないバイアスや交絡因子の結果である可能性がある」。

「Park博士の報告は、これまで得られてきた2型糖尿病およびその治療と乳がんリスクとを関連づける証拠を増強するものだが、今のところこれらの関連性に関する決定的な結論にはいたっていない。明らかに、この領域は重要であり、2型糖尿病およびその治療と乳がんリスクとの、相互に関連した複雑な関連性を解き明かすにはさらなる研究が必要である。・・・時間をかけて、諸研究間での関連性の一致を求めるべきであり、明らかにされた関連性の生物学的妥当性を確立すべきである」と結んでいる。

注1)“A prospective study of type 2 diabetes, metformin use, and risk of breast cancer” Y.-M. M. Park他著 Annals of Oncology誌https://doi.org/10.1016/j.annonc.2020.12.008

注2. )Diabetes, metformin and breast cancer: a tangled web” A.E. Lohmann、P.J. Goodwin著 Annals of Oncology誌https://doi.org/10.1016/j.annonc.2020.12.014

注3.)本研究の分析では時間の経過とともに変化する諸影響について検討しているので、研究者らは、絶対的なリスクを算出して研究結果を得る簡単な方法はないと述べている。

翻訳担当者 奥山浩子

監修 下村昭彦(乳腺・腫瘍内科/国立国際医療研究センター 乳腺腫瘍内科)

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