より少ない組織を使用した腫瘍タンパク質と遺伝子の新しい解析法

腫瘍の遺伝子変化を解析することは、患者が特定の標的治療の候補であるかどうかなどの重要な情報を提供することができ、増え続けるがんの治療の重要な側面である。しかし、腫瘍生物学者は、腫瘍がどのように機能するかを理解するために、腫瘍細胞内のタンパク質に関するより詳細な情報など、DNAの変化を超えて多岐にわたる情報を総合的に判断できるようになってきた。

現在、研究者は、以前に可能であったよりもはるかに少ない量の組織で行える複合的分子解析を開発した。この「微量サンプル」アプローチを使用して、一部の乳がんの女性が標的治療によく反応し、他の女性が反応しなかった理由を発見することができた。

このアプローチは、プロテオミクスとして知られている腫瘍内のタンパク質の解析で、がん治療に投入するための一歩になる可能性がある、と信じられている。これまで、プロテオミクス解析では、すぐに臨床的に使用するにしては、多くの組織が必要だったが、この研究では、単回のコア針生検で得られた組織の量で、腫瘍のタンパク質プロファイルとその遺伝子変化を十分に解析することができた。

ベイラー医科大学とブロード研究所の研究チームは、HER2陽性乳がんの女性14人において、治療開始前後で採取したコア針生検サンプルにより、これらの女性のうち5人はHER2標的治療薬に反応せず、他の9人は反応した理由を説明することができた。

NCIが支援する研究の結果が、1月27日にNature Communications誌で発表された。

「これは非常に興味深いアプローチだ」とスタンフォード大学医療センターの乳がん専門医であるGeorge Sledge医学博士はコメントしている。彼は、特に複数の医療センターにまたがる大規模な患者グループで検証されるなら、このアプローチは広範な乳がんコミュニティから関心を集めるだろうと予想している。

ゲノムの最終到達点

がんはよくゲノムの病気として表現される。つまり、がんはDNAの変化によって引き起こされる。ゲノムはタンパク質を作るための指令を出し、細胞の成長を制御するのはタンパク質であり、一般的に高精度な薬剤の標的である。

「タンパク質は、がん細胞を含む細胞のほぼすべての主要な機能にかかわる最終到達点である」とブロード研究所のプロテオミクス研究のシニアディレクターであるスティーブン・カー博士は述べている。しかし、臨床現場で行える検査で、タンパク質とその挙動に影響を与える化学変化を、総合的に測定する方法はなかった。

多くの種類の遺伝子検査がすでに診療所で使用されている。たとえば、多くの標的治療には、「コンパニオン診断」と呼ばれるものがあり、これらの薬が作用する腫瘍の特異的な遺伝子変化を特定するために承認されている。また、米国食品医薬品局は、より包括的なゲノムアッセイを承認しており、Sledge博士は、転移性がんの解析にますます使用されていると述べた。

「薬物の大部分はタンパク質を標的としている。標的とする分子を直接解析することが、薬物が有効かどうかを判断する最も効果的な方法だ。」とNCIのがん臨床プロテオミクス研究局(OCCPR)のディレクターであるHenry Rodriguez博士は述べている。OCCPRは、ベイラーおよびブロードチームがメンバーとなっている臨床プロテオーム腫瘍解析コンソーシアムを監督している。

「微量サンプルプロテオゲノミクスパイプライン」の開発

「これまで、プロテオゲノミクスとして知られるタンパク質と遺伝子変化の共同解析には、手術中に摘出された“10セントサイズ(訳注:約2㎝)の腫瘍”が必要だった」とベイラーのLester and Sue Smith Breast CenterのMatthew Ellis医学博士は説明している。

対照的にコア針生検は、診断をして最初の治療方針を示すために、患者の治療において、手術よりも前の外来患者の段階で実施される。コア針生検で採取される組織の量は、手術中に除去される組織よりもはるかに少ないため、ブロードおよびベイラーの研究者は、これらのはるかに小さいサンプルから同様の情報を取得する技術を開発した。

「手術時の検体のプロテオゲノミクス解析を行う場合、組織は通常凍結され、その後粉末に粉砕されるため、DNA、RNA、タンパク質の分析に均一な材料を使用できる」、とブロード研究所のShankha Satpathy博士らは述べている。「しかし、コア針生検では、このアプローチをとるのに十分な組織量が得られない。代わりに、均一なサンプルを分析するために、針生検組織を薄くスライスして、スライスを均一に混合するためにシャッフルした」。

非常に少ない材料から可能な限り多くの情報を得られるようにするため、DNAとタンパク質の両方を同時に抽出し、検出しやすくするためにラベル化し、質量分析計と呼ばれる装置で分析した。また、サンプル間の正確な比較を可能にする方法でタンパク質サンプルを組み合わせた。

プロテオゲノミクス解析は、臨床診療で有効に用いるために、時間と組織を効率的に使用する必要がある。「現在、ゲノム解析には2~3週間かかる。」とSledge博士は述べている。待ち時間は患者にとって苦痛になる可能性があるが、「より明確な情報と治療オプションの微妙な見識が得られるなら、待ち時間にも意味がある」という。

Carr博士は、これらのプロテオゲノミクス技術がさらに発展すれば、ゲノミクス単独と同様の時間でゲノムおよびプロテオミクスの結果が得られることを期待していると述べた。

概念実証:HER2陽性乳がん

プロテオゲノミクス解析の再構築されたアプローチが実際の状況でどのように使用できるかを確認するために、HER2タンパク質に結合することにより、それらが機能しないようにする作用を持つ抗体であるトラスツズマブ(ハーセプチン)で治療を受けているHER2陽性乳がんと診断された女性の腫瘍サンプルで試験を行った。

「HER2陽性乳がんと診断された患者の少なくとも5分の1がトラスツズマブに適切に反応しない。」とEllis博士は説明した。「これらの患者がどのような患者かを把握できれば、非常に価値がある。トラスツズマブは高価であり、重篤な副作用を引き起こす可能性がある。さらに、患者に反応しない薬物を与えることにより、より効果的な治療法の使用が遅れる」と付け加えた。

HER2陽性乳がんの少数の女性から、治療前とトラスツズマブ治療開始後48~72時間の両方で採取したコア針生検サンプルを分析した。プロテオゲノミクス解析により、一部の患者が薬物に反応し、他の患者が反応しなかった理由を説明できることが明らかになった。

また、治療に反応した9人の患者全員で、治療前より治療開始後のHER2タンパク質の活性レベルが低いことが判明した。反応しなかった5人の患者におけるプロテオゲノミクスは、反応しない理由に関する重要な手がかりを提供した。「例として、2つのケースでは、腫瘍細胞はHER2増幅がみられたが、HER2タンパク質の発現が低く、臨床検査が偽陽性であったことが示唆された」とSatpathy博士は説明した。

別の患者の腫瘍は高レベルのHER2を発現していたが、ムチンの過剰発現もみられた。ムチンはタンパク質であり、細胞表面を覆い、トラスツズマブががん細胞のHER2に結合するのをブロックする可能性がある。

それらの患者の腫瘍をさらに分析すると、mTORと呼ばれるタンパク質の活性の上昇が示された。乳がん細胞の検査により、ムチンおよびHER2タンパク質の過剰発現がみとめられ、トラスツズマブとmTORを標的とする薬剤であるエベロリムス(アフィニトール)を組み合わせて、細胞を死滅させることに成功した。

「標的治療の時代では、治療が正しい選択であり、効果的であることを知ることが重要だ」とEllis博士は述べた。

「これらのデータはHER2陽性集団のものだが、このプロテオゲノミクス解析アプローチを他の母集団に適用できない理由はない。トリプルネガティブ乳がんや潜在的には他のがん種に対しても」とSledge博士は述べた。

翻訳担当者 古屋千恵

監修 尾崎由記範(臨床腫瘍科/虎の門病院)

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