乳がん治験薬エンドキシフェン、NCIの支援により研究室から臨床現場へ
Matthew Goetz, M.D.
成功を収めたがん研究に関する多くの物語は、研究に対する好奇心、実験の繰り返し、他の研究者との協力、および研究に対する粘り強さという一連の物語をたどる。乳がん治験薬であるエンドキシフェンの開発も同様である。
多くの研究進展と同様に、エンドキシフェンに関する物語は研究機関が進展させた興味深い基礎研究での発見に端を発し、最終的に臨床試験に発展した。
しかし、エンドキシフェンの研究の進展、および他の多くのがん研究計画の進展は、ある重要な要素に左右された。つまり米国国立がん研究所(NCI)ならびに他の政府機関、非営利団体、および慈善団体による支援がなければ、エンドキシフェンの開発は可能ではなかったであろう。
エンドキシフェンに関する物語は、2000年代初頭に抗エストロゲン薬タモキシフェン(ノルバデックス錠)を投与されている乳がん女性患者に関する遺伝学研究と共に始まった。こうした遺伝学研究の構想は2017年までの間に進展し、エンドキシフェンに関する第1相試験から有望な結果が8月30日に発表され、第2相試験も終了間近である。
タモキシフェンから学ぶ
タモキシフェンはエストロゲンの受容体(estrogen receptor:ER)への結合を阻害することで、乳がん細胞の増殖を抑制する。多数のER陽性乳がん患者はタモキシフェンの投与を受けており、この治療法により全世界で50万人の患者の生命が救われていると推定される。
しかし、患者間でタモキシフェンの効果にばらつきが認められ、ER陽性乳がん患者の約3分の1に対しては効果が認められない。
こうしたばらつきには、いくつかの原因が存在する可能性があるが、10年以上前にメイヨー・クリニックの本研究チームは、タモキシフェンが体内で代謝される機序が要因の一つであるという仮説を立てた。
タモキシフェンはERにゆるく結合するだけであるが、体内で代謝されて、より強い抗腫瘍活性を得る。この代謝は肝臓内で起こり、そこでCYP2D6と呼ばれる酵素を含む一連の酵素群がタモキシフェンを化学修飾し、他の化合物に変換させる。これらの化合物の2つ、エンドキシフェンと4-ヒドロキシタモキシフェンは、タモキシフェンより最大100倍の強さでエストロゲンを阻害する。
CYP2D6遺伝子において高頻度で認められる遺伝子変異(遺伝子多型と呼ばれる)が100例以上同定されており、一部のこうした変異はCYP2D6の活性を低下させる。とはいえ、本研究チームがこの研究計画に着手した当時は、タモキシフェンの効果に関わるこのような遺伝子変異の影響は解明されていなかった。
当時、David Flockhart医学博士(インディアナ大学)主導の研究チームは、タモキシフェンの投与を受ける患者のうち、(低活性の遺伝子多型を有する、または阻害薬を服用しているために)CYP2D6の酵素活性が低い患者は、酵素活性が正常な患者と比較して、エンドキシフェンの血中濃度が低いことを明らかにした。
2005年、NCI助成金による資金提供を受け、私たちはFlockhart氏らと共同で、NCIが資金提供したタモキシフェンの臨床試験への参加歴がある患者223人を対象にCYP2D6遺伝子多型を解析した。CYP2D6の活性が低い遺伝子多型を有する患者は、CYP2D6活性が正常な患者と比較して、タモキシフェンによる治療の後に再発する可能性が高いことがわかった。
NCIによる追加の資金提供により、私たちは、乳がん患者1,325人を対象とした2回目の研究、および、国際タモキシフェン薬理遺伝学コンソーシアム内でのメタ解析によってこれらの知見を検証した。
私たちは後に、エンドキシフェンはタモキシフェンの抗腫瘍効果に不可欠であることを見出した。例えば、私たちの非臨床試験では、(CYP2D6の活性が高い患者で得られたときのように)エンドキシフェン濃度が高いと、(CYP2D6 の活性が低い患者で認められたときのように)エンドキシフェン濃度が低いときと比較して、乳がん細胞の増殖が著しく抑制された。
同様に、別の研究チームは、NCI-60ヒトがん細胞株スクリーンにおいて、エンドキシフェンが乳がん細胞株6株中5株の増殖を抑制したことを突き止めた。また、エンドキシフェンがマウスの体内でヒト乳腺腫瘍の増殖を抑制することも見出した。
こうした科学的根拠から、CYP2D6の活性が低い一部の女性患者ではエンドキシフェン産生量が少ないため、タモキシフェンの効果が低い可能性が判明した。そこで、タモキシフェンの代わりにエンドキシフェンを使用して患者を治療することで、CYP2D6を完全に迂回できたらどうなるかと私たちは考えた。
こうした着想を検討するために、本研究チームの研究者らは動物実験で、エンドキシフェンの薬物動態、すなわち、その吸収、分布、および排泄の過程を検討した。エンドキシフェンにはこうした評価により、良好な薬物プロファイルが認められ、薬剤候補になる可能性が高くなった。
こうした多くの非臨床試験に関して、本研究チームは特定優良研究プログラム(Specialized Programs of Research Excellence:SPORE)助成金(迅速に基礎科学的発見を臨床応用に橋渡しをするよう策定されたNCIによるプログラム)による支援を受けた。Igor Kuzmin博士(NCI橋渡し研究プログラム長で、メイヨー・クリニック乳がんSPOREを運営)は、エンドキシフェンに関する研究計画を小さな着想から、有望な薬剤候補に導く手助けをした。
エンドキシフェンの臨床試験への移行
次の段階は、ヒトに対して投与可能なエンドキシフェン製剤の開発であった。とはいえ、その化学構造はすでに広く知られており、製薬企業はその製剤の開発にあまり関心を示さなかった。
しかし、NCIはエンドキシフェン製剤の開発に再び関与できる立場にあった。がん研究の支援という幅広い使命の一部として、NCIは独自に商品化しにくい有望な新規治療法や新薬を開発する資格を有する。
NCIはエンドキシフェンが乳がんの治療薬における重要な隙間を満たす可能性に気付いた。また、Jerry Collins博士主導のNCI創薬プログラムの支援により、エンドキシフェンはヒト用医薬品として、合成され製剤化された。それと同時に、メイヨー・クリニックとNCIの研究者らはさらにエンドキシフェンの安全性をより大規模で頑健な非臨床試験で評価した。
こうした非臨床試験の有望な結果により、臨床試験が開始できるよう、NCIはエンドキシフェンの新薬臨床試験開始届を米国食品医薬品局(FDA)に提出した。
NCIのがん治療評価プログラムと臨床試験プログラムを介して、メイヨー・クリニックとNCIは、2011年にアロマターゼ阻害剤とタモキシフェンによる治療後に腫瘍が進行した転移性乳がん患者を対象にして、エンドキシフェンに関する最初の第1相試験に着手した。
私たちが関与した臨床試験の中の1件で、私たちは患者のCYP2D6の活性に非依存的に、望ましいエンドキシフェン濃度に到達するという主要目標を達成した。加えて、タモキシフェン、アロマターゼ阻害剤、およびER阻害剤フルベストラント(フェソロデックス)を使用しても腫瘍が進行した患者に対しても、エンドキシフェンが有望な抗腫瘍活性を有することを認めた。
2015年、私たちは乳がん患者におけるエンドキシフェンとタモキシフェンの作用を比較するランダム化第2相試験に着手した。なお、その結果は2018年前半に発表予定である。なお、この臨床試験はNCIがん治療評価プログラムによる出資を受け、がん臨床試験同盟(NCIが資金提供する臨床試験団体の1つ)により実施される。
必要とされる治療選択肢
毎年タモキシフェン不応性ER陽性乳がんと診断される女性の5%~20%に対して、より有効な治療選択肢の要望があり、直接エンドキシフェンを用いる治療がこれらの要望に応える可能性がある。
エンドキシフェンがこれらの臨床試験で有望な結果を示す場合、NCIはパートナーとなる製薬企業と共同で、製剤を大規模で製造し、その治験薬にてFDAによる承認に必要な大規模臨床試験を行う可能性がある。承認されると、遺伝子検査がタモキシフェン療法やエンドキシフェン療法の有効性が最も高い(または低い)患者を特定できる可能性がある。
エンドキシフェンに関するこの物語の結末は未だに不明である。医薬品開発は費用と時間がかかる。また、厳格に多くの臨床試験で検証されるまで、ある薬剤が患者に対して有効かどうかを確認する方法はない。
しかしながら、James Ingle医師、Matthew Ames博士、Joel Reid博士、Thomas Spelsberg博士、およびJohn Hawse博士を含むメイヨー・クリニックの本研究チームによる献身と参加意欲、ならびに、NCIによる継続的な支援がなければ、この有望とされる治療法は決して開発されなかったであろうということは明白である。私は、共にここまで来た、エンドキシフェンに関する物語に感謝している。また、本研究チームの努力が最終的に患者にとって有益な結果をもたらすことを望んでいる。
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