妊娠歴と乳がんリスク

妊娠と乳がんリスクに関係はあるか

さまざまな研究により、女性の乳がん発症のリスクは、卵巣で分泌されるホルモン(内在性のエストロゲンおよびプロゲステロン)への暴露と関連することが示されている。卵巣ホルモンへの暴露期間やホルモン値を上げる生殖因子は、細胞の成長を刺激するため、乳がんリスクの上昇と関連性があるとされてきた。これらの因子には早い初潮、晩い閉経、遅い初回妊娠および出産の経験がないことが含まれる。

妊娠と授乳により、女性の生涯の月経回数が減るため、内在性のホルモンへの累積暴露量が減少する。さらに、妊娠と授乳は乳房の細胞に直接影響を与え、分化または熟成し、乳汁を産生する。分化したこれらの細胞は分化していない細胞と比較して、細胞のがん化が起こりにくいと仮定する研究者もいる。

妊娠関連因子は乳がんリスクの低下と関連しているか

 いくつかの妊娠関連因子は、後年の乳がん発症のリスク低下に関連するとされている。それらの因子には以下のものが含まれる。

・若年での初回の正期産

若年で初回の正期産を経験した女性は後年の乳がん発症のリスクが低下する。例えば、20歳以前に初回の正期産を経験した女性は、乳がん発症のリスクが30歳以降に初回の正期産を経験した女性の約半分である。このリスク低下はホルモン受容体陽性乳がんに限られる。初回の正期産の年齢は、ホルモン受容体陰性乳がんには影響しないようである。

・出産経験数

乳がんリスクは出産した子供の人数に応じて低下する。5人以上を出産した女性は、出産経験のない女性と比べてリスクは半分である。エビデンスの中には、乳がんリスクの低下と出産数との関連は、ホルモン受容体陽性乳がんに限られると示唆するものもある。

・妊娠高血圧腎症の発症歴

妊娠高血圧腎症を発症した女性では、乳がん発症のリスクが低下する可能性がある。妊娠高血圧腎症は、高血圧と高蛋白尿を伴う妊娠合併症である。研究者らは、妊娠高血圧腎症に関連する特定のホルモンと蛋白質の、乳がんリスクへの影響を調べている。

・長期間の授乳

長期間の授乳(少なくとも1年)は、ホルモン受容体陽性乳がんおよびホルモン受容体陰性乳がんのリスク低下と関連する。

妊娠関連因子は乳がんリスクの上昇と関連しているか

妊娠関連因子の中には、乳がんリスクの上昇と関連するものがある。それらの因子には以下のものが含まれる。

・高齢での第一子出産

女性の最初の正期産が高齢であるほど乳がんリスクは上昇する。第一子出産時に30歳以上の女性は、出産経験のない女性に比べて乳がんリスクが高い。

・出産直後

出産直後の女性は短期間でリスクが上昇し、その後約10年間でリスクは低下する。一時的な上昇の理由は明らかではないが、ホルモン量の増加が微小ながんへ影響をおよぼしているのではないか、あるいは妊娠中に乳房の細胞が急激に成長するためではないかと考える研究者もいる。

・ジエチルスチルベストロール(DES)の服用

妊娠中にDESを服用した女性は、妊娠中にDESを服用しなかった女性と比べて乳がんの発症リスクがわずかに高い。妊娠中にDESを服用した女性の娘もまた、子宮内でDESに暴露しなかった女性に比べると、40歳以降に乳がんを発症するリスクがわずかに高いようである。DESはエストロゲンを合成したもので1940年代初期から1971年の間に流産や他の妊娠に関する疾患の予防に用いられた。

中絶と乳がんには関連性があるか

1990年代に報告された数少ない後ろ向き(症例対照)試験では、人工中絶(妊娠を故意に終わらせること)は乳がんリスクの上昇と関連することが示唆されている。しかしながら、これらの研究では、方法そのものが結果に影響しているかもしれないという重大な欠点がある。主な問題点は、試験参加者の既往歴を自己申告に頼っていることであり、これはバイアスを招きうる。このようなバイアスの影響を受けていない、より正確な方法を用いた前向き試験では、一貫して人工中絶と乳がんに関連はみられないということが示されている。さらに、2009年に米国産婦人科学会(ACOG)は「より正確な最近の研究では、人工中絶とその後の乳がんリスク上昇との間には因果関係はないということが示されている」と結論付けた。近年におけるこれらの試験の主要な所見は、以下である。

・人工中絶を受けた女性の乳がんリスクは、他の女性と同程度である。

・自然流産を経験した女性の乳がんリスクは、他の女性と同程度である。

・乳がん以外のがんもまた、人工中絶および自然流産の既往歴に関与しないようである。

妊娠はその他のがんリスクに影響するか

研究により妊娠とその他のがんリスクに関する事項が以下の通り示された。

・正期産を経験した女性は卵巣および子宮体がんのリスクが低下する。さらに、これらのがんリスクは後の正期産ごとに低下する。

 ・妊娠は妊娠性絨毛性腫瘍と呼ばれる極めてまれなタイプの腫瘍と関連する。このタイプの腫瘍は、子宮内で発生し、子宮内のがん細胞は受胎後に形成される。

・妊娠関連因子が他のがん種リスクに影響を及ぼす可能性を示すエビデンスはいくつかあるものの、これらの相関性については、乳がんおよび婦人科系のがんほど研究が進んでいない。さらに研究を行い、正確な相関性を見いだす必要がある。

ホルモンへの暴露が、乳がんと同様、卵巣がん、子宮体がん、およびその他のがんの発症における妊娠の役割を説明すると考えられる。妊娠中のホルモンレベルの変化は、妊娠後のこれらの腫瘍リスクの多様性に影響を及ぼしていると考えられる。

翻訳担当者 林さやか

監修 朝井鈴佳(獣医学・免疫学)

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