2012/10/16号◆特集記事「HER-2陽性乳癌の治療における選択肢の広がりとその進化」

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NCI Cancer Bulletin2012年10月16日号(Volume 9 / Number 20)

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◇◆◇ 特集記事 ◇◆◇

HER-2陽性乳癌の治療における選択肢の広がりとその進化

3つの臨床試験による新たなエビデンスが、HER2陽性乳癌患者の進化する治療選択のあり方を明らかにした。HER2タンパクを過剰産生する腫瘍は特に進行が速く、このタイプは全乳癌患者の約20%を占める。

HER2陽性の進行乳癌で、トラスツズマブ(ハーセプチン)とタキサン系抗癌剤による治療歴がある患者を対象として行われたEMILIA試験では、試験薬T-DM1(トラスツズマブDM1)が全生存期間を改善したことが明らかになり、この新たな知見は10月1日付のNew England Journal of Medicine誌で発表された。

本試験のリーダーであるDr. Sunil Verma氏(カナダ・トロント・サニーブルック・オデットがんセンター)は、「転移性乳癌に関して全生存期間の改善を示した試験は非常にまれで、実施も困難。この試験で得られた5.8カ月の全生存期間延長は、これまで乳癌に関して報告されてきた試験結果のなかでは最も顕著なものといえる」と語る。

さらに、欧州臨床腫瘍学会(ESMO)では、2試験で、早期乳癌患者のトラスツズマブによる術後補助療法の至適投与期間は従来通り1年とするエビデンスが発表された。

これらの臨床試験はHER2陽性乳癌の研究においてますます活発な議論が行われている分野である。

米国食品医薬品局(FDA)は本年、HER2陽性の転移性乳癌を適応として、同じくHER2受容体を標的とするpertuzumab(ペルツズマブ:Perjeta)をトラスツズマブとドセタキセルとの併用で承認した。HER2陽性転移性乳癌の一次治療としてのT-DM1を検討する第3相試験が進行中である。

Dr. Ingrid Mayer氏(米国・テネシー州バンダービルト・イングラムがんセンター乳癌プログラム臨床ディレクター)は、HER2標的治療薬に耐性のある腫瘍で重要な役割を果たすと考えられるシグナル伝達経路を阻害するいくつかの薬剤の試験も行われていると語る。

Mayer氏は、HER2陽性乳癌の治療に有効と考えられる薬は多く存在し、ステージIVの癌患者を治癒できる日が来るかもしれない、しかしそのためには、より多くの研究が必要とされていると述べた。

進行癌における全生存期間改善

およそ1,000人のHER2陽性転移性乳癌患者を対象としたEMILIA試験では、T-DM1を投与した群と、カペシタビン(ゼローダ)とHER2標的治療薬ラパチニブ(タイケルブ)を併用投与する群を比較したところ、前者で顕著な全生存期間の延長が認められた。T-DM1群は30.9カ月であったのに対し、カペシタビン+ラパチニブ群は25.1カ月。(既報の通り、T-DM1群では無増悪生存期間も9.6カ月と延長しており、カペシタビン+ラパチニブ群では6.4カ月だった。)

T-DM1は、抗HER2モノクローナル抗体のトラスツズマブと化学療法薬のDM1を結合させた抗体—薬物複合体である。

トラスツズマブの治療では心血管系の合併症が生じることがあったが、この試験の2群では心血管合併症に関しては有意な差は認められなかった。しかしながら、トラスツズマブ投与で心毒性がみられた患者はこの試験では対象外であり、心障害の可能性が高い患者についてはそもそも考慮されていないことから、安全性に関する情報の解釈は注意深く行う必要があるとVerma氏は強調する。

Verma氏は「今後の研究が必要であるが、心毒性に関していえば、T-DM1はカペシタビン、ラパチニブとほぼ同程度」と語る。

米国でT-DM1を販売するジェネンテック社は、局所進行性または転移性HER2陽性乳癌で切除不能かつトラスツズマブとタキサン系抗癌剤による治療歴がある患者を対象として、FDAに生物製剤の製造販売承認申請を行っている。

早期患者における至適投与期間

少なくとも現時点においては、早期のHER2陽性乳癌患者の標準治療は術後1年間のトラスツズマブ投与とするべきであるというのが、術後補助療法を異なる期間設定で検討したHERA及びPHARE試験を実施した研究者らの見解である。関連の最新情報が、今月初旬ESMOで発表された。

対象患者5,000人規模のHERA試験は術後トラスツズマブ2年投与群、1年投与群、観察(無投与)群を設けている。追跡調査期間(中央値)8年以上の結果、無増悪生存期間と全生存期間に関して1年投与群と2年投与群の有意差は認められなかったとDr. Richard Gelber氏(ダナファーバー癌研究所)が報告した。

トラスツズマブ1年投与群と観察群の患者の無増悪生存期間の差は徐々に狭められている。しかしながら、より長期の追跡調査でもトラスツズマブ1年投与の患者では無病生存期間が24%延長している。

記者会見でGelber氏は「これは治療効果の過小評価で、その理由は、プラセボ群のうち半数以上は後にトラスツズマブ投与を受けているためである」と述べた。

心疾患関連の死亡とうっ血性心不全の割合は両群で1%以下だったが、トラスツズマブ2年投与群の患者では統計的有意に心機能(左心室駆出分画率)の低下が認められたことも報告された。

一方、PHARE試験では、HERA試験と同じ対象に対して術後補助療法としてのトラスツズマブ投与12カ月群と6カ月群を比較した。試験は小規模(3,380人)で非劣性試験であった。ある薬剤の効果がもう一つの薬剤との比較において事前に設定した限界値以上で劣っていないことを検討する目的で行われる非劣性試験では、両群は基本的に同等であることが示された。

Dr. Xavier Pivot氏(Université de Franche-Comté)はESMOの記者会見で、約3.5年の追跡調査に基づく結果で、6カ月群と12カ月群の差について「非劣性については不確定だが、12カ月投与の方が良い結果となる傾向が強い」と説明した。

Pivot氏は、投与期間がより短期の方が安全と思われ、トラスツズマブ1年投与群では心イベントが5.7%で6カ月投与の場合(1.9%)の約3倍であることに触れた。しかしPHARE試験では、心イベントは複合要因、つまり複数の心臓関連の問題を包含するため、この点に関するデータの解釈は容易ではないと説明した。

これまでの試験結果に基づいてMayer氏は、早期HER2陽性乳癌の術後トラスツズマブ療法の標準は従来通り1年とすることに賛同している。

Gelber氏も同意したが、現時点の追跡調査期間では、決定的な結論を出すには未だ不十分であることを強調した上で、「なかには、より短期で同等の結果を示す患者もいる」と語った。

PHARE試験の最新のサブグループ解析については、本年12月にサンアントニオ乳癌シンポジウムで発表される予定。この結果により、術後6カ月のトラスツズマブ投与が奏効する患者が特定できるようになるかもしれないと、Pivot氏は述べた。

早期HER2陽性乳癌患者における術後トラスツズマブ療法の期間については、このほか複数の国際臨床試験で検討されている。

—Carmen Phillips

参考文献:「新たな薬剤トラスツズマブ・エムタンシンが一部の乳癌治療の選択肢に」、「転移性乳癌の治療薬としてFDAがペルツズマブを承認

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遠藤豊子 訳
原 文堅(乳癌/四国がんセンター) 監修 
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