遺伝的脆弱性をもつ脳腫瘍の代謝を阻害する新しい標的治療

エノラーゼ阻害剤がENO1遺伝子を欠いたがん細胞に効くことが前臨床試験で示唆された

テキサス大学MDアンダーソンがんセンターの研究者らは、特定の遺伝子が欠けたがん細胞で重要な代謝経路を阻害するPOMHEXと呼ばれる新しい標的治療法を開発した。エノラーゼ酵素をコードしている2つの遺伝子のうちの一方であるENO1遺伝子を欠いた脳腫瘍細胞を、低分子量のエノラーゼ阻害剤が効率よく殺傷することが前臨床研究によりわかった。

2020年11月23日にNature Metabolism誌に発表された研究成果は、付随的致死性として知られる治療戦略の原理を証明するものである。付随的致死性とは、がん抑制遺伝子欠失にともない、その近くにある重要なタンパク質の遺伝子も失われた場合に、そのタンパク質と機能がオーバーラップするタンパク質を治療目的で阻害する戦略である。

「付随的致死性は、がんの精密医療の可能性を活性化したがん遺伝子以外にも広げ、反応が期待できる治療法がないと思われていた欠失遺伝子も標的とすることができる可能性があります」と責任著者でありCancer Systems Imaging and Neuro-Oncologyの助教であるFlorian Muller博士は述べた。「われわれの研究は、動物モデルにおいて、薬剤を使ってこのアプローチが実際にうまく働くことを原理的に証明しています」。

エノラーゼは、多くのがんで、増加している細胞増殖に栄養を供給するために亢進している代謝経路である解糖に必須の酵素である。ENO1とENO2という2つの遺伝子により、少し異なるが機能としてはオーバーラップするタイプのエノラーゼがコードされており、膠芽腫などいくつかのがんでは染色体欠失によりENO1遺伝子が失われている。このようながん細胞ではENO2だけで解糖が行われているので、エノラーゼ阻害剤に対する感受性が非常に高くなっている、とMuller博士は説明した。

これまでにも、両方のタイプのエノラーゼを標的とする治療法が開発されてきたが、ENO1を阻害すると正常な細胞にも好ましくない副作用が表れる可能性がある。ENO2だけを標的とすることは、ENO1を欠失しているがん細胞を選択的に治療できるため魅力的である。

そこで研究チームは、ENO1よりもENO2を優先的に標的とするHEXと呼ばれるエノラーゼ阻害剤を作った。薬剤がより細胞に入りやすくするために、研究チームは、細胞内で代謝されてHEXになるまでは生物学的に不活性であるプロドラッグPOMHEXを作った。

ENO1を欠失するがん細胞株をPOMHEXで処理すると、解糖が妨げられ、細胞増殖が阻害されて細胞死が促進された。これに対して、正常なENO1を持つ細胞ではわずかな効果しかなかった。

さらに、ENO1欠失腫瘍の動物モデルで、HEXとPOMHEXはともに良好な忍容性を示し、対照薬剤と比べて腫瘍の増殖を効果的に妨げ、腫瘍が完全に根絶されたこともあった。さらに研究を進めたところ、複数のモデルで、治療に必要な用量を安全に投与できることが実証され、将来の臨床試験への展開が期待できることが示唆された。

「これらの新しいエノラーゼ阻害剤が、前臨床試験で期待の持てる活性を示し、高次のモデルでも同様の安全性特性が示されたことに勇気づけられました。さらなる改良があるかもしれませんが、HEXでもENO1欠失がんに対して有意な臨床効果を示すかもしれないと楽観しています」とMuller博士は述べた。

ENO1欠失は、肝臓がん、胆管がん、大細胞神経内分泌がんなど、予後不良で、限られた治療選択肢しかないがんにおいても起きている、とMuller博士は説明した。したがって、最適な治療候補薬剤が開発されたなら、複数のがん種の患者をENO2阻害剤で治療できるかどうかを評価できる可能性がある。

この研究は、以下の団体の支援を受けた。米国国立衛生研究所/国立がん研究所(CA16672, P30CA016672, P50CA127001-07, 2P50CA127001-11A1, CA225955)、アメリカがん協会、全米総合がんセンターネットワーク、アンドリュー・サビン・ファミリー財団(the Andrew Sabin Family Foundation)、マーニー・ローズ博士財団(the Dr. Marnie Rose Foundation)、アンクル・コーリー財団(the Uncle Kory Foundation)、MDアンダーソン機関研究助成金(the MD Anderson Institutional Research Grant)、テキサス州がん予防・研究機関(the Cancer Prevention & Research Institute of Texas)(RP140612)

Muller博士以外のMDアンダーソン所属の共著者は以下のとおりである。Yu-Hsi Lin、Naima Hammoudi博士、Victoria C. Yan、Yasaman Barekatain、Sunada Khadka、Jeffrey J. Ackroyd、Dimitra Georgiou博士、Cong-Dat Pham博士、Kenisha Arthur、Federica Pisaneschi博士、Susana Castro Pando、Xiaobo Wang、Theresa Tran(いずれもCancer Systems Imaging)、Nikunj Satani(Cancer Systems Imaging and UTHealth Institute of Stroke and Cerebrovascular Disease)、David Maxwell博士(Institutional Analytics & Informatics)、Paul G. Leonard博士、Barbara Czako博士、Pijus Mandal博士、Quanyu Xu博士、Qi Wu、Yongying Jiang博士、Zhijun Kang(いずれもInstitute for Applied Cancer Science)、Yuting Sun博士およびJoseph R. Marszalek博士(TRACTION platform)、Rafal Zielinsk博士およびWaldemar Priebe博士(Experimental Therapeutics)、Ronald A. DePinho(Cancer Biology)。それ以外の著者は、Zhenghong Peng(テキサス州ヒューストン、Cardtronics)、John M. Asara博士(マサチューセッツ州ボストン、Beth Israel Deaconess Medical Center and Harvard Medical School)、William Bornmann博士(テキサス州ヒューストン、Advanced Organic Synthesis LLC)である。著者のすべての開示情報は論文全編とともにこちらで見ることができる。

翻訳担当者 伊藤彰

監修 西川亮(脳腫瘍/埼玉医科大学国際医療センター)

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