膠芽腫はどのように脳内で増殖能を獲得するのか

米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ

脳の驚異的な可塑性により、思考し、学習し、創造し、記憶することが可能になる。生涯を通じて、ニューロンと呼ばれる脳細胞は常に新たな結合(シナプス)を形成し、細胞から細胞へと電気化学的信号を伝達する。神経可塑性と呼ばれるこの能力は、ヒトの頭脳のあらゆる機能の基盤となっている。

しかし、神経可塑性には負の側面もある。最新の研究から、膠芽腫と呼ばれる悪性度の高い脳腫瘍は、自らの増殖を加速させるために新たなシナプスの形成を利用できることが明らかになった。この神経の方向転換は、多くの膠芽腫患者にみられる深刻な認知機能の低下に関与している可能性があることも報告された。

研究チームは、この乗っ取りのプロセスに重要な役割を果たすと思われるタンパク質も突き止め、それが新たな治療標的となる可能性を示した。試験結果は、5月4日付のNature誌に掲載された。

この研究の主任研究員であるShawn Hervey-Jumper医師(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)は、すべての膠芽腫が脳を再構築し、腫瘍増殖を加速させる能力を示すわけではないと説明する。

「しかし、一部の腫瘍は、自身の利益のために神経活動を利用する方法を見出しました」とHervey-Jumper氏はいう。「ですから今、私たちはその情報伝達を遮断する戦略を考えなければならないのです」。

腫瘍細胞-ニューロン間の情報伝達経路を遮断する方法は、膠芽腫の増殖を遅らせる可能性があるだけでなく、患者の認知機能をより長く維持するのに役立つかもしれないとHervey-Jumper氏は付け加えた。

「このメッセージは、私がこの試験を共にした大部分の患者や家族の心に最も響くものです」。

有害な神経結合の拡大

脳や中枢神経系の腫瘍は総じてまれである。しかし、膠芽腫は、これらのまれな腫瘍の中で最も多くみられる腫瘍であり、かつ最も致命的である。膠芽腫は最も悪性度の高い神経膠腫であり、脳のニューロンを取り囲んで保護する支持細胞(多くはアストロサイト)から発生する腫瘍の一種である。

膠芽腫の治療には、手術、放射線療法、化学療法などがあるが、いずれも腫瘍を一時的にしか抑えることができず、ほとんどの患者は診断後平均で1年余りしか生存できない。

しかし、この概して悲観的なニュースの中には多くの多様性が隠れている。多くの患者で腫瘍がきわめて急速に進行する一方で、進行が比較的緩徐な患者も存在する。多くの因子が個々の腫瘍の悪性度に影響を及ぼしている。

脳腫瘍の細胞および動物モデルを用いたこれまでの研究から、膠芽腫細胞がニューロンの挙動に影響を与える可能性があり、ひいてはニューロンの活動が一部の腫瘍の急速な増殖を促進する一因となり得ることが示唆されていた。しかし、これらの現象はヒトでは報告されていなかった。

「(ヒトの脳では)正常なアストロサイトとニューロンの間で情報伝達が行われています」と説明するのは、NCI神経腫瘍学部門のMark Gilbert医師である。Gilbert氏は本試験には関与していない。「ですから、(腫瘍細胞が)そのような情報伝達のやりとりの一部を維持することは、あり得ない話ではないのです」。

博士研究員のSaritha Krishna博士率いるHervey-Jumper氏らのチームは、この細胞間クロストークがヒトでどのように機能しているのかについて詳細な検討を試みた。

まず、膠芽腫の手術が予定されていた14人の患者で脳の電気活動を記録した。術前に、腫瘍細胞が含まれる脳の言語処理領域と、隣接する腫瘍が含まれない脳組織に脳活動を記録する電極を装着した。

患者が簡単な言語課題(絵に描かれた物の名前を言うなど)を行っている間の脳活動を記録したところ、腫瘍が浸潤した脳領域全体で活動の活性化を認めた。これらの中には、通常は発語に関与しない領域も含まれ、腫瘍がこの神経可塑性を誘発したことが示唆された。

すなわち、腫瘍はニューロンに影響を及ぼし、通常はそのような反応を起こさない領域で、言語に反応して新たな結合を作り出したと考えられる。

しかし、これらの新たな結合は本来の機能を果たしていなかった。この腫瘍による神経可塑性が生じた脳の領域は、腫瘍が浸潤していない脳の領域と比較して、一般的でない言葉の処理が困難であった。

つまり、一部の膠芽腫は新たな神経回路の成長を促進させる能力があるようにみえるが、この新たな結合が、実は高悪性度脳腫瘍の患者にみられる認知機能の低下に関与している可能性があると研究チームは結論づけた。

神経可塑性を阻害する原動力を突き止める

一部の膠芽腫細胞がどのようにして神経可塑性を巧みに利用しているのかを探るため、研究者らは、言語課題に反応して高い神経活動性を示す腫瘍領域から採取した組織サンプルを分析し、低い活動性を示す領域のものと比較した。

その結果、高い機能的結合性および神経活動性を示す領域から採取した腫瘍細胞の一部では、新たな神経回路の構築に関わる遺伝子の発現が上昇していることがわかった。これには、THBS1と呼ばれる遺伝子の発現が7倍増加したことも含まれる。THBS1は、TSP-1と呼ばれるタンパクを作るよう細胞に指令を出す。TSP-1は通常、脳の正常なアストロサイトによって産生され、新たなシナプスの成長を促す。

全体として、試験サンプルから採取した膠芽腫細胞の約2.5%がTHBS1を発現し、高い機能的結合性を示す領域から採取した細胞は、低い機能的結合性を示す領域から採取した細胞よりもTHBS1の発現レベルが高かった。顕微鏡観察により、高い結合性を示す領域の腫瘍細胞の一部がTSP-1を産生し、これらの領域がさらに多くの新たなシナプスを形成することが確認された。

培養皿の中で、高い機能的結合性または低い機能的結合性を示す領域から採取した腫瘍細胞をニューロンと一緒に培養したところ、高い機能的結合性を示す領域から採取した腫瘍細胞は、新たなシナプスの形成を促進し、ニューロンおよびこれらのニューロンと結合するシナプスを形成した。

一方、低い機能的結合性を示す領域から採取した腫瘍細胞ではそのような現象はみられなかった。しかし、TSP-1を加えると、これらの腫瘍細胞とニューロンは突如として結合を形成し始めた。

神経情報伝達を巧みに利用にする

さらなる実験から、高い機能的結合性を示す領域から採取した腫瘍細胞は、その増殖にニューロンを必要とすることが示唆された。ニューロンがないと、これらの腫瘍細胞は休眠状態となる。

これらの腫瘍細胞とニューロンの間に形成されたシナプスは、「本物のシナプスではありません。隣の腫瘍細胞に伝達される電気信号が存在しないのです」とGilbert氏は説明する。「しかし、隣接する細胞に何らかの増殖刺激を与えています」。

また、ニューロンが存在することで、高い結合性を示す領域から採取した腫瘍細胞はより悪性の挙動を示した。例えば、高い機能的結合性を示す領域から採取した腫瘍細胞を移植したマウスは、低い機能的結合性を示す領域から採取した腫瘍細胞を移植したマウスよりも腫瘍サイズが増大し、より早期に死亡した。

神経結合を操る腫瘍がもたらす危険性は、ヒトにも当てはまる可能性がある。

手術を受けた44人の膠芽腫患者を調べたところ、腫瘍と周囲のニューロンとの結合が多くみられた患者は、腫瘍にこれらの結合がみられなかった患者より生存期間が約1年短かった(平均71週対123週)。また、周囲のニューロンとの結合性が高い腫瘍の患者では、全体的な認知機能低下の徴候である言語使用の障害が多くみられた。

要求性を標的に変える

腫瘍-ニューロン間の情報伝達がもたらす腫瘍悪性には、潜在的なプラス面もあるとGilbert氏は説明する。

「TSP-1は(この情報伝達の)主要な仲介役の一つですが、今度は治療標的の候補にもなり得ると考えられます」。

Hervey-Jumper博士らの研究チームもこれに同意し、TSP-1の活性を阻害するガバペンチンという薬の実験で有望な結果が得られたと報告した。

例えば、高い結合性を示す膠芽腫から採取した細胞を移植したマウスでは、ガバペンチン投与により腫瘍の増殖速度が大幅に低下した。

ガバペンチンといくつかの関連薬は、てんかんや 一部の疼痛などの神経疾患の治療薬として、すでに米国食品医薬品局(FDA)によって承認されている。Hervey-Jumper博士らのチームは現在、ガバペンチンが生存期間と認知機能の両方を改善するかどうかを明らかにするため、膠芽腫の手術後の標準治療にガバペンチンを追加投与する臨床試験を計画している。

このようなアプローチは、腫瘍が高い神経結合性によって部分的に駆動されている患者にのみ有効である可能性がある。Hervey-Jumper博士は、シナプス破壊戦略の有効性が見込まれる患者の識別にTSP-1の血液検査を利用できる可能性があると説明した。

腫瘍増殖と腫瘍-ニューロン結合のどちらが先に起こっているのかを完全に理解するには、さらに多くの実験研究も必要だとHervey-Jumper氏は語る。新たな結合が腫瘍増殖を促進している可能性もあるが、結合が多くみられる脳の領域で単に腫瘍が発生しやすいだけかもしれない。どちらが先であろうと、結果として生じるクロストークは、探索に値する標的であることに変わりはない、とHervey-Jumper氏は付け加えた。

「機械の中の2つの幽霊(訳注)に例えられる頭脳と腫瘍は、脳の暗闇の奥深くでささやき合いながら、耳を澄ませる価値のある会話を交わしている」。トロント小児病院のGeorge Ibrahim医学博士とテキサス小児がんセンターのMichael Taylor医学博士は、この最新論文に付随する論説にこう記した。

さらに、「そうすることで、脳腫瘍患者の生存を改善する革新的な治療が生まれる可能性がある」と続けた。

訳注:機械=身体、幽霊=心や自己を表す哲学用語。

  • 監訳 石井一夫(計算機統計学/公立諏訪東京理科大学工学部情報応用工学科)
  • 翻訳担当者 工藤章子
  • 原文を見る
  • 原文掲載日 2023年06月21日

【この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】

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