進行前立腺がんのDNA修復遺伝子にも遺伝性変異が影響

米国国立がん研究所(NCI)ブログ~がん研究の動向~

新しい研究によると、進行前立腺がん男性の12%近くが、損傷DNA を修復する役割のある遺伝子に遺伝性の変異を有していることがわかった。BRCA2, ATMおよびCHEK2を含むDNA修復遺伝子における遺伝性変異は、乳がん、卵巣がん、膵臓がんなどその他いくつかのがん発症リスクの増加と関連している。

「今回の発見は、転移性前立腺がんの発症メカニズムを理解するための新たな知見をもたらすものです」と、本研究を共同責任者であるフレッド・ハッチンソンがん研究センターのPeter Nelson医師は言った。

本研究結果を受け、著者らは、これらの遺伝性変異を有する前立腺がんの患者は、将来的には、DNA修復異常に関連する分子変化を標的とした薬剤など、特別な治療の候補となる可能性がある、と7月6日付のNew England Journal of Medicine誌の中で述べている。

予想外の結果の確認

本研究は、先行研究における予想外の結果が引き金となった。研究者らは転移性前立腺がんにおけるゲノム変化のプロファイリングと並行し、比較目的で同一患者の正常組織のDNA配列を決定した。その結果、研究に参加した転移前立腺がん男性の8%に、DNA修復遺伝子における遺伝性の変異がみつかった。

遺伝性の、または生殖細胞系変異の割合が想定外に高かったことから、「大規模集団の男性においてもこの結果が再現されるかどうかを確認することが、本研究の目的の1つでもありました」と共著者であるワシントン大学のColin C. Pritchard医師・博士は説明し、その結果は「明確に肯定されました」と、Pritchard氏は言い添えた。

実際に、転移性前立腺がん男性692人において、16のDNA修復遺伝子における生殖細胞系変異(*遺伝性変異のこと)は11.8%と、さらに高い頻度でみられた。研究者らは、692人の参加者のうち82人に、1つのDNA修復遺伝子に対する有害な生殖細胞系変異を検出した。

本研究に参加した男性におけるDNA修復遺伝子の遺伝性変異の頻度は、がんゲノム・アトラスプロジェクトに参加した限局性の前立腺がん 男性499人における頻度4.6%より高かったことを彼らは特記している。

「これらの発見は、8人に1人という高い割合で転移性前立腺がん男性にはDNA修復遺伝子に生殖細胞系変異がみられる可能性があることを示唆しています」とNCIがん研究センター尿生殖器悪性腫瘍部門長で、本研究には関与していないJames Gulley医師・博士は語る。

またGulley医師は「DNA修復遺伝子は転移性前立腺がんへの進行に関与している可能性があり、前立腺がん男性におけるこれらの遺伝子変異の調査にはさらなる研究が必要です」とも付け加えた。

治療選択肢が広がる可能性

前立腺がんでDNA修復遺伝子の変異が高頻度にみられ、また、これらの変異に関する情報が治療決定につながるような情報を与える可能性があるとすれば、すべての転移性前立腺がん患者は、DNA修復遺伝子に遺伝性変異がないか確認するため、生殖細胞系検査の必要性について主治医と議論することをNelson医師は勧めている。

「これらの患者さんに対する新たな治療の可能性が非常に楽しみです」とPritchard医師は語る。

たとえば、損傷DNAの修復を助ける酵素を阻害するPARP阻害薬として知られる薬剤は、ある種の卵巣がんを適応に承認されており、前立腺がん男性においても評価されている。こうした薬剤の1つ、olaparib[オラパリブ](Lynparza[リンパルザ])は腫瘍にBRCA1またはBRCA2遺伝子変異を有する卵巣がん患者への適応が承認されている。

PARP阻害薬は前立腺がん患者には未承認であるが、1月に米国食品医薬品局(FDA)はオラパリブを一部の前立腺がん患者に対する画期的治療薬指定に認定した。この決定は、標準治療に反応せず、DNA修復遺伝子異常を有する転移性前立腺がん男性への、オラパリブの高い奏効率を示した初期臨床試験結果に基づいたものである。

もう1つの開発中の治療法は白金製剤をベースとした化学療法で、DNA修復遺伝子に変異を有する乳がんや卵巣がんの女性において検討されている。最近の症例報告では、BRCA2変異を伴う転移性前立腺がん患者で、白金製剤をベースとした化学療法に例外的な奏効 を示した3症例について述べられていることを本研究の著者らは特記している。

6月に米国臨床腫瘍学会(ASCO)年次大会で研究結果を発表したNelson医師は、転移性前立腺がん患者の白金製剤ベース化学療法を前向きに評価するためには、さらなる研究が必要であると述べ「それでもなお、今回の結果はわれわれが思いもつかなかった潜在的な治療の可能性を示しています」と付け加えた。

その他のがん種

本研究に参加した全患者(生殖細胞系のDNA修復遺伝子異常の有無にかかわらず)のうち、22%は第一度近親者に前立腺がん患者が存在していた。乳がん、卵巣がん、白血病、リンパ腫、膵臓がん、および他の消化器がんといったその他の種類のがんを持つ近親者も含まれていた。

たとえば、前立腺がん以外のがんを持つ第一度近親者が存在した割合は、遺伝性のDNA修復遺伝子を有さない537人では270例(50%)であったのに対し、遺伝性変異を有する72人の患者では51例(71%)であった。

「DNA修復遺伝子変異を有する男性の家族の数名におけるがんの種類は印象的なものでした」、共著者であるMemorial Sloan Kettering Cancer CenterのMichael Walsh医師は言った。例えば白血病やリンパ腫については、基本的にDNA修復遺伝子変異との関連があるとは考えていません。

研究者らは、こうした遺伝性のDNA修復遺伝子変異と種々のがんとの関連をより理解するため、これらの症例の調査を開始したのであった。

「われわれの結果に基づいていえば、転移性前立腺がん男性に他のがんの家族歴について聞くことは、前立腺がんの家族歴について聞くことと同様に重要であるように思えます」、Pritchard医師は言った。

家族の「見張り役」

今回の発見は、知らないうちにがんの素因となる遺伝子変異を引き継いでいる可能性があるがん患者家族に対する影響もあります。遺伝性のDNA修復遺伝子変異を有する男性は、同じ遺伝子変異を有する可能性のある家族の「見張り役」になりうる、とNelson医師は話した。

たとえば、BRCA1の有害な変異を受け継いだ転移性前立腺がん患者の女性近親者は、同じ変異の有無を検査することを望むかもしれない。もし変異がみつかれば、乳がんまたは卵巣がん発症のリスクを減少させる手段を考慮することもできるだろう。

Nelson医師は、本研究の研究者らは、DNA修復遺伝子におけるがんに関連する可能性のある変異の評価に慎重であったため、これらの遺伝子変異の割合はもっと高い可能性もあると述べた。しかしながら、今回の試験参加者はほぼ全員白人だったことから、将来的には異なる人種的・民族的背景の男性を含めた研究が必要であることを彼は付け加えた。

遺伝学的スクリーニングのガイドラインは?

DNA修復遺伝子における遺伝性変異の検査は市販されている。しかし、どのような種類の遺伝学的検査に対しても、「検査の方法と結果の解釈の仕方に習熟している施設で検査を受けることが重要です」と、Walsh医師は注意を促す。

ASCOの会議において、ダナファーバーがん研究所の公衆衛生学修士であるJudy Garber医師はNelson医師の発表について議論した。彼女は、転移性前立腺がんを有する患者は、全員がDNA修復遺伝子における遺伝性変異の検査を受けるべきであるというNelson医師の推奨を支持した。

11.8%という頻度は欧州のほぼすべての国における遺伝学的検査推奨の基準を上回っており、「もちろん米国での検査の保険適応基準も満たします」とGarber医師は述べた。BRCA2のような遺伝子における変異を検査することは男性よりも女性でより関心の高いことであった、と彼女は続け、「男性でも検査を実施すべき時が来たのです」と加えた。

Garber医師の計算では、PARP阻害薬に関連する190の臨床試験のうち、転移性前立腺がん男性を含んでいたものは4試験のみであった。聴衆に向けて彼女は述べた。「皆さんにはたくさんの機会があります。今、前進すべき真の端緒を得たのです」。

その一方で、研究著者のうち何人かは転移性前立腺がん患者の変異を検出するスクリーニングをすでに開始している。「本研究やほかの研究により、ガイドラインを作成する専門家がDNA修復遺伝子と転移性前立腺がんをより詳しく精査する時代へ今後発展してゆくだろうと、われわれは楽観的に考えています」と、Pritchard医師は話した。

翻訳担当者 大澤 朋子

監修 榎本 裕(泌尿器科/三井記念病院)

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