免疫チェックポイント阻害薬による心臓関連副作用の原因を究明

免疫チェックポイント阻害薬(ICI)として知られる免疫療法薬は、ますます多くのがん治療に使用されている。これらの薬剤は極めて効果があり、腫瘍を縮小させ、長期間にわたり腫瘍を抑制することができる。しかし、患者によっては、深刻な副作用が出ることもある。

まれではあるが、しばしば致命的となる免疫療法薬の副作用として、心臓に激しい炎症を起こす心筋炎が挙げられる。研究者たちは、この深刻な問題の主因の一つに、α-ミオシンと呼ばれる心臓細胞内のタンパクに対し、T細胞と呼ばれる免疫細胞による攻撃が関与していると、このたび特定した。

本試験は主にマウスを用い、ヒトとほぼ同様にICIを投与すると心筋炎を起こすマウスモデルを用いて行われた。

ICI誘発性心筋炎で死亡した数人の患者から採取した血液検体および組織検体を使用した限定的な実験では、マウスの実験結果と一致したと、11月16日付のNature誌で報告された。

「免疫チェックポイント阻害薬によって引き起こされる(副作用の)メカニズムがより理解され始めています。そして今、ICIによって引き起こされる心筋炎についても理解が深まっています」と、Justin Balko氏(薬学博士、医学博士 )は述べる。本研究の共同リーダーである同医師は、ヴァンダービルト大学医療センターで新しいがん治療法を開発している。

今回の発見は、研究者らが、この副作用のリスクが高い患者を特定する方法や、副作用を予防する方法を発見するために役立つ可能性があると、Balko医師は続けた。

「しかし、その前にもっと多くの患者からのデータが必要です」とも話す。


ICIを投与する人が増えるにつれて、心筋炎の懸念が増大

免疫チェックポイント阻害薬は、免疫系が腫瘍を発見し攻撃するのを助けることでT細胞の集団を呼び寄せることができる。しかし、これらのT細胞は時として、望まれない場所に行ってしまい、通常は結腸や肺など、体のさまざまな部位の健康な細胞を攻撃する可能性がある。

これらの臓器が炎症を起こすと、痛み、呼吸困難、その他の症状を引き起こす。これらの副作用は、通常ステロイドを使用して治療を行うが、ステロイド自体でも副作用が生じる可能性がある。

Balko医師と本試験の他の2人の研究者であるDoug Johnson医師とJavid Moslehi医師は、6年以上前にICI誘発性心筋炎の調査を開始した。当時ヴァンダービルトの臨床研究者であったJohnson医師とMoslehi医師は、ICIを併用して治療した2人のメラノーマ患者が重度の心筋炎を発症して死亡するという憂慮すべき問題について話し合うためにBalko医師のもとを訪れていた。

そして、他のいくつかの研究機関の研究者と共同で、この2件の死亡例について短い論文を発表した。この論文に対する他の臨床医からの回答に基づいて、この2件の死亡は別々の事象ではないことがわかった。

「これは間違いなく問題であり、解決する必要があると感じていました」 とBalko医師は述べた。

NCIがん治療評価プログラムのElad Sharon医学博士は、最新のデータではICI治療を受けた人の1%未満しか重症心筋炎にならないことを示唆していると説明した。Sharon医師は、この症状は2種類のチェックポイント阻害薬の併用療法を受けた患者でより頻繁に発生すると説明している。

その希少性にもかかわらず、ICI誘発性心筋炎は深刻な懸念事項である、とWeill Cornell Medicineの医学博士および公衆衛生学修士のSyed Saad Mahmood氏は説明した。同氏は「心臓腫瘍学」を専門とする心臓専門医である。

今年は「(米国で)最大100万人のがん患者が、治療コースのある時点で免疫チェックポイント阻害薬の候補となる可能性がある」とMahmood医師は述べた。ICI誘発性心筋炎を発症した患者の半数程度が心臓に関連する重篤な事象を起こし、その多くが結果として死亡するであろう、と続けた。

「治療を受けてもリスクがあると考えられる患者が多く、特に心筋炎になりやすい人について我々の理解が不十分であった」と、Mahmood医師は述べた。

免疫チェックポイント阻害薬は、早期がん患者に対し、術前と術後の両方での使用も増えている。これまでのところ、この方法で免疫療法を行うと、患者のがん関連転帰が改善することが一般的に示されている、とSharon医師は述べた。

しかし、これは「比較的健康な患者に免疫チェックポイント阻害薬を投与することになる」ことも意味しており、心筋炎のような重篤な炎症性副作用がより懸念されると、Sharon医師は続けた。

心臓への免疫攻撃を誘発する

2021年には、この新たな試験に関わった研究者の多くが、自ら発症させたICI誘発性心筋炎のマウスモデルについての論文を発表した。このモデルを手に入れることで、研究チームはこの炎症がなぜ起こるのか、そしておそらくどのように予防するのかについて、より徹底的な調査を始めることができるだろう、とBalko医師は述べた。

研究チームの研究結果の一部は予想されていた、と同医師は述べる。T細胞が過剰に存在することは炎症の特徴であるため、心筋炎を発症したマウスの心臓とその周辺にこれほど多くのT細胞が発見されたのは驚くことではなかった。

しかし、他にも二つの重要な発見があった。一つは、ほとんどのT細胞が感染細胞や異常細胞を死滅させる役割を主とするCD8+ T細胞であるということ、もう一つは、CD8+ T細胞が大量に存在することがこの種類の心筋炎に対する前提条件であり、他の種類のT細胞が大量に存在しても、心臓に深刻な炎症を引き起こさないということであった。

また、彼らは当初からα-ミオシンが心筋炎に関与しているのではないかと推測していたと、Balko医師は述べた。心臓の収縮機能に重要なタンパク質であるα-ミオシンは、心臓に最も多く存在するタンパク質の一つである。そして、初期の試験では、このタンパク質が心筋炎と関連していた。

α-ミオシンに着目したことは、実り多いものであった。例えば、α-ミオシンはT細胞の発現を多くする(いわゆる増殖)だけでなく、心筋炎を起こしたマウスの心臓やその周辺のT細胞の多くが、α-ミオシンのみを識別し、それに結合していたのである。

以上から、Balko医師らの発見は、α-ミオシンがマウスの「自己抗原」となり、これが自己免疫反応の抑制を解き、免疫細胞が心臓を攻撃する可能性があることを示している。

そこで疑問となるのは、ヒトにおいてもα-ミオシンは同じ働きをするかどうかである。

ICI誘発性心筋炎に罹患した3人の患者の血液検体および組織検体の分析では、その可能性が示唆された。例えば、マウスの試験で確認されたように、患者の検体中のT細胞の多くは特異的にα-ミオシンに結合していた。

心筋炎のバイオマーカーと治療への展望

Balko医師は、ヒトにおいて心筋炎が、α-ミオシンに特異的に結合するCD 8+T細胞の蓄積によって引き起こされることを確認するためには、さらなる研究が必要であると注意を促した。これにより、彼らの研究がICI誘発性心筋炎のより良い対処法につながることが期待できる。

彼らの発見は、心筋炎の 「リスクのある患者を特定するためのバイオマーカーと診断法を進展させる機会を与えてくれる」 とBalko医師は述べた。「我々は今、それに取り組んでいるところです」。

Mahmood医師は、今回の結果は、CD8+ T細胞のみをブロックする薬剤やα-ミオシンのみに結合する薬剤の開発など、ICI誘発性心筋炎の治療の選択肢を示す可能性もある、と続けた。

一方で、ICI誘発性心筋炎が重症化する前に発見できる可能性のある方法が、少なくとも1件の研究で特定されている。また、大規模臨床試験では、ICI誘発性心筋炎の治療薬としてアバタセプト (販売名:オレンシア)が現在試験中である。アバタセプトは、リウマチなどの関節炎を含むいくつかの自己免疫疾患の治療薬として承認されており、T細胞を阻害することで効果を発揮する。

免疫療法の副作用に関しては、バランスを取ることが重要である、とSharon医師は述べた。

「これらは命を救う可能性のある治療法です」と、Sharon医師は述べた。ICIが引き起こす可能性のある副作用は考慮しなければならないが、「まれに起こる副作用を恐れて、人々がICIの投与を避けてしまうようなことがあってはなりません」。

ICIに関するデータは、致死的となる可能性のあるがん患者への使用を強く支持している、とSharon医師は続けた。

「この試験が何よりも示しているのは、心筋炎のようなICIの重篤な副作用を予防、緩和、治療する方法を見つけるための道筋があるということです」。

免疫療法の副作用研究を向上させるためのリポジトリ
NCIは、免疫チェックポイント阻害薬による治療で重度の副作用を起こした患者の血液検体、組織検体、臨床データを収集する研究の資金援助を行っている。このリポジトリは、研究者が「重篤で生命を脅かす可能性のある副作用について多くのことを学び」、その予防や治療の可能性を明らかにすためのものであるとSharon医師は述べている。

Cancer MoonshotSMから一部資金提供を受けたこの取り組みは、Alliance for Clinical Trials in Oncologyが主導し、米国内の500施設以上の病院やクリニックで実施されている。現在、ICI治療を開始しようとしている方と、これらの治療により重篤な副作用を経験した患者さんが登録されている。

監訳 高濱隆幸(腫瘍内科・呼吸器内科/近畿大学病院 ゲノム医療センター)

翻訳担当者 三宅久美子

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原文掲載日 2022/12/22

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