血中循環腫瘍DNAに基づくリキットバイオプシーの可能性と限界

疑わしいしこりや症状が認められる患者に対して、医師が最初にすることの1つが組織生検(追加精密検査のための細胞採取行程)である。

顕微鏡下で細胞の外観を観察することで、がんの有無を確認し、そのがん種を特定し、かつ、患者の予後に関する手がかりを得ることができる。また、組織生検検体の分子解析により、個別化治療戦略の指針に役立てる情報も明らかにできる。

組織生検は患者のケアにとって重要とはいえ、大型の生検針を使用する針生検、内視鏡検査、または観血的手術を伴うことがある。そのため、侵襲的で、リスクを伴い、費用がかかり、かつ、疼痛を伴う可能性がある。また、一部の患者はともすると、腫瘍が生検できない、または、それを実施させない他の疾患などがあるため、組織生検を受けることができない。

こうした要因により患者に対して組織生検を繰り返すことが困難なため、腫瘍が時間と共に増大・変化するにつれて、組織生検はその追跡に適さなくなる可能性がある。しかし、依然として、がんを検出し、その情報を得るための標準的な方法である。

一方、研究者らは、組織生検を補完し、また、一部の症例ではその代替法となる可能性がある新たな方法を模索している。この方法がリキッドバイオプシーで、少量の腫瘍由来生体物質、すなわち、DNAやたんぱく質などの分子ならびに細胞全体(血液や尿などの体液中に認められる)の解析方法である。

リキッドバイオプシーがいずれは患者のケアに大きな効果を示す可能性があると広く考えられているとはいえ、この分野の研究者らのほとんどは、リキッドバイオプシーを主とする方法はまだ開発途上であり、重大な問題は依然として未解決であると考えている。

「こうしたリキッドバイオプシーの進展に対する主な障壁は、この方法で見つけているものに臨床的意義があることを知り、受け入れるには、臨床的検証と妥当性確認が十分ではないことと考えます」とLynn Sorbara博士(NCIがん予防部門)は述べた。

様々な腫瘍由来分子に対する様々なリキッドバイオプシー

研究者らは100年以上も前に、腫瘍がその分子や細胞を体液中に放出することを見出した。さらに最近、研究者らは、こうした分子や細胞の解析により、組織生検で得られる情報と同様のものをいくつか得られることを示している。

リキッドバイオプシーの研究は近年進展しており、全く新しい研究分野が生まれている。様々な専門分野出身の大学や企業の研究者らは多方面で、リキッドバイオプシーが臨床で使えるよう開発、改良、および確立に尽力している。

様々なリキッドバイオプシーにより、DNA、RNA、たんぱく質、細胞外小胞であるエクソソーム、および細胞全体などの様々な種類の腫瘍由来生体物質が解析される。また、血液、尿、脳脊髄液、または唾液などの様々な体液中のこうした分子や細胞が見つかる。こうした体液は通常容易に採取可能であり、ほとんどの症例で、こうした検体採取方法は組織生検と比較して、低侵襲、かつ簡単に繰り返すことができる。

こうした特性から、リキッドバイオプシーは、組織生検が使えないいくつかの重要な用途で使用される可能性があるとMiguel Ossandon理学修士(NCIがん治療・診断部門がん診断プログラム長)は説明した。

例えば、リキッドバイオプシーは治療を済ませているが再発リスクが高い患者に対して、がんの発生を監視するため、治療に対する患者の応答性を追跡するため、または「監視」法として利用される可能性があるとOssandon氏は述べた。

「体液中の分子、細胞、および細胞内および細胞間物質をより正確かつ着実に解析できる様々な技術の登場により、リキッドバイオプシーに関する衝撃的な臨床的能力は「がんが存在するかどうか」ではなく「がんがいつ発症するか」というさらなる疑問を確実に提示します」とTony Dickherber博士(NCI革新的分子解析技術プログラム長)は述べた。

血液中の腫瘍DNAである血中循環腫瘍DNA(circulating tumor DNA:ctDNA)を解析するリキッドバイオプシーと関連する研究が近年進展しており、いくつかのctDNAに基づくものが臨床開発中である。

腫瘍DNAを利用したがんの早期発見

ctDNAに基づくリキッドバイオプシーは、治療が最も奏効するであろう早期においてがんの発見に利用できる可能性がある。例えば、数件の研究で、患者が画像診断などの既存の方法でがんと診断された数カ月前に、リキッドバイオプシーにより患者口腔由来の血液検体中のctDNAが検出された。

とはいえ、こうした研究で、「偽陽性」という検査結果(実際はがんが発生していないが、がんのDNAが検出されること)が生じることがある。

2つ目の問題点は、リキッドバイオプシーにより見つかる早期腫瘍はほとんど増殖しない、または増殖速度が遅いので、実際は患者の体に悪影響を与えることは決してないことである。

こうした増殖速度が遅い腫瘍の治療は実際に有益であるどころか有害な可能性がある。また、「過剰治療のリスクはがんの早期発見に対する重大な懸念です」とSorbara氏は指摘した。「リキッドバイオプシーだけで診断するという概念は未検証です。これはまだ初期の段階で、道のりは長いです」とSorbara氏は続けた。

患者由来血中ctDNA の存在が早期がんの精確な分子マーカーとして利用可能かどうかを正確に確認するための前向きコホート研究が必要になるとSorbara氏は言い添えた。例えば、ctDNAの検出により治療が正当化されるかどうか、および、こうした治療により患者の転帰が改善されるかどうかを確認するための研究が必要になる。

NCIはリキッドバイオプシーに関する技術の開発と検証を促す取り組みを支援している。なお、この技術は早期がんを検出し、がんを良性腫瘍と識別し、および増殖速度が速いまたは遅いがんを特定できる。この取り組みの主要目的は、工業技術と臨床の専門家の共同によるこうした目標達成を促す官民連携を達成することである。

期待されることとしてSorbara氏は、リキッドバイオプシーが遺伝性腫瘍症候群患者などの高リスク患者における早期がん検診に適用されると考える。

あるいは、リキッドバイオプシーがMRIなどの検査と並行して使用される可能性があるとSorbara氏は続けた。例えば、健康人に対する定期的な予備的スクリーニング法として、早期がんを検出できる可能性があり、かつ、他の (恐らく高費用または高侵襲の)スクリーニング検査の代替候補になる可能性がある。

腫瘍DNAによる高精度がん治療の支援

ctDNAに基づくリキッドバイオプシーを用いて各患者のがん固有の分子特性を特定することで、高精度医療による治療の指針となりうること期待もされる。数件の研究で、リキッドバイオプシーにより、治療選択肢の意思決定に利用される可能性があるctDNA変異が特定されている。

例えば、カリフォルニア大学サンディエゴ校ムーアがんセンターのがん研究者らは脳腫瘍、肺がん、および乳がんなどの各種がん患者168人由来の血液検体を解析した。その58%でがん関連ctDNA変異が1つ以上特定された。なお、参加患者の大多数で、米国食品医薬品局(FDA)承認済み薬剤がこうした特定のDNA変異を有するがんの治療に用いられていた。

他の研究から、ctDNAに基づくリキッドバイオプシーの大規模な適用により患者のがんにおけるDNA変異が特定される可能性が示されている。例えば、Guardant360(血液検体中の70種類のがん関連遺伝子を解析する商用検査)の使用により、患者15,000人超におけるctDNA変異が特定された。大多数の患者において、リキッドバイオプシーで特定された遺伝子変異が組織生検で特定されたものと一致していることが分かった。

2016年、FDAはリキッドバイオプシーであるコバス EGFR変異検出キットを肺がん患者のctDNAにおけるEGFR遺伝子変異検出用として承認した。本キットの用途は、EGFR遺伝子変異を有するがん細胞を攻撃する分子標的薬であるエルロチニブ塩酸塩(タルセバ錠)やオシメルチニブメシル酸塩(タグリッソ錠)による治療の対象患者の特定である。本キットでは「偽陰性」という検査結果が生じることがあるため、リキッドバイオプシーの結果が陰性(EGFR変異が検出されない)の場合、FDAは組織生検を推奨する。

他の多くのリキッドバイオプシーは製品化された検査であるが、研究者らによる厳密な評価を受けていない。臨床医と研究者らは、まだその限界、および重要なこととして患者に対する臨床的有用性を検討中である。例えば、治療法の選択に有用なリキッドバイオプシーの適用により、患者の転帰が改善するかどうかは不明である。

腫瘍DNAを用いた治療応答性の監視

ctDNAに基づくリキッドバイオプシーは低侵襲かつ繰り返しが容易なため、治療中と治療終了後の両方における治療に対する患者の応答性の監視に役立つ可能性がある。臨床医らは、治療に対する患者の応答性を追跡することで速やかに治療を調整できると期待している。言い換えれば、リキッドバイオプシーにより治療無効と示される時点で、治療を中止または調整する可能性がある。

コンピューター断層撮影(CTスキャン)などの画像診断法は現在、一部の種類のがん患者における治療に対する応答性の追跡に使用されるが、腫瘍の大きさのわずかな変化を検出するには感度が低く、費用が掛かる傾向があるとMark Roschewski医師(NCIがん研究センター)は説明した。

Roschewski氏らは、リキッドバイオプシーが代替法候補としてリンパ腫患者における治療に対する応答性を追跡できるかどうかを検証した。ctDNAの変化は化学療法に正の応答性を示し、相関することが示された。また、ctDNAパターンを利用して、一部の患者でがんの再発時期を突き止めることができた。すなわち、CTスキャンで検出できた数カ月前のことである。

「本研究で、リキッドバイオプシーは画像診断法と比較して感度が著しく高いことが分かりました」とRoschewski氏は述べた。

同様に、他のNCIの研究者らはctDNA量の変化と、免疫療法に対する患者の応答性を関連づけた。治療開始後2週間以内にこうした変化が認められたこと分かった。一部の患者のみが免疫療法に対して典型的な応答性を示すため、治療効果の指標を早期に得ることは極めて有益な可能性があるとその研究者らは説明した。

「リキッドバイオプシーにはがんに関する分子レベルの情報を提供するという利点もあります。なお、こうした情報は治療中やその後に変化する可能性があります」とBrian Sorg博士(NCIがん治療・診断部門)は述べた。こうした追加情報に基づいて、医師は薬剤耐性の発生を追跡し、個別化治療を意思決定できる可能性がある。

例えば、ほとんどの肺がん患者は当初はチロシンキナーゼ阻害剤という薬剤による治療に応答するが、その大多数で薬剤耐性が治療開始から1、2年以内に発生する。

ある研究で、一部のチロシンキナーゼ阻害剤に対する耐性を獲得している肺がん患者由来ctDNA変異が解析された。参加患者由来の80%のctDNAにおいて、薬剤耐性を引き起こす遺伝子変異が検出された。

リキッドバイオプシーにより腫瘍にこうした変異が認められるか、および様々な治療法が有効である可能性が最も高い患者が特定されるか、を確認する研究が個別に必要になるとその研究者らは指摘した。

ctDNAに基づくリキッドバイオプシーの限界

ctDNAに基づくリキッドバイオプシーが多用される可能性があるとはいえ、限界もいくつか存在する。

大部分のがん種には確立されたバイオマーカー(例.特定のDNA変異)がないので、ctDNAを介してがんを特定かつ追跡できない。例えば、進行膵臓がんの追跡によく用られるバイオマーカーはその早期発見に対して信頼性に欠けるとされる。

「体液中のctDNA検出技術は著しく進歩しているが、多くのがん種に対する適切なバイオマーカーの特定に必要な知識はそうではない」とDickherber氏は述べた。

また、DNA変異は同じがん種の患者の間でさえもさまざまである。つまり、特定のDNA変異がある種のがんに高頻度で認められるとはいえ、この種のがんの患者の多くはそうではない可能性がある。このことから、あらゆるがんの種類や病期に対するctDNAバイオマーカーの特定という課題はより複雑なものになる。

可能な解決法の1つが組織生検とリキッドバイオプシーの併用であるとOssandon氏は述べた。最初に組織生検を用いて各患者の腫瘍に関する固有のバイオマーカーを特定し、次にリキッドバイオプシーを用いてこうしたバイオマーカーを追跡できるだろうとOssandon氏は説明した。

血中ctDNAは実際の腫瘍中のDNAを正確に反映していない可能性があるので、臨床意思決定の指針には最も確実な情報源にならない可能性があることが2番目の限界である。腫瘍は不均一(DNA変異が単一腫瘍内のがん細胞間で異なる)なので、ctDNAが腫瘍全体またはその特定部位のみから放出されるかどうかは分からないとSorg氏は説明した。

ctDNA変異が「ドライバー(駆動的)」遺伝子変異(がんの生物学に著しく関与する変異)であるかどうかも分からないとSorbara氏は述べた。むしろ「パッセンジャー(副次的)」遺伝子変異(がんの発生に伴うが、その増殖を制御しない変異)かもしれない。

「潜在的に最も大きな未解答の疑問はリキッドバイオプシーが患者の生存率を上昇できるかどうかです」とRoschewski氏は述べた。つまり、リキッドバイオプシーを用いて、早期がんを発見し、治療法を選択し、またはその進行を追跡することで、最終的に患者の生存率が上昇し、または生活の質が向上するのかということである。

臨床転帰に関するリキッドバイオプシーの影響を解析する前向き研究が必要であると多くの研究者らは賛同する。

例えば、スタンフォード大学とNCIは臨床試験を主導し、組織生検またはリキッドバイオプシーを介して特定された分子レベルの情報に基づいて、分子標的薬投与患者の臨床応答性と全生存率を評価している。2017年10月現在、同臨床試験は目下、転移性固形腫瘍を有する成人を募集している。

翻訳担当者 渡邊 岳

監修 石井一夫(バイオ統計学/久留米大学バイオ統計センター)

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