がん免疫療法薬の効果予測、より優れたバイオマーカー
米国国立がん研究所(NCI) がん研究ブログ
免疫療法薬である免疫チェックポイント阻害薬に反応する患者の予測において、現在使用されている分子マーカーは必ずしも有効でない。その理由を、主にマウスを使って実施された新たな研究で説明できるかもしれない。
本研究では別の分子マーカーも同定され、それがより大規模研究で確認されれば、免疫チェックポイント阻害薬に対する反応を示す、より正確なバイオマーカーとして使用される日が来る可能性もある。
本研究は、ペムブロリズマブ(キイトルーダ)など特定の免疫チェックポイント阻害薬が患者に有効かどうかの判断に使用されるいくつかのバイオマーカーの1つである、DNAミスマッチ修復機能欠損(Deficient Mismatch Repair: dMMR)という一部のがん細胞の特徴に注目した。
医師らの傾向として、免疫チェックポイント阻害薬に対する反応の予測において「DNAミスマッチ修復機能欠損を最良の筋書きと考える」と、本研究の筆頭研究者であるPeter Westcott博士(コールド・スプリング・ハーバー研究所、ニューヨーク)は説明する。
というのも、DNAミスマッチ修復機能欠損腫瘍は遺伝子変異が多く(腫瘍変異負荷が高く)、免疫系は遺伝子変異の多い腫瘍を見つけやすく、殺傷しやすいという科学的根拠がいくつか存在するためである。
しかし、ペムブロリズマブはDNAミスマッチ修復機能欠損腫瘍を有する患者の50%未満にしか効果が持続しない。この観察結果や他の知見から、DNAミスマッチ修復機能欠損や腫瘍変異負荷はそれ自体では「バイオマーカーとしてはあまり微妙な差異を区別できない」ことが明らかになったとWestcott氏は述べた。
NCIの資金提供による本研究により、免疫チェックポイント阻害薬に対する反応の予測には、全体的な腫瘍変異負荷よりも、腫瘍内の遺伝子変異の種類と多様性の方がより重要であることが判明した。本研究結果は、Nature Genetics誌9月14日号に掲載された。
本知見は、DNAミスマッチ修復機能欠損肺腫瘍または大腸腫瘍を有するマウスの解析、ならびに、臨床試験に参加したミスマッチ修復機能欠損腫瘍を有する少数の患者のデータから得られたものである。
「理想を言えば、100%予測可能なバイオマーカーが欲しいところです。残念ながら、生物学はそう巧くはいきません」とJames Gulley医学博士(NCI免疫腫瘍学センター共同責任者、本研究には不参加)は述べた。
「しかし、どのような患者が免疫チェックポイント阻害薬に反応しやすいかをさらに理解することができるのであれば、いずれにせよ素晴らしいことです」とGulley氏は言い添えた。
免疫チェックポイント阻害薬への反応のバイオマーカー
ペムブロリズマブなどの免疫チェックポイント阻害薬は、多くの種類のがんの治療薬として使用されている。一部の患者において、こうした薬剤は腫瘍を消失させ、何年もの間、腫瘍が再発しないようにする。 しかし、ほとんどの患者の場合、まったく奏効しないか、短期間腫瘍が縮小するだけである。
免疫チェックポイント阻害薬は高価で、他のあらゆる抗がん剤と同様に、肺炎症、皮膚発疹、長期にわたる甲状腺機能異常症 、および、関節痛などの重篤な副作用を引き起こす可能性がある。
そこで、研究者らは、こうした薬剤が特定の患者に対して有効かどうかを予測できる分子マーカーを探索してきた。こうしたバイオマーカーは、患者の治療費を節約し、不必要な副作用の回避に役立つだけでなく、より効果的な治療薬が先延ばしになる可能性を回避することもできる。
DNAミスマッチ修復機能欠損(dMMR)で、必ずしも免疫療法への反応は高くならない
腫瘍細胞が、DNAの遺伝情報の誤りを通常修復するいくつかの遺伝子のうちの1つに遺伝子変異を有する場合に、DNAミスマッチ修復機能欠損(dMMR)が生じる。こうしたDNA修復機能がないと、腫瘍は常に遺伝子変異を蓄積し、腫瘍変異負荷が高くなる。
DNAミスマッチ修復機能欠損腫瘍の一部が免疫チェックポイント阻害薬に反応しない理由を調べるため、Westcott氏らは、DNAミスマッチ修復機能が欠損している、またはDNAミスマッチ修復機能を有する肺腫瘍や大腸腫瘍が自発的に増殖するマウスを遺伝子操作で作製した。
DNAミスマッチ修復機能欠損腫瘍は、DNAミスマッチ修復機能を有する腫瘍と比較して、多くの遺伝子変異を有していたことが確認された。
両群のマウスに免疫チェックポイント阻害薬を投与したところ、思いも寄らない結果が出た。それは、DNAミスマッチ修復機能欠損腫瘍は、DNAミスマッチ修復機能を有する腫瘍と比較しても、縮小しなかったことである。
さらなる実験で、Westcott氏らはその理由を突き止めた。それは、腫瘍内の遺伝子変異の多様性と種類の両者によるものだったとWestcott博士は解説した。
DNAミスマッチ修復機能欠損腫瘍は遺伝的多様性が高く、各遺伝子変異はがん細胞のごく一部にしか存在しなかった。また、抗腫瘍免疫細胞は遺伝的多様性の高い腫瘍を効率的に攻撃できないことがわかった。
しかし、すべてのがん細胞が同じ遺伝子変異を有する腫瘍を作ると、免疫チェックポイント阻害薬は腫瘍を縮小させ、数カ月間腫瘍を抑制した。
遺伝子変異の種類は、免疫系が腫瘍に反応する機序にも影響を及ぼすと思われた。一部の遺伝子変異により、腫瘍細胞はその表面にネオアンチゲンという異常タンパク質の断片を産生する。ネオアンチゲンは免疫系ががん細胞を発見するよう促す一方、他の種類の遺伝子変異は免疫系を活性化させる可能性が低い。
抗腫瘍免疫細胞は、すべてのがん細胞が同じネオアンチゲンを有する(クローン性ネオアンチゲン)腫瘍に対して大規模な攻撃を開始した。しかし、一部のがん細胞だけがネオアンチゲンを持っていると、その攻撃は弱まることがわかった。
クローン性ネオアンチゲンは免疫療法への反応を予測する
クローン性ネオアンチゲンはヒトでの免疫療法への反応にも関係するのだろうか?この疑問に答えるため、Westcott氏らは、臨床試験でのペムブロリズマブ治療歴を有するDNAミスマッチ修復機能欠損大腸がんまたは胃がんに罹患している少数の患者のデータを解析した。
腫瘍内にクローン性ネオアンチゲンを有する患者は、ペムブロリズマブに対する反応が長期持続する可能性が高いことがわかった。
以上の結果から、免疫療法の奏効には、遺伝子変異の総数ではなく、クローン性ネオアンチゲンの総数が最も重要であることが示唆されるとWestcott氏らは記した。
他の研究でも同じ結論に達しているが、DNAミスマッチ修復機能欠損という文脈ではなかったとWestcott氏は指摘した。
本研究の知見は、DNAミスマッチ修復機能欠損進行腫瘍の患者のほとんどで、免疫チェックポイント阻害薬が腫瘍を縮小させない理由の説明に役立つとWestcott氏は言い添え、こうした治療薬はDNAミスマッチ修復機能欠損とクローン性ネオアンチゲンを併せ持つ腫瘍に対して最も有効である可能性があると解説した。
しかし、クローン性ネオアンチゲンと免疫チェックポイント阻害薬に対する反応の因果関係は今後さらに、がん患者を対象とする、より大規模な前向き研究で検証する必要があるとWestcott氏は指摘した。
免疫療法バイオマーカーの未来
DNAミスマッチ修復機能欠損は完全なバイオマーカーではないが、それでも有用であるとGulley氏は強調した。
臨床試験では、DNAミスマッチ修復機能が正常な腫瘍を有する大腸がん患者はペムブロリズマブにほとんど反応しないことが判明している。
そのため、「このバイオマーカーがない患者はペムブロリズマブにまったく反応しないので、投与しなくてすみます。こうした患者を潜在的な副作用や追加費用から救っています」とGulley氏は指摘した。
「それでも、現在のバイオマーカーに満足している人はいないと思います」とGulley氏は述べた。
結局のところ、免疫チェックポイント阻害薬が患者に効くかどうかは、単に1つの遺伝的特徴の有無だけでは決まらないとJames Reading博士(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン がん研究所)らは本研究に関する論説で記した。
「ある(患者の)反応の結末は、腫瘍内や腫瘍周辺の免疫関連因子を含む因子の複雑なネットワークに依存している」とReading氏らは記した。
この複雑さを踏まえ、研究者らは複数のバイオマーカーを組み合わせる方法を検証しているとGulley氏は指摘した。
例えば、一部の研究で、腫瘍変異負荷、PD-L1(抗腫瘍免疫応答にブレーキを掛けるタンパク質で、一部の免疫チェックポイント阻害薬の標的)の量、および腫瘍内の免疫細胞数を組み合わせることで、これら3つのバイオマーカーの単独使用と比較して、治療反応をより正確に予測できることが示されている。
現在のところ、「バイオマーカーやその組み合わせで、この患者は間違いなく奏効すると言い切れるものはありません」とGulley氏は述べた。
「そこにたどり着けるかどうかはわかりません。しかし、将来はさらに適切な検査ができるようになると思います」とGulley氏は述べた。
- 監訳 花岡秀樹(遺伝子解析/イルミナ株式会社)
- 翻訳担当者 渡邊 岳
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- 原文掲載日 2023/11/03
この記事は、米国国立がん研究所 (NCI)の了承を得て翻訳を掲載していますが、NCIが翻訳の内容を保証するものではありません。NCI はいかなる翻訳をもサポートしていません。“The National Cancer Institute (NCI) does not endorse this translation and no endorsement by NCI should be inferred.”】
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